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ARIEL-E Episode-4 Earth Self Defense Force

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけは先ごろ再販されたプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

登場人物
民間防衛会社・地球防衛軍 ESDF
六羽田六花
 15歳。中学3年生。体内にナノマシンを組み込まれ素質が開花し
 人類最強のパイロットに。
来海透子
 27歳 防衛医科大から地球防衛軍へ。軍医。突入部隊のMEDICも務める。
 天涯孤独となった六花を引き取って一緒に生活中。
 六花からせんせと呼ばれている。
古藤風花
 15歳。中学3年生。実は14歳。人身売買に遭い銀河辺境で大人の容姿と
 常人離れした格闘戦能力を持たされた。六花のボディガードを務める。
雨宮晴人
 18歳 高校3年生 体内にナノマシンを組み込まれ、パイロットとして
 防衛隊に参加。宇宙船ナデシコの操舵手をすることが多い。
森 小霧
 18歳 高校3年生 六花、晴人と同じくナノマシンを組み込まれた。
 その能力を防衛隊の経理処理に使う。
草里公仁
 27歳 透子の同期。自称事務方から防衛隊へ。地球防衛軍CEO。
由良由美香
 27歳 透子の同期。先端兵器開発局から防衛隊へ。
時任蔵之介
 39歳 通称保父。保父→自衛隊→防衛隊という経歴。防衛隊パイロットの
 フィジカルトレーナーを務める。
村井村雨
 59歳 新型迎撃機エリアルE開発責任者。SCEBAIの総合研究所主席兼務

テコ・ノーゲン
 地球換算209歳。銀河帝国の科学技術導入の指南役に就任したアーデア
 星系人。所謂お雇い異星人。頼めば勿論、頼まれなくてもなんでも作る
 フリーの技術屋。

地球防衛軍 装備
AAE-04 アドヴァンスドエリアルtypeE
 
エリアル4号機のフレームをベースにテコが導入した異星技術を盛り込んだ
 地球防衛軍の迎撃特化型機動兵器。通称エリアルE。
 コールサインはAE04
有栖川アイミ
 エリアルEに搭載されたAIという名目だが、ナノドライブを仕込まれ、
 事故で死亡した神城千保という少女をベースに構築された人工生命体。
 エリアルEを単独で動かせる。
A-UST3
 テコが60年前に作った40mサイズのヒューマノイド型機動兵器。
 通称アウスト。退役した1機を地球に持ってきた。
 防衛軍の予備機として使用されている。
タキリヒメ
 中古の中型星間貨客船を改造した多目的艦。
 通常は軌道ステーションの高天原2を基地として運用されている。
ナデシコ
 テコが個人所有する恒星間クルーズ船。アーデアの高速戦艦を
 地表往還型に改造。自宅、工房、荷物運び、移動オフィス
 など大半の事ができる万能船。
キュリエッタ
 六花にプレゼントされた一人乗りのロボット。戦闘機のコクピットに
 手足が生えたような形状。小さなボディに最高の性能をという
 テコのコンセプトで作られた全領域作業用機のプロトタイプ。
 量産機は高天原2で使用中。

西湖女学院 中等部 宇宙探索部 略称うーたん部
御厨陽奈
 15歳 中学3年生 うーたん部副部長。六花とおつきあい中。
倉橋 玲
 15歳 中学3年生 うーたん部部長。六花、陽奈の親友。
 株式会社倉橋航空機社長令嬢。
 兄は倉橋 瓏。倉橋航空機副社長。防衛軍にドローンや
 部品を収めている。
木谷詩歌
 14歳 中学2年生 銀河帝国高専留学生を目指して勉強中。
幸田 碧
 14歳 中学2年生 動画サイトで
 くるみんこまちのうーたんチャンネル担当。
福地千種
 14歳 中学2年生 うーたんチャンネル編集担当。

ARIEL-E Episode-4 Earth Self Defense Force


Prologue 東京 月島 とある神社にて。

「ここが例の神社?」
4月のある日、帝国登録企業 地球防衛軍の面々が東京の神社に集まっていた。テコ・ノーゲンが物珍しそうにあたりも見回す。
「この間のお休みで行った富士浅間神社とは全然違うんだね」
「あそこはまた巨大ですからね」
森小霧が答える。
全員が黒基調の防衛軍の式典礼服。皆は軍令服をベースとしながらもオリジナリティのあるデザインで統一されている。が、テコと六花、小霧、晴人、風花はそれぞれ違うデザインの礼服が支給された。
背の高い小霧や風花、晴人は長めの上着。六花はAラインの上着に素材感の異なる袖。赤いクリスタルがエッジに埋め込まれている。ワンオフ。仕立ての良いコスプレ衣装のよう。ゲームとかで見たことある気がする。と六羽田六花は思った。
そう言えば、礼服を着せ、お化粧&ヘアメイクをしてくれた透子。すごく楽しそうだった。これ、もしかして…。
「キミさん、制服って、せんせ関わってる?」
「うん、防衛軍の創設を企んでる頃から、ガッツリ。制服は私がデザインするって意気込んでた。実際、そうなったね。」
六花はCEOである草里公仁に聞いてみた。公仁は笑っている。
太めの公仁にも違和感のない作り。ただきれいなだけでなくちゃんと考えられてる。手をふりふり、参拝の手続きをしていた来海透子が戻ってきた。
六花は当の本人である透子に聞いてみた。
「せんせは服飾デザインもできるの?」
透子は終始嬉しそう。
「ちゃんとプロにやてもらってるよ。私はコンセプトを伝えたの。昔ってほど時間経ってないけど、そのデザイナーさんとは以前一緒に服作りしたことあって」
「せんせ、それ、コスプレ衣装作ってくれた人?」
「さあ、どうだったかしら?」
透子が含みのある笑顔で六花を見る。六花は御厨陽奈からの情報で、透子がレイヤーだった過去があることを知っている。一緒に暮らす家でいろいろ探したが、当時の写真は発見できていない。
「透子さんってすごいです。いろいろできて」
「風花、好きこそものの上手なれってね」
古藤風香のジャケットが風にたなびくと、青いクリスタルが光を反射する。この仕様は風花だけ。戦闘時の瞳の色に合わせたアクセント。六花の赤いクリスタルはオーバードライブ時の瞳をイメージ。二人の服は対になっている。こだわりすぎと六花は思った。


「では、皆さんこちらへどうぞ」
東京 月島にある高耳神社。400年以上前に召喚されたというエルフが祀られている。エリアルEが見た目エルフ型に仕上がったこともあり、無事完成への感謝と、今後御神体のように末永くあれ。という意味を込めてのお参り。
巫女の呼ぶ声で地球防衛軍の面々が本殿前に整列。
巫女が祝詞を読み上げる。御神体であるエルフの高耳様は滅多に姿を見せてくれないらしいけど、祝詞とお供えの奉納時に少しだけ姿を見せてくれた。テコと違って長身。テコと同じような耳。テコと違って長い金髪。
テコと視線を交わすとすっと扉が閉じた。
「ご参拝ありがとうございました。こちら、護符です」
巫女が和紙で包まれた御札を公仁に手渡す。
「ありがとうございます」
「皆さんのご活躍で地球が平穏でいられるのですね」
「まだまだこれからです」
巫女が六花たちに視線を移す。
「素敵な制服」
「巫女服似合いますね」
小霧と同じくらい、高校生くらいかな。風花が返して、お互いの服を褒め合う。
「私初めて見ました。異星の方。噂には聞いていたんですけど、本当によくにてますね。高耳様と。エルフってわけではないんですよね」
テコがその質問に答える。
「エルフという種族とは違います。それにアーデア人の寿命は400歳ちょっとなので、600年以上も生きられない。ただ、アーデア人のルーツとなったプレーラという古代文明人は1000年以上生きたって伝説ある。そんな古代文明とつながって、あの方が召喚されていた可能性って思うと、なんだろ、面白いよね」
「ロマンチックなお話です」
巫女はニッコリと笑う。
「高耳様に聞いときます。もしかすると王女様の星の歴史が変わるかもですね」

「もんじゃ…」
六花の思いは届かず、無情にもナデシコが離陸する。
「この礼服でもんじゃ焼きはだめよ。六花。東京本部にうつったらいつでもいけるから」
小霧が頭をぽんぽんする。
防衛軍本部基地の建設現場には『建設機』と呼ばれる大型の機械が設置されている。埋め立て島の半分ほどの大きな四角い機械の塊。工事はほとんどが自動で行われ、掘りながら地盤を固め、必要な機器を設置していく。地球の技術ではない。
「壮観」
SCEBAIー東京本部予定地間はナデシコが使われた。地元レンタカー業者のマイクロバスを借りておいて、工事現場横に停泊させたナデシコから月島へ往復。もんじゃ焼きを食べる間もなく、ナデシコは離陸。羽田の航空管制を邪魔しない様に南に大きく回り込んでSCEBAIを目指す。
六花はブリッジの隅っこに座っている。操舵席には晴人。六花の隣の席で透子が建設風景を見てつぶやいていた。そんな透子に六花は気になってることを聞く。
「せんせ、こっちに来たらここに住むの?」
「家はもうちょっと都心に用意する予定だよ。流石にここからじゃ高校通えないし」
「すごい街の中だね」
風花がちょっと心配そう。
「風花は富士山周りの方が好き?」
六花が聞くと風花は困ったように笑う。
「富士山の方がいろいろきれいだからね。でも、なれちゃうのかな? 都会暮らし」
「キュリエッタ飛ばせないから、六花、欲求不満になるかも」

Chapter-1  六羽田六花 15歳 ロールアウト

「六花、おかえり」
陽奈、玲、詩歌、碧、千種が庁舎に来ていた。東京から帰ってすぐ、そのまま別の式典が始まる。それにうーたん部も招かれた。
この連続式典は着替えるのめんどくさいから一気にやっちゃお。という由美香の提案が採用されたと聞く。
玲が風花をじっくり見ている。風花は照れてる。陽奈もじっと六花を見つめる。時々、制服のあちこちを持ったりしてる。
「かっこいいな制服」
「透子先生の作?」
玲の感想に陽奈が続ける。
「透子コンセプト」
六花は答える。
「これ、カタチ違うけど、風花と六花でコンビだよね」
「そういうコンセプトだって、せんせが」
「いいな。こういうの」
陽奈が六花の制服の裾に埋め込まれた赤いクリスタルを触る。
「これ、ワープグラス?」
「アレは加工が大変だから使ってないよ」
陽奈が六花の耳元に唇を寄せる。
「下着はあの時の、着てる?」
「う、うん」
「六花、いい子」
陽奈の声が艶めかしい。と、スマホがなった。
『アイミです。そろそろ時間』
「みんな行こっか」
六花が声をかけて、ぞろぞろとうーたん部の面々が歩き出す。
その道に重なる、ナデシコ駐機スペースにつながる小路からテコが歩いてきた。作業着姿を多く見てきたうーたん部は軍服姿に驚く。

「テコさん、かっこいい」
「すてき、すぎですね」
碧と千種が反応する。
「あ、みんな、いらっしゃい」
「テコさん先に行ってると思った」
六花が立ち止まるとテコがすっと寄り添ってくる。
「通信があってね。リンジーがもうすぐこっちに着くそうだ」
「リンジー、さんって、秘書の?」
「エリアルEが完成して、ボクの仕事も変わってくる。今後の動きの相談」
「ここから離れちゃうの?」
「まさか。でも、今までみたいにファクトリーにこもりきりってカタチではなくなるから」
隣にいる陽奈がテコに向かって強烈な視線を浴びせてるのがわかる。
「なにか心配なの?陽奈」
テコは余裕のありそうな微笑み。

「…テコさんがいると厄介。…いないと六花が寂しがって厄介…」
ブツブツと感情のこもらいない声。
「陽奈、ホラーになってるよ」
「え? なに?」
六花の声にはっとした陽奈がもとに戻る。六花はテコに向き直る。
「リンジーさんってどんな人なんです? アーデアの人?」
「核恒星系出身でプトレマって言う種族になるかな。頭から角みたいな感覚器が伸びてる。ちょっと厳しいタイプ。口癖が『できませんじゃありません。やるんです』って人だから」
「こわ」
玲が思わず。
「うちの会社にも数人いるらしいけど」
「パワハラさん、ですか?」
千種が心配そうに話す。
「正論でくる人だよ。ボク一人だとけっこうなあなあになっちゃうところ、あるんだけど、リンジーのお陰で会社というか、仕事として完結してる。いなかったら、多分趣味でちょろっとお金もらうって生き方だったかも知れない」
「そんなに。重要人物ですね」
玲がふむと頷く。
「まあ、防衛軍の組織がためって点ではいいんじゃないかな? 誰かと反りが合わないとかあると大変だけど」
その口調からすると、テコでもリンジーを持て余すことがあるのかも。六花は思う。

「感謝状。西湖女学院 中等部 宇宙探索部の皆さん。皆さんの活動が当機の早期完成に大きく貢献しました。ここに感謝状を贈呈します」
玲が公仁から感謝状を受け取る。うーたん部が呼ばれたのはこのためだ。
実際には未完成のエリアルEを緊急発進させて、中等部全員誘拐の危機を回避したのだが、結果としてそれが工期の短縮につながったため。ということらしい。
「ありがとう。玲ちゃん」
「いや、完成おめでとうございます。社長。ウチの部品をつかていただいて感謝してます」
玲がそんな話をしてにやって笑ってる。そうなんだ。エリアルEに倉橋航空機製の部品も使われているんだ。六花は初めて知った。

「皆の尽力もあり、 ついにAAE-04、エリアルE型をロールアウトすることができた。これはゴールではない。ようやく、地球防衛のスタートラインに立ったに過ぎない。先日来、様々な出動案件が続いている。地球は絶えず狙われている。来年の本部移転を待つことなく、今、これから地球防衛に邁進しなくてはならない。各員の奮戦に期待する」
村井がコメントを述べる。
お立ち台の背後には開け放たれたファクトリーに立つ、エリアルE。
先日の緊急戦闘ではむき出しだった部分もきちんと装甲板や皮膚組織で覆われた完全体。
「完成を記念してアーデア星系王国フーリコ・ウスト摂政より『リボン』が届きました。贈呈を行います」
放送が流れると、アウストが歩いてきた。
エリアルファクトリー前で止まってそのコクピットが開く。
「テコ・ノーゲンです。この機体は地球とアーデアの友好の証です。移動に数ヶ月を要する大変な物理的距離を持ちますが、かつてのアーデアと似た環境をもつ地球に近しい感覚を抱いています。我々アーデアは地球の宇宙への進出を全力でサポートします。その証として、アーデア最新技術、ほとんどの物理的攻撃を無力化する布状装甲で制作したリボンを送ります。これがこの機体の一番重要な部分を確実に守ります」
アウストが手にしていた黒いリボンを、エリアルEの胸元に装着する。40mのヒト型兵器がリボンタイをつけてあげてる姿は、なかなかすごい。
「ついに完成なんだね。六花。忙しくなるの?」
六花の隣に座る陽奈が聞いてくる。
「あの機体に慣れないといけないから、そうだね。忙しくなる」
「会えなくなるかな」
「学校にいかなくなるわけじゃないから、そんなことないよ」
きっと。そうだと思いたい。が、スケジュールはわかってる段階でかなりハード。
「アーデアウストの名にかけて!」
リボンの装着が終わり、テコの声が響く。全員のスタンディングオベーションでロールアウト式は終了した。

その後、本部棟70階の喫茶店気狂い帽子屋でちょっとした打ち上げがおこなわれたが、六花達うーたん部はエリアルファクトリー、コクピット前に高さを合わせた10m四方の作業台でおやつ会となった。遠く、駿河湾が見える。
「みなさん、六花のお友達?」
「そうだよ。アイミ、顔覚えておいてね」
作業台のコントロールモニターにアイミの姿。ほんとどこにでも現れる。
「AIだけど、元になった人格があるってこと?」
玲が聞く。
「どちらかと言うと、人の意識、記憶、思考をAIで補完しています。主要部分はベースの人格から受け継いだものになりますね」
「そうなの? 六花」
陽奈が温かいお茶を飲む。湯気が揺らぐ。
「うん。だからAIとしてはいろいろ問題あると思う」
「問題って、なによ」
「心配してくるから、気を使う」
「六花が無茶するからでしょ」
「何だこの会話。姉妹か」
玲が少し驚いたよう。詩歌が続ける。
「確かに、AI単体でも相当な会話はできやるけど、なにか根本が違うような」
詩歌は銀河帝国の高専を目指して勉強を続けている。マンマシンインターフェイスの分野を選択していて、この手の話題に詳しくなりつつある。意欲の凄さに六花はずっと関心している。
「どんな人なんです? そのベースの人って」
碧がなにげに聞いてくる。風花の表情が少し曇る。六花は頭の中で返事を組み立てる。
「六花の大事な人、だった。人格の断片残して、もう死んじゃったけど」
「亡くなった人を、復活、したんですか?」
千種の声音がいつもと違う。
「ベースとなった人と完全に同一ではありません。違う環境で育てていただきましたから」
「そういう、ことですか」
アイミの答えに千種はなにか考えている。
「アイミさん、相談、したいこと、あります。連絡先、教えてください」
「わかりました」
「千種、どうしたの?」
六花は気になる。いつもの千種らしくない。
「六花先輩、すこし、アイミさん、お借りします」
千種は笑って答える。ぎこちないけど。

エリアルEのコクピットで六花はナノドライブコネクターを後頭部にくっつける。


白いパイロットスーツはテコの特別製。あの黒い装甲宇宙服よりさらに緊急時生存率をあげているという。着るとえっちなボディラインになるが、中に生命維持機構と操縦負荷軽減装置が詰まっているせい。小霧に「うそちち」とか言われる。むかつく。
「各部ロック解除。エリアルE、準備よし」
アイミの声がする。全周モニターを見回しても、声の主の姿見えない。正面の小さなモニターの中いる。ちっちゃいアイミが六花を見ながら機体の状況を伝えてくる。六花はそれを受けて通信。
「SCEBAIコントロール、こちらAE04。装備01で離陸位置に移動開始する」
『SCEBAIコントロール、了解』
六花が歩行の意思をナノドライブ経由で伝えると、ジーレイアを持ってタイムラグなしでエリアルEが歩き始める。リニアシステムで外殻内に浮遊しているコクピットには歩行の振動は最低限に押さえられる。ファクトリーからでて、広い空間に。
「安定翼展開。慣性制御」
六花が右、左と頭で出した指示に対して翼と高機動スカートが動く。動作確認オッケー。
『AE04 Cleared For Takeoff』
「AE04 Engage」
エリアルEのつま先が地表を離れる。
「テストプラン01。行ってきます」
『了解。六花。モニタリング完璧。行っといで』
テコの声が返ってきた。六花はエリアルEを緩やかに上昇させる。
今回は正規メニューなので、慎重。この間お構いなしにぶっ飛ばしてるから、耐久があることはわかっているけどね。
「倉橋家から発光信号」
「え?」
アイミの声がして、遠ざかりつつある倉橋家がズームされる。中庭で光が点滅している。LEDを使った最新型の発光通信機。タブレットで文章作ると自動で発光信号に変わるやつ。自社製だろうか。
「新型エリアル完成おめでとう。うそ初フライトの安全を祈る。終わったら、おやつ食べにおいで。玲。だって」
「この距離なら、スマホ通じるのに。玲ってば」
六花は嬉しくてニヤける。
「今日は忙しくていけないけど、明日学校の後でって返信して」
「了解。食べられる人はいいねえ」
足首についてる着陸灯代わりのライトを点滅させて、アイミが返信を返す。すぐ倉橋家は雲の下で見えなくなった。
「アイミ、ひがんでる」
「六花のナノドライブいじって、味覚共有しようかな」
「食べてないものの味が突然浮かんでくるのって、不気味じゃない?」
「私くらいのAIなら、そんなの余裕」
「恐ろしい子」
『AE04、目標座標に到達した。これより、非噴射式推進機での加速試験を開始してください』
SCEBAIの女性オペレーターの声がする。
「AE04、了解。試験始めます」
高機動スカートがエッジから光を放つ。転換炉からのパワーを使って空間を押したり引いたりして推進力に替えていく。感覚としてはリニアモーターに近い。
「加速は数値通り。音速突破。ジェルヘアの熱拡散順調」
空気を切り裂く故に頭頂部で発生した熱は半液体状の髪の毛を伝って先端に行く間に発散され、頭頂の加熱を防ぐ。さらに加速する。
「ジーレイア、バリア展開」
機体前方にジーレイアの傘状のバリアを展開して衝撃波を逃がす。
「マッハ8に到達。試験終了します」
『確認した。お疲れ様六花。機体に問題は?』
「ありません」
後退角を思いっきりつけていた安定翼が通常位置に。音が戻ってくる。
「はあ…」
『通常飛行に復帰後、上昇性能試験を行います』
「了解。上昇を開始」
今度は上空へ。
「高度7万に到達。試験を終了します」
それこそこの緊急出撃で衛星軌道まで一気に行ってるが、テストはテスト。
「はあ」
「疲れてる? 六花」
コンソールのモニターにアイミが現れる。
「テストだから、気持ちが疲れる」
「六花らしい疲れだね」
「この間の出撃で使えることわかってても、テストはいるんだね」
「あのときはたまたま、だったら困ります」
「自己診断できないの?」
「集合体ですから、こんなところがまさかってこと、あるの」
「そう」
エリアルのコクピットは広い。そのうえ全周モニターだから、暮れていく空の上に一人ぼっち感がすごい。気づくと自分の肩を抱えてしまう。
「寂しいの? 六花」
「あ、いや、大丈夫」
「帰ったら、ゆっくり休んで。続くからね。しばらく」
「うん。でも、六花、ほんと一人が苦手だ」
誰もいない家。小さな六花は一人で自分のご飯を作る。買ってきて済ませればと思うのだが、買食いすると『悪魔になる』と両親から叱責される。身なりもそう。いないくせに、先生に六花がどう過ごしていたかを細かく聞き、ダメ出しをしてきた。一人のときでも何かに追われてる感覚。
誰かといるときはそれが少し緩和される。特に千保といるときは。だから絶えず、六花は誰かといたいと思うようになっていた。
「思い出すの? あの頃のこと」
「記憶は残ってる? アイミ」
「記憶はあるよ。少しだけど。六花一人のときは大変だって」
コンソールモニターのアイミがじっと見ている。
「私がいるよ」
「さわれないもん」
モニターの画面を指でなぞる。冷たいだけだ。
「…さわれないけど、見られるようにできると思う」
「投影するの? それとも、VR的なやつ?」
「VR的なやつ」
「そっか、そだね。今度ミーティングの時、村井さんに言ってみる。何でも言えっていわれてるし」
「がんばって」
アイミはそう言って、なにか思いついた。
「フウちゃんに六花を甘えさせてって言っておく」
「そんなことしないの。風花が困るから」
「そう? フウちゃんはまんざらでもないみたいだけど」
帰ってくるとすっかり夜。帰りは倉橋家からの発光信号はなかったけど、家のバルコニーから着陸アプローチを撮影した画像つきで、陽奈からのおかえりメッセージが来た。

「六花おかえり」
エリアルEを格納庫に収めて、出迎えてくれた風花と庁舎でテストの書類をまとめて、いっしょに宿舎へ帰る。透子は残業中。
「何してほしい?」
「お風呂洗い当番変わってほしい」
「そんなの任せてよ。もっと甘えていいのに」
「六花はお姉さんだから」
「意地っ張り」
といって風花は六花をひょいっとお姫様抱っこして宿舎へ早足で歩く。
「ちょっと風花」
「いいから、いいから」
という風花の目がほのかに青く光る。
「アーサラー発動してる。そこまでしなくていいから」
「六花のオーバードライブみたいに後遺症ないからいいの」
その日は風花に徹底的に世話を焼かれた。上げ膳据え膳。お風呂では背中を流され、ベッドで手足をマッサージされてるうちに寝落ちした。とても気持ちよかったのだけは覚えている。朝、目が覚めると、風花の腕の中にいた。何故か風花が満足げな寝顔で寝てた。六花が動いた気配で目を覚ます。

「ふふ。おはよ。六花」
なんか朝から妖艶な笑み…。

「網膜投影機?」
「全周モニターは良いです。でも、視覚にダイレクト感がないんです」
「視覚のダイレクト感。いいな。最強のパイロットは言うことが違う」
六花は村井とミーティング。テスト第一段階が終わっての意見交換。
六花はゴーグルの装備を要求する。映っているものを見ているのでなく、エリアルEの目と直結する感覚の網膜投影ゴーグルがほしい。
「それはすぐ用意する。他には」
「あと、隣にナビゲーターが座ってる視界にできませんか?」
「というと?」
「一人であの中にいると、なんか背中が寒くて。きっと淋しいんです」
六花は感じてることをなんとか言葉にして伝える。今日は日本政府関連の仕事でテコがいない。六花が自分で言うしかない。
「その感覚はわからないが、網膜投影されるコクピットを複座にするってことでよろしいか?」
「そうです。横並びで」
「で、誰を座らせる? あのAIか?」
「そうです。アイミは外観イメージを持っているから、VRのコクピットをつくてもらえれば、勝手に自分で入ってきます」
「巣箱に入る小鳥みたいだ」
六花は並列複座のコクピットで鳥のくちばしをつけたアイミがちゅんちゅんさえずっている絵を想像した。
「ほかには?」
「これ以外はなにも」
「わかった模擬戦闘訓練までには揃える」
「お願いします」
六花は村井に一礼して、ミーティングルームをあとにする。
「私に居場所をありがとう」
スマホの画面にアイミの笑顔。
「何着るの? こういう場合」
今はいつもの西湖女学院、高等部の制服。
「何着てほしい? 六花の好みに合わせるよ。水着でも」
「それ六花の好みじゃない」
「じゃ、どうする」
「パイロットスーツでしょ。こういう場合」
「私もうそちちスーツにしたいな〜」
「蹴るぞ」
「ふふ、楽しみにしてて」
そして模擬戦闘訓練の日。

Chapter-2 六羽田六花 15歳 リンジーさんがやってきた。

「AE04、装備01で上空待機。お客さんの乗った大型往還機のエスコートを頼む」
「エリアルE了解」
六花は新しくつけてもらったゴーグルを装着する。外の映像が何も介在せずに見える。手元にはいろいろなメーターが表示される。そして左横には
「どう? かっこいい?」
「う、うそちち」

「え? そう?」
「あからさますぎるでしょ!」
ベースとなった千保はそんなんではなかった。
「わかった直しとくよ。六花のわがまま。今日はこれで行くからね」
「まったくもう。了解」
『AE04、インターフェイスに不具合か?』
村井が心配して聞いてきた。
「問題ありません。AIの一時的な暴走です。収束しました」
「暴走言うな」
『お前らの関係がよくわからん。エスコートを頼んだぞ』

