ARIEL-E Episode-3 戦え乙女たち 抗え乙女たち
この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけは先ごろ再販されたプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。
登場人物
民間防衛会社・地球防衛軍 ESDF
六羽田六花
14歳。中学2年生。体内にナノマシンを組み込まれ素質が開花し
人類最強のパイロットに。
来海透子
26歳 防衛医科大から地球防衛隊へ。医師。
天涯孤独となった六花を引き取って一緒に生活中。六花からせんせと呼ばれている。
雨宮晴人
17歳 高校2年生 体内にナノマシンを組み込まれ、パイロットとして
防衛隊に参加。宇宙船ナデシコの操舵手をすることが多い。
森 小霧
17歳 高校2年生 六花、晴人と同じくナノマシンを組み込まれた。
その能力を防衛隊の経理処理に使う。
草里公仁
26歳 透子の同期。自称事務方から防衛隊へ。
由良由美香
26歳 透子の同期。先端兵器開発局から防衛隊へ。
時任蔵之介
38歳 通称保父。保父→自衛隊→防衛隊という経歴。防衛隊パイロットの
フィジカルトレーナーを務める。
村井村雨
58歳 新型迎撃機エリアルE開発責任者。SCEBAIの総合研究所主席兼務
テコ・ノーゲン
地球換算208歳。銀河帝国の科学技術導入の指南役に就任したアーデア
星系人。所謂お雇い異星人。頼めば勿論、頼まれなくてもなんでも作る
フリーの技術屋。
西湖女学院 中等部 宇宙探索部
御厨陽奈
14歳 中学2年生 六花と同じクラス。六花とおつきあい中。
倉橋 玲
14歳 中学2年生 六花,陽奈の親友。株式会社倉橋航空機社長令嬢
木谷詩歌
13歳 中学1年生 小霧推し
榊 与那
15歳 中学3年生 部長
高坂芽里
15歳 中学3年生 副部長
ARIEL-E Episode-3 戦え乙女たち 抗え乙女たち
Prologue テコさんの大宇宙体験奇譚
2月初旬の雨の日。人が集まりすぎたので、急遽、六羽田六花は視聴覚室を借りに職員室に走った。
民間防衛会社 地球防衛軍のお雇い宇宙人、フリーの技術屋として活躍中のアーデア星系人テコ・ノーゲン。肩書はいっぱい。今回は一番よく使われる[アーデア王国第一王女]で学校に来た。
宇宙探索部 略してうーたん部のPR活動に付き合ってくれたのだ。
うーたん部の顧問は技術家庭科担当の大平智枝先生。35歳。部活時間の居場所はだいたい職員室か家庭科室。今のトコロ、まだ部長の3年生、榊 与那への信頼がかなり厚いため、滅多に部室には来ない人。
六花が職員室を覗くと、いた。
「失礼します!」
引き戸を開けて、職員室へ。
「あら、どうした、六羽田さん」
「先生、うーたん部の講演会に人がたくさん集まって、大きな教室、できたら視聴覚室を借りたいです」
「え、今部室どんな状況なの?」
「ぎゅうぎゅう詰めで、廊下まで人が」
「ふむ」
智枝が立ってキーボックスを開ける。
「鍵があるってことは、使ってないってことだ。予定も書いてないから、空いてるってことだ。使ってしまえ」
ひゅっと鍵が宙を飛び、ぱっしと六花がキャッチする。
「ありがとうございます。躊躇わず、使います。失礼します」
一礼して六花が職員室を出ていく。
「まあ、学年トップは何したって大概許されるからいいんだよ」
智枝がヨイショと座って事務仕事を再開した。
「陽奈、聞こえる? 視聴覚室押さえた。直接開けに行くからこっちにみんなを誘導して」
六花は視聴覚室へ走りながら、スマホで部室で待機中の御厨陽奈に連絡。
「わかった。玲がテコさん迎えにいった。そっちに行くように言っとくね」
「ありがとう陽奈。大好き」
「! ちょっ、ふっ不意打ちとか、ずるい」
「じゃ、あとでね」
六花は年始に告白を受けて以来、陽奈の彼女としてふさわしくあろうとしていた。今のところ、いいと思う。
視聴覚室に着く。鍵を通す。ドアをガラッと開けると、誰かいた。
カーテンを引いているので、薄暗い。だが人影が見える。
抱き合ってる。一つの影が二つに分かれた。
「だれ? どうやって入ったの? ここはこれから使うよ」
人影が近づいてくる。
「なんだ、六羽田じゃん」
「菱川さん?」
菱川カレンがニヤって笑う。同じクラス。たしか陸上部。雨で部活中止か。
後ろに1年生らしき子が隠れている。
「なんでいるの?」
「合鍵持っててさ」
「…黙っててあげるから、部屋使わせて」
「状況の理解が早すぎるな」
笑いながらカレンが視聴覚室に戻っていく。
「ちょっと?」
「これからうーたん部の公演だっけ?」
「そうだよ」
「聞いてくわ。面白そう」
「え、先輩」
くっついてる1年の子がカレンを見上げる。
「アオイもおいで。王女様を生で見れるそうだし」
うーたん部のお知らせをよく把握してる。実は好きなのかな? 宇宙関連。
「どうぞ。見ていって。いっぱい来るから詰めて座ってね」
そう言って六花はカーテンを開き、部屋の準備をする。
カレンが自分もカーテンを開け始める。雨なので晴れの時ほどでないものの、光が入って、普通の教室っぽくなった。
「ありがとう」
「モニター使うの?」
「せっかくだから」
「セットしてあげる」
「知ってるの?」
「合鍵持ってるくらいだから。六羽田、演説台のあるとことに立って」
六花がその場所に立つ。準備室に入ったカレン。程なくして演説台を照らすライトと演説台に備えられたモニターに電気が通った。
モニターには六花が映っている。
「歩き回って話す人だと追いきれないけど、まあ、このくらいでいいんじゃない?」
カレンが準備室から出てきた。
「本当にありがとう。よく知ってる」
「雨の日、ここでライブごっこして遊ぶの面白いんだよ」
「歌うの?」
「あたしじゃないよ。あの子とか他の子」
「講演聞いてくの、興味あるの? 宇宙」
「宇宙っていうより、六羽田に興味あるんだよ。みんな。あの時三原がうるさかったんで話す機会無くして、ずるずるここまでって感じ。クラスからの参加者、多いだろ?」
「うん。ほとんど来てる」
「そういうことだよ」
カレンが笑う。
「みんな、御厨みたいな突破力なかったからな」
「よく見てるね。菱川さん」
でも陽奈が無視されてる時、こいつは傍観者だったと六花は思ったが、ここでどうこうすることじゃない。
「六羽田って名字、そんなに好きじゃないんだ。六花って呼んで」
「わかった。私のことは好きに呼んでよ」
「六花さん」
開け放ってるドアから部長の榊 与那が入ってきた。
「もうすぐ来るからね。私、PAやるから、みんなの誘導お願い」
「了解です」
程なく大勢の足音。副部長の高坂芽里の周りに3年生の集団。もう部活にはほぼ関係ないから、聞きにきただけの人たち。それなりにいる。陽奈の周りには同じクラスの子達を中心に2年生。最後に木谷詩歌が1年生を連れてきた。全部で2クラス分くらいの人数はいる。
「奥から詰めて座ってくださいね。1年生の子たちは前に」
どうやら、カレンの言ったことは嘘ではなく、みんな、チラチラと誘導する六花を見ながら席に座っていく。
「六花」
誘導を終えた陽奈が入り口近くに立つ六花の元に。
「マイクある? 玲が欲しいって」
六花は演説台の中から手持ちマイクを取り出す。PAの前に座る与那を見ると手を振ってくれた。マイクが使えるようになる。
それを持って一旦視聴覚室の外へ。外に玲が立っていた。その後ろにはいつもの冬用ベレーとマフラー、みんなで行ったアウトレットで買ったニットとロングスカート。足元寒いと言ったらもこもこの靴下を履いてきたテコ。
「テコさん。ありがとうございます」
「地球の学校ってこんな感じなんだね。新鮮だよ」
テコが六花にコートを手渡す。六花が受け取って胸元に。二人の一連の動きはなんの無駄もなく、全てが当たり前のよう。それが陽奈の心を少し乱す。
「始めるね」
玲がマイクのスイッチを入れる。
「みんな、集まってくれてありがとう。うーたん部の特別講演会をはじめまーす」
れいれいーという声が聞こえた。玲のクラスから見にきている子らしい。
あのくるみんこまちによるカウントダウン配信は、新学期が始まってからアーカイブを学校の子達が見て、話題になった。
「ありがとー。では早速、紹介します。うーたん部特別顧問、アーデア星系王国の王女様。姫姉様こと、テコ・ノーゲン様です」
側で見ている六花が拍手するとみんなが拍手。テコが視聴覚室に入っていくとわあーっという歓声が聞こえた。
「こんにちは。テコ・ノーゲンです。異星人を初めて見た子は? あ、ほとんどか」
テコが帽子とマフラーを外す。それはそのまま演説台の上に。
「見ての通り、私は耳の形がみんなとは違う。こんなちょっとした身体の違いを持つヒューマノイド型が膨大な種類いて、それぞれに文化文明があって、交流している。それが今の宇宙交流の状態です」
入り口ドアから室内を見ている六花。後ろに誰か立った。両手がテコのコートでふさがっている六花の両脇腹を突く。
「うひゃ」
「不意打ちしたな。六花め」
「陽奈」
「おかげで、あわあわしちゃった。責任とって」
「どうすればいい?」
「もう一回いって」
ドアの影に隠れて、陽奈の耳元に口を寄せる。吐息がかかる。
「大好き。陽奈」
こういうこと、陽奈相手に照れずに言えるようになった。
「くすぐったい」
陽奈がゆったりとした笑顔で見ている。
「何人、入部するかな?」
六花の問いに
「1年生の顔見るといい感じだと思うんだけどね」
陽奈の答えを聞きつつ、六花がまた視聴覚室を見る。さっきカレンと一緒にいたアオイと呼ばれた子が真剣な顔してテコの話を聞いてる。
確かに、可能性は低くなさそう。
「うまくいきますように」
六花は願った。
Chapter-01 御厨陽奈 14歳 お別れ会
テコの講演は好評だった。やはり、いろんな星で食べた食べ物の話の食いつきはすごかった。特にテコはデザートにジャンルをしぼり、興味が散らないようにしてた。さすが。
本気で頼むと、この1回でクルマが買えるくらいのギャラが発生するらしい。事前の打ち合わせで聞いた。どうするの? そんな金額払えない。
「六花が身体で払うからいいって」
打ち合わせの時の時近くにいた森 小霧がそう言った。さすが、えろきりだ。
実際には何度かお弁当を作ってあげたらしい。
六花の乗るロボットの組み立てが進んでいて、テコが食事を摂らないことがしばしば。そこで、できる限りお弁当を届けることで、テコが倒れないよう気を遣ったという。雇用主だから。と六花は言う。
「社員が頑張りすぎてるから、お弁当を届ける社長って…」
陽奈は何もそこまでしなくてもと思ったが
「普通にいるぞ」
玲の父も工場の社員にご飯をふるまったりすると言う。
陽奈はどうしても、六花とテコの距離が気になる。とはいえ、相手は208歳の超がつく大人。きっと、六花と私の関係とは違う。親子的な感じ?
それに今、六花は私の隣にいる。それでいい。
テコの講演会のあと、打ち上げ兼、卒業お茶会が開かれた。場所はSCEBAIの本部棟70階にある気狂い帽子屋。持ち寄りのお菓子と、キッチンのマリアさんが用意してくれた軽食。きれいな断面のサンドイッチ。24時間365日営業しているお店に、いつ行ってもいるというマリアさん。SCEBAIの誰かが実地試験しているお料理アンドロイドとの噂があるって、六花から聞いた。
「みんなありがとう」
与那は花束とみんなで作ったお菓子の詰め合わせを持って感涙。同じものを持って、芽里が照れている。引継ぎで部長は玲。副部長は陽奈が就任。
「そしてテコさん、今日はありがとうございました」
与那が涙を拭きつつテコに頭を下げる。
「あれでよかった?」
「入部希望3人いましたからね。すごいです。効果てきめん」
玲が言う。その場で1年生2人、2年生1人の希望があった。週明けの部活からスタートとなる。新学年になったら、そこで部活を切替える子もいるはず。
「部長ありがとうございました。副部長もお世話になりました」
六花が二人にコーラをお酌する。
「六花さんのお陰で、うーたん部が本当の宇宙探索部になったわ。こちらこそありがとう」
「そういや、透子先生は? 透子先生がSCEBAIとの橋渡ししてくれたから、ありがとう言わなくちゃ。退院はしたんだよね」
芽里が六花に訊く。
「なんか最近忙しいみたいで。聞いてみます」
六花がスマホを取り出して、お店の外に。陽奈はその姿を見ている。
「ひーな」
芽里が立って顔を寄せてきた。
「六花と付き合ってるって?」
小さな声で聞いてきた。
「なんで知ってるんです?」
「そう言うの、与那の前では隠せないからね。あいつそう言う能力すごいから」
一瞬、玲を拷問にかけて白状させてる与那の姿を想像した。
「え、まあ、一応」
「どう?」
「どうって言われても、まだ一ヶ月ですし」
ちょっと照れる。
「予感はあるだろ。これからの」
「それは。いい感じでいけるって思いますよ」
陽奈はそこは自信を持っていいたいところ。芽里にしっかり言う。
「先輩と部長みたいに、いい感じでいきたいです」
「そか。がんばって」
「なんで、頑張れなんです?」
「六花、モテそうだからさ」
「うう。そうなんですよね。特に年上に」
と言って、陽奈はどうしてもテコを見てしまう。
「でも、陽奈可愛いから大丈夫」
「ありがとうございます。先輩」
手を挙げて、芽里が与那の隣に戻る。入れ替わるように六花が戻ってきた。
「せんせ、これから来るって。キリちゃんも」
「ほんと?」
詩歌が色めき立つ。玲は部長としての心得とかを与那に聞いていて、詩歌のようには反応していない。責任感あるからな玲。そういえば副部長って何するんだろう?
「芽里先輩、副部長のお仕事ってどんなことすればいいんです?」
「決まったことはないよ。私はただただ与那の手伝いしてただけだから」
「色々活躍してもらうよ。陽奈」
玲が笑顔でこっちを見てる。
「仰せのままに。倉橋部長」
「親戚にそう言う肩書きのおっさんいるからやめて」
「お招きありがとう。遅れてごめん」
来海透子が防衛軍の制服でやってきた。その後ろには高校の制服の森 小霧。
「透子先生、ありがとうございました。うーたん部の活動を広げくれたこと、感謝しかないです」
芽里が立ち上がって一礼。透子がわたわたと手を振る。
「そんな大きなことしてないから。頭あげて。芽里ちゃん」
頭を上げた芽里に透子が右手を差し出し
「ちょっと早いけど、卒業おめでとう。芽里ちゃん。与那ちゃんも」
「透子先生、ありがとうございます。高校生になっても、お世話かけるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
芽里ががっちり握手する。
「任せといて。心配なく。ね、今日のお菓子、説明して」
そういえば、これでしばらく芽里の作るお菓子が食べられなくなるんだな。陽奈はその事実が少し寂しい。
「いちごのタルトと、金柑のタルトです。これは今日、食べちゃってください。あと、平形バウムは日持ちするから持って帰っても大丈夫です」
「相変わらずすごいな。みんなも作ってきたんでしょ? なんか六花も頑張ってたし」
与那がブラウニー、玲は倉橋製菓の試作プレミアムチーズケーキ改としてオレンジピールをトッピングして焼いたのを持ってきていた。陽奈はバニラと紅茶のマフィンを作った。持って帰ること前提。
六花は
「タルトタタンだよ」
とりんごのいい匂いのするお菓子を指さす。
「前にね、陽奈からもらったりんごをテコさんにお裾分けしたら、テコさんこんな美味しい果物食べたことないって喜んでたから、作ってみました。今日のお礼も兼ねて」
「ありがとう。六花。早速いただくよ」
テコが返事を返す中、与那、芽里、玲が陽奈を見る。大丈夫。六花は単純にお礼の気持ちで作っただけ。何か優先順位があったわけじゃない。
「私も食べていい? 六花」
「たべてたべて。陽奈に感想聞きたい」
ほら。また子どもの部分が出ただけだから。気にしてないって顔でみんなを見る。六花との関係を知ってる3人はゆっくり視線を戻す。
甘酸っぱいタルトタタン。
「美味しい。六花。やるじゃん」
陽奈はテコよりも早く六花に伝える。すぐ横で六花が満面の笑み。
「陽奈にそう言ってもらえるとうれしー」
ほんとに、子どもなんだから。
夕食も兼ねているので、みんなモリモリ食べる。
陽奈はずっと六花と話していた。と、透子が
「高等部にうーたん部はないの?」
と聞いた。芽里が答える。
「今はありません。与那と作るつもりです。最初は同好会扱いだとは思いますけど。さっき高校でもお世話になるって言ったのは、実はこの計画があったからなんです」
「がんばって。高校生だと、本格的にここの関連業務に絡めるから、実力のある部になるはず。お金も稼げるし」
「そうですね。その時はまた相談させてください」
「いいよ。ただ、来年の春頃になると本部が移動する予定だから、こちらからはお願いする案件減っちゃうけど、宇宙港の方で継続的に学習体験できるようにお願いしておく」
「ありがとうございます。え、移動するんですか?」
「防衛軍の基地は東京に建設が決まったの。ここには後方支援隊が残る予定。これは公開情報で機密じゃないから、言いふらしても大丈夫」
「みなさん、東京に?」
芽里が訊く。
「そうね。基本は東京に移動ね」
「キリ様も行くんですか? 東京」
詩歌の悲痛な叫び。小霧は申し訳なさそう。
「うん。一応」
ちょっと待って。
「六花はどうなるの?」
陽奈は六花を見る。六花は気まずそうに顔を伏せた。
「機動兵器があるところで、いつでも出撃できるようにしておくのが六花の任務。新しいエリアルが東京にある時は東京にいる」
「そんな…。六花と一緒に高校に行けないの?」
「まだ、エリアルはできてないから、わからない」
「六花…」
なんて言っていいかわからない。あと1年で六花はいなくなるかもしれない。高校への進学だから、エスカレーター校であっても別れはそれなりにあるっていう。でも、なんで、私たちがそんな目に。
陽奈は六花を見るしかできない。
「…ごめんなさい。陽奈」
つらいのは六花も同じだ。どうすることもできないことなんだから。
陽奈は六花の耳元に唇を寄せる。
「謝らないで。少なくともあと1年はあるんだから。最高の1年にしようよ」
「陽奈」
六花が陽奈の手をぎゅっと握ってきた。冷たいその手を両手で包む。
とテーブルの向かいで声がした。
「え、核恒星系って、どこですか?」
詩歌が小霧を見つめる。その隣で今度は小霧が顔を伏せてる。
「あのね、詩歌」
小霧が今にも泣きそうな詩歌にゆっくり話し出した。
「この間、ここでお話聞いた、絢さんと同じ。一つの星系が全部学校ってところがあるの。高校出たら、そこに行く。ハルも私も。やること、やらないといけないことがあるから」
「キリ様ともあと1年でお別れなんですか?」
「地球ではってことになるけど」
「…私が、そっちに留学すればいいんですね」
「そうだけど。来る? 高校生から制度あるけど、結構勉強いるよ」
「大丈夫です。私、誰にも文句言わせない状態で、キリ様の近くにいきます」
「詩歌がそう言うなら、私は応援する。決まったら、教えて」
「はい!」
「みんな、変わっていくのね」
与那がまた涙ぐんでる。芽里が立って右手を差し出した。
「運動部みたいなこと、やるか。みんな手を出して」
立ち上がって、右手をテーブルの中央に。テコ、透子と小霧は席を立って一歩引いた。うーたん部員だけが手を重ねる。陽奈の手の上に六花の手が乗る。
「お願い。与那」
「え? 私? 芽里がやる流れじゃないの?」
「部長だろ」
芽里が笑いかける。
「まったく、もう。…よし。みんな3、2、1、engageね」
部長トレッキーだったっけ? 陽奈が見ると、与那が真剣な顔になる。
「うーたん部は、宇宙のどこにいても、心は一つ。いくぞ最後のフロンティア! 3、2、1、engage!」「engage!」
陽奈は手を突き上げて叫ぶ。もやもやしたこの不安を吹き飛ばすように。
隣で六花も叫んでいた。目があって、きゅっと手を繋ぐ。
透子と小霧が拍手。テコも遅れて拍手。マリアさんとお店にいる研究所員までスタンディングオベーション。
「みんながんばれー」
「SCEBAIは君たちを待ってるぞ」
「ありがとうございます」
与那がオーディエンスに頭を下げる。
「さ、片付けよ。お持ち帰り箱出して」
それぞれが持ってきた容器に均等にお菓子を分けていく。一部は拍手をくれたSCEBAIの職員さんにもお裾分け。
「せんせ、これ持って帰って。せんせと六花の分入ってるから」
「六花、この後は?」
「みんな送ってくる」
「わかった。気をつけて」
タッパを透子に渡して、六花が陽奈の元に戻ってきた。
「みんな、送ろうか?」
と透子が提案する。
「みんなで、ぞろぞろ歩きます。最後ですから」
またちょっと涙ぐんで与那が返事。3年生の二人は後卒業式だけになる。
まずは学校の寮へ。ここで与那、芽里、詩歌がわかれる。
高等部になっても寮の場所自体は変わらない。部屋は変更になる。
それは3月下旬ごろ。しばらくは中等部の部屋。
「ありがとう。みんな。芽里と部活立ち上げて、一時は色々言われたけど、六花さんが入って、最後は学校で最も有名な部活にできた。玲さん、うーたん部をよろしくね」
「先輩…」
「泣くなよ。玲。今生の別れじゃないんだから」
芽里が玲をハグ。
「私らは当分ここにいるよ」
「六花さん」
「はい」
「あと、1年、うーたん部をよろしくね」
「まだ、わかんないです。東京の基地、建設失敗するかもしれないし」
六花も来年の春に東京に行くのが嫌なんだ。
「どっちにしても、あと1年で卒業。うーたん部のこれからの1年、六花さんの引越しはとりあえずおいといて、頑張ってね」
与那が六花の頭を撫ぜながら笑顔で励ます。
「高校からのことは、決まったら考えよう」
「はい」
「じゃ、卒業式でまた」
玲、六花、陽奈は倉橋家を目指して歩く。
「ウチまで来てくれるのは嬉しいけど、陽奈の家まで歩くと1時間くらいかかるよ。どうする?」
「疲れたらキュリエッタ呼ぶ」
「心配ご無用だったな」
「修学旅行の準備、いつ頃行こうか?」
「2月末くらいじゃね? 旅のしおり出てからでいいと思う」
「寒いかな?」
六花が訊く。
「六花って、平気そうでも寒がりか?」
「耐えられても、寒さは感じるから」
「雪の名を持つ子なのにね。雪女みたいなお化けじゃないことはわかった」
「お化け言うな」
玲がふうーと白い息を吐く。
「さて、週明け、どうやっていこうかな。部活」
「まずは説明会?」
「陽奈、しゃべること考えてきて」
「それは玲がすることでしょ」
「えー、部長命令」
「いきなりパワハラか」
そんな二人をニコニコして見てる六花。玲が言う。
「六花にしゃべらせよう」
「ちょ、ちょっと」
さらに追い討ち。
「原稿は陽奈が考えるから」
「この部長、やばい」
そんな話をしてるうちに道の駅が見えてきた。
「じゃ、諸君気をつけて。お仕事よろしく」
「LINEするから。働け」
陽奈に玲がヒラヒラと手を振って大きな建物に消えていった。
ようやく、二人きりになれた。
寒いので、手袋をして恋人繋ぎをするけど、もこもこで指のかかりが浅い。
「六花。わがまま言っていい?」
「どうしたの」
「ぎゅってして」
薄暗い湖畔の道。六花が陽奈の前に回ると抱きしめてきた。六花の方が背が小さいので、陽奈にしがみついているような感じもする。暖かい。陽奈も六花を抱きしめ返す。
「やっと落ち着いた気分」
「陽奈、りんごの匂いがする」
「六花のタルトタタン、美味しくてめっちゃ食べた」
「よかった。陽奈に食べてもらえて」
「テコさんに作ったんじゃないの?」
「陽奈が喜んでくれないと、意味ない」
「いい彼女」
もっとくっつきたい。六花とキスもしたい。切り出すタイミング掴めないけど。でも、あんまり急いで六花に引かれたら困る。
陽奈はゆっくり離れた。
「充電できた」
「よかった」
また二人で手を繋いで歩き出す。焦っちゃダメだけど、あと1年。その先は遠距離? どうなるんだろう。チリチリとした不安が陽奈の心に広がる。
日々を大切にってことか。
考えがぐるぐるして、そのまま無言になってしまう。
しばらくして、陽奈の家が見えてきた。
「ありがとう。六花。今日も一緒にいてくれて」
「そのありがとうはいらない」
六花がつないだ手に力を込める。
「これは普通のこと。いつものこと」
「六花」
「一緒にいるのが普通だから」
「ほんとに、いい彼女。でも無理しちゃ嫌だからね」
「してるつもりないけど、しないようにする」
六花が手を振って帰っていく。とにかく、なるべく一緒にいるようにしよう。六花が東京に行っても平気なくらい、しっかりした二人になる。小さな後ろ姿を見送って、陽奈は思った。
Chapter-02 倉橋 玲 14歳 新入部員
テコさんの講演を聞いてうーたん部に入部希望を出した3人。うち2人が週明けの部室に来た。
「部長の倉橋 玲です。まずは自己紹介をお願い」
「1年の幸田碧です。今までは帰宅部でした。2年の菱川先輩の勧めもあって入部希望出しました」
「菱川さんが推してくれたの?」
六花が訊く。
「六花先輩たちが巫女ユニット組んで配信してるから、そこに混ぜてもらえって。そう言うの、私興味あって」
「くるみんこまちはうーたん部とは直接関係ないけど、まあいっか。私があれを生かしていけばいいんだから」
玲が何やら企み始めつつ、
「よろしく。幸田さん」
「碧って呼んでください」
「碧さん、了解」
玲は前部長の与那に習って名前をさん付け。
「そちらの方もお願いします」
「1年の福地千種です。あ、詩歌ちゃんと、寮で、同じ部屋で。ずっと、興味はあったんです。ようやく、これました」
「千種はさ、引っ込み型だけど、頑張ってくれたんだよね」
詩歌が千種の背中をぽんぽんする。詩歌が同室とか、千種は休まる機会がないだろにと玲は思う。でも千種は嬉しそうな顔しているので仲はいいらしい。
「千種さん、よろしくね。あとこっちにいるのが陽奈と六花。陽奈が副部長で六花が影の実力者」
「影の実力者?」
六花が素っ頓狂な声
「うーたん部が注目されるようになったの、全部六花のせいだからね。多分数少ない光より早く飛んだことのある中学生」
「そんな、すごいことないよ」
「他に誰が星を超えてるんだよ。いないでしょ」
「六花先輩は謙遜しすぎのタイプなんです?」
碧が聞く
「というか、あんまり自分がよくわかってないタイプかな」
「なんだと」
玲の言葉に六花が反応。
つかつか近づいてきたので両脇腹を攻めたら
「ふひゃあ」
といって崩れ落ちた。
「これを見て分かる通り、六花はすごいスペックだけどへなちょこだ」
「そんなこと知らせて、意味ないでしょ」
陽奈がちょっと呆れたように言う。
「陽奈はお母さんみたいな人だから、困ったら陽奈を頼るといいぞ」
「絶対楽しようとしてるでしょ。玲」
「やっぱ、面白いですね。くるみんこまち」
碧が感心する。
「詩歌さんと新入部員にお願いしたいのは、現在までの活動の総括と、来年の展望。総括は大方まとめてあるから。陽奈が。みんなは来年やりたいこと、まとめて欲しい。じっさい、宇宙港とか見学に行ってかまわない」
玲がいうと、陽奈が繋ぐ。
「私たちが修学旅行中にまとめて欲しいかな」
「了解です」
詩歌が返事する。
