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vol.2 ズッ友(川端 みなも・17歳)

川端 みなも(かわばた・みなも)17歳、高校生

最強の大親友こと布施雪のオカンがまあまあグレーな仕事をしているのを聞いたのは高1のとき。なんでもない日に、彼女が打ち明け話のように教えてくれた。私はどう答えたらいいかわからなくて、とりあえず「話してくれてありがとう」と言ったけど、その答えで正しかったのかは今もわからない。ていうか、雪とは小学校からの付き合いだけど、雪のオカンとは一回も会ったことがない。ぶっちゃけ実在するかもわからない。でも、ここはそういう街だ。確かなものが何一つない。

この街に横たわるデッカイ【エラー】に気付いたのは7歳のとき。私は親がいなくて、施設、俗にいう孤児院の出身なので、気付いたのは早いほうだと思う。施設はこの街の制度だとかシステムとズブズブだから。雪みたいな一般の家の子はなかなか、気付かないかもしれない。
神通川の子どもは、全体の3割くらいが孤児だ。だから施設出身であること自体はさほど珍しくはない。施設は3つあって、第1と第2と第3がある。私は第2の子どもだ。高校生になった今も、施設の寮で暮らしながら学校に通っている。

雪から着信があるのはいつも、夜中の1時頃だ。
「もしもし」
『うわ、起きてた』
「失礼だな」
『うひひ。みなも、ホント好きだわ』
「はいはい」
雪は顔がかわいいくせに下品な笑い方をする。小学校のときからの癖だ。誰に笑い方を教わったんだろう。それに、軽率に「好き」と言う。人の気も知らないで。
この時間の着信があるとき、用件は一つだ。
『今から部屋行ってもいい?』
施設の子どもは、高校生以上になると個室に住まわされるようになる。決して広くはない部屋、でもまあまあ気に入っている。
「私は別にいいけど。第2、正門さっき閉まった」
『裏門は?』
「安定のガバガバセキュリティ」
『うひひ。何か買って行くものある?』
「じゃあ、コンビニで緑茶」
『オッケー、20分で着く』

雪がオカンと住んでいるアパートから私の部屋に転がり込むようになったのは中2のときからだ。
雪は、眠るために私の部屋へ来る。いつもそうだ。この部屋にきて何をするでもなく、同じベッドで眠る。ただそれだけ。
初めて逃げてきた夜、雪は青白い顔をしてかなり呼吸が浅くなっていた。
「助けて。お父さんがベランダにいる」
当時の相部屋だったラムちゃんと佐和子ちゃんはすぐに事情を察してくれて、雪をかくまった。
今日も、いつものように門まで雪を迎えに行って、部屋で少しお茶をして、ベッドに入る。雪はいつも少し身体を丸めて、すぐに寝息を立て始める。いつも同じシャンプーのと、外にいた匂いがする。肩は尖って、鎖骨が浮き出ている。ほっぺがふわふわで赤ちゃんみたい。まつげは私の倍くらい長い。キャミごしに胸のふくらみがあるけど、それも小さい。
私は雪が眠りについてから、ドリエルを5錠くらい緑茶で流し込んで、眠る。変な気を起こす前に。なかなか眠れないけど、少なくとも眠ろうと努力をする。

大親友の雪は、自分のことを私にいっぱい話してくれた。それなのに私は、雪に絶対言えない秘密がある。

明け方、窓の外が明るくなる頃、私もようやく少しだけ意識がまどろんでくる。いつも、隣にいる雪をグチャグチャに犯す夢を見る。私は誰かとエッチなことをした経験はまだないけど、雪の犯し方はなんとなくわかってしまって、夢の中でそうやっている。目が覚めて私はちょっと泣く。同じ布団の中で、雪は誰の夢を見ているんだろう。耳を近づけて、ちゃんと眠っているのを確かめてから、雪の寝顔をカメラで撮る。私のカメラロールには、雪の寝顔があふれている。全部同じ距離で、同じ角度で、同じ光の加減だ。日記みたいに雪の顔が増えていく。

雪は最近、東京の大学のパンフを取り寄せたり、ひとり暮らしの物件サイトを見たりしてる。何も言われなくても、さすがにわかる。神通川を出ようとしているのだ。
神通川を出た人は、ほぼ確実に、もう二度と会えない。この街を出るというのはそういうことだ。そして、ここを出た雪を待ち受けているのは、差別と偏見だ。
それでも行くのだろう。一見ナヨナヨしてるけど、やると決めたことは絶対やる。私の知っている布施雪はそういう子だ。それに、彼女を止められる資格が私にあるだろうか。時間が止まって、永遠に今が続けばいいのに。そしたら雪と、ずっと友達でいられるのに。

でもダメみたいだ。近頃、雪は遠くの何かを見ている。大親友だから、わかる。
だから、もうそろそろ、さよならを言う練習をし始めなければならない。

「……あのさぁ雪、知ってた? 私は雪のことがずっとずっと好きだったんだよ。びっくりした? でも、この気持ちは心の奥にしまって、黙っておくよ。えらいでしょ。だから、ずっと好きでいてもいいかな? こんなことを言って本当にごめん。ねぇ、雪。苦しい。わかる? わかんなくていいよ。ああ。ごめんね。雪。出会ってから、いっしょにいろんなものを見たよね。たくさん笑えて、本当に楽しかった。私は、雪がいるから生きていられたんだよ。たぶん私は死ぬまでここを出られないし、あんたは、これから何もかも忘れてしまうけど、私が雪の分も全部覚えてるから大丈夫。世界中を敵にまわしても、私が全部味方に変えてあげる。だから安心してね。ごめんね雪。好きになって、ごめん。雪。さよなら。だいすきだよ。雪。
ずっと友達でいてね。」


川端 みなも 死因:高所からの転落 享年17


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