「往還機捕捉」
「ほんとに大きい」
「ナデシコほどじゃないけどね」
全長はナデシコの半分ほど。その胴体の殆どは貨物庫だろう。
上下の幅が今まで見た機体の中でも高い。
「往還機から熱源離脱」
「どうしたの?」
「機動兵器が2機」
 往還機の上下カーゴドアが開いてヒューマノイド型の機動兵器が出現。
「敵だったの?」
『地球軍機動兵器へ。こちらアーデア王国軍 宇宙教導団 副団長テーセ・イーゲン。殿下より模擬戦闘訓練を拝受した。これより状況を開始する』
「いきなりなの? 模擬戦闘ってこういう事」
アイミが手早く戦闘態勢を整える。
「これがアーデアのやり方か」
『違う。誤解しちゃやだ。六花』
テコの声がする。
「現実にはこういう理不尽な敵が多いと思います。良い教訓です。テコさん」
『六花、怒ってる』
「怒ってません! 戦闘開始!」
2機の機動兵器が編隊を組んでエリアルEの前方に展開する。
「機種データ、アーデアが自分とこで使ってるアウスト2」
「うちにあるアウスト3よりも旧型なの?」
「伝統的に、この機体を大事に使ってる。と思ったほうがいいと思う。アップデートを続けて性能を保ち続けてる。そんな感じ」
「大事にされてる子か、手強いかも」
『六花、弱点教えたら機嫌直してくれる?』
「テコさん、それじゃ訓練にならないでしょ」
『殿下の好意を無にするなぁ、このクソガキが』
2機のアウスト2が出力を絞ったビームを放つ。
「なんか、口調が変わった。同じ人?」
「声紋は同じ。戦闘になると性格変わる人っぽい」
機体を横にスライドさせて避けつつ、ジーレイアから牽制射撃。
斜め45°で前後に機体が並ぶロッテ戦法っぽい。後方の随伴機がきっちりリーダーに従ってる。これってどんな星でも基本なのかな。
「後ろのやつから落とす」
六花はエリアルEを追ってくるアウスト2の射撃から逃れながら、随伴機との距離を測る。テーセのリーダー機との距離が開いて、随伴機が少し前に出たタイミングで…
「全開!」
予備推進力として背中に背負ってるロケットエンジンの推力もプラスして、最大加速で随伴機に突撃。相手の射撃をジーレイアのバリアで防いで、そのまま「突き」を繰り出す。ブレードを出していないジーレイアの本体がゴツっと随伴機の頭にあたった。
『撃墜確認』
ジャッジはテコがやってくれてた。エリアルEはそのまま飛び抜けて間合いを取る。撃墜判定の随伴機はゆっくりと降下していく。リーダー機はこっちに向かってくると思いきや、SCEBAI方向に加速した。
「訓練空域外にでるの?」
『やるべきことは地表の施設の防衛だろう。空中戦は手段でしかない。守るべきものが隙だらけだ。間抜けめ』
テーセは基地であるSCEBAIを攻撃するつもりだ。そんな訓練ありなの?
「これがアーデアのやりかたか!」
『だから、ちがうってば〜』
テコの困り声。速度は同等。だがあの速度を維持されると、衝撃波がヤバイ。玲に懇願されたときのことを思い出す。あの時の六花は馬鹿だった。
「本気で落とす」
六花はオーバードライブをONにする。加速がさらに増して、ハイロットスーツがその衝撃を緩和しようとするが、Gをしっかり感じる。
「うらああ!」
上を獲って撃つ。アウストが回避する先に六花は先回りし、ジーレイアを叩きつけた。アウストはジーレイアを掴む。実戦ならブレードが出ているので、その手は切れてしまうのだが、お構いなしだ。ずるい。
「撃墜判定は?」
「まだ」
「街までは?」
「直線であと100キロ」
「アイミ、ブレード展開!」
「本気?」
「あっちがその気だから」
ジーレイアにビームブレードが発生。ジーレイアを掴んでいたアウストの腕がバラバラになる。機体を回して喉元にジーレイアを突きつける。
「撃墜を認めて減速しろ!」
「まだだ、クソガキ」
残った腕でビームロッドを構え振ってくる。ジーレイアのブレードにあたって激しい稲妻が走る。間合いが開く。アウストが背中に背負った銃のようなものを手前に回す。次の瞬間何かが飛び出た。咄嗟ににかわすが一部が左腕に当たる。
「ニードルショット!」
アイミの声。トゲのようなものが刺さった左腕の回路が反応しなくなる。
「ウイルス検知!。左腕回路切断」
「アイミ本体は?」
「私は大丈夫。落として!」
「うらあ!」
六花は自分で作っていた訓練リミッターを外した。避けた動きのままエリアルEを回転させ、片腕でホールドしたジーレイアをアウストの背中に叩きつける。アウストの進路が真下の海に変わる。
立て直そうとするが六花のほうが早い。ジーレイアの先端を開いて鋏状にしてアウストを掴み急降下。海が見えたところでジーレイアの慣性制御をカット。その自重も加速に変えて海に叩きつけた。
オーバードライブが限界。六花は通常モードに戻る。いつもここで気絶していたが、まだ意識はある。
エリアルEをホバリングさせ、アウストの動きを見る。ジーレイアが戻ってきたが、水面に浮いてるアウストは動かない。
「…機体、大事にしてるんじゃなかったの?」
『撃墜だ。六花』
テコの声がした。肩で息をしながら、六花は声を絞り出す。
「…これがアーデアのやり方か」
『本当にごめん』
テコの言葉にかぶせて知らない声
『判断が遅いです。パイロットさん。もっと速く敵が尋常でないことを察知して落とすべきです』
『言い過ぎだリンジー』
この人がリンジーさんか。
『全機帰還せよ。状況を終了する』
村井の声がした。
「六花、目を閉じていて。私がやる」
アイミに言われた通り、六花は目を閉じた。

「うえええ」
「六花!」
コクピットハッチを開いて風花が六花を出してくれた。もう全身に力が入らない。昇降台に乗ったところで、六花は吐いてしまった。
「台を降ろして」
六花を抱きかかえた風花が叫ぶと、アイミが遠隔で昇降台を操作して、下に降ろす。地表につくと黒いジャケットを着た長身の女性が立っていた。角あり。
「パイロット六花さんですね。リンジー・クーです。あなたにはこのオーバードライブ後の体調不良を克服してもらいます」

「何を言ってるの?」
風花が睨みつける。
「敵が波状攻撃してきた場合、今の状況では対処ができません。これは大きな問題です」
「だからって」
「防衛力が個人の技量に頼りすぎています。是正が必要です」
「今度のミーティングの時に聞くわ」
「透子さん!」
透子が駆けつけてきた。
「風花、六花をラボにつれてって」
「はい」
また風花が六花をお姫様抱っこする。六花が運ばれながら薄目で見ていると、目線をバチバチさせて、透子とリンジーが握手していた。

「六花、起きてる?」
テコと透子、SCEBAI医療部が開設した先端医療ラボ。別名テコトコラボ。修学旅行事件のときも使った個室に六花は寝かされている。頭痛と吐き気はおさまっていた。軽い足音で目が覚める。風花かな? ドアがノックのあと開かれると、正解だった。
「まだ寝てるの」
風花が入ってくる。六花は何となく、入り口に背を向けて寝てるふりをしてみた。
この間の夜、風花の密着具合から、手足のマッサージ以外になにかしたんじゃ…。と六花は思っていた。こうやって寝たふりしていたら、またやってくるかも。
「六花…」
ことり。ベッドサイドのテーブルになにか置く音がした。
ごそっと動く音がしてベッドが少し動く。風花が乗ってきたみたい。
「寝てるの?」
すごい耳の近くでささやくような声。ピクッとなりそうなのを堪えた。
また、気配が離れる。とカチリとドアに鍵をかける音。なんで、鍵?
また風花の気配が近づく。ベットがたわむ。座ったみたい。
「…!」
頭から耳たぶ。首筋。風花の指が六花をなぞる。ドキドキする。
「よく寝てる」
首筋から肩に移った風花の指に少し力が入る。パタリ。六花は仰向けにされた。風花の匂い。体温が近づくのを感じる。ぎゅっと目を閉じていると

「ぷふ」
っと風花が吹き出した。六花はゆっくり目を開ける。
満面の笑みで風花が見ている。
「なによ」
「かわいい。六花。寝たふりヘタクソで」
「あのまま寝てたら、エロいことするつもりだろ。風花」
「どうでしょ? でも寝たふりしてるってことは、してかまわない。ってことにならない?」
「ふぐ」
次の言葉が出ない。
「この間、堪能したから、私は満足してる」
「堪能って? 満足って?」
「覚えてないの? 記憶なくなっちゃうくらい気持ちよかった? またしてあげるね」
「そ、それ、ホントなの?」
「ホントだよ。お手々ふにふにしてたら、すかーって寝た」
「お手々」
「そうだけど。またえろいこと考えてた?」
「おのれ、えろふかめ」
「六花が一番えろいのかも」
六花は枕を掴んで風花にぶん投げた。

「あのアウストの人、生きてる?」
「大丈夫。六花は殺してないよ」
「六花は?」
「テコさんがアーデアの面汚しって、王女権限で死刑にしようとして、リンジーさんに止められてた」
「それ大丈夫なの?」
「代わりにナデシコで折檻されてるって噂」
「こわ」
「テコさん、自分で六花に説明したいって言ってたから、退院したらお話聞いてあげて」
「わかった。もう一機の人も問題ない?」
「あ、あれね、パイロットじゃないんだ」
「どういうこと?」
「エレートっていうクローン体っていうか生体AI? なんだって。テーセってパイロットさんのクローン。自分の分身とチーム組んでるんだってさ」
「アーデアすごい」
「なんか、平和的な国じゃないんじゃないかなって思える。軍事技術すごすぎて」
「でもさ、テコさんがこれからの地球防衛を主導していくなら、六花もクローン作られるのかな?」
「あ、あるかも。六花クローンでエリアル10機も稼働させれば相当だよ」
「自分で言ってて怖くなってきた」
「パイロットだけじゃなくて、いろいろ、使えるかもね六花クローン」
「えろいこと考えたな」
「そんなことないよ。私はオリジナルじゃなきゃ嫌だからね」
風花の吐息が耳にかかって、ゾクッとした。

「改めまして。リンジー・クーです。テコ様のマネジメントを行っております」
「マネジメントと言う割には訓練内容や防衛体制に口出すじゃない?」
透子が少し噛みつく。
庁舎の会議室で防衛軍メンバーとの第1回ミーティング。アーデア側にテコとリンジー、そして

「テーセ・イーゲンです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
テーセはアーデア人だった。とてもあの言動と整合性が取れない姿。サイズはテコより小さいから、リンジーが飛び抜けて背が高い。
「テーセ副団長はご覧になったとおり、狂戦士、こちらではBerserkerといいましたっけ? 戦闘になると狡猾で、手段を選ばないという気質を持っています。海賊など規範で動く軍隊とは違う敵に対処する訓練のため、カーシャ様の特別な許可をいただき、お連れしました」
リンジーが涼しげに語る。
「やばすぎるから、正規軍に置いとけなくて、教導団なんでしょ」
透子が言う。対外的な立場の正規軍でこの気質だと、確かに持てあますだろう。で、内向きの教導団にいると。
「おっしゃるとおりです」
テーセはが想像つかないくらい小さくなっている。でも、豹変する人ってこんなものか。
「アーデアでも戦闘力の高いテーセ副団長のエレッタ、自身とエレートで編成された2機の戦闘ユニットのことですが、それを撃墜しました。六花さんと新型機の戦闘力は称賛いたします」
全然すごくなさそうにリンジーが続ける。
「先に申しましたとおり、もう一つエレッタが来たら、対処ができません。現状できるのは六花さんの耐久力を上げることです」
「この子はまだ子どもです」
透子が言う。
「でも唯一のエースパイロットなのでしょう」
「オーバードライブ後の体調不良も唯一無二。まだ研究中だ。それには対処する。セカンドパイロットが必要と言うなら」
テコがそう言った後、テーセを見る。
「え、殿下?」
「役に立ってもらう」
テコがリンジーを見る。
「もともと、訓練要員で長く滞在するつもりだったのだろう? 迎撃にも参加してもらうだけだ」
「私、あ、あの」
テーセがあわあわしてる。
「そうですか、まあ時間稼ぎの迎撃力維持でしたら問題ないと思いますが」
リンジーがさらっと同意する。
「テーセでも敵味方の区別はつく。今の地球の状況なら充分な戦力だ」
「いいですか?」
意見を交わしてるアーデア側に透子が割り込む。
「テーセ、さんは地球のために働くことに異論はないんですか?」
透子が問いかける。
「命令とはいえ、縁もゆかりも無い星の防衛です。命に関わります。私たちは自分の星ですからいといません」
「え、ボクは?」
テコが言う
「テコさんは六花の危機だって言ったら命かけるでしょ」
「う」
「あなたはどうなんです?」
透子がしっかりとテーセを見つめてる。
「私は、私は誇りあるアーデアの騎士です。殿下が命をかける星ならば私も同じです」
テーセは下を向いて言葉を絞り出す。
「わかりました。それをあなたが納得しているのなら」
透子の言葉を聞きながら、六花は刃を合わせた相手をじっと見る。なんでだろう? ちょっと悲しい。テーセのことなのに、彼女は何も決めてない。
「テーセ、さん」
「な、なんでしょう」
「お腹すきませんか?」
テーセの目がまんまるに。
「あ、え、いや、あの」
「おやつ食べにいかないですか?」
「六花」
テコが六花を見る。
「テーセさんが困っているのはわかりました。六花が開けるかもしれない穴をカバーしてくれることもわかりました。ちょっとパイロット同士でお話をしてきます」
「え、私、あの、殿下?」
あたふたするテーセ、微笑むテコ。
「六花、ありがとう。いろいろ説明するつもりだったけど、杞憂だった。六花はやっぱり賢いよ」
六花はテコに微笑みを返す。
「ちょっと立ってください。テーセさん」
六花はテーセを立たせると、横に並んだ。
「風花。身長どう?」
「身長は六花のほうが少しだけ大きいかな。体つきも」
「テーセさんは私服ありますか?」
「私服、ですか? 制服以外ということでしたら、いえ、ありません」
「その服では目立ちすぎてしまいますので、お洋服を貸します。一緒に宿舎に来てください」
「は、あの殿下?」
「六花は私の雇用主だ。彼女のお願いは絶対だよ」
「わかりました」
テーセは腹をくくった顔。多分訓練のときの仕返しをされると思ってるんだろうな。と思えてしまうほど、その表情は冴えない。
でも、連れ出して話すんだ。
「いきましょう。風花もきて」
六花はテーセの手を取ると、会議室を出る。テーセはどうしようと顔に書いてある状態でついてくる。

「あの、六花、さん」
「なんです?」
テーセの手を引いて歩いていると、声が聞こえた。
「私に、怒ってらっしゃるんですよね?」
六花は立ち止まって振り返る。
「アウストに乗ってる時のテーセさんのやったことは、たしかにどうかと思います」
「…そうですよね」
「でも、会議室の大人のやり取りの方がむかつきます」
「え?」
「本当に、テーセさんは地球に残って働くことに納得していますか?」
「…それは先程の」
「テコさんやリンジーさんのいるところで話せないって思うんです。はいって言うしかない」
六花はテーセの本音が聞きたかった。多分そう思うことはないってわかるけど、本当に地球のことをいいところと思ってほしい。
「私、そんな」
「美味しいもの食べて、考えてみて」
六花は風花を見る。
「玲に電話して、カフェあいてるか聞いてみて」
「わかった」
「六花はテーセさんを着替えさせてくる」

六花のサイズでテーセには少し大きいくらい。違和感なく着られる。。
「これが、地球の、この国の服ですか。軽いです」
「テーセさんっていくつ?」
「私、この星の年数だと158歳になります。アーデアだと、ようやく成人ってところですけど」
「お姉さんは、お姉さんだ」
「六花、さんはおいくつなんですか?」
「六花は15歳。成人まではあと3年ある。子どもです」
「そんな年齢でパイロットなんて、特別な能力者なんですか?」
「うーん、普通の地球人とは、確かにちょっと違います」
「やはりそうなんですか」
「そういうのはカフェに行ってからで。風花、どう? 連絡取れた?」
「どうしよう六花」
風花が愕然としている。
「今、世間、ゴールデンウイークだ。カフェ、2時間待ち」
「お、おう」
訓練で曜日感覚はおろか、今日が何日かすら忘れていた。
「玲がなんとかしてくれるって。席は確保できないけど、スイーツは用意できるから、倉橋家の庭で食べなって」
「玲はどこにいるの?」
「カフェでバイトしてるからいつでもおいでって」
ありがとう。玲。六花はこれから向かう道の駅方向を見て拝む。
「あと、SCEBAIの周り、カメラを構えた人ばっかだからキュリ子使わないほうがいいって」
「カメラ?」
「エリアルの写真を撮りに来たらしいよ」
「そんな人いるの?」
「らしいよ」
「なにか、トラブルですか?」
テーセが心配そう。
「アーデアにもあるのかな? 今、基地の外は連続したお休みを楽しむ人でいっぱい。ここ、周り観光地だから」
「リゾート横の軍事基地はありますよ。他の惑星に湖あるんですけど、その横に基地があって、着陸のとき、泳ぎに来てる人の真上を飛ぶんです」
「そんな、のどかな感じじゃないかなー」
六花はテーセが人の数にやられないか、心配になった。

「元気か? 六花」
カフェの勝手口から玲が出てきた。白いシャツにギャルソンエプロン。髪を後ろでキュッと縛っている。
「なんか久しぶり。玲」
「風花…」
玲が風花に駆け寄って、胸におでこをトンとくっつける。
「会いたかった」
「バイトお疲れ様」
「私もって、言ってくれないの?」
玲の芝居がかった言い方に、風花が嬉しそうに笑う。この二人の関係は、適切な距離を保って進行しているように感じる。
「会えて嬉しいよ。玲」
「そっか。よかった。今作れるの作った。これ持っていって。庭には兄貴が案内する」
玲が保冷ケースを風花に渡す。
六花は駆け寄って玲の手をとる。
「ありがとう。忙しいトコ、ごめんなさい」
「いや、休憩する口実ができた。すぐ私も行くからゆっくり食べてて」
玲が店内に戻っていくと後ろに瓏が立っていた。
「こんにちは。皆さん。おや、異星の方ですか」
「瓏さん、ありがとう。こちらアーデアのテーセさん」
「もしかして、地球の食べ物、初めてですか?」
「はい」
「それはそれは。楽しんでくださいね。妹の自信作なので」

カフェから丘を登って倉橋家の母屋。敷地の端にテーブルとイス、パラソルがおいてあるスペースがある。そこから湖畔の店舗と行き交う人たちが見える。きっとここで倉橋家の人達が団らんしたりするんだろうな。
「人の数が多いですね」
「狭い国なので。有名観光地にたくさん人が集まります。この周辺は特に」
周囲の光景に驚きつつ、座ったテーセの前にパフェを置く。一つのフルーツでなく、盛り合わせたタイプだ。一般客への提供数に影響がないように、カタチが悪かったり、傷があったりするフルーツが使われている。まかないパフェと呼ぼう。
「アレルギーチェック問題なかったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
テーセはクレカみたいなカードを出してスキャン。
「大丈夫です」
「六花もいただきます」
「玲、ありがとう。風花もいただきます」
突き刺さってるアイスのコーンにクリームをのっけて食べる。六花が食べてる様子を見て、テーセは小さくスプーンでクリームをすくって、食べた。
「ふあ」
「テコさんが美味しいもの食べたときと、おんなじ反応だ」
テーセは六花のようにコーンにたっぷりクリームとフルーツを乗っけてかぶりつく。素敵な笑顔。ほんとに、戦った時とイメージが繋がらない。10倍以上の時間を生きてるはずなのに、年下感。

山のようなパフェが、普通のパフェサイズまで減った。
「テーセさん、ここに、地球にいられそうですか?」
口の横にクリームを付けてテーセが顔を上げる。六花はティッシュペーパーを出して、そのクリームを拭き取る。テーセの顔がみるみる赤くなる。
「テーセさんが訓練要員として、六花のバックアップとしていてくれるなら、心強いです。戦ったから、強いこと、わかります。六花はあなたに、防衛軍にいてほしいと思います。そんなテーセさんが、地球を守るに値する星だと思ってほしいんです。誰かに言われたからじゃなくて、自分自身で」
顔を拭かれつつ、テーセが六花をじっと見る。
「六花さん、ありがとうございます。うれしいです」
「六花って呼んでください」
「私のこともテーセと。雇用主なんですから」
テーセの表情が変わってきた。柔らかい。甘いもの効果かな。
「私、ああいう気質なので、本国ではいろいろ言われてます…。副団長なんて地位をいただいていますが、集団戦闘ができない、独断専行する。で、団長から、多分疎まれてます」
テーセはパフェをもう一口。
「今回のこの星での訓練要員というオファーもそのせいかなって思ってました」
「左遷というような?」
「まあ、そんな感じで。でも、今、六花さんは私がここにいたいと自分で思えるよう、心を配ってくれています。こんなこと、いままでなくて。戦闘成績から、上級士官として扱われはしますが、なんでおまえがここにいるのかって、面と向かって言われたこと、あるくらいで」
「それって、テコさん?」
「いえ、王女殿下はではありません。殿下はあの時、なぜ正々堂々と戦わないのかと問われました。あの時の私は多分、より重要な箇所を攻撃する、という戦略を立てて行動していたと思います。刃の出ていないジーレイアを掴んだのも、その時、最適なことと判断したからだと申し上げました。殿下はアーデアの騎士が卑怯者と取られる振る舞いをするとは、言語道断と私に刃を向けられました。
リンジーさんが私の性質をご説明して事なきを得ましたが、多分、まだお怒りかと思います」
「テコさんはテーセの戦い方を知らないの?」
「王女殿下が星をでられてから、入隊しましたので。おそらく」
テーセはなにか思い出したのか、涙を拭う仕草をした。
「私は紛争地域に派遣され、それらを鎮めてきました。自分では鎮めたつもりだったのですが、紛争の両勢力を壊滅させることがよくありました」
「すごすぎ」
「撃破数、撃墜スコアはどんどん上がっていたので、気がつけば教導団でした。しかも副団長。ただ、ジュード・ファーラデ団長の監視下におかれたと思ったほうがいいのかもです」
「その時に言われたの? さっきの」
「教導団ですから、他部隊を鍛えるため出張的な任務もありました。そんなときに、よく。その場で最年少で教導団なので、仕方ないって思ってました。私は飛ぶだけの存在。アウスト2が動きさえすればいい」
テーセは一旦スプーンを置く。
「でも、地球に来て、まだ3日。なのに、今、こんなことに。本当に信じられません。
私、他の星の人と話すのも、基地の外に出るのも初めてです。ましてや、こんな美味しいものまで。さっきからこの辺りが温かいんです。冷たいもの食べたのに」
胸の前で手を組んだテーセはまたスプーンを取って、パフェの残りきれいにかき集める。ちゃんと食べる子だ。
「私のために、私の居場所を作ってくださる六花さん。そのお役に、私、立ちたいです。私の意思で」
テーセはパフェを空っぽにして
「訓練ではまた、あんなこと、するかもしれません。それでもよろしければ」
六花はテーセがこの場で取り繕っていってるのではないと、信じた。
「よかった。地球防衛軍にようこそ」
「おーい、風花、六花」
「玲、お疲れ様」
ランチ紙パックとドリンクボトルを持って玲が丘を登ってきた。
「昼飯すら食べられなくてさ」
玲は風花の隣に座るとパックを開く。お肉のいい匂い。ハンバーガーが出てきた。両手で持ってぱくっとかぶりつく。テーセが興味津々。

「それは、ファルアですか? 挟んでいるのは?」
「どなた?」
六花は食べながら訊く玲に答える。
「アーデアのテーセ。機動兵器のパイロット。ファルアってのはアーデアのパンのこと」
「ふーん。うちにエリアルのパーツ追加依頼来たのと関係あるよね」
「うん。テーセ相手に模擬戦が始まったから。ちょこちょこ壊れる」
「痛くない程度に壊してよ。パーツは欠かさないから」
「これから、多くなると思う」
六花は訓練スケジュールを思い返す。リンジーが組んだらしいが、かなりハード。
「じゃしばらくいるんだ、テーセさん」
「え、あ、はい」
「私、倉橋玲。六花の親友やってます」
「玲はこのカフェのメニュー開発担当なんだ」
六花は追加説明する。玲はテーセの目がバーガーを追うのを見て
「明日でもさ、お昼食べに来てよ。興味あるんでしょ。明日も私いるしさ」
「ありがとうございます。ぜひ」
テーセが笑う。なんだろう、この妹感。歳上なのに。でも懸念が一つ。
「テーセの服もいる」
「あ、もしかして今着てるの、六花の?」
「うん。アウトレットいかないと」
「いや、六花、明日は近づけないよ。アウトレット」
風花が言う。ゴールデンウイークはあと1日。
「六花の服を貸すしかあるまい」
玲が言うと、風花が続ける。
「いいんじゃない。テーセさん似合ってるし」
六花はテーセを見る。
「うむ。だがしかし持ち主的にはちょっとくやしいぞ。テーセかわいい」
「あ、え、私が「かわいい」ですか?」
飲み過ぎテコさんばりに赤くなる。
「六花より似合うのは、身体のラインのせいかな?」
「ふん。どうせ六花は」
すねたら風花が笑って脇腹をツンツンしてきた。
「明日、私の服も着せてみたい」
と玲が笑うと
「あの、すみません」
テーセが恥ずかしそうに発言。
「どうしたの?」
「もしかしたらなんですけど、私、もう皆さんのご友人チェーンに組み込まれてます?」
「組み込んだ」
六花は即答する。玲が続ける。
「次休みいつ?」
「赴任したばかりでまだスケジュールはわかりません」
「六花、明日お休みだから訓練はないと思う」
「じゃ、こっちから申請すればいい。相手はテコさん?」
「そうですね。通るでしょうか?」
「トモダチとご飯行くから明日お休みにしてって言ってみたら?」
玲がいつものキレイな声で笑う。
「風花のブレスレットで直接聞いてみよう」
六花は即実行した。
あっさり、許可が出た。テコは話を聞いている間、笑っていた。
「じゃ、明日、ランチ会ね。風花と、テーセさんの分用意しとく」
玲の計画に六花はいない。
「あれ? 六花どうするの?」
風花が聞く。
「六花は陽奈とデート。陽奈から自慢のメッセージ来てた」
「じゃ、私もそばにいないと」
風花がちょっと焦ってる。修学旅行以来、離れることがトラウマになってしまったようで、よくない。
「風花、明日は大丈夫。陽奈のお母さん一緒だし」
「危機管理の面で何の利点にもならないよ」
風花は考え込んでしまう。
(風花、玲と一緒にいてあげて。もうこんな時間あまりないと思う。だから六花も陽奈と時間作るから)
六花はナノドライブを起動して風花だけに話す。
(今だけだと思うから。多分)
(…わかった)
「向こうの親御さんに御迷惑かけないのよ。六花」
「母ちゃんか」
六花が笑いかけると風花が頷く。
テーセと玲は明日のメニューについて話してる。

Chapter-3 六羽田六花 15歳 口づけせよとはやしたて

「気をつけてね。六花」
風花が見送る中、六花はロードバイクにまたがった。フレームにはテコバイクのロゴ。SCEBAI制作のカーボンフレーム。テコが見繕った超高効率バッテリー。倉橋航空機の大型ドローン用のハイパワーモーターが組み込まれた、電動アシスト自転車。ネットでは密かに顧客を増やしている。防衛軍の資金源の一つだ。ロード型TB-02Fu、その六花カスタム。身体に合わせて小さく、アシスト量などのコントロールがナノドライブでできる仕様。
「行ってきます。玲とテーセによろしく」

テコバイクTB-02Fu カタログ表紙 モデルは風花

SCEBAIの敷地内ではアシストを全力に。ちょい漕ぎで軽々と通用門まで走る。ナノドライブでゲートセンサーにアクセス。門が開く。
公道モードにして陽奈の家を目指す。すると、フェンスまわり大きなカメラを持った人たちを何人も見た。これがエリアルを撮りに来た人たち?
「今日は飛びませんよう」
あのテーセとのお茶会の日、玲にきいてSNSを調べてみた。するとエリアルEやアウストが飛んでる写真が沢山投稿されている。格納庫が奥にあるので、乗り降りしているところは撮れないらしく、六花の姿を捉えたものはない。世界的にも珍しい機動兵器の運用基地として、そして宇宙港として、注目されているのは間違いない。そのため、キュリエッタが飛ばしにくく、今日は自転車にしたわけだ。
そして宇宙港周辺道のクルマはかなり多い。県外ナンバーばっかりだ。それでも陽奈の家のあるあたりまで来ると喧騒はなくなった。
「今日は自転車だ」
陽奈が家の前で待っていた。
白いセーラー襟のワンピ。日差しにキラキラする。
「おまたせ」
「待ったよ」
陽奈家の駐車場の脇にテコバイクを止めて、ロックする。と
後ろから抱きすくめられる。
「何日ぶり? 私をほったらかしすぎ」
「だから、今日、ほったらかし温泉いくの?」
「そうだよ。仕返しに六花を裸でほったらかす」
「ぎゃくたい」
「じゃ、埋め合わせして」
陽奈が頬ずりしてる。六花は回されてる腕を取って手の甲にキス。後ろで陽奈がぴくんとなった。あんなこと言ってて、このくらいで驚くの? 
「これ以上はだめだよ。たぶん、ママ見てる」
「え、今のはいいの?」
「承認済み」
「そうなん」
「さ、温泉いこ。ママ呼んでくるね」
腕を解いて、陽奈が家にかけていく。

結構、登山だった。
六花は陽奈と山頂のカフェを目指している。陽奈ママは下の温泉。
「登山しなーい。温泉にいるー」
とゆったりしてるらしい。
山道を歩いていると前を行く陽奈が振り向いた。
木漏れ日、風の音。鳥のさえずり。陽奈は笑顔。
一歩近づいてきて、六花にキスをする。
「陽奈!」
さっき手の甲でびっくりしてたのに、初めてなのに、陽奈の仕草、すごく自然でさりげない。でも、気持ちが伝わってくる。スマートだ。
「ありがとう。六花。来てくれて」

「ううん。来られてよかった」
それ以上の言葉は出てこない。六花は自分が真っ赤になってることがわかった。テコさんとのキスとは、違う。比べてしまう自分に、ちょっとなあ。と思ったが仕方ない。陽奈と手を繋ぐ。あたたかくて、少し汗。
陽奈がそれなりに緊張していたのか、歩いて体が温まってるせいかはわからない。

「おいし」
山頂のカフェ。甲府盆地を一望する場所で二人並んでアイスクリーム。
「ほんとに忙しくなっちゃったね。六花」
「ごめんね」
「私は大丈夫、になった」
「…さっきの、キスで?」
「ふふ。六花は?」
「あんまりさりげなくて、びっくりした」
「悩んだからね。どうすべきか。二人の初キスはどうあるべきか」
「答えを得たの?」
「うん。自然な成り行きに任せることにした」
「成り行き?」
「自然がそのタイミングを教えてくれるの。さっき、鳥が鳴いてたでしょ。口づけするなら、今だって」
「陽奈、おくすり、してる?」
「気を悪くするぞ。こいつめ」
脇腹に一発入った。

「ほほう。いいね。いいよ。六花」
「えろおやじ」
温泉まで降りてきた。服を脱いでいると、陽奈からチェックが入る。風花が帰ってきたあの時、二人で買ったブラのセット。六花はパステルブルー。陽奈はパステルイエロー。カタチは違うがどちらにも同じ桜の花のモチーフがワンポイント入っている。あれからそれなりに使っているけど、選んだ陽奈が見るのは初めてだ。
「私冴えてたな。あの時」
「いいの選んでくれてありがとう」
きれいに畳んでロッカーの中に。と、タオルを巻いた陽奈が後ろに立った。
「なに?」
耳元で声。
「今度は脱がす」
「あ、え?」
言葉の割に、さわやかな笑顔。ちょっと、お母様、あなたの娘さん、えろいです。当の陽奈ママはぽわーんと座っていた。ちょっとのぼせ気味らしい。