「向こうの窓口は透子先生か時任さん。といっても、詩歌しかわからないから、今度みんなで挨拶に行こう」
「遅れました」
部室のドアが開いて、誰か入ってきた。胸元のタイの色からすると2年生だけど、一瞬高校生かと思った。背が高い。モデルさん体型、整った顔立ち。
「もしかして、古藤さん?」
陽奈が名前を呼ぶ。入部希望届は出ていたのだが、名前が見たことなかった。顧問の智ちゃんこと大平先生は「あー、東京から移動してくる子」と言っていた。系列校からの移動。三原美夜の逆ってことらしい。
「古藤風花です。移籍の手続きで遅くなりました。よろしくお願いします」
「この間のテコさんの講演は見たの?」
玲が聞く。
「ちょうど、手続きに来ていて。それですぐに」
入ってきた風花がすっと六花の前に立つ。きょとんと六花が見上げる。
「古藤風花さん?」
「六花ちゃん」
そう言った風花が今にも泣きそうな顔になる。見つめ合う二人。
「え、ふうかって、でも、そんな」
六花の目が見開かれる。風花の中に何か見つけてる。
「六花ちゃんだ…」
突然気を失うように崩れ落ちる風花を六花が支える。
「どうしたの? 大丈夫?」
と、廊下を走るバタバタという音。女の子の足音じゃない。
「ありゃ、風花さん。大丈夫って言ってたのに」
ドアが開いて丸い顔がのぞいた。この人、防衛軍の
「キミさん、どうしてここに?」
六花にキミさんと言われた30くらいの男の人。たしか、防衛軍のCEOだったはず。
「風花さんの手続きに来てたんだ」
「この子、一体?」
「六花ちゃんに会っても大丈夫って言ってたけど、まだ無理だった」
「どういうことです?」
草里公仁はよっこいしょと風花を抱き上げると六花に
「六花ちゃん、一緒に来て」
「あ、はい」
「ごめん、みんな。ちょっと六花ちゃんを借りてく。防衛軍案件なんだ。ごめんね」
「ごめん。陽奈。今日、送れなくて。気をつけて帰ってね」
「あ、うん。大丈夫だよ。明日は来るんでしょ」
「明日は二人とも普通に行けると思うよー」
公仁がそう言って、六花を連れて部室を出て行った。
バタン。とドアが閉まる。
「なんだ、ありゃ」
玲はそういうしかなかった。
「六花先輩と風花って人は面識あるみたいでしたね。でも、すぐ思い出せないような。古い友達? 生き別れの家族?」
碧が考察を始める。
なんかモヤモヤする。そこに大人が出てきたのもなんかやだ。
「みんな、時間ある?」
「どうしたんです? 部長。わたし、大丈夫です」
千種が返事。
「なんか、甘いもの食べないとやってられない。道の駅カフェいこ。おごる」
歓迎会で行くつもりだったけど、前倒し。六花め。任務優先かよ。仕方ないけど。もうちょっと抵抗しろ。
「玲」
「みんな行けるね。なんでもいいよ。好きなのおごる」
「怒った令嬢はすげえ」
「なんだと詩歌、なんか言ったか」
「いーえ。ゴチになります」
道の駅にあるカフェで玲はシャインマスカットがこれでもかと詰め込まれたパフェをぱくつく。前に六花が食べたいちごバーストパフェを碧と詩歌。千種はこぼれアップルパイ。陽奈は山のようなホイップの乗ったリコッタチーズパンケーキ。
「なんだよ。六花め」
「どういう関係なんだろうね? あの風花って人」
「六花の過去、知らないからな」
「親戚かなんかかな。会ったことあるみたいだし」
1年生3人はさっきのことは忘れたかのように、スイーツに集中。
陽奈が器用にナイフとフォークでパンケーキにベリーとクリームを乗せる。
「なんか、優先順位的にあっさり下に見られるとなんかなー」
「六花、かなり驚いてたからそれどころじゃなかったんじゃない?」
「私は陽奈より怒りんぼなんだよ」
「明日、どんな顔してくるかな? 六花」
「泣いてると思う。多分」
玲はシャインマスカットを二つぶ口に入れてちょっと後悔した。
Chapter-03 雨宮晴人 17歳 成長促進剤
「鹿島風花、風花なの?」
小霧が震えている。座っている風花の頬に触れる。その手を風花がそっと握る。
「風花だよ。キリちゃん。会いたかった。会いたかったよ」
「風花!」
小霧が風花を抱きしめて、泣き出した。風花はさっきからずっと泣いてる。
六花も横で泣いてる。
防衛隊の仮庁舎。その一室で起こっている事象。
晴人は目の前にいる風花と名乗った人を見る。
16歳か少し上に見える風貌。身長は小霧よりも高い。
鹿島風花は、神の国事件で行方不明になった10人の中の一人。
しかし攫われた時、風花は11歳だったはず。
小学生で六花より年下で小さかった。
いくら成長期とはいえ、13歳の女子とは思えない。
こっちが歳をとって、若いままの風花が現れれば、その理由を相対性理論が説明してくれるが、逆は説明がつかない。
「どこで発見されたんですか?」
先日久しぶりに公仁が帰ってきた時、一人ではないと聞いた。会わせたい人がいる。調整済んだら会わせる。と言っていた。ついに本当のパパ活ではと周囲が騒いだが、それどころではなかった。
「風花さんが自分で地球航路の定期便に密航したんだ。高天原2に僕がいるとき、異星人入国管理局の人が飛んできてね。密航者が自首したが、地球人らしいと。自分で名乗っている名前の人は死亡届が出てる。心当たりあるかってね」
公仁が説明する。
「鹿島風花の母親はあの集団自殺事件でこの世を去っているんだけど、自分が死ぬ間際に娘の死亡届を出して、受理されてしまったんだよ。だから、籍がない。しかも実年齢と外観が全く一致しない。成長が早いってレベルじゃないからね」
「SCEBAIとも協力して、この風花さんに何が起こったか調べたよ。DNAは神の国が実験前に採取していた血液と一致した。だから鹿島風花であることは間違いない。クローン人間という形跡もない」
公仁はスマホの資料に目を落とす。
「血液検査の時にある物質が見つかった。新陳代謝の速度を一気にあげる薬。透子がテクニカで集めて、小霧さんや自分で治験した早く治る薬の成分。あれを猛烈に高めて、投与されたと考えられるそうだ」
「無理やり成長させられたの? なんのために」
「オリヒトが連れ去って、風花さんを買ったのは辺境に勢力を持つ「組織」だった。そこでいわゆる「殺し屋」として育てられたんだ。地球人は珍しい。しかも目を惹く美形となれば使えるからね。ハニートラップ的な方で。
組織は新陳代謝を高める、言ってみれば成長促進剤を使って、風花さんが戦闘できる身体の大きさにして、ナノドライブほどでないにしろ、BMIサポートのナノマシンも投与。さらに結構なスペックを盛り込んだそうだ。この辺は風花さんから聞いた話だよ」
「やっぱりオリヒトが連れ去った子たちは売られていたのか」
晴人は本当に内臓がひっくり返りそうなほどの怒りを覚えた。
「しかも、風花に殺し屋なんて」
晴人が最後にあった風花は、ちょっと生意気な小学6年生。普通の女の子だった。
「無理やり成長させられて、しかもナノマシンまで投与された風花さんは、ある時、自分の置かれている状態を鮮明に理解したそうだ。そして、やるべきこと、地球に帰る作戦を実行に移した」
「ある日突然?」
「それまでは、ぼうっとしてたそう。あまりのことに精神がバリア作って閉じこもった状態だったんじゃないかな。事件後の六花ちゃんみたいにね。
本当に突然だったって。多分、脳の成長とナノマシンの融合による効果がつながって、肉体と精神のバランスがきちんと取れたからじゃないかって、ノーゲン卿はいってたよ」
晴人はナノドライブを投与されて、それが使えるようになった時、脳というか心が晴れる感覚がしたのを思い出す。あんな感じだろうか。
「風花さんは情報収集を始めて、銀河の各方面と地球を結ぶ便が開設されたことも知った。神城千保ちゃんが上手いことやって、地球が無事宇宙に開かれたんだろうって思ってたそうだよ。
地球へ行く便は、仕事で来たこの帝国領の星に寄る。そこで仕事用に渡されたっていう偽造の星間パスポートをつかって乗船。組織の現地アジトの位置を帝国の辺境守備隊に垂れ込んで、追手がかからないようにしたそうだ」
「結構ヤバイじゃないですか。風花は本当に追われてないの?」
「調べたけど、そのエリアを統括する辺境守備隊が踏み込んだそうだよ。アジトにいた連中は逮捕拘束。追っ手はかかってないね。今のところ」
風花を囲んで小霧と六花が座ってずっと手を繋いでいる。3人とも目を閉じて黙っているけど、ナノドライブ使って話をしているのかもしれない。その話に入るつもりはない。
「そしてようやく辿り着いた高天原2で保護申請。ちょうど僕がいる日でね。日本人ではあったけど、事情が事情だから宇宙亡命者として入国許可を出させた。晴れて地球の大地を踏んだのが2ヶ月前だ」
「年末の基地関連で忙しい時期に風花のこともやってたんですか? キミさん」
「まあね」
「さすが、パパ活の…」
「身の回りのこと、整えてあげるのって、パパ活か?」
「あしながおじさんですね。どっちかと言えば」
公仁は笑って3人を見る。
「東京で基地の交渉する傍らで、風花さんの帰還手続きをしたよ。君ら以上に特殊な状況でね。ノーゲン卿と透子に徹底的に調べてもらった。風花さんには悪いと思ったけど仕方ない。ノーゲン卿には施された外科的処置について、透子は身体の中。彼女がちゃんと本人で、いわゆる裏の使命をもって返されたんじゃないってことを証明しないといけなかった。人間爆弾とか、ウイルスキャリアとか、ゾンビとか」
「フィクションすぎでは?」
「そうかな? 帝国の版図になって、今まで夢だと思っていたこと、幾つ実現した? 僕は数えられないよ。だから、逆もあるかもしれない。化け物になった風花さんに『私を殺して…』なんて言わせられるか」
公仁は本気で言ってる。実際、この人は他人の不幸を見るのが大嫌いなんだっけ。たとえフィクションであっても。
「ノーゲン卿、透子、僕の考えを理解してくれてね。ほんと調べ尽くした。風花さんに仕込まれたBMIサポートはナノドライブとは違う。だからどこの何で、外部からコントロールできるかできないかとか。ノーゲン卿が現状わかっているナノマシンの外部コントロール電波を全部照射して調べてくれたよ。結果は白」
「そこまで…。二人、風花のことはなにも」
「もっと早くに会わせたかった。でも、風花さんが風花さんで間違いない。みんなと一緒にいても大丈夫。それがかわかるまではと思ったんだ。会えた後に、何かあったほうが辛いと思った。二人にも箝口令を引いた。それに、誘拐事件は帝国に報告してるから、一人解決の報も送る必要があってね。風花さんを出頭させるとまた時間かかるから、今話したような内容をAIにまとめさせて、レポート送ったよ。これで出頭は免除された。いろいろ時間がかかってね。すまない。ハル」
「キミさんの考えはよくわかります」
「よかった。風花さんには新しい戸籍を作った。古藤は僕の母方の実家だ。年齢は今後のこと考えて六花ちゃんと同じとした」
「今後のこと?」
「風花ちゃんは、強い。単体で。防衛軍は持ってる兵器は相当だけど、個人を狙われると極端に弱い。何もないからね」
ようやく、3人は笑顔を見せながら話すようになってきた。
「今一番狙われる可能性が高いのは六花ちゃんだ。何かに乗れば最強だけど、普段はちょっと鍛えてるちっちゃい女の子にすぎない。風花さんはボディガードができる。防衛軍としても安心だ」
「それで、西湖女学院に」
「一緒に行って手続きしてきた日が、うーたん部でやるノーゲン卿の公演の日でね。自分を調べ倒したノーゲン卿がどんなこと言うのか、興味があるって言ってたから聞いてきた。ノーゲン卿の話は面白いし、遠くから六花ちゃんをみて、すごく会いたい気持ちになったって言ってたよ。方々確認が取れたんで、今日、対面にしたんだ。大丈夫って言ってたし。
でもやっぱり風花さん、思いの大きさに耐えきれなかったね」
由美香が缶コーヒーを差し入れてまたスッといなくなる。
「どこに住むんです? 風花」
「透子と六花ちゃんの部屋。透子に聞いたら、部屋一つ空きがあるそうだから。これから引っ越しだけど、カバン一つだったから、荷物はない」
公仁が缶コーヒーを飲んでいる3人に声をかける。
「風花さん、服少ないから、お買い物一緒に行ってあげて欲しいです。お願いします。小霧さん。」
「了解パパ。明日行こう。おしゃれ云々より、日常のもの揃えないと。六花、何時に帰ってこられる?」
小霧が聞く。
「授業終わったら、すぐ風花連れて帰ってくる。多分3時過ぎ」
「そのくらいならOK。明日荷物持ちやって」
「いいよ。任せて」
「今は私の方が力あるよ。六花ちゃん」
「いーの。いーの」
六花が風花の頭をポンポンしてる。大きくなっていても、六花の中の風花は変化していないらしい。
「じゃ、風花の部屋を用意してきます」
晴人は仮庁舎前に置かれた少ない荷物を見る。新品の家具がほとんど。風花が身体一つで宇宙を駆け、戻ってきたことを実感させる。
さらわれて2年。どんな世界を見てきたのだろう。別の星から偽造パス使って密航し、ちゃんと亡命申請と13歳でそこまでの行動力がつくものだろうか。それができるほど過酷な場所で訓練を受けてきたと考えるしかない。
「ハルくん、引っ越し少し待って」
六花が声をかけてきた。
「みんなで千保ちゃんのお墓に行こうって」
SCEBAIを取り囲む樹海の森。森の中には散策路が設けてあり、散歩やジョギングで使用されている。たまに、樹海時代の名残で人ならざるものを見る人もいるとかいないとか。
散策路の脇には開発された実験機がモスボール保管されている。その一つに小さなロケットがあった。プレートがついており、
『Dedicated to the Princess』
とある。
この並びで唯一、SCEBAI製でない機体。神の子ども計画で作られたあの機体だ。透子たちの攻撃で海中に沈んだ2号機を引き上げ、ここに展示している。少し燃えた箇所があるが、しっかりその形をとどめている。その存在を知る者がいなくても、異星人技術との融合で作られた最初の宇宙船という事実は変わらない。それがこの機体が飾られる理由。
「これが、あの?」
花を持った風花が機体の前に立つ。
「そう。誰かが乗る前に、千保ちゃんが保父さんに壊すように頼んでくれた」
風花がプレートの横に花を置く。
「私は集められて早々に連れていかれちゃったから」
「怖かったね。風花」
六花が風花と手を繋ぐ。
「なんか、そういう感情を抑る薬を飲まされてたし、自分からも飲んだ。だから、ずっとぼうっとしてた」
風花が機体を見つめる。
「千保ちゃんが攻撃を阻止したから、ゲドー社と平和的解決になったんだよね」
「私たちの中では。世の中の人はこの事件を知らない」
小霧がつぶやく。
「そっか。でもありがとう。千保ちゃん」
風花の供えた花が風に舞う。
「だまってて、ごめんなさい。六花」
「話は風花から聞いたよ。せんせ、風花をちゃんと見てくれてありがとう」
晴人が風花用の家具を作っていると、透子が六花に謝っていた。
本当に気づかなかった。隠し事、上手い人だ。
「き、君が帰還者の風花くんか?」
「あ、保父さん」
部屋の前に保父こと時任蔵之介が現れた。
そして風花に向かって深々と頭を下げる。
「あの場にいながら、私は君たちの略取を阻止できなかった。本当に申し訳ない。国民の生命と財産を守るのが私の仕事なのに」
「六花ちゃん、この方は?」
後ろに隠れながら風花が六花に聞く。確かに晴人たちには重要な働きをしてくれた保父だけど、目の前で10人も誘拐された。という言い方もできる。
「保父さんは、神の国に潜入してたんだ」
「…そういうことか。でも一応家に帰らせるっていって、宇宙にあげてたから気づけなかったのも無理ないかと」
「本当にすまない」
「いえ」
風花が手を添えて頭を上げさせる。
「保父さんでしたっけ、あ、鍛えてますね」
「ああ、一応パイロットたちのトレーニングを担当している」
「押してみていいですか」
「ああ、どうして、ふっっ」
風花がぐっと保父を押し戻す。保父がしっかり踏ん張って耐える。晴人は驚いた。マッチョには見えない風花の身体からどんでもない力が出てる。
「すごい。耐えた」
風花は自分の力を認識している。これは風花から保父さんへのちょっとしたペナルティかな。保父がゆっくり姿勢を起こす。
「君は一体」
「風花は戦士」
六花が我が事のように胸を張る。
「そんなんじゃ」
「いや、今度一度お手合わせ願いたい。得意な武術は?」
「異星人から仕込まれたやつなんで、形はないんです」
「ならばなおのこと」
「わかりました。またその時に」
「ありがとう。家具を組み立てるよ」
総出で家具を作って、風花の部屋が完成する。
「みんな、ありがとうございます」
ぺこっと風花が頭を下げる。
「じゃ、改めて、おかえり。風花。あ、改まってない。言うの初めてだ。おかえりなさい。風花」
「六花ちゃん…」
「六花、お部屋づくくりあんまり手伝ってないくせに、美味しいところ持ってくな」
小霧がぽこっと六花を蹴っ飛ばす。
「そんなんじゃない」
「うるさいぞ。もう最年少キャラは終わりだ。お姉さんらしくしろ」
「ふん。このえろきり」
「え、えろきりってなに?」
風花が食いつく。
「聞いて、風花、キリちゃんね、ハルくんの誕生日の時にね」
「みんなの前で言うなー!」
口を塞ごうとする小霧を避けて、高らかに六花が笑う。風花がつられて笑っている。
晴人はほっとする。とにかく良かった。あと九人。絶対探し出してやる。
Chapter-04 六羽田六花 14歳 その思いとは裏腹に
その夜。風花の部屋から悲鳴が聞こえた。
六花は飛び起きて駆けつける。でも先に透子がいた
「せんせ」
「大丈夫。六花。任せて」
たぶん、フラッシュバック。透子が風花をしっかり抱き止め、顔をギュッと胸元に。呼吸を少し妨げて過呼吸を防ぐ。六花ももっと不安定な時にしてもらったことがある。透子の暖かさといい匂い。風花の呼吸は落ち着いていく。透子が六花を見て微笑む。
「六花、部屋に戻って寝ておいで。私、もう少し風花見てる」
「うん。せんせ、ありがとう」
透子が六花を見て頷く。視線を風花に移して
「もう、怖いことないからね。おやすみ風花」
こうしてくれてたんだ。少し前の自分と透子の姿を見ているような錯覚。六花は透子の寝室からいつも羽織ってるフリースの上着を取ってくると、透子の肩にかける。
「ありがとう。せんせ」
「どうしたの?」
「六花の時もこうやって落ち着かせてくれたから」
「これしかできないけど」
「暖かくて安心するんだ。本当にありがとう」
六花は透子の背中に顔を寄せる。透子が微笑む。
「手のかかる妹がふえて、お姉ちゃん嬉しいよ」
「六花はもう手のかからない妹だよ」
そう言って六花は透子の背中に顔を埋める。
「うそおっしゃい」
六花が起きて洗面所からキッチンへのルーティーン。それを風花が追ってきた。ちょっと目元が腫れてるけど、そこまでじゃない。
「おはよう。風花」
「六花ちゃんおはよう…って、こんな、普通の、朝、私…」
「あー、泣いちゃダメ。目が腫れる。学校で目立っちゃうから」
「…ふふ。それって、六花ちゃんの経験談?」
「そう。ヒソヒソ言われるよ。ちょっと前まで六花も夜、泣いたりしてたから。その度に、せんせが…抱っこして…」
と思い出すだけで、ポロポロ涙が出てきた。
「六花ちゃんが泣いちゃダメ」
という風花も涙声に。
「どうしたの、朝から」
キッチンでさめざめ泣いてる二人。透子が起きてきてギョッとしてる。
「せんせが優しいから…」
「え、私のせいなの?」
「ガチで泣いてきたな」
目の周りを赤くした六花と風花を見て、玲がなんとも言えない表情。
校門で玲と陽奈が待っていた。
「二人とも、おはよう。どうしたの? 六花」
「おはよう。陽奈。玲。改めて紹介するね。古藤風花。なんていうか、六花の幼馴染。2年以上ぶりなんだけど、急に変わっててわからなかった。久しぶりに会って泣いちゃった」
「幼馴染と言われてもな…。六花は謎の過去を持つミステリアスなおちびだからなあ。」
「おちび言うな」
風花がくすくす笑う。陽奈が訊く。
「えっと、古藤さん、クラスは?」
「六花ちゃんと同じです」
「六花は呼び捨てなのに、六花ちゃん呼びなの?」
玲が突っ込んできた。
「六花の方が、お姉さんだから」
「いや、無理があるだろ」
4人の中で風花が一番背が高い。
「精神的に」
玲をキリッと見上げる。玲は半笑い。
「そういうことにしとこうか」
「みなさんも、私のことは風花って呼んでください」
「わかった。風花。また部室で」
「あ、ごめん。玲。今日、キリちゃんと風花の身の回りのもの買いに買い物行くから。部活行けない」
「なんだとー、抜け駆けか六花!」
「抜け駆け?」
「今日のうーたん部は市場調査とする」
「え、玲、どういうこと?」
陽奈が目をぱちくり。
「どうしてこうなった」
右手に玲。左手に詩歌がつかまってる状態の小霧がつぶやく。
「キリちゃん、人気者」
風花が相変わらずくすくす笑っている。楽しそうな姿を見てると、六花は嬉し泣きしそうになる。
「今日は風花の買い物だ。お前らほどほどにな」
「わかってます」
「とりあえず、下着からだ」
御殿場アウトレット。うーたん部全員がついてきて、総勢8人。
「あれが、詩歌ちゃんがいつも言ってる、キリ様ですか」
千種が六花に聞いてくる。
「そう。小霧ちゃん。高校生。すっごい鍛えてる」
「ああ、身体つき、普通じゃないですよね」
「わかるの?」
「うち、父がアスリート、してて、周りに鍛えてる人多くて」
こんな柔らかそうなのに?
「私は全然、そっち向きじゃなくて。兄や弟はみんなスポーツ、してます」
「貴重な存在」
「そうで、しょか? でも、みんな、親も兄弟も大事大事って、してくれましたね。ちょっと、過保護すぎて、寮のあるこの学校に、逃げちゃいました」
千種が笑う。意外と行動力あるのかな。
「でも、六花先輩も風花先輩も、身体、普通じゃないですよね。うーたん部、運動部じゃないのに、宇宙にいくから?」
「そうだよ。鍛えないときついんだ」
「こないだのテコさんもそうですよね」
「それもわかるの?」
「私、なんとなく、見るだけで、そうかなって」
「すごいんだ。千種」
千種がちょっと照れる。向き直って、
「あと、一つ質問があるんですけど」
「なに?」
「なんで陽奈先輩は六花先輩に、ぺったり、してるんですか?」
「六花は私の、彼女だから」
会話には一切関わってこなかったが、六花の左手に絡みついてる陽奈がこの質問には当然のように言う。
「部活の中だけの情報ね。他の子達には内緒」
「ええ、そうなんです、か」
千種の方が赤くなる。
「彼女なんだ」
前を歩く風花が振り返る。
「六花ちゃんもイロイロあったんだね」
風花の表情は楽しそうに見える。
「風花、おいでー」
ランジェリーメーカーのアウトレットブースに到着。小霧が風花を呼ぶ。
「風花、自分のサイズ、把握してる?」
「手足の到達範囲とかじゃないよね」
「そんな戦闘モードの話はしてない」
「ごめん。わかんない」
「あ、だったら、プロの人いるか聞いてきます」
碧がさっと店内へ。
「あいつ、わかってるタイプだな」
小霧がいう。
「わかってるって、なにが?」
「下着の買い方」
「そんなのあるの?」
「スポブラなお子ちゃま六花とは違うのだよ」
「なんか、むかつくぞ」
「私が教えてあげるって。行こ行こ」
陽奈が手を引っ張る。六花は陽奈と店内へ。
毎回思うが、すごい数。やたらサイズが多いから、知らないとどうしていいかさっぱりだ。
「どうせ。大きくないし」
「そう言う問題ではないの。六花。ちょっと失礼」
ファサッと制服のブラウスの上から陽奈の指が胸をさわる。
「ひゃひゃ」
「一緒にお風呂入ったときにも思ったけど、六花はお子ちゃま胸だよね」
「彼女に対して失礼だー」
「お困りですか? お嬢さんたち」
お店のお姉さんがやってきた。
「この子、ずっとスポブラなんで」
「ちょ、今日は風花の買い物で」
「風花さん、もうあんな感じだよ」
見ると、採寸を終えたのか、風花に対して碧、玲、千種がそれぞれお薦めを持ってきて品評会状態。風花の目がクルクルしている。
詩歌は小霧に自分のを選んでもらっている。
「お嬢さんもちゃんと計りましょ。こちらにどうぞ」
「うひゃああ」
「可愛いの選んであげるから」
六花は試着ブースに引き摺られて行った。
「結局、全員何かしら買ってんのか」
下着の部は終わった。小霧が面々を見回す。
「キリ様も例外ではないですが」
玲がいう。碧が
「ちょっとセクシーじゃなかった?」
と隣の千種と話してる。
「えろきり…」
「ていうか、六花が一番時間かかってたろうに」
「六花も初ブラですからー」
陽奈が横でニコニコしてる。
「おそろいにしたの?」
玲の質問に
「形もカラーも違うんだけど、ワンポイントが一緒。素敵だよ」
陽奈は満足げ。イロイロ測られて六花は若干くたびれ気味。
「さて、フツーの服を揃えんと」
「私に任せて」「私にお任せ、ください」
名乗りを上げたのは碧と千種。
「風花先輩、身長あってモデルっぽいからなんでもいけます。選びます」
「アスリート、体型の人の、コーディネートは、家族を見て心得てます。から」
「どうする? 風花」
六花が聞くと、小霧がコーディネーター二人の肩を叩く。
「予算あるから、二人ともやっちゃって。それなら数も揃うでしょ」
「太っ腹」
詩歌が感心する。
「こないだの海賊退治が効いてんだよな」
小霧がにやって笑う。
「ゆけ! コーディネーター」
「どこから?」
「OLIVE」
「受けて立つ」
風花の手を引いて、碧と千種が走り出す。
「私は見守る」
小霧が後を追う。一緒に行きますと玲と詩歌が歩き出す。
「わたしたち、どうする?」
「休憩したい」
「お茶飲もか」
「ブラ買うのってあんな大変なの?」
「最初だけだよ。透子先生と買い物行って、こういう事にならなかったの?」
「せんせは六花見て、う~んスポブラっていうだけ」
「なんだそりゃ」
陽奈が笑う。でもやっぱり六花は子どもすぎるのだろうか? よくわからない。
「温泉行こ、六花。今度」
陽奈がちょっとえっちな笑い。
「着てきてよ。新しいの」
「じっくり見るつもり?」
「見るよ」
「えろひなだ」
「付き合ってるもん。普通だよ」
陽奈は紅茶を少し飲んで
「せっかくおそろいだから、並んで見たい」
「…いいけど」
「じゃ、前言ってた、来海のお花見の時に」
「ん」
陽奈の中にはこうしたいああしたいがたくさんあるみたい。でも六花にはない。ただこうしているだけでいいのに。あと1年って聞いて、陽奈は少し焦ってるのかも。六花はその想いに応えてあげたいと思う。
でも…
「そろそろ追いかけよっか」
六花は席を立って陽奈の手を取る。
「暗くなってきたよ。はぐれちゃう」
手を握られて六花を見つめる陽奈。動かない。陽奈の目が瞬きするたびに、違う感情が見える気がする。沈黙の時間が流れる。
「いたい。陽奈」
「え、あ、ごめん!」
陽奈の指が六花の手に爪を立てていた。
「あ、あの、知らないうちに力入って…本当にごめんなさい」
おろおろしてる。
「大丈夫だよ。行こう」
「わかった」
陽奈が立ち上がる。
「六花、ごめん。私、変だ」
「ううん」
どうしたらいいんだろう? 陽奈は六花になにか不満があるってことだと思う。今のままじゃだめなの?
「怒らないで。六花」
「怒ってないよ」
小霧のナノドライブの反応がある場所へ急ぐ。この気持ち、なんだろう?
