見出し画像

さくらショッピング2

 …煩いわねぇ…
 ファミレスで主婦友の麻里奈を待つ明日香、周りの席で喧しい主婦友グループに閉口。
            *
 名前:河合麻里奈
 年齢:41歳
 属性:専業主婦
 家族:亭主、中学2と幼稚園の息子たち
 娯楽:通販
 恋心:宅配の吉本くん
 失恋:十中八九、宅配の吉本くん
 不安:内緒で買った楊貴妃ジェルのことが明日香にバレたらどうしよう
            *
 SNS:小泉明日香→河合真理子
            *
 名前:小泉明日香
 年齢:53歳
 属性:コンビニバイト主婦
 家族:亭主、高2の娘、中2の息子
 娯楽:SNS
 恋愛:やり方すら忘却
 失恋:バイト先のコンビニのゲイのバイトくん
 不安:年齢の割に元気過ぎる亭主との夜の夫婦生活
            *
「ごめん。待った?」
 斜向かいに座る明日香の顔を見て、麻里奈は心の中で呟いた。
 …金粉…
「いいえ。さっき来たわ」
 そう言って微笑む彼女の頬は、美肌艶々で紅くほんのり染まっていた。
            *
 びかッ。
 きらッ。
 明日香の頬全体に散在す金箔の輝き。
 …やっぱり、楊貴妃ジェルを使ってるのかしら…
 麻里奈、気になって仕方がない。
            *
「この時間でも混んでるのね」
「暇なのよ。最近の主婦は…」
 メニューを見ながら素っ気ない明日香。
「注文。決まった?」
 明日香、メニュー選びに没頭。
 …『元気、若みえ、楊貴妃ジェル』…
 来る前まで家で見ていた通販番組で、アナウンサーが連呼していたキャッチフレーズが麻里奈の頭の中で響く。
 俯き、熱心にメニューを見る明日香の頬に光る金粉。
麻里奈、楊貴妃ジェルの金粉を振り払うかのように店員を呼ぶ。
 声を掛けて呼んだのは、もちろん大学生風の男子。
「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」
 メニューから顔を上げた明日香、注文を聞きに来たバイトくんの顔を見てハッとする。
「あっ。あたし、このセットね」
「はい」
「明日香さん。決まった?」
 明日香、バイトくんの顔を穴の空くほど見つめている。
「ちょっと。どうしたの?」
 戸惑いの麻里奈。
「明日香さんッ」
 明日香、ハッとして我に戻る。
 バイトくん、にっこり営業スマイル。
「お客様。ご注文、お決まりでございますか?」
「ああっ。ええ。これね。これのセットね」
 バイトくん、二人の注文を復唱。
「ご注文は、以上で宜しいでしょうか?」
 頷く二人。
「はい。少々お待ちください」
 明日香、立ち去るバイトくんの爽やかな後ろ姿を見送る。
「明日香さん」
「えっ?」
「どうしたの?」
「うーん。あの子…」
「ひょっとして、タイプ?」
「違うわよッ」
 明日香、ちょっと語気が荒い。
「あの子。恋敵」
「えっ?」
「SNSで失恋したって、告白したじゃない」
「バイト先のゲイのバイトくん?」
「ええ」
「失恋もなにも、明日香さんの妄想でしょ」
「そうだけど」
 明日香、年齢の割に表情は乙女なモジモジ。
「バイト先にその子の彼氏が迎えに来て、失恋だっけ?」
 麻里奈、ちょっと意地悪。
「そうよ」
「えっ。恋敵。ひょっとして」
 一つ離れた席の主婦友四人組のおしゃべりが、煩い。
「さっきの子」
「ほんとう?」
 明日香、腕組み頷く。
「運命かしら?」
「明日香さん。それ、要らない」
「だって。今日、ここで遭遇したのよ」
「じゃあ注文した品を持ってきたら、話しかけてみたら?」