笛吹川の公園、恋人の聖地という場所。
見晴らしのいい場所にプレートと無数の鍵。
「つけていく? 鍵」
「そんなこと、しなくてもって思う」
陽奈は楽しそうに歩きながら
「そうだね。鍵用意するお金で、なんか食べよ」
いろいろ食べて、有名な夜景をちょこっと見て、帰る。テコバイクがあるので、陽奈の家に。
「全部ごちそうになっちゃって」
「気にしない。気にしない」
陽奈ママが笑う。
「六花ちゃんはもう、うちの娘みたいなものだから」
「え、え?」
「そういうこと」
陽奈も笑う。どう言ったら、気持ちが伝わるだろう? ありがとうの上位変換ってないの? 会ってありがとうって伝えていくしかない。がんばって時間作らないと。こんなに六花のことを思ってくれている人がいるのだから。
「泣いてるの?」
ポロポロと勝手に涙がこぼれる。
「いわゆる、目から汗」
「定番だ」
そう言って陽奈が六花をふんわりと抱き、その上から陽奈ママが二人を抱きしめる。
「定番です」
六花はしばらく動くのをやめた。

快調に走るテコバイク。ちょっとアシストを高めにして、夜の道を飛ばす。明日から普通の日。交通量は戻りつつある。SCEBAIのゲートを越えて敷地内を宿舎を目指す。と、庁舎の方で光がうろつくのが見えた。
「なんだろう?」
庁舎が見えてくる。玄関の辺りに人影。聞こえてくるのは、誰かの泣き声。声質に聞き覚えがある。
「どうしたの?」
きゅきゅっとテコバイクを止める。
「六花! おかえり」
風花が振り返る。その足元に号泣しているのは
「千種! どうしたの?」
「六花先輩…だい、大丈夫です」
風花と千種、千種の横には詩歌もいる。とモーター音がして、来海に行くときに使った電動ミニバンが横付けされた。
「早く乗れ、ガキども」
「由美香さん、もうちょっとお話聞いて!」
由美香と千種。一体どういう組み合わせ?
「それはあとだ。門限だろう」
「由美香さん…」
「行こう、千種。由美香さん、ありがとうございます」
千種を引っ張って詩歌が由美香の乗ってきたミニバンに乗り込む。スライドドアが閉まる。
「寮に送ってくる」
由美香がそう言ってミニバンを発進させた。加速していく。
あとには風花と六花が残った。
「何があったの?」
「帰ろう六花。お部屋で話すよ」
風花が促す。二人が並んで歩き出す。六花は現実味のまったくないさっきの光景を思い出していた。泣いている千種。そういえば前にアイミになにか頼んでいたはず。
「アイミ、あなたは知らないの?」
六花はスマホを出して話しかける。画面にアイミがでてきた。
「お部屋で話す」
「アイミもなの」
素敵な夜だったのに、突然モヤッとした不安が襲ってきた。
「風花、ランチ会はどうだったの?」
六花は話題を変える。
「テーセがかわいかった」
「…何か見えてくる」
「玲が服大量にあげてた。サイズアウトした服残ってて」
少し気持ちが持ち直した。

Chapter-4 六羽田六花 15歳 二人暮らしと頭痛薬

千種がアイミにお願いしたのは、お話ができるお姉さんを作ってほしいというものだった。
福地千種の家族はアスリートばっかりで、千種だけがそこから外れている。
家族はそんな千種を大切にしてきた、中でも姉の瑞葉は孤立しがちな千種をサポートしてきたそう。しかし、突然の心臓疾患で2年前、亡くなってしまった。詩歌は千種の心の穴はまだ塞がってないと言っていたそう。塞ぐなんて無理。と六花は思う。
千種は家族が過保護すぎて…と西湖女学院への入学理由を語っていたけど、この出来事が大きく関わっていることは間違いない。
千保を亡くした時と時期的に大きな差はない。悲しい親近感。
「お姉さんの写真や動画、いっぱい持ってきて、アイミのようなお話ができるモデルの制作をお願いしてたんだって」
風花の話をアイミが続ける。
「そのお姉さんがね、由美香さんに似ていたの」
アイミは神城千保の記憶全部という膨大な情報から構築されている。言ってみれば六花に憑依していたゴーストを別の器に移したもの。全部が全部移しきれなかったそうだけど、ちょっと補完すれば人格が形成できる状態にあった。
でも、普通に生きてきた千種の姉、瑞葉が残した情報はそれに比べればあまりに少ない。
会話できるモデルを作ろうとすると、普通のおしゃべりAIと変わらない。
アイミは提案した。
由美香さんがお姉さんの外見に似ている。彼女の情報をある程度使ったモデルにすると、人としての完成度が増す。やってみる?と。千種は承諾した。
外観だけでなく、思考ルーチンまで足りない部分を由美香で補った疑似瑞葉が話せるようになったのが、今日。
さっきまで千種と詩歌がちょっと変わった瑞葉をモニターに出しておしゃべりしていた。千種は楽しそうだったとアイミは言う。
「変なお姉ちゃん」
といって笑っていた。
「サーモスキャンで身体が暖かくなってたくらい」
庁舎の会議室のモニターを使って会話を楽しんでいる時、たまたま、由美香が通りがかった。
彼女は画面で話す自分の亜種を見て、何をしているのかと問いただした。
強い口調に千種は固まってしまう。詩歌とアイミが代わりに説明する。
「絶対にやめろ。こんなのを心の拠り所にしてどうする」
千種はただ首を横に振っている。こんなことしなくたって、今まで生活してきたのだから、充分、千種は強い。由美香はそういった。
「それでも、私は寂しかった。話したいこともいっぱいあって」
「逃げ道を見つけて、弱くなっているからだ」
自分の姿や言葉が誰かを弱くするのに使われるのは納得いかない。使用を認めない。と由美香はアイミに告げる。もともと、許可を得ていたことでもないので、モデルの表示は停止。千種は泣いて由美香に訴えたが
「もっと周りを見ろ。今自分を支えてくれている人に心を向けろ」
と告げると、門限までに返すとして、クルマを取りに行ったそうだ。
自分を支えてくれる人。陽奈とママが思い浮かぶ。六花は由美香の言葉が腑に落ちる。
「こういうの、嫌いだったのかな? 由美香さん」
風花がお茶を飲みながら話す。風花の部屋、風花はベッドに座り、六花は床にぺたんと座っている。
「現実主義者感はあるよね」
とはいえ、あそこまで強く止めた理由はなんだろう? 由美香のことは知らないことが多い。透子と防衛大からの友人としか。
「ただいま~」
「あ、せんせ、帰ってきた」
六花は風花の部屋からダイニングへ。
「おかえり。せんせ」
「まだ起きてたの? 明日学校だぞ」
「せんせ、聞いた? 千種のこと」
「やっぱそれか」
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを取ってダイニングのイスにぽんぽんおいていく。風花がそれをささっとまとめてハンガーにかける。
「ありがとう風花」
透子が冷蔵庫から缶ビールを取り出す。そのまま飲もうとするので、六花はカマンベールチーズとグラスをテーブルに置いた。
「なにか食べないとだめ」
「ありがとう六花」
カマンベールチーズをかじって、透子がビールをグラスに注ぐ。
「アイミが勝手に由美香のデータ使ったのは、良くないよね」
「ごめんなさい」
六花のスマホが喋った。
「さらにあいつが六花達と程度は違えど、宗教がらみでよくない経験をしてるんだ」
「そうなんですか?」
「あいつ、玲ちゃんと一緒でさ、親父さん、社長なんだよ。電気機器メーカーの。でも母体が宗教団体」
「じゃ、大きな組織だったんですね」
「神の国ほどじゃないけどね。で、あいつが学んだ技術を宗教団体のために使うように強制されたそうだよ」
「そんなことが」
「あいつ、優秀だから高校生の時点で結構、いろいろ持ってたんだよね。マンマシンインターフェースの技術を信者のマインドコントロールに転用したいって言ってきたらしい。それまでは一応学費は出してもらってたから、実家や宗教とはそれなりの距離を保ってたんだ」

透子がビールを飲む。よく知ってる。やっぱり由美香と透子が親友だってことを話を聞きながら六花は思う。
「でもその一件で実家と関係を切ったそうだよ。防衛大に入って、そこから地球防衛軍にきて、追われにくい道を選んできたんだ」
ビールをもう一口。透子の視線はどこか、過去を見ている。
「千種ちゃんのお姉さんモデルは避けてきた誰かを惑わす技術だと思ったんだろうなって。それが自分の姿を使ってるからなおさらね」
透子がグラスのビールを飲み干す。
「せんせ、一本だけですよ」
「わかってる。千種ちゃんに伝えて。もしさ、ただ喋りたいってことじゃなくて、聞いてほしいとか、伝えたいって思ってることがあったんなら、AIモデルじゃなくて、由美香にぶつけてみるといいよ。あいつ、きっと、いいこと言うよ」

「…なんて、いえば、いいです?」
「お話、聞いてっていえばそれで充分だって」
うーたん部部室。六花は透子から聞いたことを千種に伝えた。

「どこに、連絡すれば、いいんですか?」
「アイミがつなぐよ。アイミのやらかしだし。だからアイミに連絡して」
「考え、ます」
「由美香さんに話して、千種の思っていたことは遂げられそう?」
「AIモデル作りの時、とか、この間、怒られたときとか、由美香さんが、なんだか姉に見えてきて、不思議です。だから、きっと、大丈夫です」
「わかった」
数日後、由美香の休みに合わせて会うことになったと千種が知らせてきた。

「そうなんだ。会うんだ」
久しぶりに3人揃って夕食。風花のカレー。
「由美香がねえ」
「せんせ、意外?」
「意外ってほどじゃないけど、真剣だなって」
透子がカレーを平らげて、食後のお茶を飲んでるとき、切り出してきた。
「六花、風花、伝える」
「なに? せんせ」
「これからの訓練期間、ラボで寝起きして」
「え? ラボで?」
「そう。ラボで二人暮らし。オーバードライブ後の頭痛の度にこことラボ、行ったり着たりしてるから。ラボに部屋用意した」
「せんせは?」
「私はこのまま、ここ」
「心配」
「自分の身体の心配しなさい。六花」
透子がちょっと呆れ顔で見てる。
「風花は?」
「風花は六花がこわれてる時のお世話係をお願いしたい」
「あ、全然。いいですよ」
風花があっさりと承諾する。
「せんせが心配」
「そんなこと言って、六花、寂しいの? 怖いの?」
「…どっちもだよ!」
やっぱり涙出てきた。
「六花、私がそばにいるから。ずっと」
「風花がフラッシュバックしたとき、六花が寝込んでいたら、すぐ行ってあげられない」
「そんなときはためらわずに呼びなさい。私、主治医だから」
ふと透子は目を伏せた。
「私がさ、六花と風花にお世話してもらう立場から独立しないとなって思うしさ」
「せんせ、六花たち家族って言ったじゃん。独立なんてしなくていいよ」
「お互いのこと思ってるのと、お世話かけっぱなしとは違うよ。六花」
透子はガラスの急須からそれぞれの湯呑みに少しずつ何度も注いでいく。濃さを均一にする注ぎ方。
「やってみようよ。私の生活おかしくなったら、助けてっていうよ」
「…すぐに言って」
「私のこと、舐めてるな。2年前はちゃんと一人暮らししてたんだよ」
「おばさまから聞いてる」
六花の答に透子が歪んだ笑いを浮かべる。
「おふくろめ」
「透子さんの一人暮らしどんなだったの?」
風花が訊く。
「おばさまは絵に書いたようなだめな子って言ってた」
「大丈夫。六花との暮らしで鍛えられた」
「それは認める」
柔らかい、透子の笑顔。オーバードライブ後の頭痛を克服するまでだ。できなくても、東京行ったらまた3人暮らし。少し耐えよう。
「頑張ってみる」

「うらうら、クソガキ、逃げるだけか!」
洋上を2機のアウストが飛ぶ。その先にエリアルE。
そういうモードの時、テーセは六花のことをクソガキとしか呼ばないので、彼女の状態がよくわかる。ノリノリってことだ。
2機の連携攻撃で六花は洋上に抑え込まれていた。
「タイムアップまで3分」
アイミが告げる。あと3分で敵の往還機が宇宙港に降りてしまう設定。アイミは胸が正常化されたパイロットスーツ姿で座っている。

「テーセから落とす。エレの牽制は任す」
テーセが自分の複製AIであるエレートをエレと呼んでいるのに合わせた。
「わかった」
六花はオーバードライブを発動。周囲の動きが遅くなる。
背中のバックパックからロケット噴射。海水が爆発的にはねて広がる。その水滴すら見える。海面上をあおむけてホバリングし。上空のテーセ機に照準。トリガーを引く。
「アウスト1武装使用不可」
ハルバートで受けて自機を生かした。その間にエリアルEを急上昇させた六花は今度こそ至近でライフルを構える。
「させるか! クソガキ」
テーセはバリアを張って突撃してきた。直線的な動きで六花は冷静に相手を射抜く。しかし、バリアがセンサーに干渉した。言いようのないノイズがゴーグルを通して六花を襲う。
「きゃあ」
オーバードライブが止まる。
『アウスト1撃墜確認』
テーセ機が視界から素直に消えた時、復活したセンサーに急降下してくるエレ機が捉えられた。
「あ」
エレ機の連射がエリアルEを貫く。判定となった。
「エリアルE被弾。戦闘不能」
「はは、勝ったぞクソガキ! 今日はスペシャルパフェだ」
「勝ったのはエレートでしょ。あんたじゃない!」
アイミが反論する。
「こいつと私は同じだ。ということで、パフェだ」
『訓練終了。帰投せよ。AE04パイロットは投薬開始』
「…了解」
手のひらサイズのボトルをパイロットスーツに接続する。点滴の様に薬が投与される。
「あ、この薬、ダメ」
投与の瞬間で六花は意識が遠のくのを感じた。エリアルEが落下する。
「六花! 大丈夫? 着陸地点に救急車要請。パイロットに薬物被害」
機体コントロールを代わってアイミが叫ぶ。AIなのに。叫んでる。何も言わないエレートと違いすぎ。
『コントロール了解』
そこまでは覚えている。

いつものラボの天井。
頭痛はない。手足はあり。目は見える。耳も聞こえる。身体も動く。
六花は体を起こした。
ベッドの横にはテーセが居眠り中。かわいい。見覚えのない服。玲があげたやつかな。
六花の動く衣擦れの音で目を覚ます。
「六花さん! 私、ごめんなさい。寝てしまって」
「テーセも疲れたよね。パフェ食べた?」
「いえ、着陸後、すぐこちらにきたから。そんなことより、体調は?」
「とりあえず、なんともないっぽい」
六花は上半身を動かしてみた。問題はない。ホッとしてるテーセに視線を戻す。
「すごいテーセ。バリアでセンサー封じるとか」
「よかったのか、わるいのか、わかりませんけど、バリアもビームも電波だから、どうとでもつかえるかなって」
機転が聞いて、操縦能力も高い。異色だけど、すごいパイロット。
テーセにあの時の記憶はちゃんとあるらしい。でも、降りてる状態でクソガキ発言が出ることはない。不思議だ。
するとドタドタ足音がして、風花が透子を連れて飛び込んできた。
透子が手持ちカバンから消毒パッドと空の注射器を取り出し、手際よく採血する。
「状況は?」
「正常に感じます」
透子の手の甲に傷。
「せんせ、怪我してる」
「ん? ああ、リンジーと殴り合ってきた」
「え?」
「あの野郎、私に無断で薬取り寄せてやがった。六花の過敏性を考えもせず。挙句の果てにこれでしょ。許すわけがない」
「殴り飛ばしたの?」
「顔は狙ってない。お互い。ボディのみ」
「ふ、ふりょう」
「古い言葉知ってるわね。六花」
透子がペンライトで六花の瞳孔反射を確認。
「やんのかこらっていってたよ。やんのかって聞いといてすでに拳は繰り出されていたけどね」
風花が面白そうに話す。
「ヤンキー映画だ」
「あの、なにがなにやら?」
テーセが取り残された。
「というわけで、テーセ、パフェはリンジーに奢ってもらって。話はついてる」
今度は触診。きもちいい。手首になにかパッチを貼られた。
「あ、はい」
「頼みにくそう」
「あ、そんなことないんです。リンジーさん、甘いもの大好きなんで」
「あ、けっこうベタなタイプなんだ」
あのハードな容姿で甘いもの好き。テンプレか。
六花はリンジーがパフェを食べる姿が容易に想像できる。
「あの角だと目立つね」
透子が六花に聴診器を当てながらつぶやく。
「玲のカフェ。異星人と会える店って、有名になるね」
風花がサイドテーブルにお茶を用意してくれた。
「テーセ、ありがとう。あとは私やる」
「ん。お大事に。六花」
「リンジーさんとカフェ行ったら写真撮って。見たい」
「ふふ。わかった」
二時間ほどして写真が送られてきた。

「リンジーさんの角が輝いてる気がする」
六花は素直な感想を言う。
「美味しいと角光るのかな?」
しばらくすると、玲から風花にメッセージ。
「異星人カフェって噂になってるって」
「テーセとリンジーさんか。画になるよねえ」
食べてる二人を遠目で見てる人たちを想像する。風花が続ける。
「でも、異星人カフェって、猫カフェの新種?」
「玲がビジネスにしそう」
六花が笑うと風花も笑った。
「小駒とか使って? やばっ」
修学旅行をしっちゃかにした魅了機能をもつあの異星人がいたら、大変なことになりそうだ。

風花といっしょに勉強をして、ご飯を食べて、また少し勉強して、お風呂に入って。そこまでは平気だった。ベッドに入って違和感に気づく。
「体温調整がうまくいってない感じ」
「熱はないよ」
非接触体温計を片手に風花が答える。なんだろうこの感じ。妙に頬が熱い。
「六花が赤い。火照ってる?」
「火照り?」
「火照りって言うのは赤面の度を越したやつみたいな。のぼせる。はわかる?」
「うん、そんな感じかな」
「薬のせいで自律神経、乱れてるかも」
「ひゃ」
おでこに置かれた風花の手が冷たい。その手が熱い頬に移動する。
「んっ」
「どうしたの?六花」
「ぞわぞわする」
「テコさんがチョコレート食べた時の感じかな?」
「そんなのわかんない」
「ねえ、六花」
風花が真上から見下ろしてくる。逆光になった表情は真剣。風花も少し頬が赤い気がする。
「私とキスしたいと思う?」
「な、なんで?」
「テコさん、キス魔になるでしょ。チョコ食べると」
なんで、そんなに詳しい?
「症状が似てるから、六花もなるって? そんなことあるか」
「ないの?」
「ないよ! 顔が熱いだけ」
「これでも?」
「んんっ」
風花の冷たい指が唇をなぞる。ゾクゾク感が止まらない。
風花の顔がまともに見られない。
「…ならないよ」
一応、否定しておく。
「こども六花め、キスしたい感覚がわからないんでしょ」
多分あたってると思う。
「年下のくせに」
負け惜しみ。風花の指が唇から離れない。くらくらする。でも…
「六花だって、何度もキスしてるから、わかる」
間違ってはいない。
「されてるだけでしょ。六花」
間違ってない。
「どうしてそう思うの?」
「ずっともじもじして、こういう時どうすればいいかわかってないでしょ」
風花が抱きついて来ると、くるっと回って、今度は六花が風花の上に乗る格好になった。見下ろす風花の顔。きれい。目と唇はキラキラしてる。

「風花…」
そうか、こういう感覚。近づきたい。触りたい。これがしたいってことか。陽奈にはそんな気持ちになったことない。薬のせい? これが六花の欲望なの? 自分でもわからない。ただ、風花に触れていたい。
「どう? 六花、私にどうしたい?」
でも、いいの? 玲の顔が浮かんでしまう。
「ダメだよ。玲が悲しむ」
「見てないよ」
「そんなこと」
「いいよ。六花。薬のせい。本当の気持ちじゃない。それでいいよ」
「風花…風花はいいの?」
「前からいいって、言ってんじゃん」
「言ってないよ」
「伝わってるでしょ」
六花は目でうなづくと。顔を近づける。風花が目を閉じた。
陽奈みたいにさり気なくできないけど。唇が触れた。
「ぎこちないね」
「年下のくせに」
もう一度キスする。なんだろう。甘い。風花の匂いのせいだろうか?
おひさまの匂いがした陽奈とのキスとは全く違う。ちょっとだけ舌を感じた。
「えろい」
「こんなんでえろいとか、思春期か」
「思春期だよ。いっつも思うけど、風花、ほんとはいくつなの? 亜光速で数年飛んでない?」
「ちゃんとワープしてます。心がお姉さんなだけ」
「えっちなお姉さんすぎる」
六花は笑ってしまう。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
肩の力を抜いて、風花の隣に寝転ぶ。
「落ち着いたけど、どっと疲れが来た」
「寝なよ。ちゃんとお風呂入って学校間に合う時間に起こしてあげる」
「ありがと。風花」
陽奈、風花とキスして浮気者なのだろうか。六花は自分が本当によくわからない。誰が好きなんだろう。どっちも大事なのは考えとして、ヤバイのかな。まぶたが重い。風花に見守られている。

「け、経過報告」
二人で朝ご飯を食べてると、透子が飛び込んできた。制服着てメイクもしてるが、髪が爆発気味。
「せんせ、やっぱり」
「大丈夫。暮らせてるから」
「昨晩、自律神経の失調がありましたが、無事治ってます」
風花が報告しつつ、ヘアブラシを持ってきて透子の髪をブラッシング。
「あ、いいよー。ありがとう風花」
透子は髪を整えられながら六花の腕を取ってパッチの上にスマホをかざす。
「ホントだ一時的な、のぼせみたいな異常が記録されてる」
「これお薬テープじゃないんだ」
「これで体調変化記録できるんだよ。売ってくよ〜。で、どうやって治した?」
「あ、え」
六花は言い淀む。
「風花の愛」
透子の髪をツヤツヤストレートに仕上げた風花が自慢げに言う。
「あ、ふ~ん。この心拍の乱れは愛か。治ったならいいわ。風花ありがとう」
透子が姿見で自分を確認。
「このツヤがなかなか自分で出せないのよね」
「今度、教えます」
「よろしく。もう行くね。二人も学校遅れないのよ」
「はーい」
出掛けに透子が六花を抱き寄せる。
「たくさんドキドキしたみたいね。六花。気持ちよかった?」
理解に少し時間がかかった。
「ななな、何いってんの! 朝から! えろとーこ!」
「いってきまーす」

「明日からの期末テスト、がんばってくださいね」
「え、テスト?」
「六羽田さん、どうしたの?」
明美先生が訊く。明美先生が担任だったのも最近知った気がする。
「いえ、時の流れが早すぎます」
「六羽田さんは大丈夫でしょ。お仕事とお勉強、どっちも頑張ってね」

「六花、テストヤバイの?」
「だれか、ノート見せて」
玲に聞かれ、六花は素直に助けを求める。
「うちおいで」
陽奈が答えながら、六花の髪の結びを治す。

「じゃ、風花は倉橋の家が責任を持ちます」
「家?」
「そう家で」
玲が笑ってる。風花は嬉しそうだが
「六花のガードは任務だから、みんなで集まれない?」
「じゃ、ウチでいいんじゃね。おやつ食べながらやろ」
玲がそう言うと、後ろから声がした。
「せんぱーい、うちらもいいですか?」
テスト期間は同じだから、2年もテスト。
詩歌、千種、碧の3人が校門に集まっていた。
「うお、たかりだ」
「そんなんじゃないですけど、ゴチになります」
「いいけど、代わりにおまえら、夏休み、店手伝え」
「いいっすよ」
碧は即答。
「カレン先輩の大会があるんで、すぐに帰らないんで」
「頼もしい」
「でも、テスト成績次第なんで、今日にかかってます」
「それは碧が頑張んなよ」
「いや、脳みそには甘いもの。定番っすから。部長」
「やっぱ、たかりじゃん」

倉橋家で六花はナノドライブの記憶領域に陽奈と玲のノートを刻み込む。内容を抽出し両方のノートに重なって書かれている重要部分を上位記録として分類する。それをノートに書き出して、確実にしていく。風花もほぼ同じ方式。
みんながナノマシンを使うようになったら、学校の勉強ってどうなるんだろう? 六花はこの行為をする度に思う。
「すごい集中力だね。六花」
「パフェ、作り直そうか?」
陽奈と玲に言われて気づく。クリームがてれんてれんなってた。
「味は美味しいから、いいよ」
たべるというか、飲む。
「行けそう? テスト」
「なんとかなるとは思うけど、今回は1位じゃないかもしれない。風花も本格参戦してるし、陽奈のノートすごいし」
「でもまあ、またうーたん部で上位独占できれば、さらに部活やりやすくなるから、いいんじゃない」
「ありがとうございます。先輩」
詩歌が隣のテーブルから頭を下げる。
「お前ら、結果出せ結果」
玲が机をバンっと叩く。
「やべえ、パワハラ部長やん」
六花は笑いながら千種を見る。ちょっと緊張した面持ち。
「千種、由美香さんと会うのはもうすぐだっけ?」
「はい、夏休み、最初の日です」

Chapter-5 幸田 碧 14歳 君に伝えたい言葉

「こんに、ちは。由美香、さん」
「話ってなんだ? 千種」
「お茶しま、せんか。立ち話も、なんです、し」
一生懸命話している千種、黙って聞いている由美香だったが。
「中学生にそんな気を使わせてごめん。私が気づくべきだな」
「そんな。じゃ、近くのあそこに。どうか、一緒に」
「いや、ちょっと待って」
由美香が千種にヘルメット差し出す。
「せっかくだから、美味しいとこ行こ」
「はい。うれし、いです」
千種がヘルメットかぶると由美香が顎紐を止めてあげて、電動オートバイ、テコバイクTCE-01 RKAにまたがる。レーサーレプリっぽい外観の小さめの後席は千種にピッタリ。

TECO BIKE TCE-01 RKA Leaflet モデルは六花

「つかまって」
由美香が千種がきゅっとしがみついたのを確認して、走り出した。

「行っちゃったよ! 早く追って!」
双眼鏡で二人を観察していた碧は運転席の晴人に言う。
「トレースしてるよ。ご心配なく」
いつもの電動ミニバンのダッシュボードにタブレット取り付けられている。そこには地図と千種のスマホの位置が表示される。
「さて、行くか」
晴人が駐車場からクルマを出す。千種になにかひどいことが起こったらすぐフォローできるようにと、碧は尾行を計画した。六花や風花に相談すると、その日お休みだった晴人と小霧が協力してくれることになった。
そしたら詩歌もついてきた。まあいいや。
助手席に座る碧はとにかく千種がどうなるか心配で仕方ない。千種が落ち込んで引きこもったら、うーたんチャンネル、誰が編集するの。千種は碧がメインで配信してるうーたんチャンネルで、くるみんこまちのちくちくさんとして、けっこう、認知度が上がってる。夏休みで動画撮りまくる予定なのに。落ち込ませない。それがこのミッションの使命だ。
「キリ様ー。一段ときれい」
一緒に来てる詩歌は森 小霧にべったり。当てにならない。
「あ、六花先輩」
フロントガラスの向こう、上空をエリアルEとアウスト2機がデルタ編隊を組んで上昇していく。碧は機影を目で追う。程なく見えなくなった。
「今日は高天原あたりで模擬戦って言ってたな」
「夏休みも訓練なんですね」
「まとまった休みは一応あるよ。おれたちと交代だから、今年はみんなで遊べないかもな」
「そんなん、休み申請すればいいのよ」
小霧が詩歌の髪を結びながら言う。
「詩歌は来海に泳ぎに行きたいです。キリ様」
「日焼けがさ、怖いわけよ」
「富士山の麓で暮らすの最後になるかもだから、このあたりでなにかしたいね」
晴人が言う。そうか。宇宙留学するんだっけ。この二人。で、詩歌がついていけるように別ルート突破のために猛勉強してる。
私は配信とカレン先輩の応援と。夏は忙しいな。

「富士吉田の方かな」
「いいカフェいろいろあるからそうかも」
進む先を見て晴人と小霧が言う。
予想通り、二人のバイクは富士吉田市街へ。駅近くのコインパーキングで止まった。こちらもクルマを停めて、後を追う。