手を引いて歩く。陽奈を振り返る。一応笑顔で。陽奈も笑顔を返してくれる。
「もうすぐ合流できるよ」
そう言って前を向く。たぶん陽奈が怖い。わからないものは怖いんだ。六花はそう思う。陽奈のこと好きなのに同時にこんなふうに考えるなんて。彼女失格じゃないかな。
「あ、きたきた」
玲が手を降っている。横にはすっかり今どきなカッコの風花。
「遅れた」
「抜け駆けおやつ?」
玲が聞いてくる。
「お茶だけだよ。風花かわいいね」
「これはね、千種ちゃんのコーデ」
「着る順番が先になって。私のコーデもかわいいんですから」
碧が不満げにアピール。
「見るの楽しみにしとく」
六花はが陽奈の手を握ったまま答える。
「さて、あとは生活雑貨かな」
小霧が移動しようとした時、陽奈が前に出た。
「あ、あの、私、先に帰ります」
「陽奈、どうしたの?」
六花が一応聞く。さっきのことかな。自分が変だって言ってたし。
「ちょっと、うん、体調が、あんまり」
「…わかった。パパに迎えにきてもらう」
小霧がスマホを取り出す。
「え、そんな。一人で帰ります」
「無理しないの。陽奈」
「小霧さん…」
どうやら公仁は近くに待機していたらしい。すぐにミニバンでやってきた。ロータリーで小霧がクルマに乗せる。
「陽奈…」
六花はその後の言葉が出てこない。
「六花、ごめんね。ちょっと、今日は…」
「六花も一緒に…」
「いい。大丈夫。風花さんといてあげて」
公仁がスライドドアを閉める。
「じゃ送って、また戻ってくるよ。小霧さん、その間に何か食べてて」
「了解。パパ。お願い」
ミニバンが走り去っていく。
「気にしてる? 六花」
「玲」
「陽奈も初めてのお付き合いだから、戸惑ってると思う」
「そう」
「そんな感じじゃなかった?」
「うん、そんな感じ、かも」
六花の手に残る爪痕がヒリヒリ痛い。
Chapter-05 御厨陽奈 14歳 食べちゃいたいくらい
「大丈夫かい? 陽奈ちゃん。止まって欲しい時は言ってね」
「ごめんなさい。ご迷惑おかけして」
2列シート、左の席で陽奈は運転席の公仁に返事する。
「今日はそのために待機してたから、いいですよ」
「私、肝心なところで身体の弱さが出て、年始の来海神社でも熱出しちゃったし」
陽奈は公仁に愚痴る。なんか、喋らずにいられない。
「もうすぐ修学旅行だよね。じゃ、オオゴトにならないように早めに帰った方がいいと思うよ。体力温存で」
「そうですね。あ、でも、ごめんなさい。パパさん、学校の寮でおろしてもらえますか?」
「寮? ん。わかった」
公仁は特に何も聞かず了承してクルマを走らせる。真っ暗な高速道路。自分の顔が窓に映って消える。
「寮に着いたよ」
西湖女学院の寮、湖月寮の前。陽奈は降りると助手席側から公仁にペコっと頭を下げる。
「ありがとうございます。みんなに大丈夫って伝えてください」
「了解」
ミニバンはくるりと方向転換してきた道を戻っていった。
陽奈はスマホを取り出して、芽里にメッセージを打つ。
程なくOKの返事が来て湖月寮へと入る。
入寮許可ノートに名前を書き、芽里の部屋へ。
夕食後のまったりした時間。ご飯の匂いがする。
奥に進んでいく。たまに「あれ? 陽奈どうしたの?」なんて声をかけられる。適当にそれをいなしながら、芽里の部屋にたどり着く。ノック
「はーい。どうぞ」
「こんばんは」
陽奈がドアを開けると、真ん中の共用スペースにひかれたふかふかカーペットの上に芽里と与那が座っていた。楽そうで暖かそうな部屋着。与那の前には原稿用が数枚。
部屋は芽里ともう一人は別の人のはず。奥を見るとデスクの方に一人座っていた。ちろっと陽奈を見る。
「また芽里の客か」
「ごめんね。ハルカ」
「どうしたの?陽奈さん」
「ちょっと、ご相談あります。アドバイス欲しいです」
「座って。陽奈」
芽里が促す。
「与那の卒業式スピーチの校正してたんだ」
与那が原稿用紙を片付ける。与那が卒業式で全部活を代表してスピーチすると聞いてる。宇宙港の運営の役に立ったことが評価されたとか。
「で、何が聞きたいの?」
芽里が顔を寄せる。陽奈は下を向いたまま答える。
「付き合うって、どう続けていいのか、わからなくなっちゃって」
「こないだ、大丈夫そうなこと言ってたのに」
「そうなんです。でも、六花、いろいろ気を使ってくれるんですけど、私、距離縮めたくて踏み込むと、離れたりして、なんかよくない感じで」
「六花も付き合った経験ないんでしょ。そんなもんじゃないの?」
「気を遣われていると、気づくと少し意地悪してたりして、それで自分が嫌になったりして」
芽里は陽奈から視線を外すことなく、ただ優しそうな目で見てる。
「きっと、私、六花にもっとわがままで厄介な彼女を望んでいるのかなって。振り回されたりしたいのかな。それとも、振り回したいのかな。よくわかんなくて」
「いい子同士がくっつくと、それはそれで悩みになるんだね」
芽里は横で原稿用紙と睨めっこしている与那の髪をくるくるしながら
「まず、陽奈って六花と一緒にいる時の、自分のこと、好き?」
「…今は好きではないです」
もっと上手く使えるんじゃ、六花にいい気分をあげられるんじゃないか、そう思って焦ってる自分はカッコ悪い。
「自分が好きな自分。は基本だよ。陽奈」
「人を好きになるなら、まず自分からって? 芽里は好きね。その理論」
与那が原稿用紙を見たまま言う。
「六花の好きに合わせるのは難しいでしょ。だって、わからないもの。でも六花をこんなに楽しませてる私って、いいじゃんとか、六花の反応に関わらず、ちゃんとフォローできてる。とか、彼女を好きでいる自分も好き。っていう基本があると、強いと思うんだ。私は」
「自分を愛せない人が人を愛せるはずがない。芽里はよく言ってるよね」
「部長はそんな先輩をどう思っているんですか?」
「外れたことしてこないから安心感はあるよ。こんな顔してて理路整然とした付き合いになるから、スリルはないよ」
「こんな顔ってなにさ」
与那の肩に芽里が顔を乗っける。その頬を触りつつ
「もっと欲望にまかせた感じできそうじゃない。芽里って」
肩に乗せた頭で、与那の頭をぐりぐり。
「それは与那です」
「そうなんですか? 部長」
陽奈はちょっとびっくり。
「そんなこと、教えませんよ。陽奈さん」
与那がにっこりする。芽里は与那の尻に敷かれている。という噂はやっぱり本当なんだ。
「とにかくさ、私が好きな私として、六花と付き合っていきなよ。陽奈。六花の反応が想定外でも、自分がちゃんとしてれば、焦ったりしないものだからさ」
「経験談ですか?」
「そうだよ。与那と付き合い始めた時は、どうやったら釣り合うかって必死で考えて行動してた。空回りまくってた。陽奈みたいにちょっと意地悪してみたこともあったよ。でも与那って笑って受け入れちゃうからさ。そんなことしてる自分が悲しくなってくるんだ」
「だから私、言ってやったの。時々、私の好きじゃない芽里がいるって」
「それ、ショックじゃ」
陽奈は芽里を見る。芽里はその時を思い出したのか暗い表情。
「ショックだよ。愕然としたよ。じゃ、好きな私って?って聞いちゃった」
「私ってかわいーって思ってる芽里が可愛くて好きって言ったっけ」
与那は務めて明るく言う。
「すげえ」
デスクのハルカがおもわずつぶやく。
「悪かったな。でもその言葉で、好きな自分でないと、与那と全力で当たっていけない。そう思って、今に至る」
「は、わかりました」
陽奈は目の前の与那と芽里をしっかりと見る。
「やってみます。好きな自分で、六花といるように」
「陽奈、賢いから大丈夫と思う。でも、考えすぎもよくないから。ほどほどに」
「陽奈さん、ここからおうちに帰るんでしょ。遅くなるからそろそろ行った
ほうがいいわ」
「そうだね。これから与那とハルカの記憶をリセットしないといけないからね」
「なんだと?」
デスクのハルカがギョッと振り向く。
「ハルカ、君はいろいろ知りすぎた。全部忘れてもらう」
芽里が立ち上がってハルカの元へ。
「ちょ、まて、芽里、なにを、またなの? あ、たすけて、2年生、あ、与那、いや、聞いてなかったから、覚えてないから」
立ち上がった与那がその光景を覆い隠しつつ、陽奈をドアに誘導。
「じゃあね。陽奈さん。気をつけて」
ぱたん。と与那の笑顔と一緒にドアが閉じる。
陽奈はちょっとドキドキしながら耳をドアに近づけると、
遠吠えのようなハルカの声が聞こえて、静かになった。
陽奈が湖月寮を出ると、門に六花がいた。
「六花」
「おかえり。陽奈」
「どうしたの?」
「送る」
「いつから待ってたの?」
「さっき」
六花が近づいてきて、手を取る。
「おうちへ送るよ」
「ありがとう。六花。大好き」
六花のように自然に言えた。いいぞ。私。
六花はそれに笑顔で答えた。
歩いていくかと思ったら、寮と学校をつなぐ道の脇にキュリエッタがいた。
「暗いからね。キュリ子の方が安心」
六花が先に行って準備を整える。いーよ。の声を聞いて、陽奈はキュリエッタによじ登り、六花の上に座る。キャノピーが閉まる。ひゅんと音がしてキュリエッタが舞い上がる。
「ふうっ」
「ぷ」
また息を吐く六花に陽奈は笑ってしまう。
「陽奈が重いからです」
「言ったな」
真っ黒な湖の上をキュリエッタが滑る。
「なんで寮にいるって、パパさんに聞いたの?」
「ん」
「どうして寮に行ったか、聞かないの?」
「部長か副部長に用事があるって思ったよ。違うの?」
「そうだよ」
私が浮気とか、考えないか。いい子だな。ほんとに。
「六花を好きな私を、好きって言えるか? って聞かれたよ」
陽奈は頭を六花にもたれさせた。六花が操縦桿から手を離して左手で支えてくれる。
「迷ったり、調子に乗ったり、六花に痛いことしたり、私、そんな自分、好きじゃない」
キュリエッタが高度をあげて、住宅地の上を越える。家までもう直ぐ。
「こうやって、一緒にいる時間を大事だと思える自分ならいいと思える」
住宅地の入り口で高度を下げ、道の上を走る。
「怖い思いをさせてごめん。六花」
「陽奈…。六花はこのままでいい?」
「うん」
「なにか、彼女として、足りないところない?」
「ない」
「よかった」
家の前にキュリエッタが止まる。
「六花に話したらすっきりして、お腹空いてきた。六花は何食べたの?」
「…なにも」
咄嗟に嘘をつこうしてやめたっぽい。
「どうして? 私と別れたあと、食べに行ったんじゃ…」
「…キミさんに電話して、陽奈の状態聞いたの。そしたら寮に行ったってきいたから、すぐキュリエッタを呼んだ」
「六花…寮から送るために?」
「こんな暗い道、心配だから」
六花は少し照れたように言う。陽奈は頭を支えてくれてる六花の左手に手を添えた。
「ほんとにいい彼女。晩ごはん、食べてく?」
「この子置いておくスペースないから、帰るよ。せんせ家にいるからなんかあると思う」
陽奈の家に到着。キュリエッタは路駐の状態。キャノピーが開く。
「本当にありがとう。六花。明日からも一緒にいてね」
「ん」
身体を起こして六花と相対。微笑んでる六花にしがみつくようなハグ。
細い首筋に顔を寄せる。
「六花の彼女で私、ほんと、良かった」
ぱく。
「ひゃは」
「へへ。食べてやった」
首に食いついたら、六花の声が面白かった。
「お腹すきすぎ。陽奈」
「成長期だから」
キュリエッタから飛び降りる。
「また明日」
「大好き」「大好き」
見事なハモリ。
嬉しそうな六花が手を降ってキャノピーが閉まると、来た道をすーっとキュリエッタが滑っていく。ちょっと広いところにでたのか、舞い上がって空に消えた。
「なあーんだ、六花ちゃん帰っちゃったの?」
「ただいま。今日ロボット連れだから、置くとこないでしょ」
ママが玄関から出てきた。キュリエッタの消えた方を見る。
「お庭に置けないかしら?」
「あれ、意外とでかいよ。でも今度試してもらうよ。お腹すいた」
「はーい。カレーだから好きなだけ」
カレーだったらほんと、食べて行ってもらえばよかったな。ママたくさん作るし。
Chapter-06 古藤風花 13歳 その旅の行方
地球に戻って、学校に行き始めて。2月は本当にあっという間に終わった。
風花は学校までの道に生えてる梅の花を見る。
「きれい。かわいい」
「梅が咲くと、ほんとに春が近い気がする」
六花の小さな鼻がひくひく匂いを嗅いでる。
六花は記憶の中と変わっていない。成長はしてるっぽいけど、相変わらず年上感がない。神の国の会合とかで会ってたときと同じ。
あのころ、六花は千保ちゃんといつも一緒にいた。それを妬む子がいるくらい。そして六花は目の前で千保ちゃんを失い、壊れて、なんとか戻ってきたと、透子から聞いた。
ハルくんもキリちゃんも、あの時のことは、大きな傷になってて、それでこれからの進路を決めた。みんな、親はいない。でもその影響がずっと残って、今もこんな感じ。
島施設のあの日から、全部変わっちゃったんだ。
「風花、慣れてきた?」
「と、思いたいよ。やっと六花ちゃんと同級生なことに馴染んできた感じ」
「飛び級天才少女。風花」
「年齢は一緒だから。書類上」
「六花は一緒に学校行けて嬉しいよ。これからもずっとだし」
そうだ。離れることないんだ。風花は思う。六花がどこに行ってもついていくのが私の役目。六花がパイロットをする重要な人である限り。
そんなお題目はどうだっていい。風花は六花と並んで歩く時間をこの上なく幸せに思う。学校についてしまうと、御厨陽奈が彼女ヅラしてるから、とりあえず控えている。あと1年経てばいなくなるけど。
「ほんとだね」
今日は卒業式だけ。終わったら、修学旅行の準備の買い出しだ。
「オズマルさん。私、普通の女の子してるよ」
「これを誰から教わったのだ?」
数日前、保父とお手合わせ。SCEBAIの広い屋内実験場。ここがトレーニングルームを兼ねている。
風花と徒手格闘で戦い、五分の勝負。この人なかなか強い。組織で風花に勝てる男はそういなかった。
「教えたのはラウ・オズマルという異星人です。彼の星に古くから伝わるスタイルだそうで」
「実に面白い」
「六花も挑む」
「六花ちゃんも? 武器使っていいよ。ハンデ」
「ほほう。後悔するなよ」
トレーニング中の六花が参戦。長めの棒を持ってきた。
「せんせ直伝の薙刀術だ。覚悟」
舞うように襲いかかる六花。早くて正確。でも、軽い。
軽さは速さと反転の速度で補ってる。間合いに入れさせないつもりだ。でも風花は何度か攻撃をかわした後、六花の薙ぎ払う一撃を避けて回転速度を合わせ接近、そのまま押し込んで六花を余計に回転させる。
「はわわ」
くるくるっと2回転してぺしゃんと座り込んでしまった。
「まいった」
「きれいに回ったな。六花」
保父が笑っている。
「くそっ。つよいぜ」
六花が立ち上がる。
「力技だけでなく、いなしも見事だな。いい師匠についたな」
「そうですね。いい師匠でした」
「どんな人?」
六花がタオルを風花に渡す。風花はそれで顔を拭きながら言う。
「会ってからずっと私に『逃げろ』って言い続ける人」
「風花を買った組織の人なんでしょ」
「そう。だけど、逃げろって言い続けて、逃げ方も教えてくれた。体術も銃の使い方も。ナノマシンの使い方まで」
「今日のレベルじゃ、逃げてもこの家の玄関で捕まる。またにしようか」
ラウ・オズマルは見た目初老の男だった。地球人との違いは白目がないこと。視覚は複眼のそれに近いと聞いた。
風花は神の国の島施設で意識を失い、気がついたらなにか乗り物の中にいた。すぐに薬を飲まされて、朦朧とし、何度かの食事の後、とある街に降り立った。そこはテレビで見たヨーロッパの古い町並みのよう。狭く入り組んだ道、入り組んだ坂と階段。白い壁。建物の間で洗濯物がはためく。外国に連れてこられたと思った。だが行き交う人の様相が違う。耳の形、大きさ、目の大きさ、数、角のある無し。異世界転生? と当時の風花は思った。
目が冷めて最初に話しかけてきたのは、ヒーリーという女性だった。見た感じは30代後半。耳の上端から触覚のようなものが伸びている。
「なーんもわかってないだろうから説明してあげる」
耳になにか仕込まれたあと、言葉はわかるようになった。
「あんた名前は?」
「鹿島風花」
「それどっちかがファミリーネームよね。個人のは?」
「風花です」
「フーカ。響きに違和感ないわね。良かったわね、よく似た形態の星で。私はヒーリー」
「ヒーリーさん。え、星?」
「そーよ。あんたは今、生まれた星から大体3万光年の距離にいるわ」
「…そんなまさか」
宇宙人が侵略しに来たのは知ってる。だから、広い宇宙に地球人だけという認識はない。でも、私がどうしてここに? あのとき寝て、気がついたらここなのに。
「あんたはね。うちの組織が買ったの。素晴らしくポテンシャルの高い種の子が手に入ったって聞いてね。なんで売られたのかは聞かないわ。知らないだろうし」
売られた? 奴隷貿易の話は図書館で借りた本で呼んだ。さらわれて、目覚めたら別の場所で。ああそうか。それとおんなじだ。
「奴隷ですか?」
「いや、傭兵ね」
「傭兵?」
聞いたことのない言葉。
「あたしたちの仕事はまあ、戦争のお手伝い。とくに小さい規模だけど確実に勝ちたい側が依頼してくる。それに必要な兵隊を送ってる」
「…私、なんでここに?」
「広い場所でドンパチやるだけなら人はいくらでもいるのよ。でも、街の片隅でひっそり仕事をこなす人間が減っちゃってね」
「そういう仕事を請け負ってるのはいい年したおっさんばかり。そんなときにまっさらで、体力があって、改造に耐えうる身体を持った人種の女児が売りに出たわけ」
「改造って、何をするんですが」
「ちょっと身体を大きくするだけ。少しお姉さんになるよ。嬉しいでしょ。顔きれいだから、そこはいじらないですむわ」
そういってヒーリーは飲み薬を差し出した。
「飲むか、またどこかに売られるか、どっちか」
「飲んだら?」
「飲んだら、次目が覚めたときはもう、お姉さんになってる。飲まなかったらまた販売ネットワークに乗せる。今度は誰が買うのかしらね。食人種か繁殖目的か。そんなところが買わないと良いわね」
風花は薬を飲んだ。すぐさま、何もわからなくなった。
「で、起きたら本当にこの身体になってました。時間は1ヶ月ほど経ってたと思います。その間の記憶はないんです」
うぐっ、うぐっっと六花がしゃくりあげる音。私のために泣いてくれるの?
「その後、ナノマシンを打たれました。多分、筋肉増強剤的なのもありました。ほんと色々。でもその間中、薬で意識を抑えていて、こうなった身体で日常生活ができるようになって、それ以上のことができそうになる頃、もう1年経ってました」
風花は手にしたボトルから、プロテイン入のドリンクを口に含む。
「組織、そう地球が版図となった銀河帝国以外にも銀河にはいろんな勢力があって、銀河の端っこの星々が帝国に対抗できる軍事同盟として『辺境連合』を作ってます。私が売られたのはその下部組織で傭兵・暗殺集団のレンゴデイオってとこです。これ、日本語に直すと神の国なんです」
風花は六花の涙を自分のタオルで拭く。止まらないけど。
「連合から直接資金が入ってるとかで、私みたいに時間かけてちゃんとした兵を『つくる』余裕を持ってました。私以外にも、教育、改造をされてる子達は複数いました。そんなに待遇は悪くなくて。そのせいか脱走とかそういう事件がほとんどありませんでした。ほとんど傭兵部門の子たちで、暗殺専門の私とは、程なく別れたので、その後はわかりません」
「私は本格的な訓練をするとかで、また、最初の町に戻されました。ヒーリーさんにも会って。あの人、レンゴデイオの幹部だったみたいです。暗殺仕事は基本、ヒーリーさんがコントロールしてましたね」
「その下で教育係をしてたのが、オズマルさんでした」
「どうした? 逃げないのか?」
紹介されて、第一声がそれだった。
「勝手に連れてこられたのだろう? 逃げないのか」
「逃げるって、どこへ」
当時の風花は言われたことをこなすだけの状態だった。
「ま、そのうちわかるさ。その時が来たら言え」
以後は日々訓練。体術はオズマルの育ったクレナラチアという星のもので、攻め込んで引く。の繰り返しだが、その間隔をバラけさすことで自分に有利な状況を作り出すというスタイルだった。スポーツといえば学校の授業と部活のテニスぐらいの風花だったが、改造された身体は思った以上に動いた。銃や武器の扱い方も習った。
また、様々な星のえっちな映像も見せられた。性的魅力を感じるポイント、ヒューマノイド型はだいたいおっぱいとおしりだってこともわかった。ただ、
「それをどうアピールして、反応を得られるかはその星によって違う。攻め方を覚えておけ」
更に話ができるように知識も詰め込まれた。そこでナノマシンを使った記憶量の増加方法とナノマシンが入ってる上での頭の使い方を習った。そんな中で
「これはお前の星だろう」
といって見せられたニュース。それは日本の皇族と異星人少女が握手をしているもの。朱鷺子様とテコ王女と書かれていた。地球。日本。
その時、風花の頭の霧が晴れた。
「ああああーっ」
「どうした? ああ、気がついたみたいだな」
涙がどんどん溢れ、心がきゅーっとなる。帰りたい。自分のいたところに。
「帰りたくなっただろう」
「…はい。でもどうして? オズマルさんはわかっているんです?」
「薬の抑える性能と、脳とナノマシンが融合したときの思いの出力。そのバランスが変わると、一気に自分のことがわかるようになる。これまで何人もそんなの見てきた。オレは好きに逃げろと言うんだがな。自分の星に戻るより、こっちのほうがいいって連中ばかりだった」
「…帰りたい。地球に」
「帰り方を教えてやる。ま、任務にも役立つことだから、使い方はお前次第ということだ」
「…逃していいんですか? 本当に逃げますよ。私」
「かまわんさ。任務中に消されるのと、大差ない」
どうやら、ここで教育される子どもの兵士は、劣悪な環境から逃れるために、自ら入ってくる事が多く、逃げることを教えても留まっているという。そこからは偽造パスポート、宇宙船の乗り方、亡命申告、そして帝国領内で地球航路のある星での仕事がないかを調べた。数ヶ月後、それを発見する。
「よくある、よくあるって言ってはいけませんね。仕事は要人暗殺でした。狙撃手と接近戦むけの私の2段構えで作戦が立てられました。その星に辺境を回る定期便が来るのが任務の1日前。現地についたらすぐに行動です。私は教えられたとおりに、動きました」
「オズマルさん。私、行きます」
「フーカ、達者で暮らせ」
「もう一度聞きますけど、なんで逃がすんです?」
「こういう仕事はやりたいやつがやればいいんだよ。わざわざ人を買ってきて育てて使うような種類の仕事じゃない。上は最強の兵隊がほしいみたいだがな。買うやつがいるから、売られる子どもがいなくならん。自分が正しいことをしているつもりはないが、子どもの売り買いは我慢ならん」
「なぜオズマルさんに私を任せたんでしょう?」
「オレの子どもは3人いたが、みんな捕まって売られた。このあたりの星は大体そんなところばかりだ。この組織に入って全部連れ戻した。全員無事だたのは奇跡って言われたよ。だから、組織には恩義がある。
そして、オレは子どもが好きだ。慣れてるしな。だからだろう。そんな組織が子どもを買ってるのが気に食わないんだがな。こっちは」
「だから逃げる手段を教えてるんですか?」
「他の連中はそれを任務に活かしてやがる。家に戻るよりここのほうが暮らしが良いそうだ。悲しい話だ。多分、本当に実行するのはフーカが最初。楽しみだよ。オレの育てた中でお前が最強だ。フーカには簡単だとは思うが、たどり着け。地球に」
「その後、目的の星へ。任務は狙撃手と補助員、そして私の3人。私が対象を引き付けてる間に、狙撃する。それがだめなら助けるふりして、物陰に引き込み、そこで私が殺る。私が銃口にさらされる作戦なので、たぶん、本当に任務を遂行するか疑われていたんでしょう。何かあればそこで一緒に狙撃するつもりだったと思います」
「風花…」
今度は六花の鼻水を拭く。絶対この人、年上じゃない。子どもの泣き方だ。でもこの半端ない共感力。私が六花を好きな理由。いつも私の身になって怒ったり泣いたりしてくれる。神城千保がいつもそばにいさせた理由がわかる気がする。六花は一緒にいたい人。
「星についたら、理由をつけて二人と離れ、船に乗る準備を進めました。搭乗口でこの星の警察組織にタレコミの電話。その後はどうなったかわかりません。私は地球に早くつけと思ってるだけでした」
「で高天原で公仁に会ったわけか」
保父が言う。
「神の国のって言ったら、顔色が変わりました。それでこの人はあの宇宙船の計画とか、全部知ってるなって思いました。話早かったですね」
「話してくれてありがとう。風花が帰ってきて、本当によかった」
何度目だろう? くしゃくしゃの泣き顔を隠さない六花を撫でるのは。
部屋に戻ると透子はまだ帰っていなかったので、二人で先にお風呂に入ろうってことになった。
湯船から六花が身体を洗っている風花をじっと見ている。
「なに?」
「あのさ、風花。風花は任務として男の人に言い寄ったりする立場だったんでしょ」
「そうだよ」
「それでさ、その、本当にしちゃったり、したの?」
六花は耳まで真っ赤になっている。
「本格的な任務始まってなかったから、そういうのはなかったよ」
「ほんと? よかった」
六花が笑う。風花もつられて笑ってしまう。
「六花ちゃんは私が処女でないといけない理由があるの?」
「あ、いや、そんなんじゃなくて、そういうのって、やっぱり好きな人がいて、そういう感じになってってものじゃん。よくないから。無理やりとか」
「やさしいね。六花ちゃん。でもね」
「なに?」
風花は湯船に入りながら
「どうすれば気持ちいいのか、男も女も、知ってるよ。試してみる?」
にやっと笑って、すっと六花の頬を触る。六花の目が驚きに変わる。で、手をクロスさせて大きなばってんを作る。
「ほんとに六花ちゃんはこどもだな」
「こ、子どもじゃなかったら、その、するものなの?」
「どういう方法か教えてよ。知ってると思うけどって、知ったかな嘘つくのが次の段階」
「ふ、ふん」
「知らなかったーって私エロくありませんを装っておいて、後で自分で試してみるのが、大人?」
「え、えろふか」
「うるせえ。子ども六花」
脇腹をくすぐると、いとも簡単にお湯に沈んだ。
校門にはいつもと違って、生徒会の面々。登校してきた2年生に胸に飾る生花のコサージュと手渡し用の一輪の花を配っている。
「手渡す花は式の後に誰でもいいから渡して」
貰えない先輩とかいるんじゃないの。酷な制度だなと風花は思う。
小学校の卒業式は出ていないから、これが人生初。
こんなものなのかな。どの学校も。
「六花おはよ」
御厨陽奈が近づいてきた。修学旅行の自由行動班はこの3人。とりあえず、仲良くしておかないとね。
「風花さんもおはよう」
「陽奈さん、おはようございます」
「ねえ、六花、お花誰にわたす?」
「部長か、副部長しか3年生知らない」
「そうなるよねー。私どうしようかな。そういえばさ、芽里先輩と寮で同室のハルカ先輩っていう人がいてさ、面白いんだよ…」
楽しげに話す。陽奈はいじめられていたのを六花に助けられたと聞いた。好きになるのは仕方ない。でも、釣り合わない。普通に暮らしてるあなたと私達は違うのだから。
滞りなく式は終わった。校庭で写真撮ったりしてる3年生に花を渡しに行く。風花は六花と与那と芽里がいる一角に向かっていた。陽奈も合流する。部活を引退してから風花が入ったので、面識はない。テコの講演会のときに顔を見かけた程度。
「先輩ありがとうございました」
と六花が花を手渡す。与那はすでに何本か持っていた。
「ありがとう六花さん」
「あ、あの、うーたん部で頑張ります。ありがとうございます」
風花は与那に声をかける。
「あなたが風花さんね。六花さんの幼馴染の」
「はい」
すっと与那が距離を詰める。反射的に身構える。
「あなたの気持ちがあると思うけど、今は陽奈と六花の関係を壊さないであげて。少なくとも3年生の間は。あなたが六花と東京に行った後、好きにすればいいわ」
「!」
耳元でそれだけ言うと与那が離れる。にっこり笑って花を受け取る。
「ありがとう。風花さん。うーたん部のためによろしくお願いします」
「は、はい」
なんなんだ、この人。これは洞察力? 風花はあっけにとられる。
横で陽奈が芽里に渡している。
「芽里先輩、アドバイスありがとうございました」
「頑張ってね。陽奈」
「あ、ハルカ先輩もありがとうございました」
「あ、え? だれだっけ?」
「え、ほんとに忘れちゃってる?」
「何いってんだ陽奈。初対面だろ。ハルカとは」
芽里がカラカラと笑っている。陽奈は複雑な表情。
「そろそろ帰って買い出しに行こう。おいで風花」
六花が呼んでる。風花がもう一度与那を見ると、満面の笑みでこっちを見ていた。
「ねえ、六花ちゃん、与那先輩ってどんな人」
「うーん、簡単にいうとなんでも知ってる人かな。どこでどうやって調べてるのかは、知らない」
「あ、そう」
家の玄関に大きなバッグが2つ並ぶ。
「私、初めての修学旅行だ」
風花のつぶやきに六花が神妙な顔で答える。
「そっか。小学校のときいけなかったんだね」
「ふたりとも、今日は早く寝なさい」
透子が玄関にやってきた。
「せんせ、お土産なにがいい?」
「雪ミクのなにか」
「相変わらずマニアックだな。せんせは」
「なんだよ。なんでもいいっていうよりいいだろ」
(キリちゃんはお土産なにがいい?)