「嫌よ」
 明日香、不機嫌。
「いいじゃない。面白いし」
 明日香、増々不機嫌。
「からかってるのね?」
 明日香、ソッポを向く。
 麻里奈、言い返さない明日香に戸惑う。
「妄想恋愛で、恋敵に嫉妬してもしょうがないじゃない」
「違うのよ」
「えっ?」
「自己嫌悪」
「ええっ?」
「若い子を見て妄想恋愛に熱中する自分がイヤ」
「恋愛に年齢って関係ないじゃない」
「勝手にハマって、失恋する自分もイヤ」
「まぁ、その歳で失恋は痛手よね」
「恋敵に出会って、勝手に嫉妬する自分がイヤ」
「相手は何も知らないから、余計に落ち込むわね」
「恋なんて浮かれている自分がイヤ」
「でも良かったじゃない。恋愛。やり方すら忘れたって言ってから」
「恋心。空回り、心の内のから騒ぎ。どの自分もイヤ」
「そんなに自分を傷つけちゃ、ダメよ」
「でも…」
「でも?」
「あなたに慰められている自分が、一番イヤ」
 麻里奈ぐらいの年齢の女性店員が、二人の注文した品を持ってきた。
「ご注文、以上で宜しかったでしょうか?」
「ええ。大丈夫です」
 店員、愛想の作り笑い。
 そんな彼女を見ながら明日香、無表情に尋ねる。
「さっき注文取りにきた男の子は?」
 麻里奈、唖然。
 店員、ちょっと戸惑気味。
「あぁ。彼でしたら、さっき上がりました」
 明日香、小首を傾げて店員を仰視。
「お客様。お知り合いでした?」
「もう、上がっちゃったの?」
「はい…」
「今、どこ?」
 女性店員、なんじゃこのオバさんと思いながら窓の外の駐輪場を指さす。
 そこへに二人の視線。
 自分の自転車を挟み例のバイトくんがコンビニのバイトくんと仲睦まじく話している。
 明日香、嫉妬の眼差し。
 そんな彼女をチラ見して、真理子は思う。
 …明日香さん、ちょっと怖すぎ…
 やがて彼らは、明日香に背を向けて歩き始めた。
 アンニュイな眼差しで二人を見送る、明日香。
 麻里奈はパスタを食べ、上目遣いに彼女の艶々お肌の顔を見ながら思った。
 …やっぱり金粉。楊貴妃ジェルよね…
            *
 周りの主婦友グループたちの会話、喧しい。
「デザート。御馳走するわ」
「どうして?」
「失恋したんでしょ。甘いもの食べて忘れましょう」
「御馳走になるわ」
 明日香、頬杖と溜息。
            *
 ケーキを食べながら、二人。
「主婦ばっかりね」
 明日香、周りに居る同類たちへ八つ当たり。
「あたしたちもそうじゃない」
「そうだけど」
「違いは二つだけよ」
「二つ?」
「喧しいか、沈んでるか」
「ふふっ」
「何よ?」
「ケーキ食べて、元気になったみたいね」
「言ってなさい」
「なんなら、もう一つ如何?」
「要らないわよ」
「甘いもの。好きじゃない」
「要らない」
「太るの気にしてる?」
「違うわよ」
「じゃあ、何で?」
「引っ掛かったの」
「えっ?」
「人間ドック」
 麻里奈、彼女から予想外の発言に驚き。
「中性脂肪が多いって」
 麻里奈、クスッと失笑。
「甘いもの控えた方が良いって言われたのよ」
「それで控えているの?」
「そうよ」
「お医者さんには従順なのね」
「まぁね。ちょっとイイ男だったし」
「そこなの?」
「だって。親身になって言ってくれたから。嬉しかったし…」
 ケーキを食べて気分が落ち着いたのか、明日香のお肌はより艶々に見える。
 でも麻里奈は、モグモグ動く彼女の頬に点在する金粉が気になって仕方ない。
 そして、自分の好奇心を落ち着かせるように心の中で呟いた。
 …やっぱり楊貴妃ジェルよね…
            *