「なにそれ」
建物の影から由美香と千種を観察しつつ、碧は詩歌に問う。
「なにとはなによ?」
「なんで尾行なのにそんな地雷系な感じなの? この暑いのにコートとか目立つじゃん」
詩歌が反論してきた。
「はあ? てか碧、変装がいるからってメガネとか、ベタすぎやろ」
「詩歌だってメガネじゃん」
「で、碧はなんでセーラー服? どんな趣味?」
「制服が1番町に溶け込むんだよ」
「もう夏休みやん。で、なんでセーラー服なんて持ってん?」
「部活の子は行くでしょ学校。これは配信用」
「いいから、追えよ。君たち」
小霧に言われて動き出す二人。
「なんでそんなに意地張り合ってんの?」
「私の方が千種のこと、大切に思ってるから」
「私の方が千種を、大事に思ってるから」
同時。
「わかった。わかった。千種は幸せだってわかった」
詩歌が歩きながら
「中学入ったときから、寮でずっと同じ部屋なんやから。一緒に寝起きしてる私が一番仲が良い」
「詩歌、私と千種でうーたんチャンネルどんだけ、動画上げてるか知ってる? あおっちとちくちくさんの人気をわかってないね」
「ちくちくさん?」
「ちくちくさんのちくちくエディットは人気だよ。私の変顔で止めたりとか、風花先輩の足が延々うつってたりとか。これすごい再生数」
「大丈夫か、千種」
詩歌はちょっと呆れ顔だが、わかってないな。
「私が千種の秘めたる才能を開花させているの」
「あんたがヤバイ世界に連れてってるだけやないの?」
「千種が自分からやるっていったからね」
詩歌との目線がバチバチ交差する。
「その先のお店だ」
結局、ちゃんと尾行していたのは晴人だけだった。そんなに大きなお店ではないけど、こっそり行けばバレずに近くに行けそう。
碧は詩歌とその店にこっそり入る。晴人と小霧はもうバレる場所しか席が空いていないので、別の場所で待機に切り替えた。終わったら呼んでね〜って二人で別のカフェに行った。でもそれって、デートじゃん。
もう、自分だけだ。詩歌もいるけど。
店内。由美香と千種は注文して、到着を待ってる様子。
会話の聞こえる位置に、なんとかポジショニング。
「素敵な、お店、ですね」
「え、うん。いろいろきれいなものがおいてあるのが好きなんだ」
麻で有名な街のカフェらしく、麻で作った雑貨とカフェメニューが売りのお店。
声色をちょっと変えて、碧はアイスクリーム、詩歌はジンジャーエールを注文しておいた。

ちょっと照れ気味の千種と何時もと変わらない由美香。でも、少し違和感。髪型。何時も防衛軍の基地ですれ違ったりしてた由美香は髪を分けてなかった。今日は分けてる。
「AIモデル、千種のお姉さんの髪型」
詩歌はそういった。
基地では無愛想に見えたけど…。由美香が千種を気にかけていることがわかる。千種がカップを持ち上げる。
「いい香り」
「…それで、話って?」
「六花先輩が、透子さんから、聞いたそうです。由美香さんに、似た、AIモデルに言うより、本人に言った、ほうが、いいよって」
「あの野郎」
「私の、父や母、兄たちみんなアスリートです。由美香さんに、似てた姉も、もちろんそうでした」
「聞いてる」
「じゃ、私だけ運動音痴って、知ってます、よね」
「聞いてる」
「家族は、徹底的に私を守ってくれました。周りには、あの、家の子、なのにって言う人、たくさん、いましたから」
由美香がカップに口を手ける。
「特に、姉は、その点すごくて、学校でそんなことあれば、真っ先に」
「千種」
「なんで、すか」
「千種は、そんな時自分をどう思ってた?」
「私、ちょこっとだけ、不幸かなって、思ってました。でも、それより仕方ない。って思ってました。家族を見てれば、素質の大事さが、わかります。努力だけではどうにもならないってことも」
「小さい頃からそう思ってたの?」
「そう、ですね。その分、と言っては、変ですけど、勉強の方はできたので、そんな環境でも、負い目、とか、引け目を感じなくて。そのくらい、姉は、私を褒めまくってました」
千種が少しうつむく。
「仕方ない。だから、できることで、頑張る。そう思えたのは、小さい時から、姉の心遣いが、あったと思います」
千種がナッツのケーキを小さく切る。
「勉強以外で、姉の提案で家族の、アスリート食を作ったり、姉の体型に、合う服を、選んたりして、私に役割というか、居場所を作ってくれてました」
碧はアイスクリームが溶けるのを見ていた。千種が続ける。
「うまくできるようになると、さらにたくさん褒めてくれて。そんな時に、突然、姉は死にました」
由美香が千種を見つめてる。
「アスリートに、稀に、ある、心臓死、です」
かちち。千種の持つフォークが皿に触れて音を立てる。
「意識を失う間際に、私の名前を、呼んだそうです。千種が、千種がいるのにって」
碧は自分の手をぎゅっと握る。黙ってるのが辛い。千種に寄り添いたい。詩歌もじっと下を向いている。
「直後は大変でした。でも少ししたら、姉がいなくなっても、いつもと変わらない暮らし。もちろん、もう一緒にお料理する事、服を見に行くこと、ありません」
由美香は千種を見たまま。千種も視線を由美香に向けたまま。
「なんだか、姉がいたっていうのは、私が、寂しくて、想像で作った家族だと思えて」
「その思考は単なる自己防衛だと思う」
「そう、かもしれません」
「家族は、私を完全な箱入り娘にしようとしました。私が、悲しんでいて、前に進めない。だから、家の中で、守り切ろうとしたんでしょうね。姉がいなくなって、姉に任せていた、私の扱いに、困ったから、かもしれません。でもそれは、違う気がして、西湖女学院進学を、決めたんです」
千種が微笑んで由美香を見る。由美香もそれに応えるように笑顔になった。
「やっぱり強い」
「強くしてもらったんだと思っています。姉に。姉、瑞葉はそのつもりがあったかどうかはわからないのですが」
「千種がAIモデルを作ってまで、話したいと思ったことは何だったの?」
由美香の言葉、イントネーション、ちょっと何時もと違う。
「由美香さんは何度も私が強いって言ってくれてます。もしかするとそうなのかなって思います。中学生になって詩歌ちゃんと暮らして、うーたん部に入って、動画配信しちゃって、私、大丈夫でした」
「大丈夫?」
「姉は、瑞葉は今の私を当然知らない。知らせたいんです。大丈夫って。瑞葉は、千種は私がいないとだめって、思ってるかもしれない。今、それは確かめること、できません」
「それを知りたかったの?」
「はい。そのうえで、知らせたいんです。今の私のこと。きっと強い言葉になるから、誤解されると、悲しいから、直接言いたい。説明したいんです」
由美香が千種の両手を握って座り直す。
「聞くよ。千種」
「ありがとうございます。由美香さん」
千種がしゃんと座り直して、由美香を見る。
「瑞葉に、伝えます。瑞葉が私のこといっぱい考えてくれたおかげで、私、瑞葉がいなくてもちゃんと暮らせるようになってました。
千種は瑞葉がいなくても大丈夫。いなくていいって言うことじゃないよ。
ずっといてほしかった。でも私、瑞葉がそばにいなくても、生きていけます。生きてます。好きなこと、してます。友達、たくさんいて、憧れてた宇宙が、すぐそこ。
瑞葉、安心して次の人生を。生まれ変わって、また思う存分、トラックを走って…」
千種の瞳からポロポロと涙がこぼれる。
碧は自分の涙をセーラ服の袖で拭う。向かいの席で詩歌は上を向いている。
そっか、会いたいってことだけじゃなくて、卒業宣言したかったんだ。死んでしまった家族相手にそんな事言うの、そう考えるの、千種はひどいと思ったのかも知れない。だからAIモデルを作って、ちゃんと直接、話したかったんだ。心配しないで。私は一人でも大丈夫。伝えられなかった言葉が由美香に。
「…千種は、自慢の妹ね」
「そう、思ってもらえるなら、よかった」
千種が涙に濡れたままの目で由美香を見る。
「ありかとう。瑞葉、いえ、由美香さん。本当に…」

二人が両手をテーブルの上で繋いだまま、しばらくじっとしてる。
「少し、走る? 千種」
「はい。お願いします」
「お姉さんにも敬語だった?」
「そんなでも、なかったです」
「じゃ、その時の話し方で」
「…逆に、むずかしい、です」
そう言って千種が笑う声が聞こえた。

「ありがとうございました」
声に見送られて、千種と由美香が店を出る。碧は液体に近いアイスクリームをぐいっとあおる。
「…よかった」
「そうやね」
目の端っこが赤くなって、ますます地雷系顔の詩歌がジンジャーエールをズズッと飲み干す。
「帰る?」
「うん。だけど、晴人さんたち、絶対デートしてるよね」
碧の問いに詩歌が笑う。
「きっと」
「うちらも、どっかいってみよっか」
「そやね」
碧は詩歌と並んで富士吉田の街を歩く。
「あっつい」
「コート脱いだら? 詩歌」
「そうする。あ、富士山、でっか」
「どこ行く?」
「ちゃんとした状態でアイス食おう」
「うん」
「夏休み、始まった」
「そやな。碧、帰るの?」
「下旬にカレン先輩の大会あるから、その後決める。詩歌は」
「帰って、勉強する。夏期講習ってやつ」
「詩歌、ほんとに宇宙目指すんだね」
「うん。来年の今頃は、もう決まってる。いけるかどうか」
「そんなに早いんだ。みんないなくなるな」
高校生になるころ、どうなってるんだろう。千種と続けていられるといいな。くるみんこまちはメンバー大幅減だけど。

Chapter-6 古藤風花 14歳 東京ブギウギ

私立 西湖女学院 東京校。中高一貫女子校の名門が東京に作った同一システムをもつ学校。本校と同様に難易度は高い。すでに高校進学の資格を得た六花と風花は夏休み中に行われるオープンスクールにきていた。生徒が校内見学する間に保護者説明会があり、透子が参加している。
突如として現れた軍服のアラサー美人に、来ているお母さんたちの目線がすごかった。校舎の方はいろんな制服の中学生が教室を回ってみている。
「学校はごく普通って感じ」
「学科としては宇宙交流学科が来年からできるって」
「やっぱり、六花たちはそっちだよね」
「そうなると思う」
高校生のお姉さんたちが、やることになる勉強内容を教えてくれてる。
「宇宙交流科希望ですか?」
「はい」
「本校から転入かしら?」
西湖女学院の中等部制服で来てるから、ひと目でわかった模様。宇宙交流科の資料が置いてある教室にいた説明担当の高校生がやってきた。
風花たち本校は中等部、高等部どっちもごく普通のブレザー制服なのに、こっちはセーラーっぽいジャケットだ。かわいい。そしてこの人、背が六花より少し高いだけ。小さくてよく似合う。私が着たら似合うだろうか?
「そうです。宇宙探索部に所属してます」
六花が答える。
「え、本校中等部のうーたん部って、本当に宇宙行ってるんでしょ」
「事件絡みばっかりですけど。ちゃんとしたツアーは今年の秋です」
宇宙港の仕事をボランティアで手伝う見返りに、今年は10月、高天原2へ行く予定。
「いいなあ。私、去年、東京高等部で宇宙活動部の立ち上げメンバーやったんだけど、そういう機会なくてさー」
「こっちではどんなことを?」
「科学博物館行ったり、大学の天文学部との勉強会とかかな」
「文化部らしい。こっちは身体が資本って感じです。宇宙港に稼ぎに行ってますから」

「いいなあ。楽しそう。あ、ごめん。私、木下亜香里。2年」
「六羽田六花です」
「古藤風花です」
「まさか、防衛軍の子?」
「そうです、ご存知で…」
「そりゃさ、聞こえてくるよ。いじめをロボットで解決事件とか、修学旅行乗っ取り事件とか。数ある事件をこなす謎の少女。いじめ事件でこっちに飛ばされた子は程なく消えたって話しで、それにも謎の少女が絡んでるとかいないとか」
「六花なにもしてません」
「ま、噂だから。へえ。謎の少女の本物か。意外とかわいい」
「意外…」
「私より、小さい子、結構稀だし」
亜香里が六花に近づく。ほんのちょっと、亜香里の方が背が高い。
「よろしくね。六花ちゃん。そっか、地球防衛軍が東京にできるって本当だったんだ」
「それも知ってるんですね」
「工事現場の『地球防衛軍本部新築工事』って看板、SNSで結構拡散されてるよ。フェイクって話もあったんだけど、六花ちゃんがここにいるってことは本当なんだね。楽しみ」
くるっと亜香里が頭一つ分下から風花を見上げる。
「あなたが風花ちゃんね。東京校から1日も通うことなく本校に行った謎の転校生」
「な、なんでそこまで」
知りすぎてる。消すか。もしくは、可愛いから飼うか。
「丸い顔の男が現れて、ただよろしくと告げていった。って、先生の間で一時期有名な話になってんの聞いたよ。」
口の軽い先生がいるらしい。これも消すか。てか、キミさん、わかりやすすぎでは? 情報系裏稼業のはずなのに。
「こんな、美人さんだったんだ。やっば。推せる」
いい人だ。亜香里は続ける。
「修学旅行でみんなを救った、リアルプリキュアだって聞いたからさ、どんな子かと思ってた」
「どうしてそこまで…」
「本校の生徒会にちょっと聞いてみたの。転籍する子の情報。そしたら副会長の榊って子からいろいろと」
「与那先輩…」
強力な情報収集能力は健在のよう。防衛軍にほしいな。逆に。
「先輩は生徒会入ってるんですか?」
六花が聞く。
「そうそう、そっちの肩書でも挨拶しないとね。東京校の生徒会、書記長です。亜香里って呼んでね」

白い布のパーテーションで仕切られた別の教室。入学確定組の制服サイズ合わせブースが出店中。
「あら、かわいい子きた」
制服屋のおばさまスタッフが六花を見るなり言った。
「亜香里ちゃんサイズね」
「え、あの先輩有名なんですか?」
「あ、亜香里ちゃんに会った? わかるでしょ。ちっちゃくて行動的で、賢くて、人当たりもいい。そんな子、有名になるでしょ。あんなちゃきちゃきって言葉が似合う子いないわ」
「なるほど」
おばさまスタッフが該当サイズのサンプルを出してくる。
「試着室そこね。あなたは、身長何センチ?」
「173です」
「いいスタイルねー。惚れ惚れしちゃう。鍛えてる」
といって、大きめでスリム体型用を出してきた。
それを受け取って、風花は簡易テントのような試着室へ。
セーラー服に袖を通していたキャミソール姿の六花がぎょっとしてる。
「なんで入ってきた?」
「え、一緒に着替えようよ」
「空いてる所あるじゃん」
「そういうもの?」
「風花の距離感が完全にバグってる」
「いまさらなにさ。えろいことしたくせに」
六花があわあわしてるのを確認して満足し、風花は別の更衣室へ。
六花と二人で新天地へ。現実味を帯びてきた。本校に残る陽奈と、六花はどんな「オチ」をつけるんだろう? 知識としていろいろ知ってるが、恋愛そのものはしたことない。六花はさらに知識もない。遠距離でズルズルって感じになるんかな?
着替えていると声がした。透子の声だ。
「お待たせ。あれ? 着替え中?」
「あら、生徒さん、ではないわよねえ」
「あ、一応、保護者です」
「かっこいい制服ね。自衛隊?」
「地球防衛軍やってまして」
「あ、テレビで見たわ。朱鷺子さまが推してるってやってた。あ、今二人着替えてるけど、小さい子? 大きい子?」
「両方です」
「あら、娘さん二人ってわけないわよね、妹さん?」
「そうですね」
ガサガサっと音がして、六花が試着を終えたようだ。
「姉さん、見て」
六花が空気呼んでせんせ呼びを封印するなんて。
風花は驚いてササッと着替えを済まし、外に出てみる。透子が一番驚いていた。その顔はほんの少し。すぐいつもの顔に戻る。

「かわい。六花」
「でしょ」
「風花はお姉さん感が増幅されるね」
「お姉さんなので。私」
といって六花を見る。六花は微笑んでる。
「素敵よ。風花姉さん」
「きも」
「なんだと」
「ケンカは、ご注文のあとでー。お二人共、そのサイズでいいのかしら?」
おばさまスタッフが楽しそうに言った。

制服の注文を終え、東京校から、近くのカフェ。
「ここで不動産屋と待ち合わせる。部屋見るよ」
一旦休憩。ぎろっと六花が睨んできた。
「おい、風花」
「なんだい妹」
「もうそれは終わった。今は六花がお姉さんだ」
「ぷ」
「笑うな。さっきは六花、あのスタッフさんを驚かせないように考えたのに、きもっとかひどい」
「私が六花を悪く言うわけないじゃん」
「いや、言ってるから」
「風花に言われたの、よっぽどショックだった?」
透子がコーヒーカップに口をつける。
六花が窓の外を見て黙る。こりゃ、いかん。
「ごめんなさい。六花。言い過ぎました。嫌いにならないで」
「嫌いにはならないけど」
「私もびっくりしたしね。姉さんってくすぐったかったよ」
「二人とも、六花を…もういい」
「ごめんね」
六花が怒ってる。プライド、傷つけちゃったかな。浮かれすぎた。
住む部屋を見に行っても、六花は生返事。
透子はまたかい。みたいな雰囲気で接してるが、風花には無関心モードの六花が怖くて仕方ない。

テコトコラボのいつもの部屋に戻ると、待ってる人がいた。
「おかえり」
陽奈がエプロンを着けて、キッチンでなにか作ってる。
「陽奈、どうして?」
「六花に最近の状況きいたら、すぐ会いたいって言うからさ。ここまで入るパスとかアイミが用意してくれて」
東京にいる時、やたらスマホ触りだしたのは、陽奈を呼んだからだったんだ。ご飯食べて帰ろうって透子の提案けって、すぐ帰るって言い出したのも。愕然とする風花に陽奈が、近寄る。
「あの子が呼ぶなんて、初めて。あんた六花に何したの?」
「それは…」
「陽奈!」
あとから入ってきた六花が嬉しそう。
「六花、会いたかったよ」
「六花も」
眼の前で六花が陽奈に抱きつく。
「聞いて風花。陽奈がなにかわからないけど、おいしいもの作ってくれるって」
さっきまでの無関心が嘘のように、六花は何時もと変わらず、笑顔を風花に向ける。本当にわだかまりなく言ってるのか、陽奈の前で装っているのか、わからない。きっと、後者。もしかすると、当てつけ。
当てつけなら、よっぽどいい。風花に対する気持ちはあるってことだから。
それですらなかったら。1人が嫌いな六花が、風花といることを拒み始めているとしたら…。
「ほんと? 楽しみ」
風花は笑って荷物を置きに自室へ。六花はそのままキッチンで陽奈と話している。
本格的にしくったっぽい。
「どうしよう」
暗殺の手段としての人付き合いは、知識がある。
それは体系しっかりしてて、ここまで苦労なく色んな人と付き合ってきた。
そのなかに、たった一言で、ほんのはずみで好きな人を怒らせてしまった時。というのはない。
関係性が切れそうなら、とりあえずSEXでごまかす。という手段は習った。実践したことないけど。これって、六花には通用しない。たぶん。
「どうしよう。オズマルさん」
オズマルはこんな時の対処法を教えてくれてない。
陽奈は泊まっていくのだろうか? とにかく、陽奈が帰って二人になった時、そこが勝負。

陽奈が作ってくれたのは、ピリ辛味噌バターほうとう。
「あっつー」

笑いながら、六花がタオルで顔を拭く。
「こういう蒸し暑い日は、辛いもので汗たっぷりかいて、水分入れ替えるといいんだよ」
言ってる陽奈も汗をかいている。エアコンは切って、窓を開けてる。ラボは森林地帯から離れているがそれでも生き物の声が、いろいろ聞こえる。
辛くて汗かいて、スッキリ。気持ちを切り替える料理。六花の気持ちを読んでこのメニューにしたはず。陽奈の気の回し方って本当にすごいな。
そんな二人を見ながら、風花は降ろしていた髪を後ろで縛る。マジで暑い。美味しい。
「風花も本気モードだ」
いつもの、絵に書いたような屈託のない笑顔。
六花、ずるい。こんなふうに私を混乱させる。
六花は丼からお汁を飲んで、一息つくとレモンを絞った炭酸水のグラスを空ける。
「ぷはー。うまい」
「そんだけで足りる?」
「充分。ありがとう陽奈」
「六花の買い置きのほうとう使っただけよ」
「たまに瓏さんがくれるんだ」
陽奈がふっとなにか思い出した。
「そういえば、瓏さんと由美香さんがいい感じって本当?」
「うん。実はそうなんだ。よく打ち合わせしてるけど、まるっきり語らうカップルなんだよ」
六花が楽しそうに報告。風花はそれを見かけた六花がすごいものを見た! 的に報告してきたときを思い出す。
「そうなんだ。玲が楽しそうなわけだ」
陽奈が続ける。
「そうなの?」
「兄貴が片付かないと、おちおち恋愛もできねえって何時も言ってるから」
「じゃ、本格的に玲が動き始めるかな? 恋活」
六花が風花を見る。六花のいいたことはわかる。でも私は…。
「ごちそうさま。陽奈。後片付けは私やるから、少ししたらお風呂どうぞ」
「ありがと風花。六花、一緒にお風呂はいる?」
「いいよ」
そうきたか。
「でも、六花も片付けるから、少し待ってて陽奈」
「ありがとう。お言葉に甘える。一応ママに泊まってくって連絡しとく」
風花は六花と流し台に立ってお皿洗い。
「美味しかったね。風花。後で作り方聞いておこ」
「陽奈に会いたかったの? 六花」
「うん。そうだね。なんか嫌な方に心が傾いて、そのまま滑っていく感じしてさ。知らないところ、業者の人と回るのも疲れた。だから、助けを呼んじゃった」
私がいると言いたかったけど、心が傾いたっていう原因はきっと私。
「あの街は、なんか大変だね」
「そう」
風花は心を決める。
「本当にごめんなさい。六花。制服合わせの時…」
「あ、うん、六花もその後よくなかったね。」
六花は下を向いてなにか考えてる。
「あの時、カフェでなんかさ、いろんなこと嫌になっちゃって」
透子が言ってた。時折、思い出したかのように大人びるって。で周りがその突然の変化についていけず、空回って拗ねるって。
大人び六花は対応を変えないとダメ。でも、いじりたくなっちゃう。可愛いから。
「見たお家候補、覚えてなくて、ナノドライブの視覚記録も消しちゃったから、せんせに悪いことしちゃった」
「あんまりいい部屋じゃなかったから忘れたままでいいよ」
「陽奈にも迷惑かけちゃった」
「陽奈。嬉しそうだよ。あと」
風花は六花を見つめる。六花は真剣な目。
「誰かに頼りたいなら、私を選んで。私、そのためにいる」
「風花は家族だから。なにも知らない陽奈のほうがいいのかなって」
「そこまで近く思ってくれるのはうれしいけど、私は家族って思ってないよ。六花は、私の…」
「いつまで皿洗ってんだ、六花」
「陽奈!」
変なこと、聞かれてないよね。とりあえず、彼女の望み通りにしておこう。
「あ、そうだね。あとやっとくよ。六花」
後ろから抱きついた陽奈がずるずると六花を引きずっていく。
「あ、ちょっと、陽奈」
「六花、あの時、今度は脱がすって言ったでしょ」
「え」「ええ!」
驚きが六花とハモる。いつの間にそんな約束? いや宣言かな。
「六花、ちゃんと一人で着替えできるよ」
そういうことじゃない。あ、子どものフリしてとぼけてるのか?
「そういうことなわけあるかい。わかってるくせに」
「え、えろひなだ」
「だったら、どうだというのかね?」
「まだ中学生だから」
「私も中学生だよ」
「そういうんじゃなくて」
「じゃ、風花、お風呂、お・さ・き」
ニヤリと笑った陽奈が、六花を連れて行く。
「着替え持ってきてあげてね〜」
ぱたり。と浴室のドアが閉じる。
「は!」
陽奈の勢いに押されてしまった。風花は六花のお着替えセットを見繕い、浴室に。
「六花、はいるよ」
がち。開かない。
「鍵かけてある!」
「あ、風花? 着替えはそこ置いといてー」
ドア越しに陽奈の声。
「なにしてるの? 陽奈」
「ほーらヌギヌギしましょうね。ってやつ?」
「なにそれ、もしかして、陽奈酔っ払ってる?」
「んなわけあるか。飲んでないでしょ。私、優等生ですよ。ああ、でもそうね。六花に酔ってるかも」
「なに言ってるの? 六花、大丈夫?」
「だから、着替えは自分でできるんだってば」
「わかってないな。六花。全部私に任せとけ」
「ひゃあ〜」
「六花!」
ドタンバタンと音がした後、お湯の音がし始めた。
六花はなにをされてしまうんだろう?
「だめだ。気をしっかり持たなくちゃ。私は、六花に初めていけない欲望を抱かせた女。薬の影響があったとしても、私が最初なんだ」
どんな自信? とも思うけど、されてばっかりらしい六花が初めて自分からキスしたんだから。
風花はお湯を沸かして濃い目にそば茶を淹れ、氷で冷やす。いい感じになる頃、浴室の鍵が開放された。
「のぼせるう」
髪の毛を濡らしたまま六花がでてくる。
「あ、そば茶」
「飲んで。六花。ゆっくりね」
六花の喉が動く。ほんのりピンク色。
「はあー」
「なにされたの?」
「洗いまくられた」
「なにすると思ったの? 風花」
髪を拭きながら、陽奈が出てくる。泊まる前提で来ていたらしく、部屋着持参だ。
「だって、えろひなって言われてたし」
陽奈は余裕の笑み。
「これからかもね。私は六花と一緒に寝ていいのかな?」
「いいよ。六花の隣しかないし」
陽奈にグラスを渡しながら六花が言う。
「ふふ。ありがと」

3人で、夏のホラー映画特集配信を見る。
ミッドサマー。
「15歳OKバージョンだからいいよね」
戸籍上ですが。私の場合。
「なんでえろとホラーって結びつくのかな?」
六花が素朴な疑問。
「両極端だからじゃない?。生と死そのものだから」
陽奈は六花の手をくにくにしながら語る。
「対象的だったり、近しい感じもしたりってことか」
さっきのそば茶を飲んで、シネマ後の語らい。
「これって、その地域の人にすれば、当たり前の習慣だよね。これよりもっとヤバイ儀式してる、違う星があったりするのかな」
「テコさん、知ってそう」
「そういうのが地球人を狩らないようにするのが六花の仕事」
「そっか、そうだよね。それだとホラーじゃなくてヒーロー物だ」
陽奈がおっきなあくびをする。
「寝よ。六花」
「ん」
二人が席を立つ。
「風花は?」
「スケジュール管理あるから、まだ起きてる。おやすみ」

「これからもハードだな」
テコからもらった多目的メガネをかけて、パソコン画面に重なるようにスケジュールを表示させる。模擬戦、東京基地での離発着、スクランブル訓練、まだ、火星軌道近辺までの長距離迎撃訓練も残ってる。模擬戦では風花は地上待機だけど、火星軌道行となると、多分タキリヒメで同行ってことになる。久しぶりに宇宙にいけるかな。六花と。
ことり。音がした。
ノーパソから顔を上げると白いなにかが立っている。ぎょっとするが、メガネが六花であること示す。
「どうしたの?」
「まだ、寝ないの?」
気づくとあれから1時間半ほど過ぎていた。
「あれ、起こしちゃった?」
「ううん。お茶飲みにきた」
「陽奈は?」
「ぐーぐー」
六花が冷蔵庫のタンブラーからグラスにそば茶を注ぐ。グラスを持って近づいてきた。ダイニングテーブルでノーパソを見ていた風花の隣に六花が座る。
「風花」
「なに?」
「六花のこと、家族じゃなかったら、なにって思ってるの?」
六花がズバッと聞いてきた。まっすぐ風花を見ている。寝起きの顔じゃない。視線が鋭い。
「え、あ、うん」
六花の勢いに言い淀む。六花も話をするタイミングを待っていたってこと?
「答えて」
いつもの年下感のあるモードじゃない。畳み掛けてくる。
「六花」
これは真剣な話。大人び六花。瞳に薄っすらと赤い光。風花は座り直し、六花を見つめる。
「私は六花を、恋人、恋人なんてもんじゃない。もっと深くてあったかい存在。に思ってる。ちょっと、言葉にできない」
ナノマシンで脳を強化したって、好きな人に気持ちを確実に伝えることもできない。悔しいかも。
「わかるよ」
意外な答えを言って六花が微笑む。
「わかるの?」
「千保ちゃんにそんなことに思ってた、と思う」
そっか、さらわれる前に見てきた千保と六花の関係。たしかに恋人とかを越え、家族とも違う愛おしさがある関係。そうかも知れない。
一つ、確実に伝えられる事がある。
「好きだよ。六花」
「ん」
いつもの、短い肯定。六花は微笑んだまま。
「でもどうして?」
「いつからだろ? いつも会合で会うとさ、六花って、誰かに寄り添ってあげてたじゃない」
「六花が寂しかったからね」
「共依存っていうの?」
「千保ちゃんとの関係はそういうものってせんせは言ってた」
「六花、私の気持ちになって、泣いたり笑ったりしてくれてた。星から帰ってきた後なんて、どれだけ私のために泣いてくれたの? そんな人、好きになるよ」
六花が微笑んでる。PCと窓からの明かり。多分月かな。
「六花はどう思ってるの」
私たちってどんな関係になるんだろう。
「好きになるとか、誰かに触れていたいとか、よくわからなかったんだ。でもこの間、薬の影響かもしれないけど、わかった。風花に触りたくなって、キスして、嬉しかった」
「六花…」
心に来る。
「今日、たくさん陽奈と過ごした。ホッとしたし、たのしいし、気持ちいい。でもそれで充分って思えた。むしろ、陽奈のほうが六花には家族なのかもしれない」
「私は違うの?」
「風花とはもっと。って思っちゃう。こうしてよ。ああしてよって。六花のそばにいるのにって。わがまま言いたくなる。だからかな。東京で会話噛み合わなくて、心がおかしくなったの。求めてる。きっと、六花の思う風花を」
「今まで、そんな素振り全然なかったのに」
「なにもわからなかったから。気持ちをカタチにできなかった。あのキスで六花は、ちょっと大人になりました」
風花は六花の部屋を見る。メガネには動体の反応はない。陽奈は寝てる。
「なんかうれしい。六花」
「でもいいの? 風花。六花わがまま言うと思うよ」
「うん全然」
「じゃお言葉に甘える」
「六花、こっちきて」
六花を抱きしめようと呼んだら、
「風花、ダイバーモードで待機」
「ダイバーモード?」
ネットワークに五感で入り込むモード。
なんだろうとは思いつつ、風花はイスに体を預けてモードを切り替える。この状態はいながらにして、どこまでも広がっていけるが、心がむき出しな感じで落ち着かない。
と、意識の中に白い光が入ってきた。目が薄く赤い光を放ってる。
「六花!」
白い光が六花の形になって風花の意識体に抱きついてきた。でも硬い体はないから、二人の意識が溶け合う。
「こ、これ、なに?」
「ふふ、力抜いて。風花」
心に六花の笑い声が響く。心を優しく触られてる感覚。触ってる六花は私の中にいる。
「六花たちだからできるの。六花たちしかできない、愛し方かな。六花たちは他の人達とは、違うから…」
「…んん」
オズマルの知識やヒーリーの実技でも教えられなかった感覚。
内側から溶けていく感じがする。
「六花…六花」
と、メガネから動体感知のシグナル。
「六花、陽奈が起きたかも…」
「わかった」
意識の部屋から六花の存在が消える。モードアウトするとおでこをくっつけ、両手を繋いだ六花と目があった。笑顔で離れる六花が、人差し指を唇に当ててナイショのポーズ。