風花はナノマシン通信を使って小霧に連絡してみた。
(明日出発?)
(うん。初めての修学旅行だよ)
(楽しんできて。風花。北海道ってのがヤバそうだけどさ)
(寒いかな?)
(寒波来てるっぽい)
(遭難しないようにするよ)
(お土産はなんか美味しいチーズ)
(わかった。任せて)
(六花はどうしてる?)
(透子さんとお土産の相談)
(向こうで何かあったら呼んで。この回線でもいい。すぐ行く)
(キリちゃん、かっこいい。でも、心配性なの?)
(大体なんかあるもんなんだよ。六花の周りは)
(頼りにします)
(OK。おやすみ。早く寝ろ)
(お休み。キリちゃん)
心が温かい。一人じゃないって本当にいいな。
六花と透子のやり取りを見ながら、風花は幸せな気分に浸っている。
修学旅行。出発日。
学校に集まった後、SCEBAIに戻る。ここで運営されている宇宙港富嶽を使ってチャーター機で出発する。地上と軌道ステーションを行き来する往還機を運営する星間企業が、往還機が空いてるときに修学旅行向け添乗員付き格安チャーター便の運用を開始した。学校から歩いていける宇宙港から出発できるので、学校がそれに飛びついた。機体は150人乗りのデルタ翼機。
「西湖女学院中等部の皆さん。当ヴィエイラオービタルをご利用いただき、ありがとうございます。これより、たんちょう釧路空港まで参ります。トイレは機内後方。脱出口は機体上部と下部にあります。私は添乗員の小駒慎太郎と申します。もう一人後ろにいるのが笹島英二。本修学旅行お帰りまでご案内いたします」
「ねえ、六花、みんなイケメンだって言ってるけどどう思う?」
陽奈が六花に聞いてる。3列シート、窓際から風花、六花、陽奈と並んでいる。六花が私と陽奈に気を使って真ん中に座ったのは知ってる。六花みたいなイケ女に比べたら、あんなのカス。
「よく見えないから、わかんない。でも、ハルくんのほうがかっこいいと思う」
六花の素直な感想。
「ああ、晴人さんか。そうかも」
陽奈も納得してる。3クラス分の100人くらいの女子が乗ってるけど、いろんなところでヒソヒソ話す声がする。添乗員の小駒慎太郎、笹島英二両方とも25歳位に見える。今どきの顔。整った目鼻立ちのメガネ男子。
「こちらは機長の大場大造です。これより宇宙港富嶽を離陸します。シートベルトを着用してください。副操縦士はエレバル・デーデ。CAはロッサ、コロレアの両名が皆さんをアテンドします。まもなく離陸します」
女性CAがぎこちない日本語でベルト着用を促す。風花はその様子を観察する。はっきりと異星人だと言わないのがちょっと気にかかる。異星企業と名乗ってるから知ってるだろってことかな。
タキシングする窓の外、防衛軍の仮庁舎が見える。その屋上に
「六花ちゃん、テコさんと透子さんいるよ」
「あ、ほんとせんせだ」
風花はテコにメッセージを送る。思った言葉をナノマシン通信でテコの手首の端末から文字表示させる。身体を調べてもらっているときに確立した通信方法。返信は風花の頭の中でテコの声で再生される。
(行ってきます。六花は確実に守ります。この旅行会社の調査願います)
(わかった。六花をお願いね。フウ)
最初に会ったときから検査が終わるまで。テコは本当に親身になってくれた。いつの間にかフウと呼んでくれるようになった。そして太鼓判を押してくれた。
「大丈夫。フウは普通の女の子になれる。でもその強さを活かしてほしい」
六花を守って。テコはそうお願いしてきた。言われるまでもない。
テコと透子が手を降ってる。二人に小さく敬礼。
(透子さん、テコさん、古藤風花、任務遂行します)
慣性制御装置を使った速さを体に感じない加速で、デルタ翼機は一路北を目指した。
Chapter-07 来海透子 26歳 耳
SCEBAI。エリアル格納庫。テコはコクピットの上から真新しい顔を見上げている。まだ皮膚組織が貼られていないメタル地の顔。まぶたを閉じているからその目は見えない。オリジナルがアメリカでウインクを決めたことは今でも話題に登る。その機能は当然残しているわけだ。
長いまつげはアイセンサーを破片等から守るためかなり硬い素材でできている。一本一本、先端に注意喚起の赤いキャップがついている。
「どうしよう」
「まだ悩んでるんですか? テコさん」
「どう収めよう」
新型エリアルは単機行動能力を相当に高めた機体になる。アウストはナデシコのような母艦とともに運用する事が前提の機体で、索敵能力など一部は母艦の機能を使う。しかし、新型エリアルに追いついてサポートできる船がないため、単機で全てができるようにする。でも、シルエットは決まっている。収めたい様々なセンサー類が収まる場所がない。
「外付けユニットじゃ…」
「美しくない」
「こだわるなあ」
アウストもそうらしいのだが、テコの作る機動兵器、装甲を剥くと、中には本当に肌を持った40mの女性像が入っているらしい。透子は見たわけじゃないので、単なる噂として受け取っている。新型エリアルは地球的な意匠を残すということで、関節の形状はオリジナルと同じでメカニカルな機構が露出している。でもオリジナルでも肌っぽく再現されていたところは、テコの本領発揮でフレームの上に強固なのに肌感のある素材が貼られる。ヒト型への並々ならぬこだわりが、センサーの外付けユニット化を認めていない。
「しかし、どうするというのです?」
村井が詰め寄る。
仮庁舎での会議でこの話題に。というかここが決まればもう後は迷う部分がない。
「ティアラ的な飾りに仕込むとか」
透子が言ってみる。
「頭頂部はリエントリーとかで、熱くなることがある。その対策がいる」
「迷うことはないと思うんですよ」
兵器工房から戻ってきた由美香が髪を結んでいた紐を解きながら現れた。
「ここに、答えはあります」
髪を手ですいた由美香がテコの横に来ると、髪を結わえていた紐でテコの手首をくるくるっと縛る。手早い。
「ちょっと、由美香」
怪訝なテコが振り返ろうとしたとき
「これです」
「はあんっ」
由美香がテコの両耳をつまむ。
「ちょ、だめ」
くにくにと耳の端っこをマッサージ。テコが真っ赤になった。手首を縛られていて、振りほどけない。
「ちょっと、由美香! え、耳?」
「そう。エルフ耳型のユニットにセンサーを仕込み、エリアルに取り付けます。幅が取れるので視差タイプも行ける。それに、地球と異星との友好を形で示す姿にもなります」
「は、うん、はあ」
テコはもじもじしてるだけ。
「全長5m近い筒型のセンサーユニットが2つ。たしかに収まるな」
村井が感心する。くにくにはまだ続いている。
「ちょ、ゆみかあ、やめてえ」
「えろいなー」
透子は素直な感想。
「みてないでえ、とめてよお。とうこぉ」
透子が席を立って由美香の両手を掴んでテコの耳から離す。
「は、はああ」
テコが大きく息をつく。
「ということで、いかがでしょう?」
「…よく、思いついたな。由美香」
「そら、毎日見てますから」
もう一度耳を触ろうとする由美香からテコが逃げる。
「頭蓋からフレームを伸ばしてセンサーを組み付ける。部分的に光学透過タイプの皮膚組織を使ってコートしよう。外部形状の設計は任せる」
「テコさんが作らないの? テコさんの耳だよね」
透子が言うとテコはちょっと照れたように。
「由美香がエルフって言ったろ。あくまでその路線で。ボクの自己主張ってとられるのはちょっとさ」
「こだわるなあ」
「エリアル、エルフ型、E型か」
村井の言葉に由美香が答える。
「形式名も決まった感じですね。アドヴァンスド・エリアル・タイプE。4番目のフレームがベースだからAAE-04としますか」
「E型。エクストラテレストリアルのEって取る人もいるだろうね。異星との友好ね」
透子は決まるべきことが決まってホッとする。
「いいんじゃないか。エリアルE。ほどいて」
テコが由美香に手首を差し出す。長身の由美香はテコの手首に巻いた紐を解きつつ顔を下げてパクっとテコの耳をはむ。
「にひゃああ」
しゃがみ込むテコ。透子は感心する。
「こういうとこ、六花そっくりなんだよな」
「六花は耳食べたりしない!」
「いや、テコさんの方です」
「んもう。覚えてろ、えろ由美香」
それとかさ。
「では取り掛かる。おら、見とれてないでいくぞ」
テコの妖艶な動きに釘付けだった若い研究員たちを引っ立てて村井が格納庫へ戻っていく。由美香もニヤニヤ笑いを残して兵器工房へ戻っていった。
テコが自分のチェアに戻ってコーヒーを一口。通常モードに戻る。
「そういえば、そろそろつく頃?」
「六花たち? そうですね。予定では最初の目的地の釧路あたりかな」
「クシロ?どんなところなんだろう」
「自然のがまんま残っているところらしいです。私も行ったことなくて」
「学校で旅行か。技術体験でアーデア星の掘削現場とか行ったくらいか」
「ハードそう」
「六花もフウも楽しめればいいけど」
「返ってくる頃には新型エリアル、エリアルEの転換訓練開始だな。進級もあるし。忙しい」
「そういえばさ、フウが出掛けに調べてくれって言ってたあの件、どう?」
「プリンセスユニットの答えは情報不足でした。継続調査中です」
「そうか」
「ねえ、テコさん、なんで風花のことフウって呼ぶの?」
「え、仲良くなったからだよ」
「ほんとにそれだけ? 手、出してない?」
「なにいってんだ。透子」
テコは目線を外す。
「ほんとに?」
「ほんとだよ。ただフーカってアーデア語で愛妾とか愛人って意味だからさ、呼ぶ度に翻訳機が誤訳するんだ。検査中に『私のこと、愛人とか言ってますけどそういうことですか』って言われてさ」
「そういうことだよ。フウっていってテコさんは風花を…」
「手は出してないってば」
「ふーん。言っときますけど、あの子、六花より年下ですからね」
「犯罪?」
「そうです。テコさんっていままで何人の女の子泣かせてきたんですか?」
「ないない!」
テコが必死で否定する。
「いままで、というかここ100年くらい、おっさんばかりの職場がおおくてさ。こんなに女の子がたくさんいるのは久しぶりで」
「嬉しくて仕方ない?」
「ほんと。もう毎日が…」
透子はテコをじっと見つめる。テコは曖昧に笑って
「さて、仕事しよ」
とコーヒーカップを持って出ていった。
その時、透子のスマホが鳴る。プリンセスユニットからの情報着信。
「これって、ちょっとやばくない?」
立ち上がる。
「ちょっと、テコさん!」
Chapter-08 古藤風花 13歳 3月の流氷
たんちょう釧路空港に降りて、バスに乗り換え、最初待っていたのは蒸気機関車だった。冬の湿原号という観光列車で湿原を走り抜けるらしい。
ボックス席に陽奈、その窓側に六花。向かい合って風花、窓際に3組担任の細川明美先生。
明美先生は30歳。当然、風花はちょこっとの思い出しかない。
浮かない顔だが笑顔を作ってる。まあ、陽奈が無視のいじめを受けているときなんとかしようとはしたみたいだけど、何にもできず、六花と透子にかなり強引な解決をされたと聞いている。六花からの評価は高くない。色々時間がかかるのでみんなからも『オソミちゃん』と呼ばれている。この席に座るのは辛いだろう。なんでここに?
「ごめん。ちょっとおじゃまさせて」
どうやら他に場所がないらしい。
出発までの時間、無言のときが流れる。他の席がウルサイから、ここの静かさが強調される。
「ねえ、六花は蒸気機関車乗ったことある?」
「記憶ない。見たことはあったような。風花は?」
「小さい頃に公園で? なんかちっさいのたまに走ってるよね」
「あ、またいで乗るやつ? あれ模型だよね」
陽奈が笑う。流石だな。こういう雰囲気をちゃんと克服してく。六花の彼女として認めてないが、人として陽奈は尊敬に値すると思う。
「じゃあ、みんな初めてだ」
ガゴン。と一発目の振動のあと、脈打つ加速。ボッボッという音に合わせて押される感じ。
「エンジンの動きがわかる加速だ」
「六花らしい言い方」
まだ雪がしっかり残っている景色が後ろに流れていく。車内放送で色々説明している。あんまり頭に入ってこないけど。
なんとなく連れて行かれる感じで進んでいくんだ。修学旅行って。
「古藤さんは北海道初めて?」
明美先生が聞いてきた。
「そうですね。初めてです」
「何かみたいものある?」
「あ、えっと。シマエナガ」
「わかる」
と陽奈が同意。
「あの鳥、六花っぽいよね」
「なん?」
配られた標茶フランセというお菓子をかじっていた六花が顔を上げる。
「ちっさくてさ、白くてさ、すばしっこくてさ」
「ちっさくて、白くて、早い。うん。六花ちゃん」
「意気投合か」
「背の高い古藤さんはタンチョウかしら」
明美先生の言葉に
「ダチョウ…」
ぼそっと六花が言ってこっちを見る。上手いこと言ったって笑ってるな。可愛いヤツ。
風花は六花のお菓子を持った手を掴むとパクっと食べる。
「あーっ」
「ついばんだ。ガチで鳥だ」
陽奈が笑う。
「ふーんだ。どうせダチョウです」
といって風花も笑った。
「かえせ。風花」
「もうおくちの中。ここから取る?」
六花に向かって唇を尖らせる。
「あら、風花さん、はしたないですよ。先生の前で」
陽奈が笑顔を浮かべ、澄まして言う。が、目が笑ってない。
バチッと風花と視線が交差する。
「先生の半分あげるわ」
六花の手元に半分のお菓子。
「え、ありがとうございます」
意外な申し出に六花は少し戸惑っている。
「六羽田さんの食べるところ、見てて気持ちいいから」
こいつも、六花が魅力的に見えてるのか。風花は陽奈と目を見合わせる。今度は共闘の視線。
「美味しそうに食べてるよね。給食。教室で一緒に食べてるとき、どうしても見ちゃうのよ」
「なんでか、よく、言われます」
と言いつつもらったフランセにパクっと食いつく六花。
先生はその様子をニコニコで見てる。話題を変えなくては。
「先生、今回の修学旅行、旅行会社変えたんですよね」
「そうなの。宇宙港発着で行けるって営業の人が来てね。静岡空港まで行く交通費がなくなってその分、北海道にいってからの移動に飛行機使えるから、便利度が全然違って」
「他の星の企業ですよね」
「ええ。いろんな星で宇宙と地上を結ぶ事業をしてるって。これは古藤さんのほうが詳しいかしら?」
「名前だけは聞いたことがあります。認可企業とは聞いています」
「何か、気になるの?」
「修学旅行のような特殊な団体旅行に異星企業が参入して、うまくいくのかなって思いまして」
「主導するのは日本の代理店だから、大丈夫って聞いてますよ」
「問題は、あの添乗員かと思います」
陽奈が言う。
「ああ、あの二人ね。女子校だからって向こうも気合い入れてきたんじゃないかしら。見た目は大事だからね」
この車両後方でも添乗員を囲んで輪ができてる。景色そっちのけで話してる子達が結構いる。もう一人は前の車両でおんなじような状況。
「先生はどうなんです? あの二人」
「年下は眼中にないわ」
いきなりくだける明美先生。3人は驚いて先生を見る。
「あそこ私の席なのに、本当にウザって、え、そういう話じゃないの?」
「そういう話です」
陽奈が答え、風花が続ける。
「はっきりしてますね。先生」
「私、こんなんだからね。オソミちゃんの相手は引っ張ってくれる人じゃないとさ」
「…オソミちゃん? 先生、それ」
陽奈が気まずそうに訊く。
「聞こえてくるよ。どうしたって。二人には本当に悪いと思ってる。学年最後に言えてよかった。本当にあのときはごめんなさい」
六花と陽奈に頭を下げる。
「大丈夫です。先生。終わりましたから」
六花が言う。
「そう言ってくれると、嬉しい」
「で、先生、年下は眼中にない話なんですけど」
陽奈が六花とのしんみりした雰囲気を壊すために話を元に戻す。
風花はそんな様子がおかしくて笑いながら目線を車窓へ。
「あ。タンチョウ」
「ほんとだ。飛んでる」
陽奈も気づいた。
「うーん、風花っぽい?」
六花が飛ぶ姿と風花を見比べる。
「どーせ、風花はダチョウです」
「そうそう。蹴りで人をころ…」
「六花ちゃん!」
瞬間、六花の口に風花はフランセを突っ込む。
「え、え」
「いつの間に六羽田さん。くいしんぼすぎ」
風花の動きが見えなかった陽奈と明美先生には、六花が突如フランセを咥えたように見えたはず。だから驚いてる。
モゴモゴしてる六花。ナノマシン起動。
(六花ちゃん、それは二人の秘密。誰が聞いてるかわからないから。油断大敵)
「ふが」
風花は六花の口から溢れたフランセを取って、自分の口に放り込む。二人で見つめ合ってもぐもぐ。六花が頷く。
陽奈から強烈な視線が浴びせられている。
「ふ、二人はどういう関係なの?」
「幼馴染です。ここ少し離れてましたけど。小さいときから小学校6年後半まではほぼ毎週末一緒にいました」
先生への説明だが、六花との関係の深さを伝えて、陽奈へプレッシャーにする。私のほうが、歴史長いんだから。
「姉妹みたいね。古藤さんがお姉さんで」
「六花がお姉さんです」
いつもの六花だ。先生が聞き返す。
「そうなの?」
「小さいときから。こんな感じ。意地っ張りで可愛いです。六花ちゃんは」
あえて陽奈を見ないで、風花は先生に返事する。
終点の標茶の駅に到着。
バスに乗り換えて、阿寒湖へ向かう。
バスの中は2列シート。陽奈と六花が並んで座った。風花はその前にまた明美先生と座る。地元の女性バスガイドがアイヌ文化について語ってる。
その視線がチラチラと添乗員に流れるのを風花は見ていた。
訝しげに見る風花に小駒と名乗った添乗員が笑顔を返してくるが、なんだか、ケミカルというかデジタルというか、不自然な感じがする。
「よう。元気か」
湖畔のホテルでの昼食。ビュッフェ。北海道産の素材を使った料理が並ぶ。そんな中で玲が声をかけてきた。一人だった。
「他の班の子は?」
「あっち」
見ると、笹島と名乗った添乗員の周りに集まる生徒たち。どうも取り巻きになったらしい。
「そんなか? そんなにいいか? 私には理解できん」
「そうだよね。一緒に食べよ」
陽奈が誘う。うーたん部2年生4人が揃う。
「変、だと思うんです」
「どうした風花さん」
玲がメガネを直す。ちゃんちゃん焼きをつまんでる。
「いくら顔がいいからって、あんなに群がったりするの」
「んー。カリスマ的ななにかあるのかな?」
「いえ、そんないいものでなく、意図的なマインドコントロールなことを想像して」
「マインドコントロール?」
玲のトーンが上がる。六花と陽奈もちょっと驚いて風花を見てる。
風花は色仕掛け要員として教育されたとき、ナチュラルな魅力で相手をコントロールすることを学んだ。でも
「効かないときは奥の手がある」
匂い、音、光。もっと直接的な薬の噴霧。そういった刺激を使って相手の心を乗っ取る方法。オズマルはそれらを使うのでなく、避ける方法をたくさん教えてくれた。
「つまんないのに騙されて、お前にキバをむかれたら、大変だからな」
「強力なものではない、なにか心を自分につなぎとめるような。不自然な力が働いてる気がして」
「なんでうちらに効かない?」
「そこまではまだわかんなくて」
「でも、そう言われるとだよ。一理ある感じ。もうちょっと観察してみよ」
玲がにやっと笑う。みんなずっと添乗員周りにいて、食事をしているのはうーたん部と明美先生周りに数名。あと男性教師2名は単独で。
そのため、まあ、取り放題。高そうな素材から食べてく。陽奈と六花がとんでもないイクラ丼を作って持ってきた。二人揃って笑ってる。
「んふふ」
「ウチのカフェのスイーツよりえげつない」
「だって北海道じゃん」
陽奈がキラキラした笑顔。ご飯はちょこっと。あとこぼれまくりイクラとサーモン。
玲が誘ってきた。
「うちらもいく? 風花さん。イクラ?」
「私、さっきからお肉焼く匂いに…」
「豚丼、いこう」
そして二人は何枚もの豚肉が乗ったカスタマイズ豚丼を作った。
ペロッと食べた玲が風花に言う。
「よく気づいたね風花さん」
「あ、風花でいいですよ。部長」
「んじゃ、私も玲でいい。うーたん部2年、つーか3年は敬称略で行こう」
「六花も六花でいいよ」
「私も、いいよ」
ちょっと複雑な視線を投げてくる陽奈。これって、恋のライバル視されてるってことかな? 恋、恋か。
「恋」
「恋?」
「なんか惚れ薬的なの撒いてて、恋心でコントロールしてんのかなって」
「それでなんでうちらに効かない?」
「すでにガチ恋してるから、とか」
風花がそういうと、六花と陽奈の視線が玲に。
「なんで私見る?」
「玲って、ガチ恋してるの?」
六花が訊く。
「遠慮しろ六花」
玲ははぐらかそうとするけど、
「まさか、玲って小霧さんにリアコ?」
陽奈の言葉に玲が真っ赤になる。顔に出るタイプだ。
「ぎったんぎったんってマジだったんだ。うわ、せつな」
「うるせえ。陽奈」
玲がぷいっと横を向く。風花は思う。小霧と晴人の間に割り込める人なんかいない。どんなに想っても、玲の気持ちは成就することはない。玲もわかってる。でも気持ちは止められない。確かに切ない。
「そっちは三角関係だろ。もっと大変」
「え?」
玲の言葉に六花がきょとんとする。風花を見る。だめ。六花は知らなくていい。陽奈がいちいち反応するから、玲にもそう見えちゃうんだ。
「ちっ、違うよ。玲、六花。私の好きな人はテコさんだから」
「テコさん?」
陽奈が意外過ぎるとばかりに反応する。
「こっちに来て、あんまりきれいで一目惚れしちゃって。告ったんだけど、子どもすぎって。でも、これくれたの」
胸ポケットに入れていた物を出す。鈍く光る金属の輪っか。直径は10cm弱。玲が反応。
「それ、テコさんがいつもつけてる」
「そう。同じやつ。テコさんがアーデアの会社に作らせた手首につけとく多機能端末。なんか日本の家一軒分の値段するらしいけど、気持ちをありがとうって」
本当は『任務に必要だと思うから、渡しておくね』だった。
「みんなに内緒と思ってつけてなかったけど、バラしたからつけとこ」
ゴムのように伸びて手首に入り、どう見ても金属の輪っかが自分でサイズを調整する。いい、ごまかしになったみたい。信じてもらえたっぽい。風花の頭の中で与那の言葉がリフレインする。風花は微笑む。
「だめってわかっても、気持ちは止まらないね」
レストランの奥の方で声が
「みなさん、折角の料理が冷めます。しっかり食べてください」
添乗員がいうと、取り巻きがはーいと返事をして一斉に料理を取り始めた。
統制の取れた動き。
「たしかに、気味悪いな。少し」
「そう思うよな」
別の方向から声がした。
「菱川さん」
陽奈が名前を呼ぶ。菱川カレンが皿を持って所在なげにたっていた。
「一緒の班のやつ、あの集団の中でさ。ほぼあたし、空気」
「ああ…一緒にどうぞ」
同情して玲がイスを勧める。
「とってきた。食べて」
カレンはビュッフェの充実したスイーツを色々持ってきていた。
「どうしたの?」
「持ってったけど、ふーんでおわったからさ」
「カレン、ありがとう。もらう」
六花が美味しそうに食べだす。
「え、六花って菱川さんとどんな関係なの?」
陽奈が驚いて見る。確かに陽奈以外のクラスの子と話しているところ、風花はあまり見たことない。
「六花はカレンの秘密を握っている」
「たしかにな」
カレンが笑ってチーズケーキをぱくつく。
ガチ恋してることが、あの添乗員に心をやられない条件なら、菱川カレンは誰に恋心を抱いているんだろう? 六花ではなさそうだから、私の障害にはならないだろう。風花はそう思う。
見ると、添乗員小駒と笹島の二人がこのテーブルを見てる。あからさまになびかない集団である私達。六花を守ると言っても精神的な攻撃を広範囲に防ぐことは難しい。テコさんに相談しておいたほうがいいかもしれない。うーたん部面々が菱川カレンを名前呼びに変える頃、昼食時間が終了した。
西湖女学院一行はアイヌ文化施設に入った。
入館前に添乗員が
「では皆さん、しっかりアイヌ文化を体感してください」
と言ったからか、みんな真面目に見学し、刺繍の体験なんかをしてる。
民芸品店を陽奈、六花と回っている時、添乗員の小駒が話しかけてきた。
「見学はされましたか?」
「はい、先程」
「どう思われます?」
「どう?」
「駆逐しておいて、今更な状態になってから文化を守るとか、なんの戯言かと思いませんか?」
「これまでの歴史を見ずに、施設だけで判断するのはどうかと。本気でそんなこと思っているんですか?」
なんだコイツ。おかしい。話しかけてきた時点で会話を録音し、テコと共有しているが、添乗員がこんなことを?
「いずれ、こんな形で、地球人文化センターができるんじゃないかと思うんです。このまま、なにもしなければ」
「地球の文化って、一括りにできるものではないくらい多様ですよ」
「銀河帝国からすれば地球的。の一言でまとめられてしまいます」
「何が言いたいのです?」
「地球、日本の文化がこんな施設にまとめられるだけの未来をあなたは望んでますか? ということです」
「そんなことをさせないよう、地球が力を持つ必要があると思っています」
本性表してきたかな。他の子達にもこんな話、してんの?