「さっきのゲイカップル。一緒に暮らしているかしら?」
「あんたも蒸返すわね」
「気にならない?」
「お互いにバイト先に迎えに来るのよ。一緒に暮らしてるわよ」
「そっか。ラブラブなのね」
「ふん。どうせ別れるわよ」
「またそんな悪態ついて。若い子たちの幸せを願ってあげないとダメよ」
「あたしが幸せになりたいわよ」
「幸せじゃない」
「そこそこね」
「ご主人、イイ男だし」
「あんた。ああ言うのが好いの?」
「バカねぇ」
 麻里奈、虚脱気味に失笑。
「あの子たち、別れないのかしら?」
「まだ言ってる」
「ホッとできるもの」
「例え別れても、明日香さんとは付き合わないから大丈夫よ」
「付き合わないわよ」
「でも。ちょっと期待してたりして」
「バカ言ってなさい」
「ねぇ」
「何よ」
「何か嫌なことあった?」
「嫌なことって?」
「イライラしているみたいだし」
「いつもと同じよ」
 一番喧しかった主婦友グループが、会計して店を出て行った。
「ご主人と何かあった?」
「…」
「図星なんだ」
「違うわ」
「無理しちゃって」
「してないわよ」
「心に溜めないで言っちゃった方が楽よ」
 二番目に喧しかった主婦友グループも退店。
 少し、静かになった。
「寝不足なだけよ」
「あら。眠れないの?」
「眠れるけど。眠れないの」
 明日香、不自然にモジモジ。
 麻里奈、そんな彼女を見てハッと閃く。
「嫌だ。ご主人が寝かせてくれないのね」
「あら。そう」
 麻里奈、ニヤニヤ・
「何よ」
 明日香、お肌艶々。
「やっぱり」
 麻里奈、金粉のことがまた気になる。
「やっぱりって、何よ?」
「明日香さん。最近、特にお肌艶々だし」
「そうなの」
「フェロモンがお肌に一番良いって言うわよ」
「フェロモンって何よ?」
「ご主人。元気なのね」
 明日香、意味も無くメニューを触る。
「毎晩?」
「あたし、拒否なの。疲れるし」
「好いじゃない。ラブラブ」
「困る」
「なんで?」
「良い年齢して…」
「たまには応えてあげなさいよ」
「嫌よ」
「拒み続けるとご主人、外に目が行っちゃうわよ」
「まさか」
「ねぇ。ここだけの話」
「何よ。急に…」
「二宮さんのところ。知ってる?」
「最近、離婚した?」
「みんな。熟年離婚だってもっぱらだったじゃない」
「そうじゃないの?」
「あそこのご主人。若々しくて、元気だったじゃない」
「そうねぇ」
「毎晩。奥さん。大変だったみたい」
「へぇー…」
「でも奥さんは、お盛んじゃないから拒んでたんですって」
「そうでしょうね。そんな感じの人じゃなさそうだし」
「そしたら、いつの間にか、ご主人に若い愛人ができて」
「あら」
「バレちゃったんですって」
「そう。おしどり夫婦なんて言われたにね」
「だから、たまにはご主人の相手をしてあげた方が良いわよ」
 明日香、真剣な悩み顔。
「どうしよう…」
「楊貴妃ジェル。使うの止めたら?」
「えっ?」
「あれ。夫婦ともに元気になるって言うから」
 明日香、麻里奈の顔をちょっと見つめた末に言う。
「使って無いわよ」
「本当?」
 明日香、曖昧な頷き。
「ほんとうよ…」
「ふーん」
 麻里奈は、明日香の頬で煌めく金粉に確信の眼差し。
 …やっぱり。明日香さん、楊貴妃ジェルの愛好者ね…
 麻里奈、含み笑い。
            *
「ああ、そうそう。先週末。うちの亨が御厄介になっちゃってゴメンね」
「あら。うちは大丈夫よ。亨くんが来てくれる方が恵一、勉強するから」
「でも。泊まるのはね。遊びに行くとは違うし」
「気にしないわよ。うちの恵一だって、お宅に泊まったりするじゃない」
「まぁね」