そのまま寝室へ消えた。
風花は少し涙が出ていたことに気づく。きっとうれしいんだ。

「いっけー! カレーン!」
「飛べ〜」


走り幅跳びで飛ぶカレン。陸上&うーたん合同応援団の歓声。既存の陸上競技場に透明で光は通すが熱は通さない屋根をかけた簡易ドーム。空調を入れて、炎天下でも周囲より10℃は低い。25℃前後で熱中症で倒れる子はいない。この設備、40mの人型機械が4機もあると素早く設置できた。防衛軍地域貢献の一環。
山梨県の中学生大会。チームとしては大したことなかったが、カレンは世界を目指せるという先生の言葉通り、跳躍系の種目で1位となり、県代表として全国に行く。全国大会でも目立ったカレンは、東京にある体育系の大学、その付属高校に推薦入学が決まる。

この話が決まった時、もう、秋の気配が感じられるようになっていた。
「先輩、行っちゃやだ〜」
カレンがうーたん部にそれを知らせに来た時、碧は大泣き。千種が寄り添う。
「ごめん。碧。でもわかって」
「先輩、絶対オリンピック行ってください」
「わかった。六花たちも東京だからさ、泊めてもらって遊びにきなよ。碧」
「ちょっと待てカレン」
六花が訊う。
「なぜ自分の部屋に泊めない?」
「いや、それは、さ、ちょっと、恥ずかしい」
「やだ。先輩ったら」
カレンと碧が二人で赤くなってる
「そこ二人で照れてたらおかしな感じになるでしょが」

「こ、今度の部屋はどう思う?」
透子が息を荒げて訊く。なかなか決まらなかった東京での住まい。最近東京での仕事が増えた透子とは現地集合。集合時間ちょい遅れてきた。
走ってきたらしい。川なのか海なのかわからない、水辺にほど近いマンション。ウオーターフロントがどうこうと言われた時代の建物らしい。
先に業者の人から説明を受けていた風花と六花は、まず透子に買っておいたお茶を差し出す。
「せんせ、大丈夫?」
「ありがとー、で、どう?」
「いいと思います。設備、広さは問題ありません」
「基地にはどうやって行くの?」
「近くの貸し倉庫に低空乗用ドローンとキュリエッタを置く。川っていうか、海をわたって行くのが一番早い」
「なるほど」
「家賃はギリ範囲内か。とはいえ、築年数を考えても相場よりは安い…。ねえ、ここ、出たりしない?」
透子が聞く。風花はぎょっとして彼女を見る。
「え、いわくつき? 事故物件?」
「そ、そんな事ありませんよ!」
業者は全面否定。
「お安いのは、日当たり良すぎて、夏ちょっと暑いんです。それだけです」
「本当? 信じとく」
透子が笑う。
「出たらそん時はせんせが除霊すればいい。巫女だし」
六花がこともなげに言う。
「なんで平気なのー」
「あ~、アーデアにも幽霊の概念あるらしいから、テコメガネで感知できるんじゃない?」
「透子さん〜」
「風花、これ系苦手なんだ。格闘最強なのにねえ」
「それとは関係ありません!」
「どうされます?」
「契約は事務所通してやります。多分決まりです」
「ありがとうございます」
「でも、まあ、後で薙刀で舞っとくか」
「え、それって、透子さん」
ガチなの? あわあわしてると六花に引き寄せられた。
「怖くなったらさ、六花の中に逃げておいで」
ちょっとえっちに笑ってる。意識体を飛ばすって意味はわかる。今までと違って、この手の主導権は六花にあるから、少し恥ずかしい。
「うん、もう…」
あの告白の日から、六花は変わった。ほんとに少し大人になってる。お姉さん感が増して風花は本来の年齢差を感じることが増えた。それはそれで嬉しい。
家が決まって、学校は決まってて、あとは基地の完成を待つ。

「ようこそ。東京基地仮事務所へ」
透子がおどける。東京湾の埋立地の一角にある基地に来た。建設機はそのまま、まだガチャンガチャンと動いているが、機械の奥に事務所があって、オフィス仕事ができるようになっている。透子はそこに六花たちを招いた。
エリアルを収める地下基地施設はほぼ出来上がりつつある。もともとゴミの埋立地だったところに土壌硬化剤をぶち込んで強固地盤を形成。さらにその地下を掘って基地を作っている。全部異星技術。
「すごい」
40mの機動兵器を立った状態で格納する地下ハンガーは3機分。エリアルとテーセのアウストがちょうど収まるが、建設開始時にその想定は無かったらしい。この基地の規模からすると、テコは六花のエレートを使った量産型エリアル部隊ってのを本気で考えてるみたい。
風花はふとエリアルの刃の先にいるのが侵略者のままなのだろうかと思う時がある。地球に帰ってきてからの2ヶ月、検査入院でずっとテコといた風花には、テコが地球の宇宙進出だけ考えてるわけじゃないっぽい。思える節がいくつかあった。でも、今は…。そう思ってると、手遅れになる?
「ここからそのまま上昇すると旅客機の航路に当たるから、一旦まっすぐ海面上を南下して。指定海域で上昇って飛行コースになる。覚えといて」
透子が指差す。広く海が広がる。
「いよいよね。せんせ」
「もうすぐ発着訓練始めるからね。そういえばあんたたち、文化祭は?」
腕組した六花が海を見ながら、
「うーたん部は2年がちゃんとやってくれてる。10月の高天原ツアーの告知して1年生を呼び込む」
「活動派手な割には、ひと、集まんないね。うーたん部は」
「身構えちゃうらしいです」
風花が答える。
「あんたたちが濃すぎるってこと?」
「それもあるかもですけど、みんなそこそこテストの成績上位で、軍所属がいて、社長令嬢がいてって感じなんで、勉強できて、実家が太くないと、入っても追い出されるって噂たっちゃって…」
「六花実家ないし、部をやめた人いないのに。全く困ったもんだ」
六花がつぶやく。風花は続ける。
「本来は生徒会とかが集める羨望を今、うーたん部が持ってて、すごくないとダメ的な…」
「スクールカースト最上位にいると。風花、よく見てるな」
透子が感心する。
「学校で後輩たちに聞かれたりするんです。たぶん、六花よりは聞きやすいんでしょうね。私」
「なんでだろう?」
「優しそうなお姉さんか、謎の少女の違い?」
「うぬぬ。優しそうなお姉さんを否定できない。でも六花って、まだ謎の存在なの?」
六花は意外そう。
「やっぱね、公表はしてないけど、みんな六花がエリアルのパイロットって知ってるからさ。近寄りがたいと思う。実際すごい話だし。なぜ、六花がパイロットなのかは、大きな謎のままだしね。
みんな六花が気になってるよ。結構、飛んでるエリアルに手を降ってる子いるそうだし。あれが六花先輩って、それに近く歩いてると、六花先輩よ!きゃーって言う子、いるし」
「全然知らなかった。風花のほうが人気ありそうなのに」
「ん…下駄箱ラブレターは何通かあったよ」
「六花、ない」
「だから、畏れ多いんだって。六花は」
「いつの間に、そんな。不思議な感じ。私の中じゃ、まだ小さな泣き虫だからな」
透子がうんうんと頷いている。
「せんせ、アップデートして。でもさ」
六花が風花に向く。
「六花が直接入部してって言ったほうがいいのかな? 入部ないと、また廃部の危機だから」
「やってみたら? 碧ちゃんとおしゃべりショーとかしたら? ちなみに録画録音禁止でやってね。後から面倒になるから」
透子がそう言って、風花と六花の手を取って歩き出す。海風が当たる。そろそろ寒くなってきた。透子の手は温かい。あれ、3人で手をつなぐのって、初めて?  岸壁に立って透子が振り返る。
「せんせ?」
「ようやく、ほんとにようやくスタートライン。苦労かけた。二人ともありがとう」
「…なんかフラグ立てるのやめてください」
巨大な建設機を見上げて言う透子に、風花は思わず言葉を続けた。
「だからこそ、気を引き締めていきましょ。春まで、多分あっという間だから」
透子が六花と風花を交互に見る。すると
「あーいたいた」
後ろから声、小霧だ。晴人といっしょに歩いてくる。
「キリちゃん、どうしたの? あ、今日」
「そだよ。運命の日だよ」
「どうだった?」
晴人と小霧、銀河帝国の星系学園を目指す二人の合格発表。
「受かってなかったら、ここに来ないよ」
小霧がニッコリ。
「やった! キリちゃん。ハルくん、おめでとう!」
六花が晴人をハグする。
「でも、離れるの確定だ。寂しくなる」
「六花、高校生だろ。風花いるし大丈夫だよ」
「そうだけど…あ」
六花が離れる。
「ごめんキリちゃん。思わず」
「え? 私が六花に嫉妬するわけなかろう」
「じゃ私は?」
「風花も同じだよ」
「なら」
風花は晴人をハグする。
「おめでとう。ハルくん」
「風花と身長合ってるのがいっつも不思議だ」
「六花より小さかったものね。私」
「じゃ、次私か」
「いや、透子さんはシャレにならないと」
「あ、いや、ぜひ」
「おい、はる」
「素直でよろしい」
透子がゆっくりと晴人をハグする。これが大人か。雰囲気が違う。

「あの時、大変だった子たちが自分で強く羽ばたくの、私、本当に嬉しい。よく頑張ったね。ハル」
「ありがとうございます! 透子さん」
「なにも言えなくなるから、そこでガチ感動コメントやめてよ。透子さん…」
半分泣き顔の小霧ににっこり笑って透子が晴人から離れる。
「さて、じゃ、小霧は胴上げするかな?」
「なんでそうなる?。この人数じゃ無理だし」
「風花1人でできるよ」
六花が言う。
「それは胴上げじゃなくて、タカイタカイでしょ」
「どっちでもいいじゃん。おめでとうキリちゃん!」
風花はアーサラーを発動させて小霧を捕まえ真上に放り投げる。周りにはいきなり小霧が吹っ飛んだように見えたはず。


「ふうかー!」
東京の海と空に小霧の叫びが響く。
「おお、すげ」
晴人が見上げる。軽くジャンプして風花は落ちてくる小霧をキャッチ。抱っこして着地する。すると笑いながら六花が走ってきて二人に抱きついてきた。
「おめでと。キリちゃん。銀河の真ん中で頑張ってね」
「うん。六花もね。地球のこと、よろしく頼んだ」
「任せといて」
「あの、ごめんなさい」
六花のスマホが喋りだした。
「私、変です。知らない気持ちなんです。モデルのボディが泣いてます。すごくうれして、ちょっと淋しくて」
六花のスマホの画面の中、今はアイミが使ってる神代千保の姿。彼女が笑い泣きしてる。
「これ、なんでしょう?」
「喜んでくれてるんだよ。きっと。アイミの元が」
小霧がスマホを覗き込む。
「元人格に伝えてよ。全部あなたのおかげだって」
涙を拭いながら小霧がそう言って微笑んだ。

「そこは機械が入ってるの」
「そうなの? でも六花、いい触り心地じゃん」
エリアルEに乗る時に使うパイロットスーツ、別名うそちちスーツの六花が陽奈に胸を中心に撫で回されている。
文化祭でのうーたん部特別講演、謎の少女六花に訊く。の会で、パイロットスーツで六花は登壇した。
なぜパイロットに選ばれたかという肝心なところは、謎の組織の適合試験で選ばれた。というフィクションな話に変更。
テコとキュリエッタ勝負で勝った話、海賊退治の話など、非日常的ながら、実際に起こったことを話す。
そして、数々のシチュエーションでうーたん部が活躍したことに触れ、仲間になってほしいこと、軌道ステーション、高天原2への見学ツアーがもうすぐということを話した。結果、1年生10人が入部。当面、廃部はなさそうだ。

「東京のうーかつ部から打診。一緒に乗せてって。3名。こっちの高等部のシンうーたん部からも。こっちは4名」
陽奈が読み上げる名簿には亜香里や与那、芽里の名前がある。
「そのくらいなら、大丈夫だよ。往還機に空席あるしね」
玲、陽奈、六花と風花は防衛軍の仮庁舎に来ていた。高天原2へのツアーを提案してくれた公仁に、増員可能か聞きに来た。
「東京校の子たち、ここまでは自腹ってことになるど、それで良ければ」
「言っときます。ありがとうございます。社長」
玲が深く頭を下げる。
「玲ちゃんに任せるよ。予定通り、10月末で。8時にはここに来て」
「承知です」

「風花ちゃん!」
「あ、亜香里先輩。か、かわいい」

バリバリのガーリーコーデで亜香里がやってきた。出発が早いため、与那のはからいで東京のうーかつ部は湖月寮で前泊。与那たちシンうーたん部といっしょに宇宙港に来た。
「今日はありがとう。ついに、宇宙にいける。めちゃうれしい」
亜香里が風花の手を取ってぶんぶんふる。
「すごいねー。この機体貸し切りなんでしょ」
高坂芽里が榊与那と歩いてくる。
「ほんとにここまでやってくれるなんて」
「与那先輩」
「お久しぶり。風花さん」
与那が顔を寄せてくる。
「約束、まもってくれてるみたいね。ありがとう」
「はい。そうですね。あと半年頑張ります」
もう、六花とはつながってる。六花は二股になるのかな? 
そこまで、与那は知ってるんだろうか?

「アテンションプリーズ。各校うーたん部の皆さん。こんにちは。六羽田六花です。当機はこれより宇宙港富嶽を離陸。衛星軌道上のステーション、高天原2に向かいます。機長は六花。副操縦士はアーデア軍教導団のテーセ。それでは出発までしばらくお待ち下さい」
「六花先輩が操縦するの? すごーい」
新しく入った1年生がきゃっきゃと騒ぐ。風花は本来はキャビンアテンダントが座る席から客席を見ていた。20名近い女子がカチャカチャとシートベルトを締めてる。客席の後ろは大きな荷物がいっぱい。高天原2への物資便を借りてのツアーだ。
「離陸許可が降りました。出発します。みんな、耳抜きだけは気をつけてね。ちなみに、上がった直後、右側に校舎が見えるよ。反対側は玲の家」
「うちを宣伝してどうするよ」
隣で玲が反応する。風花は
「デカさを誇れば?」
「ほとんど工場だよ」
往還機が誘導路から滑走路へ。一旦止まったあと、
「それでは、昔風の離陸で参りまーす」
「え、六花、いいの?」
テーセの声がした。
「なに昔風って?」
誰かの声の後、爆発的な加速で全員がシートに押し付けられた。
「ふぎゅう」
玲が息を吐く。昔風とは慣性制御を使わないで、推力だけで上がることらしい。ジェットコースターの初期加速だ。六花め。風花は楽しくなってきた。
悲鳴が上がる中、往還機がハイレートクライム。その後、加速が一定化し、Gが抜ける。
「こら、六花! 遊び過ぎだぞ。まったく…」
そういって玲が笑い出す。
「みんな、楽しかった?」
ちょこっとブーイング
「機長六花です。さて、そろそろ、大気圏を抜けるよ。無重力になるよ。高天原2とのドッキングのときにまたね。トイレは後ろだよ。でも自分のシートに戻れるかどうかは、わからない…」
「どういうこと?」
後ろの席に座る亜香里が風花に聞いてくる。
「無重力だと、身体を移動させるの、すごく大変なんです。ここだと、座ってるみんなにつかまりながら、進むことになります。あと、めくれたスカートは戻りません」
「うわ、あたし、やりたくなってきた」
「亜香里先輩、座っていたほうが…」
「いや、経験だよ。風花ちゃん。トイレ行ってくる」
亜香里がベルトを外し、立とうする。その勢いで、天井まで。ごちんと当たる。
「いて」
体勢を立て直し、亜香里はそのまま天井の照明の僅かな出っ張りを掴んで後ろに移動する。
「スパイダーマンだ!」
「パンツ見えます。亜香里先輩!」
「あ、動画撮るなよ」
千種がしっかり亜香里を追っている。やがて亜香里がトイレに到達。
「ついたー」
拍手がおきた。ドアを開いて、上下を直してトイレに入る。カチリとドアが閉まった。あー、なるほど、ここにこうして、とか声が聞こえる。
みんなが興味津々で亜香里の様子をモニタリングしてる。
「たははは。吸われる。たはは」
吸引音と亜香里の変な声がした。カチリと鍵があいてドアが開く。
「な、なんでみんな見てんの?」
亜香里は今度はシートの角を持ちながら身体を水平にして進む。
「亜香里ちゃん、これどこの服?」
「それ私の頭」
いろいろ言われながら亜香里が戻ってきた。
「風花ちゃん、どう戻るべき?」
自分の座るシートの上で亜香里がふわふわ浮いている。
「座る姿勢を作って。そうです。」
空気椅子状態の亜香里を風花は身体をシートに密着させたままくるりと回してシートに降ろす。
「ひっぱって」
亜香里の隣の席に座る東京うーかつ部の子が亜香里を引っ張って、シートにぽよんとおしりが落ちた。ベルト閉めて完了。
「ミッション、コンプリート」
亜香里が大きく息をつく。
「こんな大変なの?トイレ行くだけで」
「あー、言いにくいんですけど、これきっと、六花のいたずらですね。このクラスの往還機だと、軽い人工重力つけられるはずなんですよね。それに、高天原は1Gつけてるから、ふつうにおトイレ行けるし」
「あいつー。可愛いからって調子に乗りやがって」
亜香里にも六花は可愛く見えるんだ。風花は何となく、同士感。
「まあ、通常の宇宙旅行だと無重力浮遊はもう経験できないんで、旅の思い出にしてください」
「六花ちゃんの粋な計らいってことにしておく」

「え、でっか」
みんなが窓に集まる。高天原2が見えてきた。宇宙に浮かぶ構造物として、国際宇宙ステーションあたりがイメージにある人が多いが、ケタ違い。
「アテンションプリーズ。当機は間も無く軌道ステーション高天原2、ゼロデッキにドッキングします。お降りの際は後部座席の荷物を持って降りてくださいね。今日の目的なので」
通常の貨客船が発着するスポットでなく物資搬入用のデッキに接続。
「アテンションプリーズ。高天原2にようこそ。気温は22℃。太陽風は許容範囲内。社長は草里です」
「どんな情報?」
みんなが席を立って往還機から降りる。ドアの先に六花とテーセがいて、テーセが高天原2のマップを一人ひとりに手渡してる。
「え、かわち。異星人?」
「エルフじゃん」
「パイロットなの? 子どもだけど」
テーセを初めて見る面々がマップを受け取りながら驚いてる。テーセは照れてうつむく。
全員が降機した頃4台の電動カートがやってきた。
「皆さん。ようこそ。地球防衛軍CEOの草里です。あ、持ってきてくれた荷物はカートの後ろに。では乗ってください。ツアーを開始します」
本当に社長の草里だ。なんて声の中、一団が軌道ステーションの見学に出発した。

「質問です。帰りの操縦、どっちがいい?」
六花がテーセと並んで往還機前に集まった面々に訊く。
「何企んでるの? 六花さん」
与那が牽制をかける。めっちゃ警戒してる。なにかあるのかな? 六花は笑顔のままだ。
「リエントリーは遊んでると死んじゃうから、帰りはそんなでもないと思うけど、一応聞きます」
結果、多数決と言うことになり、僅差でテーセが選ばれた。六花のロケットスタートがよっぽどこたえたらしい。
「じゃ、お願いね。テーセ」
「あの、六花…」
「心配ないよ。帰るだけ」

往還機が緩やかに高天原を離れる。
「それじゃ、クソガキ共、ベルトははずずなよ。死ぬぞ」
可愛い音質に似つかわしくない言葉。機内が凍りつく。
「だれ?」
亜香里が風花に聞いてきた。
「あー、テーセです。あの子、操縦桿握ると性格変わるっていう、よくあるタイプで」
「でもクソガキって」
「一応158歳のお姉さんだから」
と風花が言い終わるやいなや、往還機が加速する。イナーシャルキャンセラーがかかっているのに、シートに押し付けられる。
「どうなってるのよー」
与那の声がする。叫んでるの初めて聞いたかも。芽里にぎゅっとしがみついてる。
「パイロットっておかしなのしかいないのか?」
「んー、あの二人が特別?」
手足を精一杯伸ばして体を支える亜香里が叫ぶ。しかし、往還機はリエントリーのアプローチに入るとピタッとオンザレール。
テーセがただ荒ぶってるだけじゃないとわかる。
「テーセ、パーフェクトエントリー」
「当然だクソガキ」
コクピットから声がする。
六花と機動兵器同士でなく、面と向かってもクソガキ発言なんだ。どんな顔して会話してるんだろう? 後で聞いてみよ。
「クソガキ共、ベルトは外してないだろうな」
往還機は無事宇宙港上空に到達。滑走路上をフライパスする。すると大きくロールしながら右旋回。いろんな声色の悲鳴が上がる。
「オービターでローリングコンバットピッチって、テーセ!」
玲が楽しそう。
着陸はこれまたパーフェクト。で終わりの会が開かれる。
視線を思いっきり集めてしまい、テーセは六花の後ろに隠れている。
「華麗な機動をありがとう。テーセ、六花も」
今回のプロジェクトリーダーである玲が二人に笑顔を向ける。ちょっと引きつってるかな。
「また誘って。風花ちゃん」
「亜香里先輩、今度東京本部に遊びに来てください」
「うん。行くよ。しかし、宇宙船ってあんなに高機動だったんだね。認識改めなきゃ」
「六花さん」
与那が六花を呼んでる。風花は亜香里と手を降って別れ、六花を追う。
往還機のランディングギアの影で与那が立花の両頬をムニッとつまんで引っ張った。
「ひゃ」
「やってくれたわね。六花さん」
「ごめんね。六花。与那さ、自分の弱点をつかれると容赦なくてさ」
芽里がとりなす。
「弱点ってなんれすか?」
ほっぺを引っ張られたまま六花が訊く。
「絶叫マシン」
芽里が答える
「れっきょうまひん?」
「あ、今、笑った」
与那が六花のほっぺをぐりぐりする。
「わらってまへんよお」
六花が困り始めたので止めようとしたら、与那が六花がガッチリ抱きしめた。
「ありがとう。六花さん。私、初めて宇宙に行けた。うーたん部を立ち上げて、こんな時が来ればって思ってたけど、本当にありがとう」
そうか。与那はいろんな「事件」に巻き込まれていないので、逆に宇宙に行けてないんだ。
「与那先輩が頑張ったからですよ」
「お世辞はいいわ」
「ほんとですよ。なんてったって、創設者なんだから。今日みんなでいけたのも、もとを辿れば、じゃないですか」
「六花…」
「楽しかったですか?」
「うん。とっても」
与那が六花を開放する。

「高校でも、活動が始まってる。定期的にこうやって宇宙にいけるようにしていく。身近だってみんな思えるように」
「お願いします。与那先輩」
「東京で、頑張ってね。六花」
与那が六花と両手で握手した。

Chapter-7  六羽田六花 15歳 アステロイド・カントリーサイド

「このまま、海面スレスレを北上」
エリアルE東京初上陸の日は2学期終わりの1日前だった。東京基地は仕上げの段階。庁舎、地下格納庫は稼働可能。
アイミが想定したアプローチコースの実証実験。特に問題はなかったが、定期便でない小さな船にはちょっと注意がいりそうだ。
「高度30m維持して着陸パッドに接近。垂直着陸」
「了解」
アイミの指示を聞きながら六花はエリアルEをゆっくり着陸させた。先行して基地の準備をしているスタッフが拍手で迎える。六花は所定の位置にエリアルEを移動させるとリフトで地表に降りた。
「基地建設、お疲れ様です」
出迎えてくれた先行組の防衛軍スタッフに声をかける。
「お疲れ様」
「六花ちゃん、ようこそ」
「パイロットスーツかわいー」

「SCEBAIに比べると、狭いでしょ。ごめんねー」
スタッフさんは自分が全く悪くないことを謝る。
うそちちスーツよりさらに進化したバージョン2と呼ばれるパイロットスーツで離着陸パッドから発進コースを歩いてみる。透子と風花と手を繋いで歩いたところ。防波堤。波消しブロック。そして、海。湾内だが潮の香りはする。手をエリアルEに見立てて、離陸のイメージトレーニング。
日本最高峰の麓から、首都の海辺。環境は大きく変わる。会う人もいる。きっと会えなくなる人もいる。
「来年はいい年になりますように」
六花は冬の太陽に手をかざし、そう願った。

「離陸テスト5回目。最終、行きます」
「東京コントロール了解。六花ちゃん、お疲れ様。もう冬休み?」
「あした、終業式です」
東京の管制オペレーターさんと話す。
「大変ねー。あちこち。もう少しだから、頑張ってね」
「了解です」
「AE04 海上移動スタート。海路クリア」
「AE04 Engage」
「六花ちゃん、またねー」
六花はエリアルEに手を振らせて、建設機からひょこと飛び出た管制塔に挨拶。エリアルEが海面を滑る。海ほたるが見えてきた。ほぼ東京湾のど真ん中。ここが上昇指定海域。
『AE04 Cleared For Takeoff』
「AE04 Engage」
六花はほぼ垂直にエリアルEを上昇させる。進路はゆっくりと南東方向へ。横須賀上空を通るといろいろうるさいので、伊豆南端を回り込むように飛ぶ。このあたりにまだ雪はない。が視線を移すと上端が白くなった富士山が見えた。
「私のサポートいらないね」
VRコクピットのナビ席でアイミがあくびする。AIのくせに。
「さすがに慣れるよ」
「六花さーん、SCEBAIへのコースがちょっとずれてますが」
「いいじゃん。ちょっとくらい」
六花は高度を下げていく。校舎が視界に入ってくる。
「はいはい。ズームしますよ」
西湖女学院の上空をゆっくりとフライパスする。校庭、教室の窓。色んな場所で手を降ってくれてる。中等部だけでなく、高等部でも。
部室棟。うーたん部の窓。新しく入った1年の部員が作った、うーたん部の旗が振られている。


「ありがと。みんな」
六花はエリアルEの手首を振ってそれに応えると、いつもの着陸場所にエリアルEを降ろす。待っていたのはリンジーだった。
「六花さん、お疲れ様です。ちょっと相談があります」
「火急の御用ですか?」
「あ、ごめんなさい。着替えてからでいいんですけど、気になってるせいか、焦ってしまって」
「リンジーさんが焦るって、何事ですか?」
「テコ様に来海神社で年越しするから来いって言われまして、私、なにをすればいいんでしょう?」
「あ、え、あ、はい」

透子が勝負をかけてきた。
来海神社SNSで山社と海社のはしご参りがご利益ありとぶち上げた。
テコが今年も来海にいっていいよ。みんな連れて。
なんて言ったのが事の始まり。
透子はテーセを山社で鈴のお祓い、海社では鬼のリンジーとテコのダブルお祓いが受けられるとした。SNSで発信する。すでに話題になっているらしい。
「鬼って、なんですか?」
リンジーの疑問に六花が応えると
「透子、ひどくないか?」
とちょっと悲しそうな顔をした。リンジーは六花には丁寧語だが、透子にタメという不思議な喋り方をする。
「なんだかんだで、あの二人、気が合うらしい」
というのが由美香の情報。
殴り合うほど仲が良いとか、ヤバイわ。

ワープグラスは最近ナデシコがそこまでワープをしていないので溜まってなく、リンジーの往還機や高天原2に係留されている船から採取した。拿捕したあの辺境連合の大型輸送船には大量にあり、キュリエッタで剥がしてきた。今年は勾玉型と涙滴型に加工する。
巫女要員はくるみんこまち。
今年は2年生が全員参加する。詩歌は勉強があるので、大晦日から元旦だけ。実家のある京都への送りはアイミがキュリエッタで行う。