「そのために、地球は一旦、帝国とは離れて、独立主権を得るべきと思いませんか」
「今だって主権はあります。その行為は慎重さに欠けます」
「なかなか、面白くない考えをお持ちですね」
小駒は笑う。
「まあでも、他の皆さんは賛同していただけてます。これを力に、新しい地球の未来を作っていきたいですね。みなさんと一緒に」
「あなた、何屋さん?」
「修学旅行のコーディネーターです。ちゃんと学んでいただいているんですよ」
そう言い残して離れていく。それを数人の女子が追っていった。
「何話していたの?」
陽奈と六花がお店から戻ってきた。
「なんか、かなり、やばいですね。あの人。この旅行で啓蒙活動してます。かなり偏った政治的なやつ」
「風花、大丈夫?」
「カルトです。気をつけないとダメです」
心配そうな六花に風花はそう答えた。
屈斜路湖畔のホテルが1日目の宿。夕食までは自由時間。この時間は私服でOK。
「凍ってる。雪原?」
部屋に荷物をおいて着替えると、3人で湖に。屈斜路湖は表面が凍ってうっすら雪が覆う。周りの木々は白く凍りつく。
「すごい世界」
息が凍ってダイヤモンドダストになる。
「歩いていけそうに見えるから、ヤバイ」
六花が言う。
「あの添乗員がいなければ、いい旅なんだけどなあ」
陽奈がため息。ほんとにそう。風花はテコからのメッセージを伝える。
「テコさんがちゃんと調べて、情報リンクしてサポートしてるから、安心してって」
「そのブレスレットで連絡できてるの?」
陽奈が訊く。
「うん」
「風花、ありがとう。ホッとする」
六花が笑ってくれる。
「そういえば、私達がなんともない理由、これはテコさんの思いつきなんですけど」
風花は二人を見つめる。
「本気で好きな人がみんな女性なんです」
「お」
「ああ」
ふたりとも、面白い返事。
「それで、男にほだされたりしないから、取り巻きにならないんじゃないかって」
「納得、できるかな。たしかにそうだけど」
陽奈が話し出す。
「私さ、自分が変じゃないかなって思ってて、六花がすごく好きになってちょっと悩んだことあったんだ。でもママは全然オッケーって感じだったり、玲が応援してくれたり、与那先輩たちのこと見てて、これでいいんだって今は思えるようになったんだよね」
陽奈が六花の手を取る。心がザワッとするが、耐える。
「よかった。いろいろ」
「陽奈、知ってる?」
風花は二人を見る。
「テコさんは、カーシャとフーリコって結婚した女の人二人から、生まれたんだよ」
「え、そうなの?」
その情報に触れることはなかったんだ。六花も言わなかったんだな。
「この先、透子さんが銀河帝国の医療をどんどん導入していけば、同性だからどうのって、きっとなにもなくなる」
こんなこと話して、私、どうしたいんだ?
「いい、未来だね。じゃ、あいつら、古いね。やり口が」
陽奈が言うと
「でも、みんなをこのままにできない」
六花が言う。こういう話、六花は陽奈に振らない。風花を見てくる。
「現状、被害がない。旅行スケジュールも順調。だから、彼らを排除する理由につながらない」
風花は答える。そう。まだ『害』じゃない。明らかに変でも。
「様子見るしかないってこと?」
「…今は」
風花の返事に、六花が少し悔しそうにうつむく。
「何かあってからじゃ、遅いのに」
カルトの暴走。それがもたらしたもの。六花と私に今も残る傷。
その気配を六花は感じてる。
「そんなにヤバイ?」
陽奈が問う。陽奈も年始に凄まじい経験をしているから、ここで楽観的になったりしない。
「なにか起きたときに、対応できる体制はあるから大丈夫だって。テコさん言ってた」
「玲やカレンにも協力してもらってさ、変な事が起きないように注意だ」
陽奈が言う。
「そういえば、お昼のときに、明美先生と数人、普通に食べてたよね」
風花の問いに
「あ、うん。そうだ。先生、味方になるかな」
陽奈が返す。六花が
「話してみよ。気を付けてって」
「晩御飯の状況見つつ」
風花が言うと六花がきゅっと手を繋いできた。
3人で手を繋ぐ格好に。
「六花」
「楽しみつつ、乗り切るよ。修学旅行」
「了解」
陽奈が笑う。
「了解。六花。お姉ちゃんぽい」
「お姉様とお呼びなさい」
六花がホンキが冗談がわからない表情をした。
夕食から、翌朝まで、驚くほどに普通だった。
添乗員は姿を見せず、何事もなく過ぎ去る。
「なにもないこと、いいことなのに」
「何だろね、この気分」
朝ご飯中、風花のつぶやきに陽奈が答える。ただ、1組担任と副担任が喧嘩でもしたのか、なんかツンツンして得る。両方とも女性。昨日は取り巻きの中にいた。
「何もなかった。というわけではないみたい」
陽奈がため息交じりに言う。
西湖女学院一行は網走へ。港から流氷を見る観光船に乗る。
「寒すぎでは?」
玲が使い捨てカイロを手でもんでる。
船内から流氷が見られる場所は、添乗員と他の生徒、先生たちが固まっているので、なんだか居づらいうーたん部はオープンデッキに出た。陽奈は明美先生のもとへ調査に行っている。
「ゆきんこチームは平気そうだな」
玲の言葉に六花が聞き返す。
「ゆきんこチーム?」
「六花はそのまま雪。風花は風に舞う雪。ゆきんこチームだろ」
「寒いのは寒いんだってば」
六花が答えてる。ゆきんこチーム。いいな。気持ちいい言葉。
風花は微笑んでしまう。
「ふーか」
玲がスマホを構える。かしょっと音がする。撮られた。
「なんだ、さっきの顔維持してよ」
「あ、ごめん」
「西湖女学院のミス流氷って感じなのに」
「なにそれ」
「風が作って、寄せてくるんでしょ。流氷って。海を凍らす雪混じりの風って感じじゃん」
「名前がそうだからでしょ」
「雰囲気だよ。私はそういうの好き」
玲が言う。意外な言葉に、少しドキッとする。
「あ、ありがとう」
「3学期で移籍してきたクールビューティーって、どこ誰だって話題になったんだよ。風花」
「そんな、まさか」
ミス流氷。そんなふうに他の人には見えていたんだろうか。
「特に、うちのクラスでは話題だったよ」
「風花はかわいい妹系なのにね」
六花が言う。
「それは六花だけだと思う。みんな小さい頃は知らないし」
本当の私って、なんだろう。この2年弱で全部が変わって、古藤風花としての自分は、自分でもきっとつかめてない。六花の中にいる風花がきっと今の姿なんだと思う。
「流氷みたいに、3月の終わりにいなくなったりしないでね。
もう、2度と。やだよ」
「六花」
六花が手を組んできた。陽奈がいないから変な視線は感じない。
「これからはずっと。ずっと一緒だから。離れろって言ってもそばにいる」
「ありがと風花」
玲は流氷を見てる。風の音で声は聞こえていないはず。風花は六花の頭に顔を寄せる。ホテルのコンディショナーの匂い。同じ匂い。
六花はテコさんとの嘘の話をきいて、どう思ったのかな?
足音がして陽奈がデッキに上がってくるのを見て、風花は一歩引く。
「明美先生に聞いてきたよ」
Chapter-09 御厨陽奈 14歳 必ず迎えにきて 約束だから
「カルトの勧誘?」
船室の端っこにいた明美先生に陽奈は添乗員が風花に話したことを伝えた。
「そんなんだったの? うわー。厄介」
「先生には向こうから接触ありましたか?」
「私には全然。無視もいいとこ。でもカリバ先生とアヤムラ先生にはなにか言ってきたみたいで、その件でふたりとも、見たでしょ。あんな感じで」
朝からバチバチの先生たち。原因はやっぱり添乗員だったみたい。そうか、カルトか。と何度も頷く。陽奈の話は明美先生には結構説得力があったよう。
「恋愛感情に付け込んだマインドコントロールね。ほんとにできるのかわからないけど、納得しかない」
「先生は、その、大丈夫ですか?」
「私はパートナーがいるから大丈夫。って言いたいところだけど、結婚してるアヤムラ先生があんなふうに入れ込んじゃってるから、怖いなって思うね」
「失礼承知で聞きます。そのパートナーさんって、女性ですか?」
「うえっ? …御厨さんが聞くならよっぽどね。うん。そうだけど、なんで?」
「これは予測なんですけど」
陽奈はテコの仮説を伝える。
「そういうこと。でもなんか、アウティングされてるみたいで、嫌な話ね」
明美先生は陽奈の耳元に顔を近づける。
「他にも正気を保ってる子、いるから話しておく」
「お願いします。男の先生の様子はどうですか」
「いつもの疎外感のひどいやつって思ってるかな。話せたら、話しとく」
負い目のある陽奈からのお願いだからか、ちゃんと聞いてくれて対応を約束してくれた。
「という感じ」
「味方にはなってくれたね」
玲が言う。
「あとは向こうの出方か」
風花がなにか考えてる。
「風花は何してくると思ってるの?」
「全員の誘拐です」
「誘拐? 全員?」
「騒ぐと大変だけど、同意というか自分の思い通りになる状態で誘拐すれば、かなり長距離でも連れていける。それこそ、銀河の果てでも」
風花が風で舞う髪を整えつつ
「そのとき、私達異端分子をどうするか」
「怖くなってきたな」
玲が自分の肩を抱く。六花がその背中にぴとっと張り付く。
「大丈夫。何もさせない」
「向こうは人数いるからな。最初に六花を抑えに来るぞ。きっと」
「風花がいるから安心」
「風花?」
「風花は最強の戦士。一騎当千」
「そうなの?」
「一応、私も、防衛軍の一員だから訓練受けてるけど、六花はおおげさかな?」
風花は少し喜んでる。陽奈にはそう見える。
修学旅行は後半の道央、道南へ。移動に往還機が使えるためこのスケジュールが可能になった。女満別の空港から、新千歳へ。駐機しているとお金がかかるため、この修学旅行で使っている往還機は生徒を降ろした後、衛星軌道に上がって慣性飛行で待機。移動時にまた降りてくるという使われ方をしている。ヴィエイラオービタルは往還機を2機所有していて、近いところにいるのが降りてくるという。
「私ちんぷんかんぷんなんだけど、御厨さんならわかる? 意味」
と明美先生が言ってきた。
「宇宙探索部なんでわかりますよ」
と陽奈は答えた。軌道往還より、空港使用料のほうが高いというのが今の日本の状況。往還機は旅客機より専有面積が大きいというのも、駐機が一番高いという状況を作り出している。
新千歳から快速電車で札幌へ。そこで自由行動になる。
夕食の時間にホテルにたどり着けばいい。基本は3人班。合流はもちろんOK。そして、任意で添乗員がおすすめする札幌ツアーが企画された。二人いるから2コース。ごっそりそっちにみんながついていく。
うーたん部とカレンが残された。あのお昼ご飯の時、明美先生といっしょにいた子たちは、また先生と行動している。もしや、パートナーって生徒? 犯罪だぞ。
「行きますか」
バスターミナルのベンチから立ち上がった玲に風花が訊く。
「どこいく?」
「円山動物園」
六花が言う。カレンが意外そう。
「動物園?」
「エゾ、なんとかっていう北海道だけの動物が多い」
六花がドヤってる。
「なるほど。行く意味を見いだせるな」
カレンが納得して歩き出した。
「ほら、風花、ダチョウ」
六花が指差す。陽奈は思わず笑ってしまう。
「意外と粘着だ。お姉ちゃんは」
エゾモモンガのぬいぐるみを抱えた風花が振り返る。
「どういうこと」
エゾユキウサギを持ったカレンが聞く。
長身の二人が大事そうにぬいぐるみを持って歩いてる姿は、『あのお姉ちゃんかわいい!」と小さい子から、春休みで来てる地元の男子まで、視線を集めてる気がする。
陽奈のカバン、ワープグラスと一緒にシマエナガのこぶりなぬいぐるみが揺れている。六花とおそろい。玲のカバンからはエゾリスの顔が出てる。
「私が似てるって。ダチョウ」
「あー、風花、ケリで人殺れそうだもんな」
「ほら」
六花がほらごらん顔。
「ほらじゃない。え、そう見えるもの?」
「足のライン、普通じゃないし」
「そう?」
「ふくらはぎは、普通そんな位置にない」
「カレンと変わらないじゃん」
風花とカレンが足のラインを比べてる。ふたりとも細くてひきしまってて、嫌味か。
すると六花がぺちんと風花の足を指で弾いて
「やーい。ダチョウチーム」
といってぴゅーっと走って行く。
「アレはやっぱり、ここまでおいでなのだろうか」
「うん」
「風花、六花の弱点は?」
「脇腹」
風花が言うやいなや、カレンが消える。
「おー、跳躍系の人だけど早い」
玲が姿を目で追う。カレンがひらりと追いついて、六花の腰を捕まえる。
「ひゃああー」
きれいな声が空に響いた。
そのつもりはなかったけど、この自由時間は『嫌なこと忘れて遊ぶ』時間になっていた。
最後の訪問地として選んだのは白い恋人パーク。みんなでイルミネーションを見に来ていた。あまり、あの集団と一緒にいたくない。
カップル向けのアトラクションが多い。陽奈は六花と一緒にボタンを押す。同時押しが成功して、ベル型イルミの色が変わる。
「いきぴったり」
「六花と私だから、当然」
ホットチョコレートを飲みながら歩いていると、人が足りない。
「風花どこだ?」
「ホットチョコレート買いに行ったきりだな」
カレンが言う。
「さっき、あーいいなーって言ってた」
六花が続ける。
「私、見てくる」
陽奈はみんなから離れてショップへ。こういうときに行ってあげて、風花にも優しいとこ、見せておこう。という打算が無きにしろあらず。
「あ、いた。ふう…」
「はなせ」
風花の前に男が二人。一人が腕を掴んでいたのを振りほどく。
男は、添乗員。
なんで、あの二人が。なびかない風花を力付くで?
誰か大人を呼んだほうがいいかな?
「組織はお前を罰しないそうだ」
「もちろん、あのパイロットを連れてくるって条件付きだがな」
「ここが私のいるべき場所。戻らない」
風花がきっと睨む。
「死んだことになってるそうじゃないか。それでも、ここがいいのかよ」
小駒といったっけ。何を話している? 風花はあの二人と知り合いなの?
「地球に帰る前のことはもういらない」
「オズマル師が待ってるぞ」
笹島の言葉に風花の表情が変わる。
「あの人がそんなこと、言うわけない」
「おれたちもオズマル師の門下。あの方が逃げろっていうのは方便だって理解してる。真に受けてほんとに逃げたやつがいるって連絡受けて、信じられなかったよ」
笹島がかけているメガネをずらす。風花が驚いてる。
どっかの、先輩だった人? それに気づいた?
「あの人は別れるまで、私が普通に生きることを願ってくれた。言うわけない。あんたたちこそ、馬鹿げたことをやめて、みんなを開放して」
「地球人には何もできない。もう、計画は終わる」
「お前がどうするかだけだ」
「あのパイロットを連れてくれば、お前とペアを組ませて組織の遊撃隊にするそうだ。一緒にいたければ、ずっと一緒にいられる」
「組織からのかなり高待遇だ。お前、相当なんだな。羨ましいよ」
「そうだな、あのパイロットといっしょにおれたちとこい。そうしたら強制認識に反応しなかったお前の友達っぽい連中は、置いておくことにするよ」
「友達を助けられて、あのパイロットとは一緒にいられる」
「他の連中を売った金の一部もOKだって、上が言ってたぞ」
「一体、何者なんだお前、どんだけ盛られたんだよ」
「…いい加減に」
風花の声が怒りを含む。
「お前たちは敵だ。死にたくなければ手を引け」
「そんなこと言える状況だと? こっちには110人の人質がいるんだぜ」
「私は、私はアーサラー3。お前たちだけは確実に消せる。命と人質、どっちが大事か考えなよ」
「は、は、アーサラー3? そんなもん、存在するわけが…」
「そうか、それでお前と、地球人の女がほしいって連合が言うのか。アーサラーにできる素材か」
「笑えるぜ。まあ、好きにしなよ。おれたちは仕事を進める。一人で何ができるか知らないけどな」
「動くな」
風花が身構える。
「おっと、ここでやっていいのか? お友達が見てるぜ」
小駒が陽奈を指差す。気づかれてた。
「この距離だと、わかるよな。アーサラー3」
「じゃ、また明日」
二人が風花に手を降って去っていく。
「陽奈」
「風花、どうしたの」
「また、アイツらが話してきた。勧誘」
「…そう」
「ホットチョコ、どこで買えるの?」
「風花…」
「美味しいものないと、やってられないよ」
風花が笑う。
この子は、なにもの? 添乗員とは仲間なの? もしかして、添乗員になびかない私達のために送り込まれた?
陽奈は風花が怖くなってきた。正体がわからない。もともとよくわからないやつだった。
夜もずっと陽奈は風花がなにかしないか見続けていた。風花の寝息を聞いてようやく自分も眠った。六花を風花から守らないと。
朝、また新千歳の空港。ここから函館を目指す。
「少し時間がありますから、お土産買いたい人はどうぞ」
との小駒からの声でみんな買い物に。
「雪ミクショップ付き合って」
という六花の言葉に陽奈は付いていく。風花も当然来る。浮かない顔してる。空港内の雪ミクスカイタウンのショップ。六花が透子先生用に商品を選んでいる。
「これかな~」
という六花の声を聞いた。決まったんだ。と思っていると、六花の姿が消えていた。風花もいない。出し抜かれた。なにかする気だ。
陽奈は周りを探す。出発時間まであと少し。
「あいつ、六花をどうする気だ」
ショップ近くの女子トイレを除いてみると、中から声がした。
六花と風花っぽい。二人がなにか話している。近づくと内容が聞こえてきた。
「お願い。一緒に来て六花」
風花の声だ。風花は六花と何処かに行くつもりだ。
あの、イルミの時、
『あのパイロットを連れてくれば、ずっと一緒に』
添乗員たちにそう言われていた。六花を連れて、裏切るつもりなの?
空港に放送が流れる。
『西湖女学院 中等部生徒の皆さん。出発時間となっております。速やかに搭乗ゲートにお集まりください』
「急いで。六花」
放送を聞いたからか、トイレから出てきた二人の前に陽奈は立ちはだかった。
「まって、風花」
「陽奈」
「六花をどこに連れて行くの?」
「もう集団と一緒にいるのは危ない。六花を逃さないと」
「嘘」
陽奈は否定する。
「なにいってるの?」
「六花と一緒にあいつらのもとに戻るんでしょ」
「もどる?」
「イルミのところで、同じ組織だって言ってたじゃない」
「それは…」
「六花を連れて戻ると、お金いっぱいもらえるんでしょ」
「陽奈、勘違いしてる」
「何が違うの? 私たちを裏切って、六花を連れて行くんでしょ」
「これは防衛軍の任務」
「そういえば、私が納得するとでも? 騙されない」
「陽奈、落ち着いて」
黙っていた六花がゆっくり言った。
「風花は、あいつらに攻撃態勢を取るために離れる提案をしてくれたの」
「あんなに親しげにあいつらと話してたのに。六花はそれを見ていないから。騙されてるよ」
陽奈は並んで立つ二人の間に割り込む。
「いいから、離れなさい」
陽奈は悲しそうな風花を睨む。
「あんたがあいつらの仲間じゃないってわかるまで、六花に近づかないで」
風花の目に怒りが含まれた。
「説明したって、信じる気無いよね、陽奈」
「バカにしないで!」
陽奈は風花の肩を押す。
「二人ともやめて!」
叫んだのは六花。
「あー、いたいた。声響いてますよ。これだから特殊性癖な連中ってやなんだよね」
小駒がそばに来ていた。腕を掴まれる。
「放して!」
「陽奈!」
陽奈は小駒の腕に囚われていた。頭に硬い塊が突きつけられる。銃口が見える。銃だ。空港なのに。スーツの袖に隠して小さな拳銃のようなものを持ってる。
「時間を守ってもらわないと困ります。行きますよ。皆さん」
小駒が陽奈の背中に銃をつけたまま歩かせる。六花と風花がついてくる。
私、間違った? 風花はずっと下を向いている。その風花の背中を六花が撫ぜている。慰めるように。そんな。おかしい。だって、風花は。
いつもの往還機の中に入ると、異様な雰囲気。
ジロッとみんなが陽奈たちを見る。前の方から座っていて、数列空席があって最後列に玲やカレン、明美先生や男性教師、他の生徒数名が集められていた。3人も最後列に誘導される。
「集団行動なんだから、困りますよ」
「本当に、異端の方たちは常識がなくて呆れてしまいます」
そうだ、そうだと前の席の方で声がする。
「あなたたち、その発言はモラルハラスメントです。会社に伝えます」
毅然といった明美先生に対して
「どうぞどうぞ。我が社の方針ですので。おかしな性癖の方たちを隔離するのは」
「隔離ですって?」
「女性は男性を愛する。この不変の法則を破って、自らの欲望だけに溺れるあなた達を、正常なお嬢さんたちと一緒にはできません」
「我々は、より良い場所に向かいますので。あなた達は荷物と一緒についてきてください。ちょっと寒いですが、出来損ないである自分を呪ってください」
笹島の発言に賛同する声がする。みんな、どうしちゃったの?
「では、みなさん、行く先を変更いたします! 先生、よろしいですね?」
「はい、お願いします!」
アヤムラ先生の声がする。声は弾んでる。
「これから、お約束どおり、みんなで銀河を目指しましょう!」
歓声が機内にこだまする。陽奈は呆然とその状況を見ている。
「おい、どういうことだよ」
「操縦は副操縦士に。機長は離陸後に離脱してください。降下機ありますんで」
客席の騒ぎを見に来たのか、サングラスのおじさんが入ってきて笹島に聞いてる。あれが機長らしい。笹島は淡々と答えている。
「本気で言ってるのか?」
「仕事の範囲は衛星軌道までって契約は守りますよ。うち、ホワイトなんで。軌道ステーションには寄らないので、降りてください。合流地点は降下機に入力済みなんで」
そんなスタッフたちの会話をよそに、前の方に座る生徒たちは銀河、銀河と盛り上がってる。たまにこっちを見て、いやらしく笑う。
突然、何が起こって、何を言われたの? 私たち。
「気持ち悪い」
玲が苦々しく言う。
これって、風花が危惧してたマインドコントロール下での誘拐ってこと? 銀河という行く先まで同じ…。同じ?
やっぱり風花は知っていたんだ。知っていて止めなかった。わざと。
でも一緒に、ひどいこと言われているのはどうして? 恐ろしく冷静な目で周囲を見て手首の端末を叩いているのはどうして? 一緒につれていくはずの六花が私のそばにいるのはどうして? どう見たって、風花は戦闘準備を始めている。
「どうしよう、私、間違ってた?」
「大丈夫だよ。陽奈」
往還機の最後尾列。銃を持ったCAが両脇にいて、私達を見ている。すぐ前には添乗員の小駒。客室最前列に笹島。
陽奈は六花に頭を撫でられながら、機体が動く振動を感じていた。
さっき、銀河を目指すって言ってた。これで宇宙に行くのか。
「さて、貨物室に行ってもらおうか」
「身体の弱い子がいるんだ。無茶させるな」
カレンが立ち上がって小駒に詰め寄る。と、CAの一人が駆け寄って後ろからカレンを掴んでイスに押し付けた。カレンがドンっと座らされる。
「カレンを傷つけるな! その子は世界を目指せるんだぞ」
男性教師の一人、2組の担任で陸上部顧問のカワムラ先生が駆け寄ってCAを押す。殴られて床に転がる。
「先生!」
「大丈夫だ。カレン」
陽奈はそれを見ていた。いろいろな愛情が渦巻いてる。
CAが銃で陽奈たちを脅し、客室後方の床に空いたハッチを指す。下に降りろということらしい。
「先生」
「大丈夫。気をしっかり」
明美先生が歩き出す。声は強くない。精一杯頑張ってる感じ。ずっと一緒にいた生徒がついてく。
カレンをかばいながらカワムラ先生がCAに言う。
「ブランケットを渡せ。そのくらいできるだろ」
「ブランケット?」
「渡してやれ」
小駒の声でCAが棚からごそっとブランケットの束を降ろし、カワムラ先生に渡す。
「アーサラー」
小駒が風花を見た。アーサラーってなに?