 明日香、コーヒーを一口飲んで更に言う。
「でもあの子たち。仲好いわよね」
「保育園からの幼馴染だからじゃない」
「そうなんだけど」
「何か心配でもあるの?」
「別に…」
「ひょっとして」
「何よ?」
「BLとか心配してる?」
 明日香、ちょっと真顔。
「冗談よ」
「でも。BLだったらどうする?」
「心配なの?」
 明日香、ちょっと複雑。
「でも、その年代って長続きしないって聞いてるわよ」
「えっ。別れちゃうの?」
「まぁ。本人たち次第じゃない」
「傷つくのどっちかしら?」
「どっちかって。フラれた方じゃない?」
「他人事ね」
 麻里奈、苦笑。
「麻里奈さん。自分の子供たちのセクシャリティの問題よ。心配じゃないの?」
「そうだとしても変えようがないじゃない。それに最近は自由だし」
「平気なの?」
「受け入れるわよ」
 明日香、ちょっと複雑な面持ち。
「世の中を全部敵に回しても、あたしは恵一の味方をするわよ」
「麻里奈さん…」
 明日香、微かに涙ぐむ。
「だって。あたしがお腹痛めて産んだ子だもの」
「そうよ。それだけは間違いないもの。麻里奈さんのこと見直したわ」
「そうでもないわよ」
「立派よ。腹が据わっててカッコイイ」
「そんなに褒めないでよ」
「どうして急に腹据わっちゃったの?」
「大したことじゃないのよ」
「教えて。あたしも参考にしなきゃ」
「言うの。ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしがらなくて良いわよ。立派だから」
「そう?」
「うん」
「実はね、感動したの」
「感動?」
「ある本を読んで。感動して。泣いたわ」
「スゴイ。どんな本?」
「タイトル。『たとえ、全部を敵に回しても』って言うの」
「なんか凄そうな内容ね」
「そうでもないわよ。基本的にはラブコメディだし」
「ふーん」
「BLものなんだけどね」
 それから7分35秒間、麻里奈は『たとえ、全部を敵に回しても』を熱く語り続ける。
            *
「それでも、あの二人が結婚したらどうしよう?」
「それ、ちょっと飛躍し過ぎじゃない?」
「でも、BL→恋にめざめ→交際→同性カップル→ラブ→同棲→結婚よ」
「二人とも、まだ中学生よ。行っても交際までよ」
「亨。ゲイに目覚めちゃうのね」
 麻里奈、苦笑。
「笑いごとじゃないわよ。恵一くんもよ」
「まぁ、そうね」
「二人が結婚したら、あたしたち親戚になるのよ」
「あっ、それ。考えてなかった」
「もう。真剣みが足らないッ」
 麻里奈、明日香に叱られてシュン。
「でも、結婚は無いわよ」
「どうしてよ?」
「その手の展開。日本は太古の昔くらい遅れているもの」
「そうなの?」
「結婚して苗字を変える変えないで揉めてる国よ」
「結婚した時、大変だったなぁ。銀行とか、カードとか、色々な所に変更書類出して」
「会社に出す届もバカにならないくらい面倒くさくて。男は楽で良いなぁって思ったし」
「どうして女だけが苗字変えなきゃならないって、口には出さなかった腹立ってたわよ」
「離婚した時も、これがまた面倒なんですって」
「まぁ、そうでしょうね。全部、戻すもの」
「それだけで済まないらしいわよ」
「うん?」
「子供がいたりすると、子供の数だけ手続きが増えるんですって」
「あら。そうなの?」
「だから離婚するなら、子供が小学校に上がる前にする方が良いって」
「ほんとう?」
「知らないわよ。あたし、離婚したことないし。経験者から聞いただけだし」
「そもそも離婚なんて想定していないところから始まった制度だからね」
「そうでしょう。だから大丈夫なのよ」