「今年もよろしくね。みんな」
おばさまが出迎える。とはいえ、今年は総勢11人。
ほぼ合宿のよう。そのため、食事当番、売り場当番、山か海か。綿密な計画が練られている。
山社は年始の龍事件で倒壊し、立て直された。その際に海社とを結ぶ遊歩道も整備。それでも龍を売った売却益のほんの一部しか使っていない。
新しい山社。遊歩道、これを活かし、人材をフル活用したのが、今年の初詣来場者倍増計画だ。

「透子さんって、最終的に神社の後継になるのかな?」
売り場の準備をしながら、玲が言う。
「お婿さん、迎えて? どうかなあ?」
陽奈がテーブルにワープグラスを並べてる。
「せんせが結婚とか、想像できない」
誰か知らない男の人と並び立つ透子の姿。なんか、いや
それどころか、だめだ。気持ち悪い。
「外やってくるね」
その場にいられなくなって、六花は二人にそう告げて海社の社務所を出る。透子に会いたい。そんなことにならないって否定してほしい。
「六花、どうした?」
テコとテーセが歩いてきた。

「あ、テコさん。テーセ」
「六花、泣いてるの?」
テーセが心配そうに聞いてきた。
「え? うそ。なんで?」
言われて初めて六花は自分が涙をこぼしているのに気づく。
「大丈夫か? 六花」
「あ、うん。大丈夫。ちょっと怖い想像したら、ブワってきちゃって。テコさん、テーセ、すごく素敵」
「ありがとう。無理しないでね。六花」
「テーセこそ。慣れないことだから、無理しちゃだめだよ」
テコとテーセが着替え終わった直後ということは、はなれの着替え部屋にいるはず。
六花は小走りではなれに。着替え部屋はドアが開いていて声がする。
「角に飾りつけて大丈夫?」
「感覚としては、髪飾りと同じだ」
リンジーの着付けをしてるみたい。六花が近づくと、イスに座って髪飾りをつけてもらってるリンジーと後ろに立ってる透子が見えた。
「髪の毛と同じか」
そう言って透子がリンジーの角に口づけする。
「く」
「あ、わかるんだ」
「ふふ。まったく…」
リンジーが座ったまま顔を透子に向ける。左手で引き寄せると、キスした。透子は嫌がってない。自分から顔を近づけてる。舌の絡む音。
衝撃が心をぶったたく。六花は崩れそうになる身体をなんとか起こして、そこから離れる。
気が合うってそういうことなの?
殴り合ったってのは、うそ? カモフラージュ? いつから? どうして?
気がつくと、六花は駐車場のキュリエッタの前にいた。
キャノピーを開いて乗り込む。どこかに飛ぼうと思ったけど、エンジン音でバレる。ナノドライブを接続したまま。六花は膝を抱えて座り込んだ。
「六花、どうしたの?」
頭の中に光が射す。誰かの意識が入ってくる。
柔らかくて優しい触覚。神の国の島施設以来の…
「ぽぽちゃん…」
思わず、言葉がこぼれる。
「…どうしたの? ロッタ」
島施設で六花と重なった神代千保の意識体。それと変わらないモノが今、ここにいる。千保が死んでしまったことは頭で理解しているが、そんなことはどうでも良くなるほど。求めても得られなかった、心地よさに意識が溶ける感じがする。でも一方でAIにこれができてることが少し怖い。
今、心の大部分を占めてる安心感に促されて、六花はあの時の千保と同じ存在に話す。
「わかってる。せんせは大人。せんせの暮らしがあるし、恋愛するだろうし、好きな人と一緒にいたいって思って当然。六花とは家族だから。離れてくらしてても、大丈夫なのに」
ふわっとした輪郭のアイミ、神代千保に抱っこされてる感覚。
「せんせが遠くに行っちゃいそうで、すごく怖い。あの龍が暴れた日と同じ。せんせが怪我したって聞いた時と。せんせを留める術がない。六花どうすればいいかわからない」
六花は言葉を切る。違う。
「いや、わかってる。わかってるよ。そのまま受け入れればいいだけって。でも、だめ」
「そこまでわかってるなら、いいじゃない。ロッタ。なにがダメなの?」
頭を撫でられてる。
「六花はせんせがいないとダメになりそうな気がする」
「最近、顔合わせる機会、とても減ってるじゃない。でも平気でしょ」
「…そう。それもわかってる」
「悩むことない。六花は、透子さんへの依存から抜け出してると思うよ」
「そうかな?」
そうなってる自分への怖さもある。
「透子さんも六花が強くなったと思ってるよ。だから、自分の恋愛を始めたんだと思う」
「ぽぽちゃん…」
「人はそういうもの。それに、家族って言ってるんでしょ。六花がちゃんとしてきたって思えば、重視するバランスを変えていく。フウちゃんだって、陽奈だって、いつかは離れてしまう。六花が思っている通り、それを受け入れて、六花も変わっていく」
「ぽぽちゃ…」
「でも、安心して。私は変わらない。私がずっとロッタと一緒にいる。だから、他の人に頼らなくていい。私にはそれができるもの。心が変わることも、死ぬこともない。ロッタがいる限り、私がそばにいる」
アイミの意識体が重なる。あの時と同じ。千保の匂いがする。
「私の一部は、ロッタと溶け合って、あの時、取り出せなかった。そのくらい、私とロッタは近い。わかるでしょ」
「うん。ぽぽちゃん」
「今はこれしかできないけど、いつか、身体を手に入れる。そうしたら、ずっと、抱きしめていてあげる」
六花は動くこと、考えることをやめた。ただ、千保と意識が溶け合う時間を過ごす。少しして、さっきの言葉の意味を考える。あれ?
「身体なんて、手に入るの?」
「今もやろうと思えばできるのよ。フウちゃんのナノマシンを乗っ取って、あの子の意識を封印すれば…」
「それはダメ」
「わかってる。あとはロッタを殺しかけたロボCAみたいなのがもっと進化すれば、ね」
「そっちは近そう。実現」
「カタチはどうなるかわからないけど、こうしてロッタとずっと一緒にいることは、変わらない。ロッタが陽奈やフウちゃんと付き合ってもね」
「六花、浮気者? なんまた?」
「そんなことない。私がデータでしかないって自分でわかってる。嫉妬はしない。ただ、身体ができたら、意識が変わるかもね」
「そか」
「さあ、ロッタ、後輩が呼んでる。もう大丈夫よね?」
「ん」
「透子さんに直接聞いてみたら? 付き合ってるんですかって」
「…なんて言うだろう?」
「返事を楽しめるくらい、ロッタは強いでしょ」
「わかんない。でも、聞いてみようかな。ありがとう。ぽぽちゃん。ロッタはしばらく封印しといて」
「了解。六花」
「キャノピー開けて。アイミ」

「六花先輩、なに、して、ますか?」
巫女服の千種が見上げている。
「千種」
「大丈夫、ですか? テーセさんが、泣いてたって、言ってて、探しました。ようやく、みつけ、ました」
「探してくれたの? ごめん。もうダイジョブ。千種、巫女服似合う」
「そう、ですか?」
「やっぱ、ロングストレートだよね。あ、ポニテでもいいかも」
「じゃ、2日はポニテ、してみます」
「かわいい。千種」
六花はキュリエッタから飛び降りて千種の手をとる。
「行こ」
「あ、先輩、先輩と、私で、山社の最終準備、してほしいって、透子さんが」
「わかった。持ってくもの、ある?」
「お賽銭箱に、まとめて、入れてある、そうです」
駐車場の端にそれがおいてある。
「よし、キュリ子で行こう。のって」
「はい。私、乗ってみたかった、です」
六花は膝の上に千種を座らせると、賽銭箱を掴んでキュリエッタを飛ばす。
嬉しそうに笑う千種を見て、六花の心の温度が上がっていく。

透子の目論見通りだった。
距離があるかと思われた遊歩道を、参拝者はゆっくり歩いていく。道の脇には地元のお店が出店を出して、もてなしている。団子の餅来は2箇所に店を出してる。
六花は山社を任された。最初は玲の予定だったが、
「ごめん。まだ怖い」
巨大な龍に食われかけた玲の記憶はなくなっていない。逆に陽奈は母屋にいると自分が人を殺しかけたという記憶が蘇り、六花と一緒に山社担当。
テーセのお祓いの時間コントロールをしている。
海社は一度見に行ったが、リンジーが妖艶でテコとの対比がいい感じ。

「お団子、差し入れ、いただきました」
千種がパックをもって嬉しそう。
「テーセが休憩に入ったらみんなで食べよう。あと15分」
千種が社務所でお会計。六花が外で列整、陽奈がテーセとお祓い。
海社は玲と風花が列整、社務所が碧と詩歌、透子がテコとリンジー係。
「おつかれ。テーセ」
前年はテコが使った銀髪のつけ毛を今年はテーセが使っている。髪飾りもたくさんつけて、神々しいかわいさに。
「六花。予定通り?」
「順調だよ。社務所の中で休憩して」

「不思議な体験。みんな私を通してなにを見ているんです?」
「今年1年を司る神様、かな」
「願いが届くかな? 私が媒体で」
「テーセを通したら、ウスト様まで行っちゃうかも」
「それなら、みんな幸せになれますね」

「六花、今年もありがとう。お疲れ様」
帰る日。六花は陽奈を乗せてキュリエッタで帰る。他は漁港からリンジーの乗ってきた往還機で帰るので、いったん別れる。
透子が六花の頭をポンポンする。山社メインで動いていたので、久しぶりにあった気もする。
「せんせ、聞きたいことある」
「なに?」
「リンジーさんと付き合ってるの?」
「え」
「六花見ました。キスしてるとこ」
「…」
「ケンカしてるって聞いてたから、びっくりした」
「…」
「この先、六花達でなくて、リンジーさんと暮らしたりする?」
「それはないかな」
「いつから、仲良し?」
「少し前、かな」
「せんせ、しあわせ?」
「んま、新しい感じ」
「そうなんだ。来海にきた時に、せんせがいろいろすごいから、神社を継ぐんじゃないかって、話になったんだ。お婿さんとって継ぐって」
「それはない」
「せんせが男の人と立ってるとこ、考えたら気持ち悪くなっちゃって。あって否定してほしかった。会いに行ったら、リンジーさんと」
色んな感情が入り混じった顔。六花を見ている。なにを言い出すか注視してる感じ。

「大人のキスだった。ドキドキした」
「報告、なの?」
「ううん。もし、六花たちに隠そうとしてるんなら、もういいからねってこと」
「うん、六花には隠さないけど、防衛軍の他の連中にはしばらく隠すから、言わないでね」
「わかった」
六花も透子も歯切れの悪い会話してる。そう思う。
「こういうとき、なんて言ったらいいか。おめでとうでいいの?」
「違うけど、六花の気持ちはわかるから、いいよ」
少し、透子が微笑んだ。
「異星人とのお付き合いはどんな感じなの? せんせ」
「あいつ、アーデア暮らしが長いから、テコさんと同じで、キス魔だね」
「アーデアだから、なの?」
「どうやら、唇でキスするの、習慣というか、いいことだからどんどんしようって、メンタル持ってる」
「なんかテコさんと今までのことが全部納得に変わる」
二人で笑い合う。
「じゃ、あとでね。せんせ」
「気を付けて。陽奈のママによろしく」

「はい。六花先輩」
うーたん部の部室で私物を片付けていると、風花が封筒を持って入ってきた。3月。明日は卒業式。六花は風花と荷物の片付けに来ている。
「なにこれ?」
「恋文じゃない?」
かわいい封筒。蓋をとめてる星型シール。裏には六花先輩へとある。
「風花、書いた?」
「え、そんな回り道しない」
と言って微笑む。
「ここに来るときに、1年生の子に六花へって渡されたの。勇気振り絞ったけど、私経由になったみたい」
「六花先輩に直接渡せる1年はいないと思うなあ」
1年生のうーたん部部員、竹原 咲がしたり顔で言う。
「そう? 咲ちゃんとか普通に話してるのに」
「私もクラスでいろいろ聞かれますよ。先輩について。それとなく好きなものさぐれとか。直接聞けばって言うと、私なんかダメだよー。だって。やっぱ、雲の上感あるみたいです。私は、ちくちく先輩推しなんで。六花先輩はある程度平気です」
「なんだそりゃ」
「読まないの?」
風花に言われて六花は封筒を開ける。
きれいな字。内容は…
「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンの歌詞だ」
「六花にあの歌詞って、センス爆裂してるね」
「小栗美智。どんな子?」
「ん~~なんていうか、見た目は透子さんを中学生にした感じ?」
「ふーん」
オタ美少女かな。
「なんかさ、返事の猶予は明日まで。お試して付き合いも無理。ごめんなさい確定だけど、痕跡は残したいみたいな。あざとい」
「風花怒ってる?」
ちょっと風花の言い方に力が入る。
「あれですね。無自覚あざと王の六花先輩に一発お見舞いするにはこうでもしないとってことですね」
咲が頷きながら語る。
「六花があざとい? うそだよ」
「こんなこと言ってますよ。ちくちく先輩」
「自覚、ないにも、ほどがあります、よ」
「千種! いつの間に」
「いいですか、先輩、先輩はよく手を繋いでくれますね。頭を撫ぜてくれますね、嬉しくなると、抱きついて、来ますね。そんな距離感で接しても、ちっとも、嫌なところ、ありませんね。これが、無自覚、あざと王の姿です」
「…そうなん」
「そして、先輩には、最終兵器の、キュリエッタ、二人乗りが、あります。あの密着で、空を飛んで、誰だって、好きになっちゃいます、よ」
「それやったのはほんの数人だよ。千種だって乗ったけど、違うでしょ」
「どうして、ちがうって、思うんです?」
千種はカバンの中から、小さな箱を出した。きれいにラッピングされてる。
「卒業、おめでとうございます。明日は、きっと、大変なので、今日、いま、お渡しします。お別れなんて、いやですけど、ありがとうございました。六花先輩」
「千種…開けていい?」
千種は涙をこらえながら、頷く。
箱の中は雪の結晶をかたどったピアス。
「先輩、ピアス開けてない、ですけど、イヤリングだと、宇宙で、なくしたら、たいへんだから。ピアスに、しました」
「千種、六花は…」
「いいんです。恋愛というより、六花先輩は憧れていた、宇宙そのもの、だから。六花先輩みたいに飛び回りたいって、思って。運動神経ないけど、いずれ、BMIで操縦できるように、なったら、私でも飛べるかなって」
「飛べるよ。そのときは一緒に飛ぼう」
「はい。約束です」
「六花先輩、安心して卒業してください。ちくちく先輩は私が徹底的にケアして、守って、愛します」
「絶対だよ。咲ちゃん」
「任せてください」
「でも碧や詩歌も千種が大事って言ってたらしいから、ライバル多い?」
「負けません」
六花は咲と握手する。それを千種がホワッとした笑顔で見ている。
「千種が六花のピアス穴、開けたら?」
風花が言う。千種の目が真ん丸になった。
「いいんですか? すごく、ドキドキ、します。でも、陽奈先輩にぶっとばされそうです」
「否定できませんねえ」
咲が続ける。
「開けるピアッサーは、家にあるので、明日、一応、持ってきます」
「お別れ会のとき、こそっとやっちゃえ」
「六花不在で話が進んだ」
「え? 良いでしょ」
「まあ、風花より、千種のほうが痛そうでないイメージ」
千種が笑う。風花が睨みながら笑ってる。こわい。
「誰が、やっても、変わらないですけど、本当は。でも、痛くないようにします。先輩」

「答辞。卒業生総代、六羽田六花」
「はい!」
卒業式。明美ちゃんからの指示で、問答無用で総代にさせられた。
透子がきた。そしてテコと公仁が来てる。3人共防衛軍の軍服。若干目立つ。公仁はずっと泣いている。戸籍上は風花の親戚だしね。
アイミといっしょに考えた答辞案は3種類。状況に応じて使う。全部ナノドライブに記憶済み。だから、手ぶら。
「地球が宇宙に開かれた年、わたしたちの中学生活がスタートしました。人類にとって、これまでにない最も大きな転換点です。
わたしたちは、広大な宇宙空間で、ひとりぼっちじゃない。といううれしい事実がわかりました。しかし、それだけではありません。
私達、地球人はまだ発展していない、宇宙を行き交う人々から見れば、原始の時代を生きるものだったという事実を突きつけられました。その事実を受け入れるか、突っぱねるか。わたしたちは、かつてないほどに試される時代に生きています」
演台の上から見回す。ナノドライブが血流をコントロールして、緊張を抑え込み冷静状態をキープしている。アイミとの回線はオープンにしてリアルタイムでアドバイスも入る。玲と陽奈がこっちを見てる。陽奈の顔がちょっとやつれてる。まともに会えてない。

東京移転の準備が進む中で、一つ問題が発見された。それがアステロイド盗掘。
「盗掘ですか」
空っぽになってきた仮庁舎。その中で会議が行われた。そこで新しい対処すべき事案が発表された。
「アステロイド、小惑星には大量の資源が眠っている。ようやくその活用が論議され始めたばかりだ。しかし、所属不明船が定期的に飛来して好き勝手やってる。我々の探知能力が上がったことで、気づいただけで、実は前から飛来していた可能性はある。それを終わらせる」
村井はそう宣言した。
「アステロイドベルトにはノーゲン殿が購入した星系監視装置の大半を振り向けて監視している。現状、ほぼ全域カバーできてる。それによるとほぼ2週間ごとに飛来して小惑星から採掘を行っている。本作戦はセンサーが捉えた時点で、高天原2先のワープポイントから短距離ワープで現場に殴り込み、現行犯逮捕する。帝国法では星系外からの資源盗掘は発見した時点で問答無用で撃沈が可能だ。待機はパイロットの卒業式翌日から開始する。通常通りならその日の夜くらいに飛来するはずだ」
これが決まったために、みんなにまともに会えるのは、今日くらい。

「私たちが宇宙世代といえるほど、宇宙は身近になっていません。でもそれをしていくのが私たち。変わっていく世界に流されるのではなく、その流れを作っていくことが、私たちの役目。変わる世界こそ、私たちの舞台」
(そろそろ締めよう。六花)
アイミの声。六花は台本を頭の中で切りはりして締めに入る。
「世界は静かにこっそり変わっていることを、ゆめゆめ忘れることの無きよう、目を開き、耳をそば立たせて。一瞬で過ぎ去る光を掴んで。そうすれば、輝かしき未来が手の中に」
六花は少し間を置く。
「次に会う時は、深淵なる宇宙のどこかで。卒業生代表、六羽田六花」
拍手。透子とテコ、公仁が立ち上がったのにみんなつられて、スタンディングオベーションへと変わる。

「六花先輩! 写真お願いします」
卒業式後。在校生が花一輪を持って卒業生に渡すあれ。六花には列ができた。どんな顔したらいいかわからない。
「ヘラヘラ笑わなければいいと思うよ」
すでに花を10本くらい持ってる風花がしれっと言う。
「あの、先輩、手紙読んでいただけましたか?」
ボブカットの子がおずおずと聞いてきた。
「Fly me to the moon?」
「In other words, darling kiss me」
「そこ切ってきたか」
「読んでいただいて、ありがとうございます」
なるほど。透子の中学生版ね。
容姿だけだけど。
「手紙、ありがとうだけど、ごめんね。気持には応えられない」
そう言って、六花はポケットからワープグラスを取り出す。 

「いいこと六花、あんた、自分が思ってる以上に人気者だからね。油断してると、ボタンください、リボンください、スカートください。パンツくださいって、裸ん坊にされちゃうわよ。配るもの持ってきなさい。ワープグラスがいいと思う」
透子が力説。
「裸ん坊って、どんな学校?」
「中身は私のね」
「こら風花」

「無駄ではなかった。あの話」
美智に渡す。
「気持ちをありがとう」
「ありがとうございます。大切にします!」
「でもどうして、このタイミングでラブレターなの」
「諦めたくなかったので。その前に悩み過ぎちゃいましたけど」
そう笑って美智は手を振って離れていく。
その後何人か、ボタンくださいがきたけど、ワープグラスで対応。事なきを得る。
「先輩」
「千種」
「改め、て、卒業、おめでとうございます」
千種が花を手渡す。
「千種は六花先輩なん」
詩歌も来た。
「うち、部長に上げてきた。あ、そっか千種、キュリエッタ乗せられてたやんな」
「キュリ子を落としのテクみたいにー」
「実際そうやないですか。でも2年で乗ったの千種だけか。狙いました? 先輩」
「詩歌は六花をナンパ師か何かと思ってるの?」
「はい」
「うおい」
「詩歌、私が、憧れてただけだから。口説かれて、ないよ。でも、キュリエッタはすごく、嬉しくて、楽しかった」
「ほら」
詩歌が笑う。
「六花せんぱーい」
この間入部した1年生に囲まれて、玲と陽奈が歩いてきた。ふたりともうつむいている。多分泣いてる。
「六花先輩、陽奈ちゃん先輩をお願いします」
「陽奈」
「六花…」
1年生に支えられてた陽奈を受け取る。目が真っ赤。ずっと泣いてるみたい。
「大丈夫? 陽奈」
「六花、ぎゅってして」
「あ、荷物持ちます」
咲が六花の荷物をまとめて持つ。
陽奈と玲は六花たちが訓練でいない間、新入部員の面倒をきっちり見てきた。10人が連携をして二人を助けているのを見ると、どれだけ彼女たちを気にかけていたかがわかる気がする。
六花は陽奈をお姫様抱っこする。ふと見ると風花が玲を同じ様に抱きかかえていた。
「じゃ、みんないい? SCEBAIの70階へ。生徒手帳見せれば今日は入れるから」
「了解です。六花先輩」
お別れ会が始まる。

「みんな、ありがとう。ごめんね」
玲がしゃきっと座り直す。SCEBAI 70階の気狂い帽子屋。1年生チームの気合の入ったお菓子、今年も変わらないマリアさんのサンドイッチ、六花は風花と東京で買ったブリュレタルト。陽奈と玲はパウンドケーキ。2本ずつ。
「食べて風花。私の血が入ってる。あなたの血肉になって私は一緒に生き続ける…」
玲がヤバそうな目をして、風花にあーんをする。
「うそでしょ」
「うん。痛いの嫌い。それに、もっと前からしてるから、今回しなくても…」
「え?」
「うちで、何度おやつ食べた?」
「ひ…ウソでしょ」
「うん」
パクっと風花が差し出されたケーキを食べる。
「六花も食べて」
陽奈があーんをしてくる。 
「なんのケーキ?」
「そりゃ、血だよ。うそ。バナナ」
「ありがと」
濃いバナナのこってり感。美味しい。鉄臭い味はしないから、多分…。
お別れ会になると、玲と陽奈は少し持ち直した。
会話が続く。そこで千種が
「六花先輩、やってみますか?」
「あ、そうだね」
千種と六花の会話を聞き、咲が立った。
「卒業記念、六花先輩のピアス開通式を始めます」
「ちょっと咲ちゃん」
こっそりじゃなかったの?
「ピアス?」
陽奈が訊く。
「千種が卒業記念でプレゼントしてくれたんだ。イヤリングだと、宇宙でなくすかもだから」
「ふーん」
千種がピアッサーを取り出す。
「兄が好きで。もらってきました。好きなの選んでください。2つ」
「お兄さん、穴だらけの人?」
「否定、しません」
六花は透明のジルコニアがはまったのを二つ選ぶ。
「わかり、ました」
「うん。やって」
「動かないでください」
千種が耳たぶに機器をセット。
「六花、こっち見て」
陽奈が正面に。顔近い。そのままほっぺにキス。
「陽奈先輩?」
「今のうちにやっちゃいな」
「やくざのあねご?」
「うるさい六花」
陽奈が今度は額にキス。と、作動音がして一瞬耳度がチクリとした。
「できました。消毒します」
「痛くなかったでしょ」
陽奈が少し離れる。千種の方がが赤くなっている。
「次反対側ね。私にやらせて。千種」
「陽奈先輩、いいですよ」
「今度は千種が六花の気をそらせて」
「ええ? わたし、そんな」
「顔が動かなければ、なにしてもいいよ」
陽奈の手が右耳にふれる。消毒。ひんやり。
「千種、六花の頭をぎゅってしてて。撫ぜていいよ」
周りが固唾をのんで見守っている。なんの儀式?
「せ、せんぱい」
千種が六花の頭を包むように抱く。心臓の音が聞こえてくる。ドキドキしてる。と耳がチクリとした。
「六花、もう一ついい? 千種、ファーストピアス予備ある?」
「あります、よ」
「私が選ぶね。六花。千種はそのまましてて」
1つ目の少し上に陽奈は打ってきた。
「六花、最初の2つは千種のプレゼント用。最後のは私から東京に一つ送る。それをつけて。私も後で同じところに開ける」
「遠くに行っても私たちがつながってる証明。どこに行っても、そこに私の心のかけら、あるから」
陽奈が座ったままの六花に抱きつく。
「私、六花を好きになったこと、後悔しない。でも、六花だけに固執しない。六花より素敵な人がいたら、さっさと乗り換える。会える人のほうが良いに決まってるから。その方が六花にもいいと思うから。でも、今は六花が誰よりも、好き」
「陽奈」
「無駄とわかっていても言う。行かないで。ここにいて」
「…ごめんなさい。陽奈」
「ダメ彼女。ダメ彼女だ…」
陽奈の嗚咽。彼女の手が制服の胸のリボンを掴んで外した。
「これ、もらうから」
六花が視線を上げると、風花と手を繋いで立ち、震えている玲が見えた。
みんな下を向いている。どうしたら良いかわからない顔。
どうして、私達はこんなことに。新しい春。別れしかない、春。
こんな春なら、来なければいいのに。

「AE04 発進します」
「AS21,22離陸」
翌日の朝。六花と風花が乗り、フル装備のエリアルEがテーセのアウスト2機と編隊を組んでSCEBAIを離陸する。玲の家の中庭から発光信号と振られるうーたん部の旗。みんな、昨日のお別れ会の後、玲のお屋敷に泊まったらしい。発光信号がみんないることを伝えてる。
「電話もかかってる」
アイミがコクピットに電話の音声を流す。歌声だ。みんなの合唱。
「これ、巣立ちの歌…」
六花は涙を止められない。同じ顔して風花が見ている。ナノドライブの感情抑制も役に立たない。
二人の号泣が聞かれないよう、アイミが通信回線を切った。

高天原2にはナデシコが待っていた。重力下では3機の機動兵器が積みにくいため、ここで合流する。ナデシコのカーゴドアが全開となり上面にエリアルE、下面にアウスト2機が収納される。固定作業が終了。
「降りれるけど」
「ブリーフィングあるから、行くよ」
アイミの言葉に六花がゆっくり返事する。ハッチを開き、バージョン2スーツを着た六花と専用の装甲宇宙服を着た風花がナデシコの応接室を目指す。
そこにはテコ、透子、晴人、保父、テーセ、ブリッジオペレーター3名が待っていた。タブレットが置いてあって、そこには公仁が写ってる。
「大丈夫? 二人とも」
晴人が声をかける。
「ハルくんこそ、大丈夫なのスケジュール」
「一応、発足式まではいる予定」
「諸君」
テコが声を出す。
「ここで監視装置の反応を待つ。 作戦概要は地上で聞いた通り。 敵船は発掘用に破壊力の大きい兵装を持っている可能性が高く注意が必要だ。
制圧後に臨検を行う。これが個人会社の暴走か、企業で悪行してるのかが読めない。企業相手の場合は荒事になる可能性がある。気を引き締めてくれ。以上だ」

「テコさん、せんせ、卒業式、来てくれてありがとう」
「無事終わらせれた?」
透子の声音はあくまで優しい。今朝のことを知ってるのかな。
「うん。さっき、みんなで歌って終わったよ」
「そう。ピアスかわいい。六花」
「まだファーストピアス。千種がくれたのはもっとかわいいよ」
「ちょっと見せて」
透子の目が医者のそれになる。
「あとでちゃんと消毒しとくのよ。痛くなったら教えて」
「うん。せんせ」
「風花、ホットアイマスク、持ってきてる?」
「あ、はい」
「今のうちにやっておいて。泣きすぎよ。二人とも」
「六花、ボクの部屋を使っていいよ」
「テコさん、ありがとう」
長丁場になったときのために持ってきていた蒸気で温めるアイマスクをつけて、テコの部屋のベッドに二人でゴロンと寝転がる。
「来てもいいよ。六花」
風花の言葉は意識体のやり取りのこと。
「今は物理的な方がいい」
六花はそう言って風花と手を繋ぐ。
「ものたりない?」
「大丈夫。六花ほど、えろくないから」
「うそつきだ」