「気が変わったら、パイロットを連れて上がってこい。VIP待遇してやるよ」
「私がここに戻るときは、お前が死ぬときだ」
「何を言ってるの!」「ケダモノ!」
前の方に座る生徒から非難の声。そっちには目線を送らず、添乗員だけを見て風花が歩き出す。そしてCAの肩を小突く。CAが少し姿勢を崩す。
「そういうことか」
風花がつぶやく。風花に続いて六花が立ち、支えてくれた。
「これって、人間運搬用のコンテナ?」
往還機の貨物室には、あの日、来海に来た宇宙船にあったのと同じ人間運搬用コンテナがぎっしりと積んであった。陽奈はこれを使って、テコにSCEBAIに運ばれた。
「どういうこと?」
「これに入れて、意識レベルを下げるんです。そうすると、食事の世話をしなくても長距離運べます。人を。星間誘拐アイテムです」
風花が明美先生に言う。
「ソコニ、スワリ、ナサイ」
相変わらず、カタコトでCAが言う。
見張りはCA2名。陽奈はコンテナの上に腰掛けた。
「慣性制御のせいで、現状が把握しにくいね」
風花の言葉に六花が続ける。
「今どのあたりだろう?」
「太平洋上だよ」
コンテナの影から人が現れた。さっきのサングラスを掛けたおじさんだ。
「キチョウ。ナンデスカ?」
「機長?」
「あんた、機長なのか? これはどういうことだ?」
カワムラ先生が食って掛かる。それを手で制して
「オレも知らんよ。オレの契約はここまでだ。この星からは出ない約束なんでね。帰るんだよ。とはいえ、これで降りろとさ」
そばにあった箱を蹴っ飛ばす。ディテールが他の人間用コンテナと違う。
「割のいい仕事だったんだが、やっぱ、裏があるね」
「ここから降りるのか? 海の上なんだろ」
カワムラ先生が同情半分で言う。
「迎えが来てるって言うから、信じるしかねーよ。オレ、この星に来るまで戦争やってたんで、慣れてんだわ。こういうの」
機長がサングラスを外す。白目がない、不思議な目。異星人らしい。
おっさんの雰囲気って、宇宙共通なのかと陽奈はぼんやり思った。
「おい、扉あけろ」
機長がCAに言う。
「あんたたち、ちょろっと減圧するからコンテナに隠れたほうがいいぞ」
CAが壁の開閉スイッチに手をかけたときだった。
がしゃっと音がして、カーゴドアにいたCAが砕けた。
「え?」
銃を持った右腕と、頭が床に落ちる。身体が膝から落ちる。血は出ない。機械だと陽奈が認識した時、もうひとりのCAが同じ様に砕けた。
「ひ」
次の瞬間、ぐしゃ。と音がして、機長が床に転がった。ほっぺの形が変になっている。
青いマフラーがふわりと動く。気絶中の機長の前にはいつの間にか風花が立っていた。青く光る目。拳から湯気のような白いモヤ。呼吸を整える。ゆっくり青い光が治まって、瞳がいつもの色に戻っていく。
「風花!」
六花が駆け寄る。
「ありがとう。風花。大丈夫?」
「私は、平気。六花、この降下機で降りて。テコさんたちと合流して、助けに来て」
「…わかった」
「古藤さん、今のは一体?」
「先生、後で説明します。六花、昔のこと、みんなに話していい?」
「いいよ。風花に任せた」
風花が機長が蹴った降下機と呼んでた箱を引っ張り出す。身長×肩幅の細長い棺桶に見える。六花と風花がいろんな箇所を点検する。風花は手首の端末でスキャンをかけている。テコさんのよう。
「大丈夫。使える」
「ねえ、どうするの?」
明美先生がおずおず訊く。先生の近くにCAの首が転がっている。ロボットだとはいえ、見た目は怖い。
「六花にここからダイブしてもらいます。近くまで防衛軍の船が来てる。合流して反撃開始です」
風花と六花が頷く。そうだ。二人は地球防衛軍のエージェントだった。陽奈はただ事態を見ているだけ。二人だけが今という時に抗っている。
「みんな、少し離れる。でも、ここからは六花たちのターンだよ」
努めて、明るく。緊急事態の六花だ。海賊退治の時、電話で話した時、あの声。おんなじだ。
「まって!」
陽奈は思わず叫んでいた。六花の目には明確な覚悟が見える。
「陽奈、少し待ってて。必ず戻る」
「ここから、飛び降りるなんて、そんなことしないとだめなの?」
「うん。方法はこれだけ。風花が道を作ってくれた」
風花がカーゴドアを開ける。気密バリアのせいで一気に減圧したりはしないが風が動く。上の連中にも知られたはずだが、機長が飛び降りるつもりだったから、カーゴドアが開くことを警戒しないはず。
「六花、高度と気温に気をつけて」
「了解」
降下機を風花が引きずって蓋を開け、六花が飛び乗る。
がちゃ。音がした。倒れていた首のないCAの身体が銃を探して動く。銃を掴む寸前に陽奈は飛び出してその手を踏んづけた。ガチャガチャと首なしボディが抵抗する。
「い、いまのうちに」
「御厨、先生にかわれ」
カワムラ先生が助けに来た。
「ありがとう! 陽奈」
そう言って風花と六花が頷きあう。
「行ってきます」
蓋を閉める六花の声と同時に、風花がコンテナをける。空の奥に吸い込まれる
「りっか!」
陽奈は叫ぶことしかできない。
「必ず迎えに来て! 約束だから!」
カーゴドアが閉じた。
Chapter-10 倉橋 玲 14歳 永遠に美しく
「CAが返事をしないことに気づいたら連中が来ます。一応、ここにつながるドアは封鎖しとく」
気絶したままの機長をコンテナにしまって、CAの残骸を片付けた風花の言葉に動いたのは男性教師陣。
「手伝うよ」
カワムラ先生ともう一人の男性教師が風花に近寄る。
「機体前側のドアをこのコンテナで塞いでください。後ろは私がやります」
「上にいかないのか?」
カレンが訊く。
「戦闘になる。クラスの子を盾にされたら大変。どこに向かっているかわからないけど、この機体では衛星軌道までしか行けない。ステーションか、船か、とにかく到着するまで籠城する。このコンテナはここを真空にされても、3日は生きられる。いざとなったら入ればいい。でもその前に六花が来るけどね」
風花がさっき入ってきたドアの周りにからのコンテナを積む。
「ねえ、風花、さっきは何が起こったの? ロボットって、知ってたの? なんでコイツらバラバラなの?」
玲はバリケードを作り終えた風花を自分の隣に座らせてブランケットを渡した。膝を抱えて座る姿。旅のあいだ見てきた風花と変わらない。
「挙動が怪しかったから、さっき押して確かめたの。人間は押すと普通、頭も動く。目線はこっちに向ける。でも目線を他にキープしたまま、頭を動かさないで身体だけで力を受けるんだ。アンドロイドって。だから壊すタイミングを探してた。バラバラにしたのは私の拳。私、戦闘用だから」
「戦闘用って?」
「改造人間っていうと、わかりやすい?」
「それが、アーサラーっていうのなの?」
「さっきはありがとう。よく聞いてたね。陽奈」
風花が陽奈を見る。この二人、何があったのだろう。
「そう。アーサラーは銀河辺境の伝説に出てくる魔女の名前。魔法で強化した兵隊を連れて、星を支配しようとした恐怖の存在。その名前はナノマシンを使った肉体強化システムにつけられた。3段階あって、普通はほとんどの人が使える1段階目でやめる。2段階だと大半の星系人の身体が壊れる。でも、私は3段階まで耐えれられて力を使える事がわかった」
「そんなやばいやつを」
玲はつぶやく。
「そう。これを作った人も何考えてたんだろうね」
「で、風花が適合しちゃったの?」
「そう」
「それは、地球人だから?」
「組織はそう考えたんでしょう。だから今回の誘拐を実行したと思う」
「そんなふうに見えないのに」
玲が風花の手を取る。アンドロイドをバラバラにできる手なの?これ。
「アーサラー3は銀河でも本当に稀。組織は追っては来なかったけど、すでに地球に潜入させていた部隊に珍しい私の回収と、新しい素材としての地球人集めを命じたんだと思う」
「組織って?」
「銀河のパワーバランスって地球ほどじゃないにしても複雑でさ、まず、銀河帝国でしょ、それに対抗する勢力もいろいろあるんだけど、いま地球を狙っているぽいのは辺境連合って銀河の隅っこの星系国家の集まり。その下部組織がもう地球に帝国企業のフリして入り込んでる」
「修学旅行の企業もそれってこと?」
「そう。ヴィエイラオービタルは辺境連合系の会社だった。テコさんが教えてくれた」
「風花がいるのを嗅ぎつけて、仕掛けてきたの?」
「旅行会社が急に変更になってるから、きっとそう。
今、上にいる人達には強制認識機能が使われてる。声、光、多分匂いも使って自分のことを好きにさせて、コントロールする。それを業者選択の時にも使ったのかも」
「主任教師連中が旅行会社の営業マンみたいに会議で語っていたのはそのせいか」
カワムラ先生が苦々しく言う。
「旅行を最後までやって、帰りのフライトで仕掛けてくると思ってた。その点は読みが外れちゃった」
風花が下を向く。手首の端末を触っている。なにか通信しているのだろうか。少し黙る。玲は風花の拳を撫ぜている。
「そもそも、どうして風花はその、改造されたの?」
「えっとね、玲、ちょっと前にあった神の国って宗教団体、知ってる?」
「それって、集団自殺事件起こしたとこ?」
明美先生が横から答える。先生はカレンが身体を心配してた渋谷直美に膝枕してあげている。
「そうです。ここで死んだ信者の一部は、自分の子どもを教団と世界の一部勢力が起こした事件に提供してたんです。公表はされてません。知ってる人は少ないです。でも六花、キリちゃん、ハルくん。みんな神の国に提供された子ども」
「じゃ、みんなの親は」
玲の質問に風花はあっさり答える。
「集団自殺したよ」
「事件に提供されたってどういうこと?」
「2年前、侵略に来たゲドー社を地球に今ある力で追い返そうって考える人達がいたの。ロボットのエリアルとは別でね。そこで宇宙戦闘機を作って、水爆を積んで、あの宇宙戦艦に攻撃をする計画があったの」
風花が玲の手を両手で握る。汗かいてる。辛い思い出を話してくれてる。
「パイロットは子ども。子どもなら、向こうは油断する。もしかすると艦内に保護するかもしれない。そうしたら水爆を起爆する。そういう作戦」
「ひどい」
「そこに付け込んできた異星人がいた。それが来海に来たっていうオリヒト・ヒルバー。もちろん異星人だってこと隠して。
あの人は異星技術を持ってきて、荒唐無稽な計画を実現可能に変えちゃった。で、新しい操縦システムが導入された。それが脳みそにナノマシンをいれて、直接機体をコントロールする方法」
「それって、六花がキュリエッタ動かすときの」
「うん。六花はこの計画でトップ成績のパイロット。こんなことなければ、普通の小さな中学生だったのに、世界最強のパイロットになっちゃった」
「その時、風花は?」
「私、小学生だったんだ。神の国に集められて、操縦に適正が出なくて、さっさと宇宙人に売り飛ばされたの」
「そんな」
玲は風花を見つめる。
「売られた先がその組織。本拠地は地球から3万光年ほど先。そこで暗殺要員として改造」
玲の耳に風花が顔を近づける。
「私、本当は13歳になったばっかりなんだ。みんなの一個下。戸籍を変えて1年飛び級」
「え?」
「びっくりした? 玲お姉ちゃん」
風花が耳元で笑う。そして風花の吐息が離れる。
「薬で成長させられて、この身長になったところで、アーサラーを組み込んで成長を止めて強化。
これからずっと、大人になってもこの身体。もう変化、成長はしない。テコさんの調べだと、老化もほとんどしないって。脳みそが壊れない限り、この身体で生きていけるって」
風花が少し涙ぐむ。
「ずっときれいってこと、だろ」
玲は風花の目を見る。笑いかける。風花の目に感情の波。
「前向き」
風花が少し笑った。
「さっきみたいに私は人の視力じゃ認知できないスピードで動ける。アーサラー3を見た人は当然殆どいないから、能力が知られていない。だからロボットCAだけで見張りが足りると思ったんだろうね」
「宇宙では普通なの? ロボットCA」
「たぶんだけど、普通の女性CAだと、添乗員の強制認識機能にやられちゃうんじゃないかな。そうなると、役に立たないからね」
玲はそう話す風花を見つめる。
「どうしたの?」
「風花がクールビューティーって言われていた理由が、そのとんでもない経験のせいだったんだなって。学校なんてヌルくてしかたなくない?」
「そうでもないよ。小6からとばしていきなり中2の三学期だからね。新鮮」
「風花」
陽奈が声を掛ける。すごい顔してる。泣くのを必死で我慢してる。
「私、あの、本当に、ごめんなさい」
言ったことでタガが外れ、陽奈が手で顔を覆って泣き始める。
「間違ってた。私。風花が信じられなくて」
「…陽奈はちゃんと謝れる人。すごいね」
風花は柔らかい声で返す。陽奈が顔を上げる。
「そんなの…」
「銃を持ったロボットを踏んづけられる中学生なんて、いないし」
「風花」
「あのときはありがとう。っていうか、六花のためには何でもできる人だよね。陽奈」
「そんなこと、ないと思う」
「そうかな? あの六花の彼女なんだから、相当なこといろいろいあるから、陽奈にできるのって思ってたけど、陽奈、やっちゃう人だった」
この二人、やっぱり牽制し合ってたのか。
「陽奈がどう思ってるかわからないけど、私、過去がない人間だから。いまの友達、すごく大事。だから裏切ることなんてない。それだけ知っててくれればいいよ」
「風花」
「この事態になったから、切り替えていかないと。陽奈、いろいろ協力してもらうと思う」
「わかった」
「うーたん部の心は一つ」
「宇宙のどこにいてもね」
玲の言葉に陽奈がかえす。
「…速度がかわりました」
風花が手首の端末に目を落とす。
「なにかに着陸しますね。絶対座標だとなにもない空間の筈なので、宇宙船にドッキングするかもです」
「見えないのがもどかしいな」
カワムラ先生が呻く。
「いま貨物室にある物品をもう一度確認しましょう。宇宙服とかあれば用意しておきたいです」
先生たちが色々と探し始める。薄手の簡易的な真空活動服が5着。担架に乗せた人を運ぶ用の与圧球体テントが2つ。
「移動できますね。止まったらハッチを開けて脱出します」
風花が先生に指示して脱出体制がとられていく。
前方のコンテナバリケードを確認してる風花。玲は近寄って寄り添った。周りに誰もいない。玲はおでこを風花の背中にくっつける。硬い。
「どうしたの?」
「近くにいたくなった」
「玲、それって」
「ごめん。自分でもよくわからない」
小霧に対する思いとは違う。叶わない恋を理解しての乗り換えじゃない。風花に対してこれまで経験していない感情が玲の心に渦巻いている。
「いま、吊り橋効果と同じ状態になってると思うから、おうちに戻ったら、冷静になって考えてみて」
風花はなんか大人みたいなこと言ってる。
「風花は冷静だ」
「そうだよ。兵隊さんだからね」
「でも、私でもわかること、ある。テコさんに告ったって、嘘だよね」
「玲…」
「だから、何ってわけじゃないけど、私」
玲は風花の背中に言う。
「今、この瞬間は風花のそばにいたい」
「透子さんから聞いてる。ドラゴン騒動の時、六花に的確な指示して退治したって。私、そういう玲しか、まだ知らないから」
「から?」
「心強い相棒になる人だって、思ってる」
「ふふ。なかなか微妙な位置関係だ」
「いきなり乗った機動兵器でパイロットに的確な戦闘指示出す女子中学生なんて聞いたことない。しかも、ナチュラルで。カリカリの改造人間の私より、よっぽどすごい」
「まず才能に惚れさせてのパターンか。悪くないかも」
玲は背中から頭を離す。振り返って風花が玲を見た。お互いにニヤッとする。
「好きになってくれたら、一緒にいて。すっとキレイなままの風花を見続けるの楽しみだから」
「ここまでは積極的なのに、そこは引いた感じなの?」
「まだ、想像がそれくらいしかできないんだよ」
多分、顔赤くなってる。玲は頬の温度からそう思う。風花が笑顔で言う。
「早速だけど、脱出、サポートよろしく」
「了解。外、見られないかな。その端末でこの機体のドライブレコーダー的なカメラにアクセスできない?」
なにか思いついた風花が玲の手を引っ張って、カーゴドアの開閉スイッチパネルまで行く。
「ここで、つなげそう。荷下ろしの時に使う外カメラにアクセスできそう」
風花の手首の端末がスイッチパネルの横で情報のやり取りを始める。そのうち、空間に映像を表示した。
貨物室に集められた面々が集まってきてみんなで見る。
「ここ、どこだ?」
Chapter-11 森 小霧 衝撃砲
時を遡ること、数時間。
衛星軌道上にある軌道ステーション、高天原2の近郊。
以前に公仁が買い付けた宇宙船、現在は多目的艦タキリヒメと呼ばれる、改造貨客船が停泊している。その貨物室からぶっといエネルギーケーブルがのび、巨大なライフルがつながっていた。
バレットM82に似た外観をしているが大きさは20倍近い。YY882というのが仮の形式番号。由美香がエリアルE用に開発した長射程の陽電子砲だ。
由美香はその銃の性格から衝撃砲(ショックキャノン)と呼んでいる。内部には粒子の加速に対消滅反応を使う旧式の発射メカニズムが入っている。由美香はテコとやばい取引をした。と言ってたっけ。
「じゃあ、持ってみますよ」
森小霧はそう言って、タキリヒメの甲板からアウストを離脱させた。
小霧は訓練以外では初めて機動兵器に乗る。今日はこの衝撃砲の試射実験。小霧の数値把握能力が必要だった。
エリアルEとアウストはほぼ同じ大きさなので、同一の武装が使える。アウストは予備機として便利に使われている。
「持ちました。ホールド。関節部に負荷ありません。衝撃砲側も歪みないです」
「了解。じゃあ、いってみようか。小霧、出力レベル1」
タキリヒメから由美香が指示する。
「レベル1。ターゲットオーギ1確認。ファイア」
アウストが引き金を引くと、青白く輝く粒子の筋がすっと虚空に伸びる。
「オーギ1、着弾確認。加速器正常。銃身温度正常。成功ね。由美香さん」
「最大出力で連射できなきゃ、意味ないわ」
由美香さんらしいな。地球史上最大級の火器の第一射。しかも宇宙空間で。記念レベルなのに。
「次、レベル5」
最大出力をレベル10として段階を上げていく予定。小霧は2射目のために、各観測機器をリセットかける。その時だった。
『タキリヒメ。こちらHQ。臨検が必要な船が高天原に向かっている。指定座標に向かってくれ。アウストはそのままタキリヒメの直掩に』
公仁から通信。
「何事?」
由美香が返事を返す。
『六花ちゃんたちの学校が使ってる、往還機会社に不穏な動きがある。近づいてくる大型輸送船が往還機会社のチャーター船ってことになってる』
公仁が答える。
「六花たちは、大丈夫なの?」
小霧は移動準備をしながら聞いてみる。
『今のところ、順調。千歳から函館に行く予定だ。ただ、使用する往還機が短距離飛行なのに、さっきここで大気圏外用の推進剤を満タンにしてる』
「やっぱり、何事も起こらないわけ、ないか」
小霧はため息を付いた。
「タキリヒメ、座標に向かう。小霧、衝撃砲はそのまま携帯。必要なら試射代わりに警告射撃する」
由美香からの指示。
「このまま使うの? やるねえ」
タキリヒメが加速開始。小霧はその横にピッタリついて加速していく。
「こちらは地球防衛軍。貴船は登録情報と船体に相違がある。停船して臨検を受けていただく。直ちに停船せよ。繰り返す…」
オートで通信が送られる中、アウストの光学センサーが航路上に巨大な船体を感知した。幅300メートル、全長は1000メートルと出た。
「でっか」
小霧は思わずつぶやく。
「帝国外企業オガトマチ製の超大型船。帝国領の船籍だけどかなり怪しいな」
船長席の由美香がカメラで捉えた船体の映像を見て呻く。オガトマチ社の特徴でもある四角い船体。巨大コンテナに推進機とブリッジをつけただけの構造。
「不審船、応答ありません」
通信担当からそうだろうなあという返事。
「小霧、さっきのレベル5、再射撃準備。目標はなしで」
由美香から指示が来た。ほんとに警告射撃と試射兼ねる気だ。
「了解。不審船の右上方に仮ターゲット設定。射撃準備OK」
「警告するわ。指示するまで待って」
『直ちに停船せよ。さもなくば実力行使を行う』
村井の声を使った規定メッセージが発信される。大きなの長方形は航行灯をつけたまま、全く応答をせず進み続ける。速度は早くないが、このままだと20分で高天原2に到達する。
「小霧、警告射撃」
「了解。レベル5。ファイア」
さっきよりはあからさまに太い粒子の光条が虚空に走る。大型輸送船はサイドスラスターをふかして転舵した。
「不審船転舵。このコースだと太平洋上で衛星軌道にクロスします」
「なにがしたいんだ?」
小霧は疑問を感じつつ輸送船の動きを追う。
「正規航路逸脱。次は当ててく。小霧、レベル8で船体外縁を狙え。連射性能を見る。すぐ射撃」
「りょ」
小霧はモニター上で左に艦首を向けて進む輸送船の右端のコーナーを狙って引き金を引く。粒子の奔流が螺旋を描いて伸びる。粒子はバリアの上に弾ける。
「バリアの状態観測」
由美香から通信。小霧はアウストのセンサーが捉えた輸送船が展開しているバリアの状態を見る。
「力場の構造に歪み出てる。レベル10で割れるよ。目論見通り」
アウストのモニターに映し出されてる、タキリヒメブリッジの様子。由美香がニヤリと笑っている。
『タキリヒメ、こちらHQ。北海道の航空管制から通告。西湖女学院のチャーター機がフライトプラン変更。高天原2への寄港になった。おそらく、輸送船は該当往還機とのランデブーを目論んでる。往還機はすでに離陸して上昇中』
「六花は? 風花は?」
『六花は脱出。晴人が回収する。風花は機内でマインドコントロール外の生徒を護衛中』
「マインドコントロールって何? パパ」
『その呼び方は今はやめなさい。生徒をマインドコントロールして、自分から宇宙に行きたいと言わせてるらしい。誘拐じゃないって言いたいらしいです』
「下手に出てりゃつけあがりやがって」
由美香が毒づく。
「定番」
『射撃一旦中止だ。往還機に当てるわけには行かない。ランデブー後に足を止めて、人質を救出する。保父が陸戦隊といっしょに上がった』
「気合半端なさそう」
『2度めはない。って言ってた。タキリヒメは海賊用ガス弾を準備。輸送船との距離を詰めて』
小霧はモニターで輸送船を見る。撃ち落とされないと思っているんだろうか。ただ、おのが目的のために進んでいる。
『往還機とのランデブー直後で作戦を開始する』
「往還機、視認」
タキリヒメのブリッジから通信が入る。地球から小さな機体が上がってきた。輸送船に比べればというだけで、あそこには100人以上の生徒が乗ってる。
「風花…」
小霧はアウストにショックキャノンを構えさせる。
「輸送船、前方ハッチ開きました」
「機動兵器射出。2機。翼竜型」
タキリヒメのオペレーターから状況が伝えられる。
「アウスト、射撃位置についた。でも、機動兵器、こっち来ると微妙」
「了解。できるだけ、位置をキープして」
「機動兵器は往還機のエスコートに付きます」
輸送船から出てきた翼竜型の怪獣。この間の海賊が使っていたのと同じタイプ。広く使われてる汎用品。強くはないが、オーバードライブ使ってきたりすると、厄介。
2機は上昇してくる往還機の両側で守るように位置につく。
「警戒してる」
「往還機、輸送船内に収納されました。輸送船バリアを再展開」
往還機を中にいれるため、一瞬解かれたバリアがまた展開される。
「小霧、バリアをぶっ壊せ」
由美香から指示がきた。
「了解」
往還機が輸送艦の中に入り、翼竜は牽制するようにアウストに近づいてくる。小霧は輸送艦の後方斜め上、数百メートル離れた位置から動かず、ブリッジ後ろにセンサーの反応が出た、バリア発生装置に照準を合わせる。
「レベル10、ファイア」
青白い粒子の塊が螺旋模様を描いてショックキャノンの銃口から輸送艦のブリッジめがけて走る。粒子が叩きつけられると一瞬バリア層が光って見え、バリンとガラスが割れるように四散して、消えた。衝撃で翼竜が弾き飛ばされる。
「輸送船、バリアなし」
オペレーターの声が弾む。目的は果たしたが、
「銃身過熱。ショックキャノン使用不可」
「機動兵器、2機ともアウストに向かいます」
「ちょ、やば」
小霧はショックキャノンからハルバートに武装を変えて、牽制しながら距離を取ろうとするが、翼竜が意外と早い。
「味方機、急速接近」
小霧が見ると、地球から光が一気に近づいてくる。それが推進剤の光芒だと気づいた時、それはもう翼竜の眼前に迫っていた。
「うらああ!」
六花の叫び。そしてざくっと音がしたような気がした。機体よりも長い槍が翼竜の胴体を貫く。びくびくっと震えたあと、翼竜は動かなくなった。ぽふっと脱出カプセルが飛び出す。
「六花…なの?」
地球を背に巨大な槍をもった、女性のシルエット。たなびく、黒い髪。
その双眸の赤い光が輸送艦に向けられている。
小霧は息を呑んだ。
「エリアルE、完成していたの?」
この仕事前はまだ、専用ファクトリーで組み立て中だった。数時間しか経ってないのでに…。でも、よく見ると、装甲板がなかったり、肝心の耳はまだフレームがむき出しだ。急遽引っ張り出したみたいだけど、さっきの機動は…六花だからか。
『六花、輸送船のハッチを破壊して。閉じられると助けに行きにくい』
声がした。小霧の忘れることのできない、記憶にある声。
「ちょ、今の誰? その声は」
Chapter-12 六羽田六花 14歳 その声を使う理由
急速に上空へ遠ざかる往還機。
きっと風のせい。六花は涙を拭って降下機に身体を伏せる。
風花に蹴り出された後、六花は降下機内にうつ伏せで乗り、降下を続けていた。棺桶のような箱から三角形の翼が生えた降下機。パラシュートが使える高度までこのウエイブライダーみたいな形状で降りていく。
下には一面白い雲。高度がよくわからない。でも、気温は低い。
下手に身体を出すと、凍傷でやられる。
(六花、位置を把握した。パラシュートで減速してくれ。捕まえる)
(ハルくん!)
ナノドライブ通信を受けて、六花は棺桶の蓋を開け、床を蹴る。捨てた降下機との距離があいたところでパラシュートの紐を引く。バフっと塊が分離し、長方形のパラシュートが頭上で展開する。落下速度が一気に落ちる。相変わらず、周りは雲で何も見えない。
(ハルくん、どこ?)
(そのまま降りてて。こっちで捕まえに行く)
身体を縮めて体温を維持しつつ周りを見る。何もいない。
と、はためくスカートの下で雲が動いた。
いきなり、巨大な顔が現れる。
「ひ!」
予想してなかった六花は心の底から驚く。でも、まって、あの顔は
「エリアル!」
両手を前に出しながら、エリアルEがゆっくり上昇してきた。
「もう、動けるの?」
(期間限定だ)
エリアルEがホバリングに移行。六花はその手のひらに降りてパラシュートを外す。その顔を見るとまつ毛にはまだ接触注意の赤いタグがついたまま。でも片目につき98個の光学センサーで成り立つ赤い複眼が六花を捉え、意思を持って動いていることを示す。その手がコクピットハッチまで六花を運ぶ。
「とりあえず、横に座って」
手からハッチの空いたコクピットに飛び降りると、パイロットシートに座る晴人が出迎えた。
「ハルくん、みんなが」
「状況は風花から入ってきてる。助けに行こう。まず、ナデシコと合流する」
「戻るの?」
「いや、真下にいる」
六花が晴人の後ろにあるシートに座るとコクピットハッチが閉まり、全球モニターがつく。すると本当に真下から白い船体が上がってきた。
「ナデシコ!」
『六花、寒くない?』
「テコさん! 超寒いよ」
ホッとする。六花は涙があふれるのを放っておいた。身体は寒いが心の芯が温まっていく。エリアルEがナデシコの上部カーゴスペースに一旦着地。
「オレはナデシコに移る。六花、活動限界に注意してくれ。エリアルEはまだ未完成だ。慣性制御はきくけど、移動はスクラムジェットとロケットエンジン使うしかない。簡単に推進剤切れになるし、熱限界も早いから、AIの注意をしっかり聞いて」
「わかった」
「首の後ろにキュリエッタ積んである。動かなくなったら使うんだ」
「わかった。ハルくん、やっぱイケメンだね」
「…いきなりなんだ?」
「後で説明する」
首を傾げながら晴人がコクピットから降りて行く。パイロットシートに移り見渡す。基本、アウストに近いレイアウト。ぷにょんとした感触のナノドライブコネクタを接続。すると、テコから通信。
『その前に、プレゼント持ってって、六花』
「プレゼント?」
『進級祝』
カーゴスペースのドアがさらに開く。そこには50メートルを超える槍。
『アーデアではジーレイアっていう。日本語でいうと斬艦槍って感じかな』
六花はエリアルEの全身を把握する。アウストとは違う。ちょっとメカニカルな感触。腕を動かしてその槍を持つと驚くほど重さの抵抗がない。
『それ自体に慣性制御ジェネレーター入ってるから重さはほとんどない。うまく使って。データはナノドライブに流しておく』
六花は我慢できなくなってテコの顔をモニターに表示させる。通信機のカメラが稼働し始めたことにテコが気づいた。
『どうした?』
「顔、見たくて」
『寂しがりやさん。早く友達を助けて、帰っておいで。ボクも近くまで行く』
テコが微笑む。六花は安心感を行動力に変換する。
「六花、行きます」
慣性制御を最大限にあげ、自重をほぼゼロにしたエリアルE。バックパックのロケットエンジンに点火、ナデシコを離脱して、一気に加速する。
[スクラムジェットに移行]
AIからの文字情報のあと、加速がついたところでスクラムジェットエンジンに切り替え、さらに加速上昇する。
「ねえ、あなた、名前は?」
[システム名:発展型論理・非論理認識装置付属知的機械生命体 個体名:有栖川アイミ]
この機体のAIは海賊退治の時の、ぽぽちゃんもどきか。エリアルEに積まれたんだ。
「じゃあ、アイミでいいのね、ね、アイミ、あんた喋れないの?」
[会話を希望しますか?]
