vol.6 エコー (弦野響・22歳)

弦野響(つるのひびき・22歳)

神通ライナーにコソコソ乗って、なんとかしてたどり着いた新宿のライブハウス。わがメンバーはお揃いのようだった。
「響だけ遅刻ーーー。」リーダーでベーシストの薫は手厳しい。「すんまっせん!」
「まあ演奏でバッチリ取り返してくれればいいんだから。期待してますよ。ね?」ドラマーの桜子はいつも包容力があって、お母さんみたいだ。まあ私はお母さんの顔を知らないんだけどさ。

「はい、じゃあ、本日もよろしくお願いしまーす!!!」
と雑な顔合わせ挨拶の後、共演者たちは思いおもいに過ごす。

「うちら今日トリだね」
「女だからって舐められないのは本当にここまで頑張ってきたよね」
私たちのスリーピースバンド「イノセンス」は結成3年を迎えた。
「響、そろそろちゃんと話しとかなきゃいけないよな、」
「うん、ごめんね、ごめん」
「ごめんじゃ分からないよお。響はさ、故郷が好きなの?」
「…わかんない。でも二人のことは大好きだしイノセンスも大好き、曲が大好き、アレンジも、ライブのかっこよさも、何もかも好きだし手放したくないよ」
「もうさあ、ウチに響匿って同棲すんのとか」
「いや…二人に迷惑はかけらんない」
桜子がポツリと言った。
「今がずーっと続けばいいのにね」

トリのバンドは大抵、共演者もお客さんも観てくれることが多い。それなりの実力を持ってその日の最後を担わされてるんだから。

いよいよ出番だ。ステージに上がり、3人拳を合わす。
3人で一つになろうね。次も3人でやろうね。今日は最強の3人になろうね。

「イノセンス始めますよろしくお願いします!」
間髪入れず私のギターストロークを鳴らす。薫のベースがドライブして、力強い桜子のドラムと合わさる。これだ。これなんだ。私はこれが大好きなんだ。

うちらは、次があるか分からない。その必死さが評価されてるのか分からないけれど。メンバー二人は神通川の人間ではない。ひとえに私のせいだ。内緒で東京に出てこんなことやってて。いつ禁止されるかわかったもんじゃない。だから、ライブでの一回きりの爆発力なら誰にも負けないんだ。何の曲をやったって。闇も光も夢も現実も、全部私にとっては「ほんとうのこと」なんだ。だって、これが最後かもしれないと思ってやってるんだから。こんなに恵まれたメンバーでのバンド、もう離したくないんだ。
あ、フロアのあそこに見えるのはかつて同じ寮生だった雪。いつもこっそり応援してくれてたんだ。なんだか儚げで消えてしまいそうだけども、その目は確かにキラキラしている。

「ありがとうございましたイノセンスでしたっ!」

まだ響き残るノイズ。ああ、気持ちいい。私はこのまま死んでもいいとさえ思えた。私たち3人が、間違いなく出した音。反響して、気持ちいい。
爆音にたゆたったまま、どこにも帰りたくない。お母さんのお腹の中にも。

神通川にも。


弦野響 死因:感電死 享年22

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