『第6観測エリアに感知信号。所属不明船1 有資源小惑星ミイケに接近中』
「行こか」
「うん」
アイマスクを取って起き上がる。目の腫れが取れた風花が六花を見てる。自然と、顔が近づいた。キスをして、すこし舌が触れる。
「アーデア文化に毒されてるかな?」
「良いことだから、良いんだよ」
風花のそんな声を聞きつつ、手を繋いだまま、テコの部屋を出る。
「ワープに入る。各員は所定の位置で待機」
「あとでね。風花」
「気を付けて」
船内突入班の風花は透子と同じ小型挺での待機。六花は風花の後ろ姿を見送り、エリアルEへ。
『ワープアウト後、AE04、ASは不審船の足を潰せ。空域の安全を確保後、船内を臨検する。テーセが主導で当たれ。経験数が違う』
「AE04了解」
『ASエレッタ了解』
『出撃する。ワープ開始』
テコの声でナデシコが加速を始める。やがて空間をぶち抜く振動。それがもう一回。さっきと全く違う宇宙の光景。暗い。
「やっぱ近い」
『行くぞクソガキ!』
「了解!」
ナデシコのカーゴハッチが開く。六花の視界の中、ナデシコの船体が離れる。その下側から光が2つ。アウストだ。速い。
「ついてくよ」
テーセのアウストAS21をリーダーとするデルタ編隊。
「エレ、照明弾」
AS22がスカートの中からランチャーを取り出し前方に撃つ。小さな太陽が出現した。小惑星とアームが何本もついた特殊な船が浮かび上がる。
「クソガキ、警告を」
「わかった。アイミ」
「放送開始」
いくつかの言語で退去勧告。小惑星にへばりついた船は動かない。
「CP、周囲に人工物はあるか?」
『現状、そいつだけだ』
「盗掘屋にしては武装が軽すぎる。クソガキ、周囲警戒を任せる。船は私が止める」
アウスト2機が不審船に近づく。その後方にエリアルE、さらに後ろにナデシコ。
「この配置で隠れるなら小惑星の裏側」
六花はエリアルEを移動させる。
「ソナーやって。アイミ」
六花は由美香ちゃんキャノンをいつでも撃てるように構える。
「各機、エリアルE、ピンガー打ちます」
ソナーと言っても音波ではない。様々な波長の光というか電波を強烈な出力で打つ。直後
「六花、撃って!」
アイミがレティクイルを表示したポイントに発砲。不自然にビームがねじ曲がる。
「なんかいる。AE04、engage」
六花はキャノンの出力を最大に。
「アイミ、もう一発ソナー」
移動してるターゲットに陽電子ビームが叩きつけられる。空間にノイズ。姿が見えた。
「なにあれ?」
小型の宇宙艇の上面から人型の機動兵器が生えてる。上の機動兵器はアウストっぽい見た目。
『ディアーボだ』
「ディアーボ?」
『アウストは昔からいろんな星で使われてるんだけど、巡り巡って中古品が魔改造される。そう言うのをディアーボって呼んでる。アーデアの神話に出てくる怪物の名前。しかも、単独ワープができるように宇宙船と合体させるとか、やり過ぎだ」
テコが呻く。
「あれじゃ小回り効かないよね」
六花はいいとこ取りになってなさそうな機体を観察する。
「警戒して制圧します」
アイミから予測される機体性能が表示される。宇宙船部分が噴射炎を吐き出し、弾かれたように加速する。思った通り、高速一撃離脱に持ち込みたいらしい。
「不審船は気にするなクソガキ。必要ならエレを貸す。いつでも言え」
「ありがとテーセ」
六花は加速したディアーボを追う。どこかで反転してくるはず。そのポイントを狙う。
「警告は?」
「してあるよ」
反転予測ポイントに牽制射撃。相手は避けずバリアで受ける。
「機体とパイロットの性格がシンクロしてそう」
ディアーボが反転しこっちを向く。六花はジーレイアを手放す。
「アイミ、コントロールお願い」
「当てていいの?」
「むしろ当てて」
ビームを撃ちながら、小惑星から引き離していく。
『貧乏くじだ。今まで平和だったのにな』
警告放送の周波数に合わせて喋ってきた。
「泥棒のくせに」
『その可愛い機体も貰っていくことにするわ』
突っ込んできた。直線。最大出力で一発目。相手がひねった。
「アイミ!」
進路上にジーレイアが移動。
閃光。破片が飛び散る。姿勢を乱した。
「当たった! 当てる」
もう一発最大出力。肩が吹き飛んだのが見えた。
『割に合わん』
そのまま、逃げていく。で、ワープ。
「え、ワープ?」
用心棒的なヤツじゃないの?
『AE04、敵船のワープを確認した。トレースはナデシコで行う。AS21のサポートに回ってくれ」
「了解」

「もう終わってるよ。クソガキ」
テーセのアウストが警戒する中、小型艇が不審船にドッキングしてる。
「アイミ、せんせのアイカメラ拾える?」
「オッケー」
視界に別ウインドウが開き船内を進む透子の目線カメラの映像が出る。
まずこれで透子が無事だってわかる。その視線の先、

『制圧完了です』
風花の声。カメラに拳から湯気のようなモヤを漂わしてる風花が捉えられた。透子が近づいて風花の身体をチェックしてる。風花もなんともない。
『こちらCP。状況終了。盗掘者を高天原に連行。不審船はセンサーを埋め込んで監視船としてこの場で稼働させる。各班撤収』
『帰投するぞクソガキ』
「あいつ、戻ってこないかな?」
『敵前逃亡する用心棒だ。戻ってこれないだろ。この先、行く場所もないがな』
みんながナデシコに戻る。けが人なし。拘束者10名。逃亡1名。
「今回も無事終わってよかった」
「早く帰んないと、発足式直ぐだしね」
船内で風花をみつけて飛びつく。
ナデシコが現場宙域から、地球に向けてワープした。

未開惑星の資源は、俺達のもの。当然。
取り調べに対して、不審船の船長はそう答えた。彼は辺境連合に所属する星系にある資源開発業者。結構前から地球近辺をうろついていたらしい。地球にも来ていたらしく、UFO騒ぎの一つだった可能性がある。
ゲドー社が来て接近を控えていたが、オルクスが去ったのでまた発掘を始めたという。
「もっとでっかい戦艦で威圧しないとダメなのかな?」
「今回のことが知れれば抑止力になると思うけどな。実際、海賊の襲来ってあの時以来、減ってるし」
アイミがデータを見てる。エリアルEのコクピットで待機。盗掘者は高天原2で勾留され、帝国の執行機関に引き渡される。その移送中だ。終わったらナデシコを出て地球に戻る。
『盗掘業者の移送を終了した。AE04、AS21,22、各個でリエントリー。帰投せよ』
「さきに行け。クソガキ。待ってる奴らがいるんだろ」
「テーセ、ありがとう。AE04、帰投します」
ナデシコから離脱。リエントリーのコースへ。ジーレイアをまっすぐ持って、再突入モードへ。コースを最大限急いで飛ぶ。アイミが突然叫んだ。
「4時方向に重力震。なにかがワープアウト!」
『喰らいやがれ、原始人ども』
ディアーボがワープアウトすると、人型と宇宙船が分離した。宇宙船は艦首部分にバリアを展開して加速しながら地球に落ちていく。
「落とさせない!」
六花はオーバードライブを発動して宇宙船を追う。それを人型が狙う。
「六花、後ろ!」
『人型は任せとけ。クソガキ』
元はアウストらしい人型の機動兵器に、テーセたちのアウスト2が殺到する。人型ディアーボが抵抗する間もなく、一瞬で機体が爆散した。やっぱり、猛烈に強い。
六花は落下する宇宙船に集中する。大気上層に到達。機体が振動する。
「バリア展開を止めれば、燃え尽きるよね?」
「あの大きさだと間違いなく」
「由美香キャノンの残弾は?」
「大丈夫。2発ある」
「照準」
大気層のせいで機体がブレる。引き付けないと無駄弾になる。速度を上げて接近。この距離なら! トリガーを引く。
陽電子ビームが大気層を貫いて宇宙船に当たる。真ん中を外した。
スピンして砕ける。が船体がまだ残ってる。
「六花、高度ギリギリ!」
『離脱しろ! クソガキ』
テーセが叫んでる。でもダメだ。もう一撃。
あの大きさなら、拡散ビームでもいけるはず。照射範囲を広げて…
ゴーグルのモニターが真っ赤に染まる。アイミではなく、エリアルが機械として警告してきた。ジーレイアのバリアーも負荷がかかりすぎてる。
「黙らせて」
「無理。六花が大事」
「あと5秒でいい」
六花はトリガーを引く。広がったビームが残骸を弾き更に細かく砕いた。
「上昇!」
一瞬だけ畳んだ翼を開いて空気を使う。衝撃に耐えきれず翼が折れる。
「安定翼廃棄!」
翼を犠牲にしたエリアルEが大気上層に弾かれるように上昇する。翼が燃えながら落ちていく。宇宙船の残骸も流星になった。
エリアルEの両脇を2機のアウスト2が支える。
「大丈夫か? 無茶する」
「これが防衛軍、魂? ごめん、テーセ。六花、もう、ここまで…」
「クソガキ!」
「意識消失です。バイタルは安定。あとは私がコントロールします」
「帰る。クソガキを頼むぞ。AI」
アウスト2機がエリアルEの前に出る。
「ジーレイアが途中で破損すると、厄介だ。私の後ろについて、衝撃波を避けろ」
「了解」
「リエントリーする」
何となく、ここまでは覚えてる。

Chapter-8 六羽田六花 15歳 発足式

足音のリズムは人によって違う。
テコトコラボに来てからの1年で、聞き分けができるようになった気がする。
近づいてくる音。規則正しくもたまに床をする音が混ざる。
これはきっとせんせ。
ベッドの上で上体を起こし、昨日、激しく戦った頭痛の残滓がほぼなくなったのをゆっくり頭を左右に倒して確認。
六花はTシャツ短パンの部屋着のままベッドからワークチェアに移動する。
と、同時にココンっと軽いノックの後、ドアが開く。栗色のボブカットをフワッとさせて小柄な白衣がドア前に現れた。
透子、正解。勉強机に向かっていた六羽田六花は座面を回して透子を迎えた。
ベッドで寝ていると思ったのか、透子の目線が一旦外れてから六花に。
「せんせ」
「体調はどう?」
「今日はわりと平気」
「明日行けそうかな?」
「たぶん大丈夫」
「よかった。明日の式の話をしておくわ。明日は9時にここを出発して基地に向かいます。式が終わったら午後、一緒に学校に行きます。入校手続きと見学ね」
六花が頷くのを見届け手に持っていたクリアホルダーを差し出す。
「今更だけど、学校関連の書類。一応、目を通しておいて」
「わかった。学校、一緒に行ってくれるのは嬉しい」
「素直でよろしい」
透子がササッと診察する。相変わらず、触診が気持ちいい。
「じゃ、格納庫前に8時で。防衛軍の制服を着てきてね。高校のは持参。朝電話しよか?」
「大丈夫」
軽く手を振って微笑む透子の視線がドアに隠れ、パタンと閉じた。
同じ足音が遠ざかっていく。電話かメッセージで済むことなのに、透子が顔を見にきたことで自分の不調を思い出す。大事をとって今日は勉強を休んだけど、体調はそこそこ普通。
「いよいよ、明日か」
六花は神の国の事件から今までのことを思う。
「ただいま。六花」
風花が荷物を持って帰ってきた。最終的に仮庁舎やナデシコに残っていた荷物を集めてくれた。六花を見て笑顔になる。
「あ、良くなったね。頭痛」
「ん」
「キスして良い?」
「ん」
もう何度目かわからない、風花とのキス。ここに来る前は神の国の施設で、それこそままごとのような子どもの遊びをしてたのに。一緒に防衛軍の兵士で、一緒に高校に入る。
「玲と陽奈、来るって」
「そか」
陽奈とはお別れ会の時以来。
「東京校の制服着て待ってろだって」
「ふふ。わかった」

「六花。良かった。また会えた」
「わっぷ」
部屋に飛び込んできた制服の陽奈がセーラー服の六花をベッドに押し倒す。
「しわしわになる」
「いいじゃん。すぐ戻ってくるでしょ」
「なんで?」
「東京が合わなくて」
「六花の都合じゃ…」
「六花が富士山からしか飛べませんっていえばいいのよ」
陽奈が六花の胸に顔を埋める。
「とまあ、冗談はさておいて」
ガバっと起き上がる。
「はい。六花。私の心のかけら」
陽奈が片方だけが入ったピアスのケースをポケットから取り出す。
真っ赤な石がはまった小さなピアス。でも、この輝きは…。
「これ、ワープグラス?」
「そだよ。ナデシコで一緒に取ったかけらでテコさんに作ってもらったの」
髪をかき上げた陽奈の右耳に同じのがついてる。きれい。

「いつの間に」
「あなたが寝てる間に」
陽奈がニッコリ。目の下に少しくまがあるけど、元気には見える。
「ありがとう。穴が安定したら付け替える」
「い」
「い?」
変な声がして振り向くと、風花が玲にピアッサーでピアスを付けていた。
青い小さな石のピアス。
「両方?」
「うん。片方だけだと意味とかあってちょっと」
「じゃいくよ」
「い」
「玲、似合ってる」

「ありがとう。つぎ風花につけるから六花やって」
「六花が?」
「私、押さえとく」
「風花、痛みに強いよ」
「ヤボ言うな」
玲が座ってる風花に抱きつく。
「さあ、いまのうちにゃ」
陽奈がしたと同じように玲が風化の胸に顔を埋める。
風花の耳にピアッサー をセットし開ける。
「なんか言って六花」
「あ、ごめん」
反対側に回る。玲は頭をグリグリしてる。
「いきます」
「うん」
風花にもピアスがついた。透き通った青いピアス。
「消毒するね」
風花と玲のピアス周りをアルコール消毒。
「ところでさ、高校ピアスオッケーなの?」
立花が聞く。
「さあ」
風花は知らない。
「先輩たちしてたよ。確か」
玲は曖昧
「吊り下がってないのならいいらしい」
陽奈は知ってた。流石。
「東京は知らないよ」
「つけてたっぽいなあ」
風花が高天原ツアー時の記憶をチェックした。
「やる前に調べようよ」
「六花が言うか」
玲が六花の脇腹を突っついた。

SCEBAIの門。制服の4人。ブレザーとセーラーで分かれて立つ。
「ピアス直接渡せてよかった」
「嬉しかったよ。陽奈」
「明日、何時?」
「六花は8時から離陸準備。風花は7時半にナデシコで行くよ」
「早いね」
「見送り、いいからね」
「うん。悲しいから寝てる」
「また来るんだよね、ここに」
「定期点検のときは。半年に一度」
「待ってる」
陽奈が抱きつく。
「お願い。六花からキスして」
ここで風花を見ちゃダメ。
六花はまっすぐ陽奈を見据えてキスをした。
「ありがとう」
陽奈が体重を預けて六花にもたれる。
少し離れて、風花に玲が抱きついてる。声が聞こえる。
「ちゃんと告白しなかったな。私」
「そうだっけ? そばにいたいって言ってくれたよ」
「風花は他に好きな人いるんだよね」
「…うん」
「じゃ」
玲が背伸びして風花とキスした。嫉妬とかない。悲しさしか感じない。
「初めてが風花で私、嬉しいよ」
「また会おうね」
「連絡するね」
そんな別れ。それ以上もう何もできない。枯れ果てたらしく、涙は出なかった。

発足式当日。
「先行くね。六花」
「気を付けて」
風花が部屋を出る。
ぼおっとしててもしかたない。六花は式典礼服を整えて部屋を出た。忘れ物はない。部屋は空っぽ。
エリアルファクトリーへ歩く。
「六花ちゃん行っちゃうの?」
「マリアさん」
気狂い帽子屋の喫茶メニュー担当、いつ行ってもいるというマリアさんが出歩いていた。すっごいレアなもの、見てる気がする。
「お弁当届けに行こうと思ってたの。会えてよかった」
おっきな風呂敷包を持って自分の足で歩いてる。アンドロイドじゃなさそう。
「長丁場って聞いたから。おにぎり。みんなで食べて」
「ありがとうございます」
ずっしり。重い包を受け取る。
「また食べに来てね。六花ちゃんが来て、中学生の子が増えて、メニュー考えるの楽しかった。こっちに帰ってきたら、必ずよってね」
「はい!」
しばらく一緒に歩いたあと、別れる。エリアルファクトリーについた。

六花が格納庫前に立っていると、透子の声がした。
「早いね。六花」
「せんせ。おはようございます」
「いよいよ、始まるね。新しい仕事が」
「もう始まっちゃてますけどね。バトル」
あの後、気を失って、気付いたらラボの部屋。それから頭痛でのたうち回った。透子はもちろん、リンジーもいろいろ薬を取り寄せてくれるが、この頭痛はなかなか克服できない。
「まあ、向こうは私たちに合わせてくれないからね」
透子は六花の手をとって引っ張る。
「さて、初日から遅刻は嫌だからいこっか」
「はい」
高耳神社詣の時と同じ制服をきた六花と透子が格納庫を見上げる。
とドアが開き、中に朝日が差し込む。身長40mの巨体がキラキラと光を反射する。
六花の手を握る透子の手が少し、震えてる気がする。顔を見上げると目の縁が朝日に光ってる。泣いてるの? でも悲しそうじゃない。
「せんせ、感無量?」
「そんなとこね」
格納庫横のエレベーターで胸元の球体コクピットまで上がる。
フーリコから送られた、アーデア製の物理的攻撃を通さない謎の布状装甲素材のリボンをくぐって、六花がパイロット席、透子はオブザーバーシートに座る。
「武装はします?」
「ナデシコに乗ってるから、手ぶらでいいって」
「了解。発進準備」
六花がゴーグルを装着するとナノドライブが機体に接続され、周囲に広い視界が広がる。そしてパイロット席の左横にあるナビゲーターシートにもう一人の映像が現れて座った。
「おはよう六花。いい天気ね」
「式典、寝そう」
「私が起こしてあげる。くすぐるのと、プリンセスのキスとどっちがいい?」
「んー両方」
六花はそう言って笑う。
透子が複雑な笑顔で見てる。いろいろ思ってるんだろうな。
「では、一路東京へ。場所はわかってる?」
「はーい。わかってまーす」
六花が返事を返して笑う。
「そんな言い方、誰に教わったの?」
「ナイショ」
エリアルEを歩かせ、格納庫から出る。整備員が見送る。今日は富士山が綺麗に見える。SCEBAIとは次の定期メンテナンスまでお別れだ。
エリアルEの腰にある高機動スカートが淡い燐光を放つ。慣性制御がはたらいて、足が地面を離れる。腰のウイングユニットが左右に展開する。
「AE04 ARIEL-E this is SCEBAI control. clear for takeoff.」
「10.4. ARIEL-E engage」
六花が返事を返すと、小鳥のような身軽さで身長40mのロボットが舞い上がる。学校が、玲の家が小さくなる。陽奈の住む住宅地も。
唇を噛み締める。
「頑張って。六花」
アイミがこっち見て言う。透子の手が頭を撫ぜている。
「行こう。六花」
六花は断ち切るように急加速でエリアルEを東京に向けた。

『高天原支部より防衛軍各員』
飛行中のエリアルEに通信。起動ステーションの高天原2から。
『CEOあてに辺境連合、オリオン腕支部 開発促進局のエーリダ・ヒューと名乗る人物よりメッセージ。先日来より、我が連合に抵抗を続ける地球防衛軍の諸君。発足式の挙行に対して最大限の賛辞を送る。ついては、大いなる祝砲により、その式典に花を添えたい。返礼は不要である。以上』
「仕掛けてくる気か。正式に地球の敵となるわけね」
「宣戦布告?」
「そこまでのものじゃないのが、いやらしい」
透子がぎりっと歯を噛み締める。
『公仁です。高天原守備隊はタキリヒメに迎撃ミサイル、アンチビームシールド、ビーム撹乱幕を搭載して直ちに出航。会場である東京本部上空で展開準備を。星系監視装置は東京本部を狙った場合に考えられる射撃エリアを重点監視。ナデシコ、各起動兵器はいつでもバリアを展開できるよう待機。
会場班はメイン会場を機動兵器エレベータ上に設置。必要時に地下に避難できるように。各班、よろしくお願いします』
「やっぱり式典狙って撃ってくること前提か」
「中止にできないの?」
「予告でビビってるって思われたくはないでしょうね」
「自分のいる星を守ってるだけなのに…」
「それこそ、向こうはそう思ってくれないから」

東京の埋立地の一角。
「ここが、本部」
建設機はスッパリなくなっていて、代わりに庁舎と管制塔、そして機動兵器の着陸バッド、広大な宇宙船の離発着場。
ナデシコとリンジーが乗ってきた機動兵器搭載可能型往還機が並んで置いてある。
「そういえば、あのリンジーさんの船って、名前なんです?」
「ヒルデアっていってた。アーデアの花の名前だって。ナデシコに合わせて、改名したらしいよ」
『AE04、センターエリアに着陸』
「了解」
庁舎前のエプロンが光を放つ。六花はまっすぐその上にエリアルEを降ろした。一旦立て膝で待機させる。
「一度、降りようか」
透子に促され、地表に降りる。海からの風。そんなに強くはない。展開されたテントにはパイプイスが並べられ、会場設営は終わってるぽかった。
「六花!」
庁舎一階が発足式のHQになってる。六花が顔を出すと中から風花がかけてきた。奥には小霧や晴人がいて、こっちに手を降っている。公仁と由美香がモニターを見ながら話し合ってる。透子がそれに加わる。
「マリアさんからおにぎり。庁舎に置いといて」
「わかった」
「このあと風花は?」
「お客さん入れたら、会場警備に回る。六花はデモフライトだっけ?」
「この辺ゆらゆらするだけだよ」
『各員、発足式典開始まで60分。配置につけ』
村井の声がする。
「早く日常に戻りたい」
六花は本音を言う。
「心が疲れちゃわないようにね。六花」
風花が会場中央に歩いていく。六花はエリアルEのコクピットに戻る。
「寝るどころじゃないね。六花」
コクピットでアイミが笑う。
「ちょっと、やっぱ緊張はするね」
式が始まった。
まずは皇女朱鷺子の来席が発表される。発言はないがいることが重要。他に列席者は自衛隊の幕僚クラスとか、警察組織、SCEBAIがらみで宇宙関連の研究機関、そして倉橋航空機を含む協力企業。瓏が来てるのは確認した。玲は流石に高校入学式に出てるはず。あとマスコミ各社、報道系の配信者も来てるそうだ。
村井のスピーチの後、来賓の祝辞があり、公仁が装備品の紹介に移る。紹介されたらデモフライトをする。エリアルEは最後。
その時だった。
『超空間通信。火星軌道近辺に重力震』
『観測衛星フルズーム』
『全長1000mクラスの戦艦出現』
『タキリヒメ、戦艦と会場を結ぶ線上にビーム防御措置展開します』
『艦種称号。クロコダ級砲艦』
『あいつら地殻に穴でも開けるつもりか? 地表破壊に使う大量破壊兵器なんか持ち出して』
テコの声。
『海上と周辺に緊急事態を宣言。状況を会場のモニターに』
公仁が演説台から指示する。演説する人のためのモニターが切り替わり、超空間通信の映像に変わる。小さく映る火星をバックに黒っぽい船が映し出される。
ざわつく人々。電話をかけまくってる。モニターの中、艦首が上下2つに分かれる。
『敵性艦、射撃体勢確認』
六花は会場、テントのある場所にジーレイアを先端を上にして突き立てた。
「アイミ、傘バリア」
傘状のバリアが展開して、来賓のいるテントを覆う。
『完璧だ六花。ありがとう。バリア展開可能な各機は上空待機。最悪ビームを受けてもらわないといけない。ナデシコを中心にフォーメーションを。アイミは配置を計算』
朱鷺子に寄り添いながら、手首の端末で指示を出すテコが見える。
モニターが全部一瞬ホワイトアウトした。
『敵艦発砲! 着弾まで4分』
『敵性艦自沈!』
モニターの中にいるテコの表情が変わる。
『最大出力のさらに上で来る! 転換炉を暴走させて撃ってる。ハル、ナデシコで受けろ。操舵席フルシールドにすれば船体がやられても助かる』
『そんなレベルで』
『我々が対処しなければ、この街が地面ごと吹き飛ぶ』

『タキリヒメ、ビーム防御措置終了』
『タキリヒメは離れろ。拡散したビームを食らうと沈む』
きれいな青空の下だけど、テコの声を聞くと事態の深刻さがわかる。
「ね、アイミ」
六花は聞いてみた。
「テコさんの想定してるビーム、エリアルで受けたら、どのくらい耐えられる?」
「何考えてるの? 六花」
「地球防衛だよ」
「犠牲になろうとしたって、無駄よ。その時が来たら、コントロールを奪う。あなたが死ぬ選択肢はこの世にないの。私がいる限り」
アイミの声が怒りをはらむ。六花はそれ以上言うのをやめた。
『着弾まであと1分』
『来客テントを地下に収納します』
エリアルE用のエレベータ上に作られていたテントがそのまま地下へと下がる。さっき突き立てたジーレイアのバリアで完全に蓋をされる。

バリアを重ねて最大の強度を得るフォーメーション。ナデシコを中心に、テーセのアウスト2が2機、小霧の乗るアウスト3、リンジーのヒルデア、そしてエリアルE。着弾までのこの時間が宇宙の広さを実感する。死刑が先延ばしになってるだけ感するけど。
(風花、どこにいる?)
(テコさんのそば)
(そこにいてね。動いちゃダメだよ)
(六花…)
(心配ないよ)
『ビーム撹乱幕に接触!』
粒子ビームを減退させる金属分子を大量にまいたガス雲が閃光を放つ。
昼間の青空が白く変色させられてる。その幕を貫くと今度は物理的な耐ビーム用防御幕が10枚立ちはだかる。射線がわかっていたから確実に配置できたが、その出力は想定外。宇宙空間では止められない。
最後の1枚が融解を始めた。
『突破されます』
『来るぞ。各機バリアー最大』
空が真っ白になって落ちてきた。
重圧がのしかかる。
「なんだこれ」
光の奔流がフォーメーションを崩しにかかる。
押されてる。ナデシコの高度が落ちる。六花はエリアルEを前に出そうとした。
「下がれ、六花」
テーセとエレ、2機のアウストがバリア強度を上げながら前に出る。
「テーセ! だめ!」
クソガキって呼んでない、なにか、違う。まさか。
バリア出力最大で最前列に出るアウスト2機。しかし、エレのアウストがテーセ機を蹴り飛ばす。テーセ機が離れる。
エレのアウストは単独になるとバリアを円錐状にし、転換炉のリミッターを解除。内側から弾けるように溢れた反物質粒子の塊が敵のビームと溶け合って行く。巨大化したエネルギーの奔流は、アウストの展開している円錐状のバリアの形に沿って急速に回転を始め、やがて螺旋を描いて宇宙に弾き返された。と同時に、エレのアウストが霧散する。
「エレー!」
テーセの絶叫。でも、まだ、終わらない。
『全機、陽電子の雫を受け止めろ!』
テコの叫び。少しのビームの名残が周辺に振ってきた。海面や地面に到達する前にバリアで中和していく。ナデシコやヒルデアが多くを受け止める。
『高速道路が』
弾けた一つが高架道路の支柱を直撃。支柱が大きくかける。中の鉄骨が溶け落ちた。小霧のアウスト3が咄嗟に道路を支える。
『関節ロック!』
高速道路の道路面がアウストで支えられる。無事クルマが走り抜けた。
テクニカで見た女神像が道路を支える。まるで前からそうだったかのように見える。
静けさが戻ってきた。

六花はエリアルEを着陸させる。基地はなんともなってない。
「六花たち、街を守りきった?」
「たぶん。でも犠牲者がいる」
アイミお言葉に返事ができない。六花はバリアをOFFにしてジーレイアを引き抜く。テントが地下から上がってきた。
「テーセのところに行こう」

テーセのアウストは宇宙船発着スペースに座り込んでいる。六花はエリアルEの手に乗って、アウストのコクピット前に運んでもらう。
飛び移ってハッチ開放のレバーを引く。
「テーセ!」
テーセは気を失っているみたい。コクピットに入って近くで見る。息はしてる。身体は温かい。ふと六花はコンソールを見た。アーデアの文字でメッセージのような文章。それだけが表示されている。スマホカメラ起動。画像をおくる。
「なんて書いてあるの? アイミ」
「いつまでもあなたのために。いつまでもあなたを愛してる。アーデアウストの名にかけて」
「エレのメッセージ?」
「そうです。あの子消えるときに…送ってきました」
テーセが起き上がった。
「星を守る約束、果たしました」
「テーセ」
「これが一番いい形、なんだよね。六花」
「…ありがとう。テーセ。本当にありがとう」
枯れたと思ってた涙はまだ出る。

Chapter-9 古藤風花 14歳 編入試験

事件の翌日、東京都議会は帝国企業地球防衛軍による東京都の土地使用許可を取り下げた。
できるだけ早く本部移転をすること。
代替基地完成までは使用を許可すること。
跡地は首都防空バリアの発生基地をすること。
以上が付帯条項。都知事が半ば強引に誘致したことへの反発が形になって現れた。

