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息子の教育について

先日、ある人とその方の娘さんの進路についての話になりました。

子供の教育に関しては人それぞれというか、各人の考えがあると思います。だから、差し障りない程度の話しかしなかったのですが、そういえば子供の教育についての考えをまとめた事がなかった事に思い至りました。

一応、考えなしでやっていた訳ではないと思いますが、ここらあたりで一回確認しておいてもいいでしょうしね。

子供の教育においてもっとも大切な事は、

「背中を見せる。」

という事だと考えています。

だから親がクソな人間だったら子供もクソになると思います。逆説で表現すると、子供がダメなら親がダメだと思って間違いないと考えています。もちろん例外はあるでしょうし、母親がダメでも父親がとか祖父がとか教師が尊敬できる人だったなんていうケースや反面教師になる事もあるかもしれません。だから、それほど単純ではないでしょう。でも、あくまでそういうのはレアケースじゃないでしょうか。

私に自覚はありませんが、私は人間としてどこかずれている部分があるので何かしら親の影響を受けているでしょう

背中をみせるとはどういう事かというと、日々、息子がもつ器に日々の生活の中で一滴ずつ一滴ずつしずくを落としていると思うのです。

学校や塾、その他で器には他のものが注がれる事もあるかもしれません。しかし、私が注いだものと反応してどのような液体になるのか?粘土とか色とかそういうものが変化していくと思うのですよね。

そして教育は与えると表現するのが正解だと思います。学ぶ事の意味というのは様々な事を学んだ後でなければ理解することはできないからです。

教育というのはこういう事を踏まえた上で考えていく事が大切でしょう。

その上で、現在、重要だと考えているポイントが3つあります。それは国語、歴史、数学の3つです。

まず国語についてです。

私は息子になんでも自分で考えて決めることができるようになって欲しいと考えています。

そのために国語力は必須だと思います。そのためにやらせている事は、『読書』です。最初は金融の本を読ませてましたけど、今は、歴史、思想の本を読ませています。国語力を高めるにはできるだけ多くの書籍にふれるのが最もよいと考えています。今後は文学や小説なんかも多く読ませたいと考えていますけどね。

ちなみに金融についてはお金について早めに理解させた方がいいと思ったからです。

金融については現状の社会の状況だと知っていると知らないでは大きな差が生まれてしまいます。最低限度の知識は難しいものではありませんし、早めにお金の扱い方を理解しておく事のメリットが大きいですからね。

次は歴史です。

歴史は学校の試験だと単なる暗記科目だと考えている人が多いのではないでしょうか。しかし、歴史認識が変わると今目の前に起こっている事の捉え方が180度変わってしまいます。だから、1つの出来事に対してなるべく複数の視点で捉えられるように注意しています。私の視点がメインで説明することになるから、どうしても偏りは生じてしまいますけどね。

ここ数日は項羽と劉邦について話をしています。

項羽と劉邦の人となりと能力の違い、劉邦の部下だった蕭何、張良、韓信といった人たちの役割や人柄などについてです。劉邦が中国を統一した後の蕭何と韓信のその後の処世については興味をもってもらえたようです。韓信は国士無双とまで称されてもっとも有能な軍の司令官だったのに誅殺されてしまうのに対して、蕭何は自分の評価や評判を落とすことで生きながらえました。どうしてそのような差が二人に生じたのか私の考えで説明する訳です。

歴史は過去の偉人たちがどのような状況でどのような判断をしたのかを知る事ができます。

その当時の人たちの思考や倫理観がわからなければどうしてそのような判断になったのかが理解できない事が多くあります。そういう価値観が変化していることを知る機会はとても重要だと思うのです。また、中国には一時的に成功したけど晩年に身を滅ぼした人の話が多いのでとても役に立つように思えます。まぁ、こういうのは私が好きなだけかもしれませんけどね。

最後に数学です。

数学というよりは算数程度の計算ができれば基本的には問題がないでしょう。それ以上の数学は必要がでれば自然と身につくと思うからです。

江戸時代の人の大半は寺子屋で学んで算術が得意だったそうです。

理由は複利計算ができる必要があったからだと分析している記述を見たことがあります。詳しくは忘れましたがが、お金や米の貸し借りで複利計算ができないと損をさせられる事があったからだとか。ほんとかどうかはわかりませんが、ありそうな気がしました。複利計算なんてできる人は今はほとんどいないでしょうから、現代人の算数センスは200年前に比べてかなり低下しているのかもしれませんね。

算数ができない人は会話が噛み合わない事が多いです。

数字のセンスがないと数字から物事を想像することができなからだと思います。また、普通に生きていれば変な儲け話にでくわすことは何回かあると思うのですけど、算数ができいればそういう詐欺にひっかかる事もないでしょう。

数学に対しては、


「数学というのは数字に対するセンスが大切だ。」


と、誤った認識をしている人が多いと思いますね。

しかし、数学は積み上げの学問です。運動では基礎体力が重要なように、数学では算数にたいする基礎的な能力がもっとも大切です。だから、どこかで理解できていないところがあるとそこから先はすべてが理解できなくなります。息子は今、中一なのですが、どこかでつまづいているのがわかったので小学1年の算数からやり直しをさせていて半年ほどかけて小学4年にまでたどり着いています。

また、ポイントとしては抑えておく事は、国語ができない人は算数ができないという事でしょうか。

計算問題はできるけど、文章問題ができないなんていう人に覚えはないでしょうか?それは国語力が足りないから起こる事でしょうね。

国語、歴史、算数ができれば他の教科は自然とおいついてくると思います。

試験でよい点をとろうと思うと、それはそれでまた別のノウハウが必要でしょうけどね。私は試験でよい点数をとることは重要ではないと考えていますので普段の成績はどうでもよいと考えています。高校、大学の入試点数を確保する事が必要になる事もありますが、それはそれでまた別のトレーニングをさせればよいだけです。少なくとも社会へでて生きていくための必要な学びという観点ならこの3つポイントだろうと思います。 

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