尸解帝廟弑逆録
殭屍百八十六年。
壊死六国の大乱世を制し、大帝国「棺」を建設した皇祖張惨が自我と腐肉の全てを失い、皇太子張絞によって「埋葬」されてから百八十六年が経った。
一時は絶滅寸前と目された未死人だったが、二世皇帝張絞の計画的な増産によって、一千万人の水準を取り戻していた。
総人口の四分の一が生者となったのは実に四百年ぶりであり、棺帝国の繁栄はここに極まったといってよい。
「死して神仙となるにも、人として生まれねばならぬ。さても奇妙至極」
執務の合間に張絞が呟くと、群臣は恐懼して拝跪した。張絞が金丹を服したのは四十一歳。二百四十六歳となった今も、変わらぬ容貌を保っている。「はじめから神仙として生まれれば面倒もあるまい」
「恐れ乍ら」
跪いた臣下の中から返答するものがいる。御史大夫の朱腑である。
「申せ」
「蝉は羽を持っては生まれませぬ。天龍も時至らねば川底に住むとか」
わずかに面差しを上げた朱腑に恐気は無い。齢二十一で進士に及第し、妻帯もせずに銀丹を服した忠骨の臣である。
張絞は青黒い竜顔をくつろげた。
「御史大夫の言、常に理あるかな」
一同に和やかな空気が漂う。張絞の時代の空気は『君臣相和して笑声頻々、喪礼に劣らず』と史書に残る。
「急事にござりまする」
雷声と共に太尉の李溺が入室し拝跪した。軍事の最高位が急事とは穏やかではない。
「聞こう」
「……恐れ乍ら、去りし天竜のことにて」
張絞の顔が曇った。自らの治世の、墨を差したような汚点。
「先帝(ちち)か」
「尸解に至りたるものが霊廟に立ち入れば、瞬く間に滅ぼされます由」
二世皇帝は額を抑えた。肉親の情。二百年近く前の負債。
沈黙に支配された室に、再び朱腑の声が響いた。
「陛下、羽持たぬ蝉でも地には潜れましょう」
全土の未死人の牧に勅命が下ったのは、その四日後である。
『皇祖の御霊を安んずる為、未死壮健なる者を徴すべき事』
(続く)
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