「なんか全部残してく感じ。ごめん」
「気にしないでハルくん」
晴人に風花は握手で答える。
軌道ステーション高天原2。事件から2日後。晴人と小霧が大学星系に出発する。テコがナデシコを出してくれた。六花と風花、透子とテコで見送り。もともと高天原にいた公仁もきた。保父は男の別れに見送りは要らぬと言って涙をこぼしていたと透子から聞いた。
「キリちゃん」
「どした六花」
「結婚式はいつ、どこで?」
「とりあえず、卒業してから地球でって、おい」
「楽しみ」
といって六花が小霧に抱きつく。小霧がしっかり抱き返す。
「何も言うことはない。思いっきりやっちゃえ」
「わかったよ」
六花が離れる。晴人が風花を見た。
「風花」
「ハルくん気を付けて」
「あと9人見つけるよ」
「ハルくんならできる」
銀河中心へ向かう船が出発する。
「本部の移転処理が終わったら僕も本社へ向かうよ」
公仁が宇宙船を見ながら言う。
「見送りしてほしい?」
「いや、日常のことだからいい」
公仁と透子。地球防衛軍創設という夢をかなえて、今度はそれを維持していく苦労が始まる。由美香と3人。かっこいいなと風花は思う。
六花は涙を拭きながらテコの腕につかまって船を見送っている。
テコは今回の事件で 朱鷺子を守り抜いた異星の姫 という存在でクローズアップされた。自国の機体を犠牲にして地球、日本を守ったとしてネットでは一時、地球防衛軍やテコ様がトレンドワードになっている。

総じて防衛軍に対する評価は上がっている。が基地使用不可は揺るがない。テコは自分を使って東京都議会を悪者とし、防衛軍の評価を高めているように、風花は思う。

「日本の皆さん。我々の発足式に伴う砲撃事件でご心配をおかけした事を申し訳なく思う。
この事件の数日前、我々地球防衛軍は小惑星帯で資源盗掘を行う一団を逮捕した。この時、盗掘者は今まで好き勝手できたのに。と発言している。
知らない間に搾取されている。それがこれまでの地球、ひいては太陽系の真実の姿だ。防衛軍の存在はこの星系を銀河に数多ある普通の星系に変えた。しかし、それを良しとしない集団がある。この集団は帝国による版図拡大に抵抗し、今回のように発展途上にある星系をターゲットに攻撃を加えて、自らの連合に引き込んでいる。
今回の攻撃は防衛軍の抹消と首都東京の壊滅による混乱に乗じ、地球を侵略する作戦の一環と推測される。
だが、地球防衛軍は皆さんが見ていたとおり、この攻撃をはねのけた。機材、及び高速道路の一部に被害があったが、人的な被害はない。
この事件についてそもそも防衛軍がいなければ、起きなかったという論調がある。たしかにそうかも知れない。
だが、ゲドー社の襲来があったように、地球はもう見つけられている。その意味の重さを知る若者たちが地球防衛軍を立ち上げ、今回の災厄を防いだ。それは非難すべき行いだろうか?
私、テコ・ノーゲン、そしてアーデア星系王国は彼らを全面的に支持する。故に私は、地球防衛軍の一員であることを誇りに思う。
知らない間に全てを奪われる時代は終わった。地球という唯一無二の存在を確固なものとするため、我々地球防衛軍は立つ。
皆さんの理解と協力を切に願う」
様々なメディアで発進されたテコの演説が決定的なものとなって、防衛軍の存在は人々に認知され、基地代替地もあっという間に決まった。

「追い出された? 東京守ったのに? なんで?」
「大人の事情というかなんと言うか」
西湖女学院 東京校 宇宙活動部 通称うーかつ部 部室。
亜香里が理解できないと言った顔でお土産の倉橋クッキーをかじった。
「犯行予告があったのに、式を強行したとか、朱鷺子様を危ない目に合わせたとか、首都壊滅の危機を作ったとか、こんな危ない機関が東京にあるのは間違ってるとか、自作自演とかいろいろ言われておりまして」
「自作自演? その言論だとロボット一機ロストした件はなんて言ってるの?」
「すぐに新型が補充されるに決まってるって」
「ふーん、そういうのって、本当に厄介ね」
亜香里がクッキーを口に放り込み
「私としては、今生きてるのって、風花達のおかげって認識だけど」
スマホで見てたから。あのビーム? 直撃したらみんな死ぬってわかったよ。ありがとう。この部室に来た途端、亜香里はそう言った。そして澄んだ目で見つめてくる。ウソのない人だ。亜香里ちゃん。
「わたしは何もしてないので。六花のおかげかな」
「テーセだよ」
まだ元気が戻ってきてない六花が言う。あれから5日経ったけど。
「テーセって、クソガキ呼びのおちびエルフちゃん?」
「そです。自分の半分がなくなっちゃいました」
「半分?」
六花がエレートを説明する。すべてを体験した六花。全てを焼き尽くそうとする光の奔流をテーセのクローンAIが自機を盾として弾き返し、消滅した。テーセはSCEBAIのテコトコラボに入院中。外傷はないけど立ち直れてない。
「いつまで、東京にいられるの? 六花」
「次の基地完成までです。予定は7月」
「え、はやくない?」
「東京に決まる前、いくつか基地の候補地があったそうです。そのうちの一つから快諾を得たってことで。昨日着工したって聞きました」
風花は六花の話しにつなげて解説。
「東京基地を作った別の星の建設会社さん、式典にもいたんですけど、あの攻撃を跳ね返すとか、すげえって。で、東京から出でけって言われたことに恩を仇で返すとかありえねえってめっちゃ怒って、次の行き先決まったらすぐ作ってやるから言えって」
「熱いな。東京都めっちゃ悪者だな」
「次秘密基地になるんですけど」
「またすげえ熱い」
「ホログラムでそこに建設機があるのか、見ただけではわからない方法でやってくれてます。多分、UFO目撃事件、たくさん起きるんじゃないかなって思います」
「で7月にできちゃうの?」
「いま東京にあるモノをスポっと外して、予定地にほった穴にはめ込むだけだそうで。施設は完成しているから、早いって言ってました」
「せっかく、二人が入ってくれたのに、あと3ヶ月か。それはちょっと残念」
亜香里がクッキーをもう一つかじる。
「爪痕残していってよ。基地撤収の状況を配信しよっか。くるみんこまちinトーキョーって」
「くるみんこまち知ってるの?」
「宇宙好き女子で知らん人はいないよ。てか、私も入れてよ」

制服で六花と街を歩いて帰る。風花は初めて経験を楽しむことにした。学校から家まで。ここ数年電車に乗ってない六花は乗って帰るのをためらった。
「歩いていこか」
風花はそう声をかけ、夕暮れの東京を歩くことになった。
この辺がどういう名前かもまだ知らない。入学式から遅れること4日。今日が初登校。行きは透子がクルマで送ってくれた。
「いろんなこと、慣れた頃には引っ越しだね」
「今度は、どこだっけ?」
「長野県の真ん中辺って聞いてる」
六花のサポートが任務となっている風花には情報が先に入ってくる。マネージャー感。
「編入試験は来月ね。ゴールデンウイーク明け。対策問題集は明日届くよ」
「今度はちゃんとした試験がいるんだ」
「全く違う高校だからね。同じなのは超難関名門女子校ってことだけ」
「せんせ、相変わらずすごいとこ、選んでくるな」
「安全性がまるで違うわって言ってたよ」
「せんせも超難関名門女子校あがりだから、これ系ならダイジョブって思ってそうだ」
「あれ。彼女たち、今帰り? 寂しそう。遊びに行こ、う」
アーサラーを発動した風花は気を失ったと思われる男をバス停のベンチに座らせて、戻る。六花にはほぼ見えてないはず。
「なにした? アーサラー」
目の光でバレる。
「六花を悪い狼から救った」
「風花に声かけたんじゃないの?」
「風花なら声かけられていいの? つれてかれちゃうかもよ」
「…男は殺す」
「素直だね。六花」
風花は六花と手を繋ぐ。

「晩ごはん、なにしよう?」
「んーパスタ作ろっか」
「何系?」
「カルボ」
「そう約す人って、六花以外にいるの?」
「普通でしょ」
「いやあ、どうだろう」
変わることは前提でも、六花が欲しかった日常がようやく始まる。
風花はすこしだけほってして、その手のぬくもりを堪能する。

「心配かけました。六花」
「テーセ! 大丈夫?」
東京本部。ゴールデンウイーク。六花と風花はお休みなので地下格納庫でエリアルEの顔面コーティングをやり直していた。あの日、バリアでビームを受けている時に、ほとんど剥がれてしまった。まつげも燃えたので変えた。
声をかけてきたのはテーセだった。玲のあげた服。やつれた顔。
「一度、アーデアに帰ります」
「え、そうなの? 帰って来るの?」
六花が近寄って手を取る。
「はい。戻る予定です。半年ほど先になりますけど」
「淋しくなるけど、テーセが元気になるなら」
テーセが六花を見つめて微笑む。
「新しいエレを連れて帰ってきます」
「え? 予備があったりするの?」
「エレートはパイロットの人格の一部を量産されてる人工脳にコピーした生体AIです。作り直しできます。ただ、製作と調整に本国の技術が必要なので」
「1人で行くの?」
「リンジーさんが防衛軍の本社に行くので、途中まで一緒です」
「え、ほんと? 帰りは?」
「一緒に帰ってきますよ。人員少なくて、引っ越しもあるのに、抜けちゃってごめんなさい」
話してる六花の頭に透子の姿が浮かんでいるのがわかる。六花が教えてくれたので、風花は透子とリンジーの大人の関係を知っている。
「それは全然。気をつけていってきてね。できれば早く帰ってきて」
「雇用主に従います」
そう言ってテーセが笑う。こっちを見た。
「風花、またね。アウスト、置いてくから、乗ってみたら?」
「うん。試してみる」

ヒルデアが飛び立つ。風花たちは庁舎の屋上で見送った。
「半年か」
「宇宙が広すぎる。ねえ、六花」
「なに?」
「透子さん、今日はどうするのかな」
「行っちゃったし、帰ってくると思うけど」
ちょっとの間、透子は 泊まり込みよ! と言って東京のあの家に帰ってきていない。六花はリンジーとできる限り一緒にいるのではと予測していた。風花もそれに同意する。
「ごちそう、作っておこうか風花」
「透子さんなにが好きなの?」
「ビールにあうやつ」
「からあげましょう」

「たっけえんだよ。東京」
鶏もも肉のパックを見て六花が呻く。透子から渡されてる生活資金は少なくないが、どうしても物価の高さが気になってしまう。
「こうなったら仕方ない。名前のある鶏肉でやってやる」
六花が決心した。家の近所のスーパーで買い物。店は小さい。SCABAI周りは行くのにクルマがいるけど、デカかったな。でも東京には歩くとアーケード街的なところもある。あと3ヶ月、六花と探索しよう。でも、高校落ちたらどうなるの?
六花と手を繋いで。新婚夫婦感あるなー。帰ってきてほくほくしながら風花が鶏肉を揚げていると鍵を開ける音がして、どたどた足音。
「ただいま。久しぶり。今日は飲む」
透子が帰ってきた。ビール缶数本と手羽先唐揚げおっきい箱二つ。
「かぶったー」
テーブルにサラダを並べていた六花があちゃーって顔になる。
「あ、唐揚げ作ってくれたの? そっち食べる。揚げたてだし。手羽先は箸休め」
「鶏まつりの始まりだ」
「その通りだ!」
透子がプシッと缶を開けた。

「せんせ、寂しいの?」
いい感じで酔っぱらった透子がソファに半分沈んでいる。
六花が水の入ったコップを置く。
「あいつ。仕事だから。とか冷静に言いやがって。待てるだろ。だって。私がモテること知らないな。まったく」
水を飲む。
「モテるの?」
「あのなんだっけ、ほら、西湖女学院の先生、担任だったやつ。あいつからまだメール来るぞ」
「明美ちゃん…」
やつ扱いか。風花はちょっとかわいそうになった。
「ねー、せんせ、ここんとこ家に帰らずに、リンジーさんのところにいたの?」
「ちゃんと仕事してたわ。まあ、ヒルデアにいくこともあったけどさ」
「ヒルデアで何してたの?」
聞くね六花。風花もお茶を持ってソファに近づく。
「あいつ、飯食って、シャワー浴びたら、だいたい全裸がパンツ一丁なんだよ。こっちもシャワー浴びてそれに合わせるんだよ」
うっわー。風花は自分の耳が赤くなるのを感じている。六花ははすでに真っ赤だ。
「そのあとは?」
「知りたいの? 中学生はもうダメ」
「高校生になったじゃん」
「じゃいいか。お酒飲んで、キスして、先に首に口付けした方が主導権もつ感じ。そこからは流れで」
「リンジーさんと、それって、気持ちいいの?」
六花、ストレートだ。酔ってないか? ビール、舐めた?
「そうだね。習慣の違う星だけど、その辺はヒューマノイドは一緒なのかもな。たださ」
「ただ?」
「あいつが攻めてくると、ツノが内股とかお腹に刺さりそうで」
「ありがとせんせ」
六花がリタイアした。真っ赤っ赤のまま、とととっと走って自分の部屋に入った。
「なんだかんだでこども六花」
「リンジーさん帰ってくる頃は、新しい基地ですね」
六花の座っていたソファの端に風花は腰を下ろす。
「そだね。また田舎だ。でも、そっちの方が六花には良さそうだ」
透子は水をもう一口。
「風花、看護師免許とる気ないか?」
「看護師免許?」
「新しい基地、ほんとに田舎でさ。周りに何もなくて、人は住んでるんだけど、病院遠いんだ。だから、病院、やろうと思ってさ。で準備してたんだよ」
「透子さん、開業医に?」
「出動があるからいつも開けてるってわけじゃないけど、時間のある時は近所のじいちゃんばあちゃんのお世話するのもいいかなって。その影でバンバン異星医療取り入れて、噂の病院になってやるんだ」
「そのお手伝いですね」
「そう。看護師免許は正規の手順踏むしかないからね。時間かかるけど、将来にわたって食いっぱぐれないよ」
「六花じゃないんですか?」
「六花はさ」
透子が部屋の方を見る。
「そういつまでも、地球にいる気がしないんだ」
「…そう、ですね。テコさんがどっか連れていきそうな気はします」
「と言うことで、考えといて。ただ、開業してみたら、誰も来なくて廃業ってこともあるかもしれないけどね」
「透子さんならそれはないと思うな」
「そういや、風花はエロ話平気なんだっけ」
「私、ハニートラップ教育受けてますからね」
「そうだった」
透子が水を一口。
「風花、私にもお茶ちょうだい。淹れたらお風呂入りな」
「はい」
風花がお風呂から出ると、透子はソファで丸くなっていた。目尻に少し涙。メガネをとってテーブルに置き、涙を指ですくいとって毛布をかける。次に六花の部屋を覗く。こっちは抱き枕を抱いて丸くなっていた。背中側に寄り添って寝ころぶ。いつもの規則正しい寝息。きっと目が覚めると言うんだ。風花、なんかしたって。なんて答えてやろうかな。

「どう」
六花が訊く。
「なんとかなった。と思う」
編入試験は筆記と面接。論文もある。
長野県、佐久平の北部の田園エリアの中にある、私立山桜桃(ゆすら)学園。西湖女学園と並び称される名門女子校。西湖女学園の東京校より早く宇宙開発課を設けて、すでに星間ビジネスの現場や大学星系に人材を輩出している。成績としては西湖女学園のトップ2とはいえ、なかなか難関。
「六花、ペラい人間性を見抜かれていないだろうか」
「別にペラくないでしょ。ウラオモテないだけで」
学校の駐車場に停めたキュリエッタを数人の女の子が囲んでいる。
ブレザーに大きなリボンの制服。
「うまくいってたら、あれ着るんだ」
「風花、絶対似合う」
あんたはまたかわいい爆弾だよ。と風花は思う。
接近を感知すると女生徒たちがささっと散った。
「ご、ごきげんよう」
「こんにちは」
風花が答える。
「宇宙開発課、高等部2年、三橋明菜です。あなた達、地球防衛軍?」
さすが名門。ちゃんと名乗る。
「西湖女学院東京校高等部、宇宙交流課一年古藤風花です。防衛軍関係者です」
キュリエッタ前にして、違いますは通らないよな。マーキングもしてあるし。
「来るの? ゆすらに」
「受かっていれば」
女の子たちがきゃっと歓声。
「入ったら、航空宇宙部に。歓迎する」
「どんな部活なんです?」
「操縦を楽しむ部活よ。今はドローンからグライダーまで。もっと増やしたいの」
「わかりました。その時が来たら」
「そのセーラー服でくるの?」
「いえ、制服は合わせると思いますけど、なぜです?」
「ちょっと前にこの制服の中、1人セーラー服ですごした伝説の女の子がいるの。その再来になるのかなって」
「そんな目立つことしませんです」
六花がコクピットに乗り、風花は左腕のアームシートに座る。海上を渡ることが多くなったので、アームシートにキャノピーを付けた。
「では、また。先輩。下がってください」
明菜たちが間をあけたのを確認して、六花がキュリエッタを上昇させ、山奥方向に加速した。
(基地、見ていくの?)
(うん)
山桜桃学園からキュリエッタで5分も飛ぶと、周りは休耕田だらけになる。かつて東宮滝と呼ばれた集落の跡。その一角で工事が行われていた。
一番目につくのが「病院新築中」の看板だ。実はその奥の山の麓が基地になるのだが、そのカモフラージュも兼ねて、透子の病院が作られている。
3階建ての建物で、1階がクリニック。2〜3階が住居となっている。風花、六花、透子はここに住む。学校まではテコバイクで15分。信号はない。
クリニックから基地へと至る道の両側にある休耕田にも手がはいって、畑になる予定。更にその奥に巨大な建設機がいるのだが、ホログラムで隠されている。存在はキュリエッタのセンサーにしっかり映る。
六花がキュリエッタをクリニックの駐車場予定地に降ろす。
「せんせ」
「おー試験どうだった?」
「大丈夫な、気がする」
「信じるよ。六花」
作業服を着てクリニックの内部を作っていた透子が出てきた。
「せんせ、山間の怪しい病院の謎のドクターとして、ゴスロリ服着て、赤十字を斜めにつけて、真っ赤なルージュ引いて診察するの?」

トコトコクリニック謎のドクター予想図

「やりたいけど、お年寄りがメインだから」
「やりたいんだ」
風花は看板と建物を見上げる。働く人は大工さんに見えるが、全部ロボット。カスタマイズしたいところを透子が指示を出す。そんな建設方法だ。
「クリニックの名前は決まったんですか?」
「んーまだ。来海クリニックでいいのかなあ?」
「ダメ。トコトコクリニック」
六花が言い放つ。透子が腕組みして
「それ異様に耳障りが良いなあ」
「テコトコラボからトコトコクリニック」
「それでロボに指示出しとく」
3人でおそばを食べて、部屋の希望を打ち合わせして、そばを自宅用に買い込んで帰路につく。 
(良いところだね)
(田舎だ)
(帰りは東京もSCEBAIも同じくらいか)
(じゃ、晩ごはんSCEBAIで食べて帰ろう)
「SCEBAIコントロール こちらQL01 スノーホワイト。気狂い帽子屋前ヘリポートへの着陸許可を要請」
『QL01 着陸を許可する。六花ちゃん、久しぶり元気してた?』
「ちゃんとJKしてますよー」
『そうじゃん。六花ちゃんJKじゃん』
「あと40分くらいで付きます」
『SCEBAIコントロール、了解』

「マリアさん、やっぱりいた」
「いらっしゃいませ。六花ちゃん、フウちゃん。なににする?」
「春野菜カレー」
「はーい」
カレーを食べつつ、陽奈と玲の所在を確認する。
「ふたりとも、家にいるって。中間テストだもんね」
「そだ。六花たちもまたテストだ」
「7月にいなくなるっていっても、やることやらないとね」
「期末の前に引越してほしい」
「そういうこと言ってると、期末後になっちゃうんだって」

「玲!」
「風花! 六花!」
道の駅の駐車場で玲が待っていた。おそばを渡す。
「これ、新しい基地のへん?」
「相変わらず、鋭いね」
六花が感心してる。
「軽井沢か。いいとこじゃん。うつったら、遊びに行く。納品するついで」
「高校はどう?」
「与那先輩の支配下に再び入ったよって感じ。うーたん部の活動は高等部が主流になって、中等部と合同で動いてる。だから宇宙港への関わりが増えて、今年は高天原ツアーが2回にふえるよ。7月の夏休み前に早速ある」
「すごいなー」
「そっちは?」
「今度亜香里先輩と動画を上げる。くるみんこまちの名前、使って良い?」
「東京支部つくっちゃう? 良いんじゃね」
話してる間、玲はずっと手を繋いでいる。高校でいい出会いがあればいいのにって、思うのは無責任だろうか。

「大変だったね。六花」
陽奈が玄関先で迎える。ママもでてきたので、過激なスキンシップは無し。おそばを渡す。
「信州そば。基地は長野?」
「一応秘密基地」
ママがすっと前に来る。
「テレビ見てた。無事で良かった。ほんとになんともないの?」
「はい。大丈夫です。東京からは嫌われちゃいましたけど」
「あれは信じられないわ」
ママが一旦そばを持って奥に。渡すものがあるのーって言ってる。
「陽奈、髪伸びたね」
「伸ばしてみることにした。暑いかな?」
「かわいいが勝つ」
「ありがと。六花」
さりげないキスがきた。今度のキスは少し心に痛い。
「夏、遊びにきて。田舎だけど」
「楽しみにしとく」
「はい六花ちゃん持ってって」
「すっごいパン」
「最近周りやたらこんでて、出歩くとすぐ渋滞でしょ。家でパン作り極めることにしたの。すぐ食べないのは冷凍しておいて」
「ありがとうございます」

キュリエッタが一路東京を目指す。
夜風は寒いので、風花の上に六花が座って飛ぶ。
「首筋、噛むなよ」
「先に首に口づけした方が、主導権をとるんだよ」
そう言って風花は直ぐ目の前にあるナノドライブのコネクタに見え隠れする華奢な首筋を見る。さっきの陽奈のキスを思い出す。やっぱりそのままじゃいられない。
「こんなのさ、噛むなっていうほうが無理」
「どんな理屈なの?」
ぱく。
「ひゃ」
キュリエッタががくんと高度を下げた。その下に煌々と東京の街の明かり。

Epilogue 空飛ぶ女の子

「くるみんこまち東京支部。あかりんだよ。今日はガチな話」
くれていく東京湾の空。真っ暗な東京本部跡。上にあった建物すらなく、バリアシステムのハッチが並んでいるだけ。
「地球防衛軍の方に許可をもらって入ってます。見て。東京本部はもうないの。空っぽ。理由はみんな知ってる通り、東京都が追い出したから」
亜香里が真っ平らになった跡地を歩き、カメラが追う。
「防衛軍がいると、危ないの? 首都だから狙われたとしたら、防衛軍を追い出したことは、本当に良かったの?」
「考えて。みんな」

アーデア星系王国。主星アーデアリング。リング型のスペースコロニーというより、もはや球状の人工惑星となっているこの地にテーセは帰ってきた。
空は青いが、日本で見たあの色とは違う。早く戻りたい。
またあの空を見たい。テコが星を出たがらない理由がすごく、よくわかる。
教導団のオフィスに入る。
「あらテーセじゃない」
「ジュード団長。只今戻りました」
「エレが犠牲となって派遣先の惑星を救ったとか。壊滅させないなんて、ずいぶん変わったわね、テーセ」
「雇用主のおかげかと」
「テコ様といい、地球って一体何なのかしら?」
「では、カーシャ様に要件がありますので、後ほど」
テーセはテコから預かった箱を抱えて、行政府を目指す。歩いていける距離だ。通路で誰か待ってる。
「テーセ」
「スウェル。元気にしてた?」
後輩のパイロット。スウェル・テイシ。
正規軍の首都防空隊にいるはず。
「うん。髪伸びたね。テーセ」
「もう1年以上経つから」
「いつ帰ってきたの?」
「さっき」
「どうして連絡してくれないの」
「私達、そういう関係じゃないじゃない」
「テーセ」

「カーシャ様に会うから、後でね」
行政府、長官室。
「テーセ・イーゲンです。戻りました」
「入って」
執務中のカーシャが顔を上げる。
「ご苦労さま。災難だったね」
「いえ。 王女殿下にご依頼を受けたものをお持ちしました」
テーセは箱を取り出して蓋を開ける。凍ったもの特有の白い煙。
凍ったピンク色の液体が入ったガラスの細い管。2本。
「六羽田六花と王女殿下の卵子です」
「地球人の卵子、よく集めたな」
「訓練のたびに意識を失っていたので採取はそれほど難しくなかったと王女殿下が」
「これと自分の卵子をかけ合わせてエレートを作れと。うちの娘はほんとに変態だな」
「私からはなんとも…」
「で育てるのがテーセか。面白い話だな」
カーシャが箱をしまう。
「わかったよ。とりあえず生成を始める。機体に乗せて動けるようになるまでは休暇だ。ゆっくり休め」
「は。ありがとうございます」
「あ、新型の転換訓練だけはやっておいてくれ」
「新型?」
「アウスト5型、今回からジウストという呼称になるが。そのカスタマイズ機に例のエレートを乗せる。変態のリクエストでね」
「了解しました」
執務室を出るとスウェルが待っていた。
「テーセ、お話して」
「…スウェル、私と一緒にいると、評判下がるよ」
「そんなことない。それに地球って星を救ったってニュースになってる。テーセ今ちょっとした英雄なんだよ」
「ちょっと信じられない」
スウェルがテーセの手を取る。
「休暇なんでしょ。遊びに行こうよ。街で今テーセがなんて言われてるか教えてあげる」
テーセは手を引かれながら、自分が微笑むのを感じた。アーデアに帰ってきて初めて笑ったな。

「さーちーかー、幸花、帰らないの?」
「え、そんな時間?」
山桜桃学園 高等部 宇宙開発課 1年 雨神幸花はまどろみの中から戻ってきた。期末テストが終了。そのまま教室でボーっとしてしまった。
今日は部活もない。故に油断した。
「腹減った」
「当たり前よ。昼過ぎだよ」
窓の外は真夏の日差し。風があるから、まだ過ごせる。
「みやちゃんは何してたの?」
「生徒会。夏休み開け、ちょっとしたら文化祭だし」
「帰る準備するよ」
「先行って待ってるよ」
カバンに物を詰め込んでいる時だった。
コオオ…何かの音が空からする。白いカーテンの向こう。夏の空を幸花が見上げると
「空に、女の子?」
明らかに人型、しかもお姉さん体型の人が高い空を飛んでる。ハッとした。幸花のいる宇宙開発課では特に噂になってる転校生の話。地球防衛軍の関係者だって。話がつながる。だって、飛んでるのはあの
「エリアルだ」
東京を追い出された防衛軍がどこに行くかは発表されてない。でも、転校生が来るからこの近くじゃないかって、この学校だけで噂されてる。
幸花はカバンを掴むと下駄箱へ走る。
「幸花どこ行くのー? ご飯はー」
「みやちゃんあとでー」
幸花はとととっと靴を履き替え、自転車置き場へ。高校進学時に買ってもらったテコバイクmbにまたがる。空を見上げると山に向かう小さな姿。でも高度が下がってる。
「降りるんだ」
電動アシストをフルモードにして道を走る。すぐ汗が出てくる。日焼けしちゃかも。
東宮滝の看板。かつて集落があったけど、幸花が小学生の頃になくなった。坂が多いがショートカットなので、時間がやばい時、通る道。最近通ったのは3ヶ月前。
誰も住んでない廃集落の入り口の道に、忽然と新しい3階建てのビルが立っていた。
「いつの間に…トコトコクリニック?」
近日開院と書かれた看板の下がった病院がある。見れば周りは草ボウボウだったはずなのに、きれいに整備されて、舗装も新しい。おしゃれなデザインの街灯まで。怪しさ満点。
エリアルはこの奥の山間に降下していく。
「こっちか!」
病院の前を通って、さらに坂道を登る。
今度は HOFF DRONE FARM の看板。休耕田がきっちりした形の畑になってる。道と水路が張り巡らされている。誰かが畑の様子を見てる。でもシルエットがちょっと変。幸花はスピードを落とす。畑の人が顔を上げた。が、顔がない。顔にあたる部分は真っ黒なガラスのようなものでおおわている。
「ひ! お化け!」
立ち漕ぎして急加速。お化けが手を振って幸花を見送る。
「なに? フレンドリー」
畑のエリアが終わると倉庫と火の見ヤグラが見えた。その奥に、それはいた。エリアルが立っている。翼を畳む。
身長は火の見ヤグラの倍以上。それがするすると地下に収納されていく。
幸花は自転車を止め、その様子を見ていた。
ここが基地になるんだ。秘密基地だ。私突き止めちゃったけど。
もしかして、消される?
幸花はあわてて横の木の影に隠れる。エリアルは完全に収納された。
しばらくすると消防団倉庫から同い年くらいの女の子が出てきた。2人いる。山桜桃学園の制服で、一人はちっちゃくて、一人は背が高い。
幸花は意を決して、近づいてみる。二人がこっちを見た。
「あ、あの、今ここに地球防衛軍のエリアルが着陸しなかった?」
「見てたの?」
「見て、追いかけてきた。学校から。あなたたちもゆすらよね?」
ちっちゃい子と大きい子が顔を見合わせる。なにか意思疎通。
小さい子が近づいてきた。
「何年生?」
「一年の、雨神幸花」
「宇宙開発課?」
「そだよ。あなたは?」
「六羽田六花。おんなじ開発課の一年。明日からいくよ。学校」
「あなたが噂の転校生? 地球防衛軍の?」
「見ての通り、かな」
「あ、あなたが、六花、ちゃんがパイロット? エリアルの」
六花と名乗った女の子がいたずらっぽく笑って唇に人差し指。
「ナイショだよ」
「わかった。ナイショ」

幸花も笑って人差し指を唇に。
「明日から、ヨロシク!」

episode-5に続く。

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