寒いうちに眠りからさめたら

 体を起こして左を向くと、窓ガラスの向こうにシャラがある。硬く五裂した果実が枝にぽつりぽつり残っていて、もうひとり、落葉しそこねた枯れ葉も枝にしがみついている。鋭い風がこまかくそいつを揺らすのを見た。
 肩からふとんがずり落ちたので、代わりに枕元に脱ぎ捨てた半纏を手繰り寄せる。長らく干せていないからしなしなで冷たくなっているのだが、彼にとってそれは重要でなかった。室内履きをつっかけて起きだす。

 すっかり冬眠してしまおうと思い立ったのだ。
 数日前、彼が珍しく早い時間に帰宅すると、足音を聞いた近所の子どもが素っ頓狂な声を出して走り去った。飼っていたカタツムリが玄関先で死んでいた。ほっぽりだされた虫かごは日中にそいつがしただろうみどりやオレンジの糞でいくらか汚れている。コンクリートの地面に転がるカタツムリは触らずとも死んでいるのがわかる。殻の一部が粉々になって、普段ぬらぬら光っている体が真っ黒く萎びていた。
 雨上がりに毎度出てくるのでいつか踏みつけそうだと捕まえたのが四年前。今年は冬眠に入るのが遅いのを多少気にしてはいたが、少なくとも冬眠についていない間はただ毎朝虫かごを洗って、人参の芯やきゅうりの成り口、卵の殻なんかを放り込んでおけばよいだけだった。最低限の世話を機械的に続けてきた、名前もつけていないただのカタツムリが死んだ。
 ただのカタツムリの墓標には何も刻むことがないから、庭先のシャラの根本に死骸を埋めて、上に適当な石を四つだけ積んだ。彼はその前にしゃがむと形式的に手を合わせて、目をつむるでもなく、じっと石を見つめたあとで小さく首をかしげながら立ち上がった。

 彼はカタツムリが毎年そうしていたように、殻の入り口に膜を張って冬眠してみることにした。部屋に七輪を置いて、扉をテープで目張りして、準備を終えてさあ火をつけようとしたのだが、彼には着火剤になるものの持ち合わせがなかった。布や紙を見繕うのも面倒で、カチカチと何度か炭にライターの火を近づけるがなんの意味もなかった。
 火は諦め、もうただ眠ろうと布団に入る。目をつむるとすぐに眠気がやってきて、彼はついに冬眠した。


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