「操縦してる時に文字追うの、ちょっと厄介」
[了解しました]
「あー、あー、あめんぼあかいなあいうえお」
六花しかいないコクピットに声だけが響く。
機械っぽい音が人の声に整えられていく。そして、
「これでいいですか? 六花さん」
「やっぱり、その声、なの?」
六花の頭から引き抜かれた千保のデータ。その後、テコさんのもとで育てられていると聞いていた。最近接触はなかったけど、ここにいたんだ。
千保であることは認めてないけど、その断片が使われているのだろう。この声で話すってことは。生きてる時と遜色のない千保の声。イントネーションも同じ。
「私に与えられた参考とすべきデータにあった声です。お気に召しませんか?」
AIが使う神城千保の声。わかっていても心にキューっとくる。六花は思う。この声と話していいのか? 自分のために千保の声を使っていいのか。
「私はあなたのための機械です。六花さんの思う通りに」
六花は決める。この声といっしょに、いたい。
「その声で、いい。六花のことは六花と呼んで。口調はタメで」
「わかった。六花。状況を説明するね」
なんだろう、この違和感のなさ。ただ声が聞こえるだけなのに、寂しさがすっと引く。アイミの声と同時に正面モニターに巨大な輸送船と、風花たちのいる往還機がクローズアップされる。
「間もなく、往還機は輸送船に着艦します。その時点で救出作戦がスタート。私達は突入部隊の援護をしつつ、輸送船の動きを止める」
「わかった」
「現在現場宙域には由美香臨時艦長のタキリヒメ、アウストに小霧がいて、輸送艦を監視。保父さん率いる突入部隊が高速往還機で接近中」
スクラムジェットからロケットエンジンにまた切り替わる。大気圏を抜けた。人の名前の呼び方は千保に準じているみたいだ。
「輸送船をレーダーコンタクト。機動兵器、翼竜型2機でてきた」
輸送船の全面高さ150メートル、横幅300メートルの大きさでハッチが開く。往還機がそのなかに入るとアウストから光の帯、そして
「バリア消失」
「由美香さんのビーム砲すごいな」
「六花、小霧に怪獣が向かってる」
「近い方から」
モニターにレティクルが表示されて、アウストに接近する2機の機動兵器をターゲッティング。アウストに近い機体から1、2、と番号が振られる。
「ジーレイア、ブレード起動」
アイミが告げて、槍の先端から中程まで巨大なブレード部分に光が灯る。
「攻撃準備よし」
その声を聞いて、六花はさらにエリアルEを加速する。
「うらああっ」
完全な奇襲となった。翼竜は体の中心でジーレイアを受ける。30メートル近いブレード部の大半が背中から突き抜けた。逆加速で引っこ抜く。ブルブルっと震えた後沈黙。脱出カプセルが首元辺りから飛び出した。
それを見てもう一機が輸送船に逃げ帰り、前面のハッチが閉まり始める。
「六花、輸送船のハッチを破壊して。閉じられると助けに行きにくい」
『ちょ、今の誰? その声は』
「この子に積んでるAIの声」
『や、でも、千保の声だろ。どういうこと?』
「六花の頭から抜いて、テコさんのところで育った、千保ちゃんの断片から構築した人。千保ちゃんもどき」
「六花、その言い方、ひどいなあ」
そこに千保がいるような感覚。
『名前、あるの?』
「有栖川アイミです。よろしく」
そんな会話を聞きつつ、六花は輸送船に接近。ハッチ可動部にジーレイアを当てて焼き切っていく。
「中の視覚情報をみんなに」
「了解」
六花が指示するとアイミが内部スキャンした情報を発信。共有する。
と、ハッチ付近に潜んでいたさっきの翼竜が口から光線を吐いてきた。
ジーレイアで受ける。円錐状にバリアが広がり、また戻る。
「傘みたい」
『六花、そいつを引きずり出してくれ。救出部隊が突入できない』
由美香から通信。
「やってみる」
翼竜は閉じかけて止まったハッチの分厚いドア部分に隠れつつ、口からビームを撃ってくる。
「活動限界まで5分」
「ドアごと引っ張る」
六花はジーレイアのブレード出力最大に。さっきは可動部を中心に壊したが今度はドアごと外しにかかる。宇宙船の外装は基本分厚くない。バリアが使えるため、わざわざ質量を増やす必要がないからだ。
「切れた」
アイミの声を聞くと同時に
「うりゃああ」
六花は各部のバーニアを使ってエリアルEを回転させ、ドアにしがみついた翼竜をぶん投げる。関節が過荷重で悲鳴を上げる。指の関節はいくつか使用不可に。
「キリちゃん!」
『わかってる!』
アウストがそばに来てハルバートからビームを連射。翼竜が輸送船から離れていく。
「間もなく活動限界」
アイミの警告。小霧が心配してくる。
『六花、翼竜はどーする?』
『キリ、そいつをそこから動かすな!』
『ハル』
小霧がビームを撃ち続けて翼竜を遠ざけていると凄まじい光の奔流が走り、その体を半分消した。また、ぽんっと脱出カプセルが飛び出す。
減速し、陽電子砲を格納しつつナデシコが接近してくる。
『エリアルE、船内侵入前にガス弾持ってって。必要に応じて中で起爆して』
タキリヒメからしゅぽんと射出された2つの対海賊用ガス弾を両手で掴むと、六花はエリアルEを閉まらなくなった前方ハッチから輸送船にいれる。
「広い!」
幅270メートル、奥行き950メートル高さ270メートル。エリアルEでも余裕で動ける。トラス構造のフレームが各所にあって、2隻、小型宇宙船が係留されている。エリアルEのセンサーで中央付近に往還機が係留されていることがわかった。
「エリアルE活動限界」
「そのへんに捕まらせて」
アイミの言葉に六花が答える。入って200メートルほど行ったところで、天井面のトラスフレームにエリアルEがつかまる。
(風花、風花、聞こえる?)
(六花、来てくれたんだね。まだカーゴにいるよ)
(怪我してない? 大丈夫?)
(みんな大丈夫)
(あ)
と、船体後方のハッチが開き始め、係留されている小型船の一つがそこから発進した。
「一隻、逃げた!」
プライベートジェットクラスの船体が遠ざかる。100人超えの人を乗せるスペースがないくらい小さいから、あの中にみんなはいない。
そして、今、追える機体はない。後ろ側のハッチが閉じていく。
『こちらは辺境連合運輸部、オリオン腕支部。本件担当の船舶課主任のエーリダ・ヒューです。輸送船は貴殿の攻撃により航行不能となった。依頼先との契約により、我々は撤収する。あとは依頼先のヴィエイラオービタルに問い合わせを。以上』
小型船から通信が入った。キンキンくる女性の声。
『船を放棄するのか? 宇宙船舶法違反だぞ』
由美香が吠えてる。
『放棄ではない。トラブルは契約先が全面解決する契約なんでね』
『ヴィエイラオービタルは辺境連合系の企業だろう』
『いや、銀河帝国の管理下にある企業ですよ。お間違えなく』
『表向きはだろうに』
『表向いてりゃ、それが真実です。では、これで』
『辺境連合ならそもそも領域侵犯だ。停船して投降せよ』
『ですから、私達は即刻退去いたします。あとは帝国領の皆様で解決してください』
小型機が凄まじい加速で遠ざかる。
『あ、船内には100人ほどのお客様と、10人のスタッフが居るんでスタッフに連絡してくださいね』
『小型船、ワープ』
オペレーターの声。由美香の憎々しげな声が続く。
『ふざけやがって。輸送船が地球に落ちないか計算して』
『輸送船がこのまま推力を回復しないと、1時間20分後には落着起動に乗ります。落下点は予測では太平洋上です。でも愛知から静岡にかけての沿岸部に落下する危険があります』
『これだけでかいと、燃え残るよな』
Chapter-13 六羽田六花 14歳 家族ルール
六花は由美香とエーリダの会話を聞きつつエリアルEから出る準備。
「武器はある?」
「サバイバルキットに拳銃とスタンロッド。あと推進機。シートの下。ベルトに全部ついてる。それ持っていって」
六花はそれを引き出すと斜め掛け。
「ねえ、アイミ」
「どうしたの六花? キュリ子は首の後ろ側。髪の毛との間にあるよ」
「船内の敵の会話、聞けない?」
「できると思う」
「みんなと共有して。多分役に立つから。じゃ、行ってくる」
「キュリ子でも私と同じ様に会話はできるから。なんでも言って」
「外、空気は?」
「与圧されてる。大丈夫」
六花はエリアルEのコクピットハッチを開け、首を伝ってキュリエッタに回る。手足を縮めて首の後ろに止めてあった。
(今行く。風花)
(敵、いない?)
(今は見えない)
(じゃ、後ろ開けるね)
エリアルEから離脱。まっすぐに往還機を目指す。往還機の後ろのハッチが開いていく。六花はキュリエッタは着点させると、飛び降りて開く扉へ。
六花が近寄ると誰かが抱きついてきた。
「六花、待ってた」
「風花」
無重力の空間に漂う。漂いながら六花は風花をしっかり見る。
「怪我してる」
「ああ、これはかすり傷。籠城戦やってて、扉こじ開けようとしたから、ドア殴って相手ごと弾き飛ばしたときのやつ。陽奈が手当してくれたよ」
「りっかー、ごめん、助けてー」
風花の後を追ってきた。陽奈がふわふわと漂っている。足をバタバタさせても進まない。真っ赤になってる。
「みんなじっとしてて。無重力だから」
六花はベルトに付いた推進機から少し推進剤を吹かす。抱きかかえた風花ごと往還機の方へ。途中で陽奈を捕まえる。
「お待たせ」
「六花。無事でよかった」
陽奈がポロポロと泣き出す。六花は陽奈も抱き寄せた。
3人でお団子状態のまま、往還機へ。
「六羽田さん!」
明美先生を含め、全員無事。カーゴに閉じこもるという風花の作戦が功を奏した。とその時、小霧からから通信。
(六花、キュリエッタでガス弾持ってブリッジを制圧して。ブリッジでナノドライブ繋いで、エンジンを再起動。修理が必要ならテコさんが治す。このままだと、この船が地球に落ちる)
(ヤバイじゃん。わかった。でも、みんなは?)
(保父さんたちがもう来る。任せてOK)
「風花、任務入った。保父さんがもう来るから、そこで救助」
「一緒に行こうか?」
「大丈夫。みんなをお願い」
六花は拳銃をベルトから外して風花に渡す。
「わかった。六花、気を付けて」
六花がキュリエッタに戻ると通信が入る。由美香の声だ。
『救出部隊が着艦する。警戒してあげて』
気密バリアを破って小型艇が入ってきた。まっすぐに進んで、往還機の後ろに着点する。
(保父さんたちが来た。カーゴルーム開けて大丈夫)
(わかった)
突如男の声がする。
『地球人、侵入』
『あいつら、ろくな装備なくて、楽勝だって言ってたの誰だよ』
この船でかわされてる、異星人たちの会話だ。アイミが共有情報として流している。
『さっき、辺境連合の奴ら、逃げたぞ。どうする?』
『確保した地球人を高速船に移し替えて離脱する』
多分これは小駒の声だ。小駒と笹島の他にも仲間がいるよう。
防衛軍の小型艇の中から10人ちょっとの黒尽くめの兵隊が降りてきて、まず往還機をチェック。
『往還機クリア。客室は空だ』
風花たちはそこじゃない。
「六花です。カーゴスペースを」
キュリエッタの無線機から、割り込む。
『B班、往還機カーゴスペースをチェック。A班は輸送船内を。C班は係留されている高速艇を』
これは保父の声だ。
『B1、風花たちを確認。全員を客室に移す。B2、B3で離脱まで警戒。B班残りは輸送船の探索に向かう』
これで、風花たちはOK。次は六花の任務だ。キュリエッタでエリアルEの手からガス弾を受け取り、カーゴルームを艦首方向へ飛ぶ。
「六花、その上がブリッジ。天井にガス弾ぶっ刺して」
「了解」
六花はガス弾のビームトーチのカバーを外すと、アイミからの指示に従って、カーゴスペースの天井にガス弾を突き刺した。
ビームトーチが構造材に穴を開けて部屋にたどり着くとガスを放出する。
六花は噴出量を調整し、気付かれないよう少しずつ流す。
「ガスは出てる? 相手のブリッジ内部カメラにアクセスできない?」
「用意してあるよ。見て」
キュリエッタのコンソールに映像が出る。ブリッジ内に一人いた。フラフラになって、やがて倒れた。
「ガス、効果あったみたい」
「わかった」
しばらくしてブリッジの換気システムが仕事をちゃんとした。
「六花、ブリッジ内、ガスクリア。入れるよ」
アイミが状況を知らせてくれた。六花はキュリエッタから降り、カーゴとブリッジを隔てるドアを開く。
タキリヒメと変わらない、普通の宇宙船のブリッジ。BMIの接続ユニットは操縦席についていた。柔らかくない、普通のコネクタ。
接続してエンジンの再起動指示を出すが、命令はエンジンの手前で止まる。物理的な断線かな。自己診断させると、バリア発生装置周辺で電気系のトラブルが出ている。
「テコさん、バリア発生装置周辺で電気系がショート。それに巻き込まれて、ほとんどの命令がブリッジから届いてません」
『了解。ナデシコからバイパス繋いで再起動する。六花はしばらくそこで待機してて』
「了解」
と言った時、足音に気づいた。
振り返ると足があった。
「あっ」
とっさにかばった左腕に強烈な蹴りを受ける。操舵席から飛ばされて、窓に身体をぶつける。背中に激しい痛み。六花が目を開けると、風花がぶっ壊したロボットCAと同じ姿が格闘姿勢を取っている。
どこからきた? と、ブリッジの隅に棺桶を立てたようなドックがある。もともと、ここにいたっぽい。どうやら、不用意に入ってきた人間を敵とみなして攻撃するよう指示されているみたい。
六花はベルトからスタンロッドを外すが、CAロボが早い。蹴りを中心とした攻撃をロッドで受け流すので精一杯。さっきの一撃で自分の戦闘力が落ちてることを六花は実感した。
「ああっ」
ロボの2発目の蹴りを食らう。身体が勝手にくの字に曲がる。ロッドが床を転がる。
「た、たすけ、て」
『六花どうした? 聞き取れない』
テコの声は今は救いにならない。
「ぐはっ」
ロボCAが間合いを詰めて殴りにかかってきた。ガードする腕が折れそう。風花は一瞬で壊していたのに。手合わせしても勝てないわけだ。こんな強いロボット、一撃でバラバラにできるんだから。
六花が床に倒れ込む。ここは人工重力あるんだ。とぼんやり思う。
胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。足がブランってなる。
表情のない女の顔。左手で六花を持ち上げ、右手がすっとバックスイングに入る。
あ、ここで死ぬのか。いたいのやだな。
その表情のない顔のまま、ロボの頭が火花をちらして吹っ飛んだ。
六花を掴んでいた手を放し、すぐに新しい脅威に向かうロボ。その先には黒いアーマーを着た地球防衛軍の人。頭が半壊しつつも間合いを詰めるロボは必ず六花を背にして立ち、相手に銃を撃たせないようにしてる。六花が動けばいいのだけど、動けない。
黒いアーマーの人は六花が落としたスタンロッドを拾って最大に伸ばし構えた。と、素早い突きが繰り出される。今度はロボCAが防戦一方に。狭い中、振り回さずかつ力を乗せた突き技。
がし。ロボの口だったところにロッドが刺さる。電撃。ふらつくロボCAの胸にとどめの突き。胸の装甲を貫く鋭さ。もう一発電撃。煙を上げてロボが動きを止めた。音を立てて倒れる。
六花は身体を起こしてその兵士を見る。涙が止まらない。
動きを見ればわかる。だってあの技をいつも教えてもらっているのだから。
「せんせ…」
「M1より各員。スノーホワイトの安全を確保。誰だ一人で行かせたやつ、許さないからな」
黒い兵士がヘルメットを取る。マスクをつけた透子の顔。
腕には白地に赤い十字。MEDICの文字。
透子がマスクを外し、立膝して六花を触る。首のあたりの骨折を確認、頭を触って、ようやく抱き起こしてくれた。六花は防衛軍の訓練で受けた意識的なペインコントロールを実行する。でも痛い。
「六花、よく見せて」
「せんせ、ありがとう、せんせ」
「うで、ヒビいってるな。吐き気は?」
「ない。いたいだけ」
「痛み止め飲んで」
「口の中、切れてるから…これ以上痛いのは…」
「わがままだな」
透子が腰のバッグから水ボトルを取り出すと、中身を口に含み、錠剤をふたつぶ口に放り込む。六花のあごを持って口を少し開かせて、素早く唇を合わせる。驚く六花の口が生理食塩水で満たされる。思わず飲み込んでしまう。動きに全く無駄がない。しみなかった。透子はいつもと変わらない表情で言う。
「おりこうさん。おくすり飲めたね」
「せんせ、あ、あの」
自分だけドキドキしてるのなんで?
「治療」
透子がバッグからさらに小さい塗り薬を取り出す。装甲グローブを外して六花の腕に塗る。
「あとやられたのは顔周りか」
顔にも塗ってくれる。痛いのを見越したふんわりタッチ。
「せんせ、これって、どういう薬?」
「なんかすっごいすぐ治るってやつ」
「それ地球の?」
「んーどうだったろー」
「六花で実験しない」
「大丈夫だから。明日起きたら蛙になってましたとかないから」
透子が微笑む。実際、痛みは引いてきた。
「蛙になったら責任とってね。せんせ」
「美味しいハエ、捕まえてきてあげる」
「そういうことじゃないでしょ」
抱きつきたくても、身体が動かない。透子に支えられるまま。とりあえず、笑顔は作れた。
「すぐ帰りたいんだけど、そうもいかないね」
そう言って透子が六花を軽々抱き上げる。
「せんせ、鍛えてた?」
「これ、筋力アシストついてんの。テコさん発注品」
あの強烈な突きはそれもあったのか。
透子が六花を抱き上げた状態で操舵席に座る。BMIのコネクタをつなぐ。
『大丈夫か? 六花』
「大丈夫ではないです。自力移動不可」
透子がテコの通信に答える。
「でも、エンジン再起動はお願い」
「わかってます。せんせ」
『電気系のバイパスは終わってる。やってみて』
BMIでエンジンにアクセス。今度は回路がつながった。
再起動。船体が軽く震える。手を使わず頭の中だけで六花が操船する。
「高天原2に進路設定。自動航行設定。実行します」
輸送船が加速しながら回頭する感覚。
座ってる透子に抱きかかえられたまま、六花は輸送船を軌道ステーションの高天原2に向けた。ここに来てキャンセルしない限りは、そのまま進むはずだ。ずっと透子が六花を見ている。
『ありがとう六花。確認した』
テコから通信が入る。
「M1よりCP。輸送船のコントロールを掌握」
『M1は船尾に移動してくれ。女学生と誘拐犯がいる。女学生のケアが必要になる。六花は往還機で待機』
「かかりそう?」
『船尾の食堂に立てこもってる。女学生の一部が加勢してる。攻められない。そこはC1とC4が警備する』
「了解。移動します」
透子がマスクだけつけると六花を抱っこしたまま、ブリッジからカーゴルームに移動。腰の推進機を操作して往還機へ真っ直ぐ飛ぶ。
「せんせ、かっこいいね」
「ギリギリだった。あと10秒遅かったら…。すごく怖かった」
「せんせ…」
「さらわれたり、傷つけられたり、もう2度と起こさないつもりだったのに」
「六花、防衛軍だから、こういうことも起こるって覚悟はしてる。せんせが自分責めることじゃないよ」
「勝手に死ぬ覚悟しないで。私より先なんて絶対に認めない」
「せんせ」
「いい? 私たちはもう家族なの。家族はお互いのこと思って精一杯生きて、年上から消えてくってのを繰り返していくの。六花も例外じゃない」
六花は透子にしがみつくことしかできない。腕に力は入らないけど。
「家族なら、せんせも六花が大きくなるのを見届けないといけないよ」
「わかってる」
「六花は、これからもせんせのお世話しがいがあるね」
「そっちは私も頑張る」
往還機が見えてきた。
「せんせ、はい。お土産。忘れないうちに」
六花はポケットから紙袋に入った雪ミクのアクリルキーホルダーを出す。割れてないのは確認済み。あの状況で無事なのは、なかなかの強運。いいお守りになりそう。
「六花」
透子が六花を抱っこした状態から器用にそれを受け取って中身を見る。表情がぱあってなる。アクキーを腰のポーチにしまう。
「ああ、もう」
こつんと透子の額が六花と合わさる。
「帰ったら、新技術使って速攻で治すよ」
「実験?」
「ばか。来海に桜、見にいくんでしょ」
「うん。ありがとうせんせ」
「六花!」
往還機の客室内。
さっき元気に別れた六花がボロボロになって帰ってきて、風花は座り込んで泣き出した。
「私が、私がついていけば」
「透子先生、六花は?」
六花は客室前側のエグゼクティブクラス用でフルフラットになるシートに寝かされた。ブランケットをかけられてる。
「みんな、大丈夫だから」
という六花を遮って、
「陽奈ちゃん」
「はい」
「痛がったら、これを塗って。呻くレベルになったら、これを飲ませて」
透子がポーチから出した薬を渡す。
「飲むの嫌がったら、これ使って口移し」
「ほえ! あ、はい!」
生理食塩水ボトルを渡す。
「せんせ…」
「大人しく寝てるのよ。ほんとは絶対安静レベルだから」
透子が六花の横で泣いてる風花の肩に手を置く。
「ごめん、風花、一緒に来て」
「もう、六花と離れたくありません」
風花はまだ泣いてる。
「じゃ、命令する」
「透子さん」
きっとなって風花が立ち上がる。六花はその風花の手を握った。イテテ。これだけで痛い。
「まって、せんせ、風花、せんせと行って。みんなを助けて」
「六花」
「風花がいないと、誰かが六花みたいに大怪我するかもしれない。一番強い人なんだから。お願い」
「…わかった」
風花が一歩、透子の方向へ。入れ替わるように明美先生がきた。
「来海さん、ですね」
「お久しぶりです。先生」
透子の先生を見る目はちょっと冷ややか。対して、先生はちょっと頬が赤い。なんだろう? かっこいいから?
「六花の様態が変わったら、警備の兵に知らせてください」
明美先生、陽奈と玲に向かってそう言って、透子は風花を連れて客室を出ていった。
「かっこいい…」
明美先生がそう言って見送ってる。
あれ? ちょっと厄介な人かな?。
「風花、ちゃんと聞き分けたな」
玲がその姿をずっと見送っている。陽奈が六花の頬をハンドタオルで押さえてくれる。それに血がついていて、六花は自分が出血している事を知る。
「一番残りたかったのは、透子先生」
陽奈が言う。そうなのかな。せんせ、ならそうかもしれない。これ以上は甘えないようにしないと。
「そうか。そうだよね」
玲が目を伏せる。
「六花、眠っていいよ」
陽奈が近くに座った。
「でも、まだ」
「もう、何もできることないだろ」
玲がブランケットをもう一枚足す。
「私達じゃ心もとないかもだけど、そばにいるよ」
「そんなことない」
うれしい。は口から出なかった。透子が飲ませてくれた薬のせいか、眠気が襲ってきている。六花は目を閉じる。陽奈の手だろうか。額と頬をなぞっていく。
Chapter-14 来海透子26歳 ハーメルンの笛吹き
「カオスですね」
「そうね」
透子が風花を伴って輸送船船尾につくと、キャーキャーと女の子たちの声が聞こえた。食堂入口は開け放たれているものの、机を使ったバリケードが作ってあり、その奥に3人の男と7人ほどの先生と生徒。奥の食堂中央に生徒の大半。部屋の最深部に男が5人。
ここから見て一番奥の最深部から、カーゴルームに出るドアがあり、すぐその先に往還機と同サイズの貨客船が係留されている。連中はそれでここから離脱したいのだが、船はすでに防衛軍が押さえているために、膠着状態になっていた。その中で、前列の女の子たちだけが元気だった。
「邪魔するな」
「わたしたちは旅を続けたいだけ」
そんな主張。そんな時、風花のしている手首の端末が喋り始めた。
『アイミです。私、アイデアがあります』
透子と風花は一緒になってびっくりする。
「神出鬼没か」
「イヤですね。透子さん。おばけみたいに言わないでください」
あの時、移送がうまくいかなくて、消えた神城千保。それがアイミという名前とともに帰ってきた。声色は彼女そのもの。
「強制認識機能、こちらも使います。で、生徒たちに手を繋いでみんなで宇宙船に移ってもらいます。彼女たちの自主性を使わせてもらうんです」
「できるの?」
透子は聞き返す。
「フウちゃん、ちょっと腕を上げてください」
風花が胸元あたりまで腕を上げる。手首の端末から薄い光が出て、空間表示の中に小さな姿。女の子。
そこまで動いて、ことの重大さに気づいた風花の目が驚きのまま固定。
「千保ちゃん…その呼び方」
「フウちゃん、ちょっとこのままで。ごめんね」
「幽霊なの?」
テコさんが風花のこと、フウって呼ぶのは千保由来のことだったのか。プリンセスユニットに風花のこと、イロイロ聞いたんだろうな。
端末が映し出した千保の映像、AIであるアイミが選んだ自分の姿が喋る。
「私は有栖川アイミ。エリアルE型搭載のAIです。人格のベースデータに風花さんの記憶があります。それに準じました」
「人格のベース? 千保ちゃんはロケット実験で死んじゃったって」
「風花、あとから私が説明する。アイミ、今は作戦を話して」
「今、生徒の皆さんにかかっている、強制認識、こっくりさんとかああいった集団ヒステリーのハッピー版みたいなもの、なんですけど、その意識を使って、彼女たちの主導で宇宙船に移ってもらいます。場所移動時に誘拐犯を確保します。私が彼女たちを焚きつける間に、後方扉の集団はフウちゃんや保父さんに確保してもらいます」
「簡単に言うね」
「この術のかかりが深ければ、深いほど、うまくいくと思います。一番深いのは先生ですから、それにつられてみんな動くと思うんです」
「やってくれ。うまくいかなかったら、ガス弾使う」
話を聞いていた保父が言う。
「フウちゃん、端末を透子さんに預けて」
「風花は私と艦尾に」
「お願いします」
スルッと伸びたブレスレットを風花から受け取る。透子は少し風花の体温が残るそれを
「どうするの?」
「部屋の入口においていただければ」
「よし、A3,A4,A5一緒に来い。風花は装甲宇宙服を着用して合流」
別働隊が動き始める。透子はそっとバリケードの影にブレスレットをおいた。そこから映像が表示され、アイミの像が等身大になる。半透明の女子高生が突如として現れる。
「こんにちは。みなさん」
バリケードから先生と女生徒が顔を出す。
「なに?」
「映像?」
「こんにちは。私は今回の修学旅行を担当してます、ヴィエイラオービタルのAIアテンダントです。皆さんの旅が滞っているとのことで、派遣されました。私からご提案があります。お聞きいただけますか?」
嘘の肩書でアイミはまっすぐにアヤムラという教師に向かって話す。バリケードの一番前にいたアヤムラは立ち上がった。
「おい」
笹島と名乗ったという旅行代理店の添乗員がアヤムラを抑えようとするが、アイミが続けた。
「皆様の旅行目的地変更をお聞きしました。が、現在、それが止まってしまっているのを存じています。いま、ここにきている人たちは、みなさんが私達に脅されて、目的地を変更したと思って、それを止めに来たそうです」
「それが邪魔だって言うのよ」
「おい、聞くな。話すな」
笹島は明らかに焦っている。アイミの言葉が届いていることに焦っているよう。
「はい。そこで、ご提案です。皆さんが自分たちから銀河に行くと宣言しつつ、移動する場合は、事件、事故の類になりませんので、あの人達、地球防衛軍は動きません。あくまで、地球人に何らかの被害が及ぶときだけ、出動の権限があります」
「というと?」
「先生が主導されて、宇宙へ行くとして、皆さんをお連れいただければ、あの人達はそれを見送るということです。今乗っていただいているこの船は貨物船なので、より環境の優れた宇宙船をご用意いたしました。我々としては旅を続けていただきたいんです」
アヤムラの表情が明るいものに変わっていく。
「M1より各員、銃を見えない位置にしまって。正面入口から、中型船への通路確保。中型船は高天原2への発進準備。廊下を歩いている時に誘拐犯を確保する」
透子が隠れて指示を出す。
「B3、中型船、用意よし」
「通路よし」
「CP、裏口を固めた。生徒の移動が始まったら仕掛ける。プリキュアも準備OKだ」
プリキュアは風花だな。肉弾戦が得意な変身少女ってことで、保父はそうひらめいたらしい。
「先生、どうぞ立ち上がって宣言してください。修学旅行は銀河に向かう旅に変更すると。引率者のご意思で。そうしたら入口の兵隊さんが今度は皆さんを宇宙船に案内します。地球人の意思であれば、それを尊重して協力するのが防衛軍の人たちの仕事ですから」
「わかったわ」
「よせ」
「何言ってるの? 笹さん、一緒に旅を続けられるのよ。しかも、護衛つき。いい話じゃない。一時はどうなるかと思ったけど」
アヤムラの声音が全く違うものになった。明るいが、どこか狂気じみたものも感じる。透子はこの事態が本当に恐ろしいと感じていた。
この人たちを治療できるのだろうか。
「さあ、みんな立ってください」
アヤムラの声で生徒たちが立ち上がる。楽しそうな顔、不安そうな顔、いろいろ。六花たちの様に分けられた子たちと違って、添乗員たちの言葉に染まってなくても、みんなに合わせてここまできてしまった子たちもいるはずだ。そういう子のケアも考えないとな。
「では修学旅行の担当として、申します。わたしたちは、修学旅行を銀河を目指す旅に変更します。詳細は添乗員の笹さんたちに任せます。移動させてください」
「承知しました」
アイミが入口へアヤムラを誘導する。ぞろぞろと動き出す集団。ハーメルンの笛吹きに誘導される子どもたちって、こんな感じ?
