本日というか昨日というか今日というか
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おそらく初めてパソコンでゲームをした。ホラゲーとしてすすめられたが、ゴリゴリの謎解きand逃走ゲームだった。頭を使うことが苦手で指先が不器用な私にとってそれは最悪で、ありえないくらい沼った。本当にありえなかった。一歩進み足りないという理由でアイテムを使えず、そのためドアに鍵をさせずドアが開かなかったり、「少なくとも一つ」の反対がわからなかったり、四つの矢印キー全てを人差し指のみで押していたため逃走シーンがうまくいかなかったりと散々なありさまだった。過去自分がやったゲームで他人が沼っている様を数時間も見せられるのは私だったら苦痛で仕方ないのに、私にホラゲーをすすめた人物は適度にヒントを出しながら、穏やかに笑い、応援してくれた。「矢印キーは3本の指を使えばいいよ」と馬鹿にもせず教えてくれたことを、なんなら面白がってくれたことを、これからも忘れずにいたい。(本人にバレたら恥ずかしすぎるため、仲が深まった場合消すということも忘れずにいたい。)あるいは、我慢させていたのかもしれないから、その時は、、どうすればいいんだろう。ホラゲーの訓練をすることと、愚かさを反省することはしておきたいね。人の感情は他人から見えないのだから、適切なところを適度に見せる技術を磨きたいなあ。そういうことをこまめにキチンとやっていかないと、人間の関係は終わる。
きのこの山の方がたけのこの里より足が速そうだという話もした。きのこの山には、一本だが足がついているためだ。相手からはきのこは山だから遅そうという意見を受けたが、里には人間が定住していて移動しないため二重の意味で地に足をつけており、遅いどころか移動しないと反論したら、笑って負けを認めていた。すぐ笑うからいいなと思う。簡単に心を動かされる。
文章を書きたいとだけただ思っていて、内容はなくて、これはあれだ、行きたいところがないのにどこかへ出かけたくなり家を飛び出す感覚に似ている。自分の空っぽの部分を埋めたいだけ。虚をとりあえず密にしてなんとなく安心したいだけ。
今年の夏は完璧だった。いや、海を見ていないため完璧とは言えないのだが、大学2回の夏として限りなく完璧に近かった。会いたい人ほぼ全員に会えたと思う。(と言うと会っていない友人の顔が思い浮かび、その人が聞いたら悲しむことを思いいたたまれないため公には言いたくないというこの気持ちが優しさからではなく自己愛からくるもので、虚しい)
グランピングは2回したし、花火は4回見たし、泊まりも3回したし、カラオケと徹夜はありえないぐらいした。縁あってよさこいの審査などもした。地元の友だちグループ全てで遊ぶこともでき、仲の継続を確認する作業を終えた。さまざまな人間とたくさんの思い出を作れたと思う。その全てに感謝したい。
夜分遅いことを申し訳なく思いながらも、0時に母の誕生日を祝った。誕生日という概念が訳あってしばらくは地雷なのだが、それはそうと大切な人の誕生日は来るものだ。母の娘でよかったとこういう日に自然と伝えられるような親子関係を築ける母の、娘で本当によかった。(少し難解な文章)
今、メンタルがいい。この状態を覚えておきたい。できればパック詰めして、期限付きで保存して、悪さが片鱗を見せたあたりで開封したい。
もう6時なのでお腹が空いた。昨日は1日1食なのに酒は5杯飲んだ。今日も何も食べる気はない。他人との会話や特別なおいしさなどの付加価値がない食事に魅力を感じなくて、ただ生命維持のために食べていることも多い。生物としての不自然を感じ若干気分が悪くなる。
今年も去年のようにおかしくなって授業に行かず落単してしまわないか不安で仕方がないけど、何となく自分は大丈夫だと思っているからきっと大丈夫なんだろう。去年は何となく自分は絶対ダメだと思っていたし。
変でありたいとは思いたくないから、確かな日常を昨日より愛したい。ありきたりな言葉しか選べずつまらない文書になってしまった。しかし読んでくれた人間を否定したくないためつまらなくはないとしておく。(めんどくさい)
直近の苦しさといえば1つしかなくてよく考えたらありがたいのだが、それがほぼ全て笑いという純粋な感情に昇華されて、勝手にとても楽になってしまった。致死量の罪悪感や行き場のない気持ちはたまに顔を出すが、それらを抱えながらしばらく生きていくと決めた。無理に手放そうするのではなく、気づいたら忘れていた!という状態になるまで自然と持ち続けるのが1番よいと感じている。私のことは許さないまま、忘れて、泣かずに生きていてほしい。ほんの少し前まで靴下に穴が開けばいいのに(しょうもない)と思っていた相手に対して、道端で1000円札を拾ってほしい、この先の人生で嬉しいことがたくさん起こってほしいと感じている。おもしろい。幸福を心から願える自分にひどく安心する。さようなら、大好きな人。