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「まほうつかい」を探して

「私は魔法使いではないよ」
終生、私が「先生」と呼ぶことになる人は、困り顔でそう告げた。
年若い私は、夜通し馬で駆けてきた疲労で朦朧としながら、両の手をついてこう繰り返したのだという。
「大賢者アーヴィエリ様、どうか名高い魔法のお力をお貸しください。どうか、どうか」

目を覚ましたのは広間の長椅子だった。夜は明け、朝霧の美しい気配が窓から立ち込めてくるようだった。側には帳面を手にした先生がいた。
私が何か言いかけると、先生は手で制して言った。
「魔法をお目にかけよう」
先生が暖炉の脇の綱を引くと、軽やかな鐘の音が響き……そこからは魔法だった。
次から次へと女性たちが現れ、挨拶をしては広間の宅に料理を並べていく。その数8人。
「おはようマルガレーテ。君は運がいいぞ。彼女のオムレツは絶品だ」
「ヨハンナ、この酢漬けはとっておきか?もてなし上手め」
先生が如才なく誉めそやしていくうちに、豪勢な朝食が完成した。
先生と私と女性達。それは賑やかな食卓だった。私の家も子爵家にしては家庭的だと思っていたのだが……。話題の洪水だ。男がどんなに言葉を尽くしても、奥様方の半分も喋れはしないだろう。「量だけはたっぷり」というやつだ。ただし、朝食の方は味も最高だった。

私のことを根掘り葉掘り聞かれた結果、私は15だというのに泣きべそをかき、広間が静かになった。
「あんな獣は見たことがありません。あれが竜かと、領内は凄い騒ぎになって……アルベロの家の牛が丸呑みにされたのが最後で、奴は河へと消えました。それで……」

「それで、君は父上から聞いた“イルサレの魔法使い”の話を思い出した」
私の目が真ん丸になり、先生は顔を歪めた。
「フランチェスコの奴、私に尾鰭を付けるのが余程好きらしい」
「父上を」
「ご存知だとも。5日前にその件で手紙を寄越した。『魔法の杖の振り所』。官僚団筆頭のやることかね」

(続く)

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