「この先はこの方について行ってください。ご決断ありがとうございます。先生にお話して本当によかった」
アイミが消える。ブレスレットを拾い、透子はマスクをしたまま、アヤムラの前に立った。何度か学校に行ってるので、顔を覚えられている可能性がある。六花のことに思考がつながって、アヤムラの気持ちが変わるのを避けなくてはいけない。
「では、皆さん、宇宙船に案内します」
「お願い」
おっと、そういうタイプか。アヤムラは急に上からのイントネーションに変わる。
「よせ、行くな」
そう笹島が言ってももう、止まらない。彼と手を繋いで、先生や生徒の移動が始まる。銃を使って脅すことは逆効果。もともとやろうとしていたことが、違う形で進行しているだけ。成すすべがない。この輸送船で合流したらしい彼らの仲間は、その様子を呆然と見ている。
「止めろ」
後方にいた小駒という添乗員が立ちはだかろうとするが、こっちも生徒に囲まれて、流れに飲まれ、連れて行かれる。
「ここからはこの者について行ってください」
透子は別の隊員に誘導を頼む。眼の前を楽しそうな女の子たちとズルズルと連れて行かれる男二人。透子と目が合う。なにか訴えかけてくる視線だが、ざまあ。としか思わない。
食堂に戻る。大半の子たちは移動しているが、やっぱり残っている子がいる。7人。どうしたらいいかわからなくなっちゃった子。その周りを添乗員以外の男たちが囲みつつある。
入口には2名の隊員が残っている。
「CPの突入と同時に入る。女の子たちを守る」
「了解」
荷物に隠しておいておいた銃を構える。マガジンを外してスタン弾であること確認。
「CP、状況を開始する」
透子のいる位置と反対側。ドアが弾けて開く。青い光が走ったように見えた。残っている生徒の周り、近くの男から吹っ飛んでいく。2名飛んだところで風花の姿が見えた。透子と同じ黒い装甲宇宙服を着ている。青いのは瞳。
サファイア。透子はそんな言葉を浮かべながら、食堂に突入する。まっすぐ残った生徒のもとへ。
「姿勢を低く。伏せて!」
透子の姿と声を聞いて呆然としていた子たちが動く。伏せた生徒の横で周囲を確認。残っていた男たちは風花の蹴りとスタン弾で動きが止まっていた。
「確保」
保父の言葉に倒れたり抵抗しようとした誘拐犯が取り押さえられる。手足に結束バンドを巻いて終了。
「透子さん」
「ありがとう。風花。キュア・サファイア?」
ブレスレットを返す。風花が受け取って腕に装着しつつ
「なにいってんですか」
「だって、保父がさ、風花のことプリキュアって」
「ねえ、古藤さんでしょ」
透子の言葉を切って、残っていた7人の生徒の一人が声を上げた。
「あ、えっと、野並さん、大丈夫?」
「同じクラス?」
透子は聞いてみる。
「ええ。野並さん、どうして残ったの?」
「あたし、怖くて、ここまでついてきたけど、もう限界。足が動かなかった」
残った子たちが野並という子の言葉に同意の空気。
「先生たち、どうしちゃったの? で、ここって本当に宇宙船なの?」
「先生たちは、集団ヒステリーです。ここはほんとに宇宙船だよ」
「古藤さん、古藤さんは何者なの?」
風花が透子を見る。なんと答えていいか困ったらしい。
「風花はプリキュアなの」
「透子さん?」
野並が我が意を得たりといった表情。
「あ、え、あ、でもわかる。キュア…」
「サファイア」
透子が付け足す。
「ああ、そっか」
「納得してるの? なんで?」
風花が戸惑い続ける。
「あたし、正体知っちゃったけど。プリキュア的には大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫」
透子は笑って7人を立たせる。
「この子達は乗ってきた往還機で六花たちと地球へ。キュア・サファ…風花も同行して」
「わかりました」
じっと風花が睨んでる。
「こちらB2。添乗員1が逃走。C7、B4が追跡中」
「B3、修学旅行船、出発する」
「M1より各員、テコさんスキャナーで船内チェック。生体反応は規定数のみ。生徒積み残しはない。添乗員1と思われる反応は艦首に移動」
「こちらCP。添乗員1の確保後、撤収する」
「オービタルの往還機は最後の7人を収容したら出発する」
「100人超えの異星人接触だ。SCEBAIのベッドは足りるのか?」
「病院棟の臨時ベッド使えばなんとかなると連絡あり」
「高天原2の準備は?」
「往還機は用意できてます」
ゆっくりと高天原2に向かう大型輸送船。そこから、女学院の生徒と先生だけを乗せた中型船が出発。とりあえず添乗員と引き離すことでその心が正常に戻っていくかを確認しなくてはいけない。その後、SCEBAIの病院棟で必要な処置。ということになる。
「強制認識機能は入力がなくなれば覚めるのが普通です。いつまでも残るとコントロールが難しいですから。ON、OFFがやりやすくないと。『道具』ですから」
風花の言葉は一つの安心材料ではあるが、子どもたちの中身が心配だ。
添乗員の小駒が生徒たちと移動するところで姿をくらませた。笹島が中型船に乗り込む寸前に拘束されたのを見て逃げた。どうやら強制認識を逆に使って存在を消したらしい。だが位置はトレースできてる。時間の問題だろう。
「晴人です。オービタル社往還機、準備完了」
透子はエリアルEのコクピット前でアイミから情報を得つつ、船内状況をモニターしていた。ナデシコからヘルプに来た晴人が往還機を操縦する。機体の周りを、黒い装甲宇宙服が見回っている。風花が添乗員が逃げてることで警戒して、ギリギリまで外で見ているつもりらしい」
「こちらCP、オービタル社往還機が出発する。周囲警戒」
「M1よりキュア・サファイア。スノーホワイトをお願い。ICU入りになると思うけど、面倒見てあげて」
「だから、なんで、もう。わかってます。ご心配なく」
小さく見える黒い人影。あっかんべーをしたような気がした。
かわいい。と透子が思った時、声が聞こえた。
「アーサラー!!」
艦首付近にいた添乗員1の反応が急速に動いて往還機に迫る。
予想できる速さではなかった。
見ると白い装甲宇宙服が大きな火器を持ってカーゴルームを横切る。
「風花!」
Chapter-15 古藤風花 13歳 風に舞う花
飛んできた白い宇宙服。肩には大きな携帯型の陽電子カートリッジ砲。発射直前に弾頭内に陽電子を発生させ、対象物に叩きつけることで破壊する火器。往還機のペラペラな外装がもつわけない。
風花はBMIで装甲宇宙服の推進機をコントロール。飛び出す。
往還機にカートリッジ砲を構えた白い宇宙服に体当たりする。
同時に発射された弾頭は往還機を逸れて艦首入口の壊れたハッチ開閉機構に当たり爆発。往還機は爆風をかわして輸送船の外に出た。
「風花、早く乗れ」
「ハルくん、先に行って! 安全は確保する」
爆発と与圧エリアだったカーゴルームの破損によって、空気が外へ吹き出す。風花と白い宇宙服は輸送船外に出た。風花は振り返る。遠ざかる往還機と小さな破損など関係なく進む大きな輸送船。タキリヒメとアウストは生徒を乗せた中型船のエスコートでここにはもういない。
ナデシコは六花たちの乗る往還機をエスコートしている。
『アーサラー持ちはお前だけだと思うなよ』
風花と同じように小駒もBMIで宇宙服の推進機を操作できるみたい。機動兵器のように動いてスタンロッドを振ってくる。アーサラーの2まで行ってるのかも。動きが早い。風花もスタンロッド出して応戦。輸送船との距離を見つつ、そっちに戻る機会を探る。
「小駒、あきらめろ」
『その名で呼ぶな! オレはアドラウ・ファソ』
「アドラウ?」
アドはオズマルの育ったクレナラチアの言葉で「小さい」とか「可愛い子供」とかの意味があったはず。ラウの子供という意味かな。オズマルさんはほんとに愛情が深い。
『ファソの子どもとしか呼ばれていなかったオレが、オズマル師にいただいた名だ。オレは師を裏切ったお前が許せない』
「逃げろって言ってくれたから、逃げただけ。あの人はほめてくれたよ」
『師は生きる術、戦う術、全部教えてくれた。お前も同じだろう。なぜ裏切れる』
「裏切ったんじゃない。背中を押してくれた。いるべき場所にもどれって」
『いるべき場所など、アーサラーにはいらない。なくしてやる』
白い宇宙服が飛びながら、カートリッジ砲を構えるその先に往還機。
風花は全開で白い宇宙服めがけて飛ぶ。
「届いて」
アーサラー3といえど、宇宙空間の移動は推進機に頼るしかない。風花はスタンロッドを渾身の力で投げつけた。反作用で加速が鈍る。
ロッドが小駒の右下腕に突き刺さる。宇宙服の自動補修機能が働いて、刺さったロッドの周りをジェル状のシーリング材が覆う。
風花が小駒を捕まえた。
「あんたの事情は知らない。組織から元いた場所に帰りたくない子がたくさんいたのは知ってる。でも、それは私と関係ない。なんで全員が自分と同じ境遇だと思うの?」
「それが辺境宇宙だからだ」
「考え狭すぎだよ」
「オレ達は辺境宇宙を変える。数では帝国を押し返せない。レンゴデイオは個の力で帝国に抗う。そのために地球人は必要な戦力。その能力、辺境の発展と安定に役立てるならなんの問題もないだろう」
カートリッジ砲を小駒から引き離すべく、風花は手を伸ばす。
「結局、そっちの都合だ。帝国は地球から何も奪っていない。あんたたちは奪おうとしてる。そこに大義名分はない。奪うやつが敵」
「奪うさ。それが宇宙だ。新参者」
笑った小駒がカートリッジ砲のボリューム調整をぐいっと回して、陽電子生成レベルを極限に引き上げる。
「暴発させる気?」
「手に入らないなら壊すってのが、オレの星の考えだ」
「そんな考え変えてやる」
風花は小駒の宇宙服、コントロールパネルに手首の端末を当てる。ハッキング。コントロールを奪うと、宇宙服の腕に刺さったままのスタンロッドを握る。
「なんのつもり…ふっ」
ロッドのスタンガン機能を使う。一瞬震えて、小駒の抵抗がなくなった。
「…どうする気だ…」
「あんたは輸送船に戻って。私はこれを止める」
「…お前が死ぬぞ。アーサラー…」
「みんなが大変なことに巻き込まれるより、いい」
「他のやつなんて、どうでもいいだろうに」
生意気言うけど、身体は動かせないみたいだ。ロッドの電撃が効いてる。
「旅、楽しかった? また行きたくない?」
「…何を言ってる。あれは仕事だ」
「お前に優しくした女の子たちの気持ちは本物だよ。嬉しくなかった?」
「どうかな」
「違う世界、違う環境で生きてても、人を思いやる気持ちは変わらない。感じたはずだよ。思い出して」
小駒の宇宙服に輸送船にむけて全力噴射を指示。白い宇宙服が輸送船めがけて飛んでいく。
「やなこった…」
捨て台詞が聞こえた。
今度はカートリッジ砲のコントロールパネルにハッキング。このままだと陽電子が弾頭から漏れ出して、砲が自壊する。すでに各部が壊れつつある。
誰に言おう、テコさんしかいないか。
「テコさん、聞こえますか」
「フウ、早く逃げるんだ。反物質反応がすごい。爆発に巻き込まれる」
「その前に弾頭を射出します。射出方向は太陽系から垂直方向。警戒警報を出してください」
「撃つと砲が吹き飛ぶ。危険だ」
「暴発して、空間に穴開けたら地球ごとヤバイです。それはさせません。やります」
「フウ!」
風花は警告した方向へ砲を向ける。
手首の端末で発射をオート、10秒後に設定。
「それまでもってよ」
風花は全力離脱。が、さっきの戦闘で推進剤が空っぽに近い。
「くそ」
カートリッジ砲が白く弾けた。暴発ではない。粒子の尾を引いて弾頭が虚空へ走っていく。成功したけど、同時に砲の転換炉が自壊した。爆発の規模は暴発の数千分の一以下に押さえられても、次の瞬間、衝撃波が来る。
風花は宇宙服に備え付けの粒子ビーム盾を展開させたところで、衝撃を受けた。
猛烈な勢いで、いろんなものが視界を流れる。このまま、宇宙の果まで行くのかな? そこまでしか考えられなかった。
キラキラとしたものが舞っている。
風花はゆっくり目を開ける。どうやら生きてるっぽい。両手、両足、ある。一度深呼吸する。見ると周りを青く光るものが、くるくる回転してる。
「これ、なに?」
宇宙服のヘルメット、ゴーグルの内側にエマージェンシーモードと文字が出ていた。手は動く。風花は周りを一緒に漂っている青い光を掴んでみた。
発光体。平ぺったいサイリュームのような。
手首の端末で調べてみると、この宇宙服の機能で、漂流時に見つけやすくするために周辺空域に光の粒をばらまくらしい。それに飛んできたコースに同じ光る粒を一定間隔でおいてきているとある。
「気休めだね」
酸素の残りはあと3時間。足掻くか、いっそこの場で…。
風花は宇宙服のポーチを探るが、銃のようなものはなかった。
「安楽死用の毒薬とか付いてるんじゃなかった?」
噂は噂か。いや待てよ。薬があったとして、どう飲む? ヘルメット取れないのに。風花は笑った。
ヘルメットを取ってしまえば、目的は達成されるが、苦しそうで嫌だ。
「死ぬまでこのままか」
思い出す。さらわれて、帰ってきて、目まぐるしくすべてが変わった。
またみんなに会えて、北海道行って、美味しいもの食べて。
笑って、怒って、泣いて、食べて。六花が笑ってて、
玲が背中に寄り添ってきて。走馬灯、いいことばっかり。
「淋しいな」
風花は気持ちを言葉にしてみる。すると涙が止まらなくなって球体になってヘルメットの中を漂う。
「せっかく戻ってきたのに」
ごつん。背中に何かがあたった。漂流が止まる。一緒に漂っていた光の粒もなにかにあたって跳ね返る。
「え?」
手足を動かして姿勢を変える。指が数本曲がった、大きな手のひらが風花を受け止めていた。掌に乗ってる。
風花が顔を上げていくと、自分を覗き込んでいる巨大な顔。
「ひ!」
「あのさあ、フウちゃんといい、六花といい、人の顔見て『ヒイ』とか、ひどくない?」
通信機から千保の声
「え、エリアル。アイミなの?」
風花はエリアルEの手のひらの中にいた。顔を洗うために手のひらで水をすくう姿勢で風花を受け止め、乗せた手がコクピットへ動く。ハッチが開く。風花は手のひらを蹴って身体をコクピットに移す。中は無人だった。
そのままパイロットシートに座る。
「BMI繋がなくてもいいよ。私が動かす」
ハッチが閉まり、球体全面モニターが点く。
「活動限界で置きっぱって六花言ってたけど?」
「熱が下がったから、迎えにきたの。センサーは戦艦クラスの性能あるからね。すぐ見つけられたよ」
「どのくらい飛ばされたの?」
「しばらくかかるから寝てて。ってくらい」
「センサーすごくても見つかるものなの?」
「その服、強力な救難信号発信機とマーカーの発生装置がついてる。フウちゃんが飛ばされたところから延々と青いマーカーが光っているの。それをたどればOK。花びらのような光の粒に囲まれて、寝てるフウちゃんにたどり着くの」
アイミがコクピットに発見時の映像を流す。本当に青い光をたどっていくと、青い花びらの中に自分が寝ていた。見上げて、ヒイってなったところで映像が止まる。
「そこで止めるの?」
「かわいいから」
コンソールパネルの小さなモニターの中で、神城千保と同じ姿の子がいたずらっぽく笑う。
「いろいろ高性能な服なんだね」
「そうなの。テコさん、宇宙で迷子にでもなった記憶があるのかな? 絶対一人にしない、させないって意思を感じるよ。トラウマでもありそう」
「聞いてみたいけど、教えくれないだろうな」
風花とアイミは笑う。
「さあ、帰るよ」
ゆっくりとエリアルEが動き始める。推進剤が心もとないので、3つあるノズルうち、一つだけから青白い排気炎を弱々しく吹き出す。排気炎にさっきまで風花を取り巻いていた光の粒が散り散りに。
「風に舞う花びら…」
「フウちゃん自己紹介?」
「そんなんじゃないよ」
風花はヘルメットを外す。さっきの涙が数滴漂う。散ったままの花びらとは違う。こうやって帰るのだから。風花はさっきの自分を否定する。抗おう。どんな状況でも。これまでもこれからも。
Chapter-17 古藤風花 13歳 10種類のお団子食べてみた。
『西湖女学院、中等部2年生が参加した修学旅行において、不法滞在異星人との接触があり、参加した生徒、引率の教師全員が検疫検査を受けるという事態が発生しました。
修学旅行を担当した旅行会社の用意したチャーター便の機長が偽造パスポートを持った不法滞在異星人であり、参加者全員と接触があったため、帰還した全員が富嶽宇宙港の検疫施設にて検査を受けています。生徒の母親はこの様に話しています』
ニュースには誰かの母親が心配だわーと話しているのが映る。
今回の事件は、風花にぶっ飛ばされて捕まったかわいそうな機長にほとんどの責任をおっかぶせて、小さなトラブルとして公表された。事件の全体像、誘拐未遂、マインドコントロールに関しては伏せられた。さすがにヴィエイラオービタルは国土交通省から宇宙運輸業の認可を取り消されたが、大きな処分はそれくらい。
日本人が兵器のベースとして狙われているという事実は防衛軍と日本政府の一部が知るのみ。結構秘密主義だ。
風花は先生たちが収容されている病室を見てみる。電波遮断、音が伝わることも抑え込まれた部屋。一番影響が濃かったアヤムラ先生を始めとする数人は、添乗員から引き離して3日目にようやく、事件前の自我を取り戻し始めたという。現在、影響の薄い子から事情聴取の上、退院が許可されている。
大半の子は自分が何をしたのか、よく覚えていない。夢の様に断片が思い出せるだけ。小駒や笹島の写真を見ても、名前すら出てこない。
「修学旅行って、本当にあったの? あたし、行った?」
風花がSCEBAIの廊下で会うクラスの子達に何度も同じ質問をされた。
「楽しんだの、六花たちだけなのかな?」
「楽しんだ? 六花も私も死にかけたのに」
「美味しいもの、たくさん食べた。ちゃんと覚えてるし」
「くいしんぼは楽でいいなあ」
車椅子生活をしてるのに、六花はポジティブなことしか言わない。風花を気遣って言ってることはわかる。自分の怪我で風花が負い目を感じないように、六花は一生懸命。車椅子を押しながらその後頭部を見てると、あまりに健気で、がぶりつきたくなる。
帰ってきて4日目。宿舎からテコと透子、SCEBAIの医療部が合同で開設したメディカルラボに車椅子の六花を連れて行く。風花の日課だ。そこで最先端治療が行われている。
あの日、往還機が着陸。一足先にナデシコで帰っていたテコが今まで見たことがない表情で機内に飛び込んできたと、陽奈や玲が言っていた。さらに風花行方不明の一報を聞いて壁をぶん殴っていたという。
「あんなに熱い人だったんだな」
玲はそう言ってた。テコさんはクールではない。愛情をコントロールできる人。それでもこういうときは、漏れ出すんだな。風花は思う。
六花のいたるところに入っていた骨のヒビはほぼ治っている。打撲の傷を徹底的に直しつつ、リハビリも並行して行われている。
六花たちの宿舎の部屋、リビングのカレンダーには3月29日に丸が打たれて、桜!と一文字大きく書き込まれていた。外すわけにはいかない。
六花は治療とリハビリに耐え、風花はそれを全力でサポートした。
帰還より1週間すると、マインドコントロールの影響下にあった人も大半が退院。そのまま春休みに入ったので、寮から実家へと帰っていく。
生徒にインタビューを試みようとしたマスコミもいなくなった。
ラボでは今日も小駒と笹島の尋問と実験が行われている。彼らがどうやって生徒や先生をコントロールできたのか。その技術を検証するためだ。
意外なことに二人は素直に応じているという。
「本当にここは、いいところなんだな。なんで旅行なんかするんだ? ここにいれば十分だろ」
小駒はそうテコさんに聞いたという。テコさんは
「いいところがここだけじゃないからだよ」
と答えてあげたって言ってた。
二人には声帯、眼球、首の付け根当たりに装置が埋め込まれていた。加えて生まれ持った真っ黒な目を隠して、地球人と同じ目に見せるメガネ。これにも、暗示をかける機能があるそう。これらが統合的に働いて、自分の周りに相手を引き込む影響エリアを作ることがわかった。
「ここまで目的に特化した改造人間は、銀河帝国ではあまり聞かない。これだけのことをやろうとする背景が気になる」
テコさんはそう言って二人の資料を食い入るように見ていた。
SCEBAI周囲を回る散策路を風花は六花と走っている。ペースはそれほど速くないが、六花は走れるまでに回復していた。
あの神の国のロケットの前で止まる。水分補給をして軽くストレッチ。
「ありがとう風花。つきっきりでリハビリ付き合ってくれて」
「六花」
我慢できなくなった風花は六花を抱きしめる。
「よかった…」
「六花は、今汗臭いよ」
「そんなことない」
風花は六花の頭に頬ずりする。
「ほんとにありがとう。こんなに早く治るの、風花のおかげだよ」
「…そうだぞ。感謝しろ」
偉そうに言うつもりが、私、泣いてるなあ。
「わかった…」
六花の方から腕を回して風花を抱きしめる。風花の胸のあたりに六花の顔がある。
「大好き。風花」
「うん」
「お花見、行けるね」
「うん。よかった」
『西湖女学院、中等部2年生の皆さん、進級おめでとう。いよいよ、最終学年ですね』
スマホの画面に映っているのは、校長先生。
修学旅行後、みんな入院そのまま春休みとなったので修了式ができてない。そこでライブ配信となった。
六花と風花は地上約40メートル、エリアルEの顔の前で聞いている。
今日は二人で唇部分にグロスコートをかけるお仕事。大きな筆を使ってほんのりピンク色のクリアコートを乗せていく。風花はリマインダーをかけておいたので、一旦作業を中断した。
で、流れてきたのが先の声だ。
『修学旅行、大変なことになってしまい、言葉がありません。でも入院が長引いていたアヤムラ先生も昨日、無事に退院しました。ようやく、修学旅行は終了です。旅行会社の選定など、私の責任であると自覚しています。生徒の皆さんには心よりお詫び申し上げます。本当にごめんなさい』
校長先生が画面の中で深々と頭を下げた。
『旅行期間中、トラブルが合ったと聞いています。そのトラブルは一部の生徒が解決の糸口を掴んでくれました。彼女たちは誰に何を言われようとも、自分を貫き、それを封じようする力に抗い、一歩間違えば大惨事となったこの旅を無事終了へと導いたのです』
「褒められてる。六花」
「えっへん」
「それ言葉にする人、初めて」
「今、六花をおばかだと思ったな」
くすぐりに来た六花を捕まえて、脇腹をつつくとすぐおとなしくなった。整備作業台に座る風花の投げ出した足の間に六花が座って体重を預けてくる。くっつきたいモード? 六花のあざと感が日々増して、実に良い。
『一部のでは彼女たちのあり方を認めない、貶める発言があったと聞きます。さらに彼女たちを旅から除外しようという動きもあったとか。
とても恐ろしいことです。自分と違っているからこそ、その人は輝いている。その輝きを認め、互い尊重し合うことが多様性の時代の、当学院生徒のあり方であると、先生は考えています』
「すごいこと言ってる?」
「普通の話だと思う」
風花が貨物室に入れられる前の状況を思い出す。
『3年生となる皆さんが、他の学年の範となることを期待しています。では、4月に元気に会いましょう』
「ふうかー」
来海神社へとつながる道。ここからもう、桜の回廊となっている。
花に見とれて遅れた。
呼ばれる声に見上げると、お団子をかじってる六花。
「もう食べてるの?」
「餅来さんの団子は最高」
神社のほど近くにある和菓子屋さん「餅来」。桜の時期は出店を出している。いろいろな味の団子が並んでいる。
「こんにちは〜。くるみんこまちの新人あおっちです。今日は来海山村の桜まつりに来てます」
碧が配信用の動画を撮ってる。
「来海出身の透子先生イチオシの餅来さんのお団子がこの時期、出店で買えるんです。気になるフレーバーはなんと10種類」
その声は楽しそう。
「すごい、みんなほぼ違うの選んでる」
六花、陽奈、玲、詩歌、千種、碧、カレン、キリちゃん、透子さん、テコさん。並んで、風花を見ている。手にはお団子。
いっぱいだ。ほんと、いっぱいいる。私を知ってる人たち。私が好きな人たち。
「風花は何にする?」
玲が訊く。
「誰も食べてないのは?」
「みかんあんこ」
六花が答える。
「じゃ、それにする」
「六花、2本目、準備完了」
「では、いっせいのーででいこう」
玲が掛け声する。いっせいのーで、ぱくり。
「うっま!」
と全員で叫んで、全員で笑った。風に桜の花びらが舞う。お団子に一枚ついた。
Epilogue メガネ。
4月。防衛軍仮庁舎の事務室。
進級のための書類をまとめていた風花のところに、テコが後ろ手になにか隠してやってきた。
「フウ、かけてみて」
「メガネですか? 私、目は悪くないですよ」
改造人間なんで。と言いつつ、黒縁のレンズ大きめメガネをかけると、眼前に様々な情報が現れた。
「これって」
「多目的情報ディスプレイだよ。メガネが視力矯正だけじゃもったいないと思ったんだ」
「視力矯正? もしかして最初、透子さんのために作ったんですか?」
「一応ね。そしたら、視界が鬱陶しいっていわれてさ」
テコがしょぼんとする。
「で、私に?」
「フウなら、この良さがわかるでしょ」
「たしかに…」
「BMIと接続すればさらに表示情報が増える」
風花はその通りにやってみた。と、六花がエリアルEファクトリー、小霧が庁舎の3階経理室、晴人は訓練場にいることが表示された。
「へえ。いいですね。これ」
「でしょ、使ってみて」
「あのちなみに、添乗員のメガネに触発されてます?」
「え? 強制認識補助機能はつけてないよ。だっていらないだろ。フウ」
風花はテコに笑顔を返し、立ち上がって、給湯室においてある姿見で自分を見てみる。似合ってる?
「ほらな。いらないよ。似合うよ。フウ」
「こういう事もできるって、知ってる」
低い女の声がして、風花の視界いっぱいに青白い顔が現れた。
「ひ!」
「だから、人の顔見てひっ! って言わないで」
メガネにホラー映像として現れておいて、なんてこと。
「脅かすつもりのくせに!」
「ああ、アイミにいじられると、フウが一人で盛り上がってるイタイ人みたいになるな」
テコは笑っている。
「今度やったら、今度やったら、どうしよう」
ちょうどいい復讐方法が思いつかないで、風花は困ってしまった。
そんな時、ちりりーんと受付の呼び鈴が鳴った。風花がインターフォンを取る。
「防衛軍本部です」
「倉橋航空機と申します。本日、由良様と11時にお打ち合わせのご連絡をいただきまして」
澄んだ女の人の声。
「はーい、今行きまーす。アイミ、由美香さん呼んで」
「了解〜」
風花が階段を降りて1回の受付にいくと、
「お世話になっております」
「玲!」
制服とは違うネクタイを付けた玲が立っていた。
「あ、風花、メガネ」
「あ、うん、テコさんにもらったの。似合う?」
「すごく素敵。ちょっと私のと形が似ててうれしい」
「そう言ってもらえるの、なんかいいな。で、今日はどうしたの?」
「今日は会社の仕事だよ。営業補佐」
とんとんと階段を降りる音がして、由美香が現れた。
「わざわざすみません。副社長」
「副社長?」
「副社長はこっち」
玲が後ろに立っていた男の人をぐいっと引っ張る。
「はじめまして、こんにちは。倉橋航空機の倉橋瓏と申します。妹がいつもお世話になっております」
キミさんを少しスリムにしたような、こっちもメガネを掛けた人。
「由美香さんとドローンの打ち合わせ。後でね。風花」
3人が応接室に消えた。
「ふつーに働いてるの? 玲」
小霧が缶コーヒーを玲に渡す。SCEBAI敷地内にある桜並木。バイオ研究棟の成果物の一つらしい。
「防衛軍案件だったので、でしゃばりました。それに、兄貴は由美香さん前にして、話せるか心配だったので」
「由美香さん、黙ってるとかなりの美人だからねえ」
「でも杞憂でした。どうやら路線が似ているようで二人」
小霧、晴人、六花、風花、そして玲。瓏がまだ由美香と話しているので、その間みんなでお茶の時間になった。せっかくなので、プチ花見。
「あさってから学校か」
晴人が呻く。
「みんなクラスどうなるかな?」
六花の話しに
「なんかね、ばらつくと厄介だからまとめて。ってお願いしてある。って透子さん言ってた」
小霧が言う。
「権力…」
風花がつぶやく。そこに玲が
「それ、私も入ってるのかな?」
「入ってるんじゃない? 玲、かなり絡んでるし、絡みも増えるみたいだし」
小霧が視線を送る先には、瓏と由美香。歩いてくる。
「玲、戻るよ。あ、良いアングル。写真撮りましょう」
「由美香さんは?」
「あたしはいいよ」
「では、チーズ」
「玲に送っとくからみなさんに」
「ありがとう兄貴。じゃ、行くね。今度は学校か」
「うん。学校で」
玲がすっと風花の手をとる。
「あれから何度も寝て冷静になっても、変わらない」
「わかった」
手を振りながら玲が帰っていく。
『どういう関係なの?』
とメガネにアイミからの質問。
「私にもわかんない」
舞い散る花びらが玲の姿を隠す。でもメガネにはその位置がずっと表示されている。
エピソード4に続く。
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