「大丈夫って、何が?」
「おたくの亨くんと恵一の結婚」
「どうしてよ?」
「あたしたちが生きてる内に同性婚の制度なんて成立しないから」
「そうね。でも、あの二人がそういう仲になっちゃったらどうしよう?」
「うーん…」
「想像したくない」
「でも、想定はして置かないと」
「あの二人。仲が好いから?」
「可能性あるもの」
 明日香、漠然と不安。
「明日香さん。あの二人が部屋で一緒に居る時は、ちゃんとノックをしましょう」
「常識じゃない」
「お茶とかお菓子持って行く時、必ずそうしてる?」
「うーん。時々、サボってるかな」
「でしょう。あたしもそう」
「いきなり入っちゃマズいの?」
「マズいわよ」
「どうして?」
「キスとか。抱合うとか。エッチしてたら、気まずいじゃない」
「あぁ。そうね」
「二人とも思春期だから」
「男だし。やりたくなる盛りだし」
「一呼吸置いて。良いよって言われてから入るの」
「吃驚しないようにね。相手のことも気遣って」
「そうよ」
「ドアの前で中の気配に気を留めるのね」
「そう。それでね」
「うん」
「何かしてそうだなぁと思ったら、邪魔しないの」
「えっ。止めないの?」
「それは駄目」
「不純異性、じゃなくて不純同性交友じゃない」
「でも妊娠はないから」
「そこなの?」
「二人とも初めてでしょ。病気とは取り敢えず大丈夫そうだし」
「あっ。まぁ、そうだけど」
「セックス。抑圧しない方が良いわよ」
「そうかなぁ」
「二宮さんとこみたいに揉めたら嫌じゃない」
 明日香、ふと亭主の顔が思い浮かぶ。
「男の子同士だし」
「うん。解った。気をつけるわ」
            *
「ねぇ」
「はい?」
「あなた2時に用事があるとか言ってなかった?」
 麻里奈、時計を見る。
「あら。大変。もう、こんな時間なの?」
 時刻、午後2時ちょっと前。
「下の子。迎えに行かなくちゃ」
「幼稚園?」
「そうなの」
「バスでしょ」
「普段はそうなんだけど、今日はお迎えに行くって連絡してあって」
「幼稚園。どこだっけ?」
 麻里奈、幼稚園の名前を言う。
「あら。うちの近所じゃない」
「そう言えばそうねぇ」
「それじゃあ、お会計して行きましょうか」
「えっ?」
「幼稚園」
「明日香さん、行くの?」
「えっ?」
「幼稚園」
 二人の間に微妙な間。
「あたしが幼稚園に?」
 麻里奈、何故か戸惑い沈黙。
「行かないわよ」
「そ、そうよね。吃驚した」
「でも人生、幼稚園からやり直すのも好いかなぁ…」
 明日香、物憂げな眼差しで伝票を見る。
 麻里奈、そんな明日香にちょっと引く。
            *
 二人の耳に子供達のキャーキャー声が次第に大きくなる。
「最近の幼稚園ってどうなの?」
「どうって?」
「亨が卒園して以来、幼稚園なんてご無沙汰だから。変わった?」
 麻里奈、その頃の幼稚園を知らないから返事に困る。
「ちょっと見てから帰ってもイイ?」
「興味あるの?」
「ちよっとね」
「じゃあ。一緒に行ってみる?」
「うん」
            *
 明日香、子供たちのキャーキャー声に顔をしかめる。
 …子供って、どうして煩いのかしら…
「ママ」
 麻里奈の息子の摩耶の声。
 麻里奈と明日香、同時に振り向く。
 摩耶と彼の受持ちの佐藤先生は手を繋いで歩いていたが、母親を見ると摩耶は手を放して麻里奈の元へと駆け寄り彼女に抱き着いた。

 視線その1:明日香  → 佐藤先生
 視線その2:佐藤先生 → 麻里奈
 視線その3:麻里奈  → 摩耶

 …三人の視線のベクトルが、ぶつかり合うことはない…

 そう気づいた明日香、切なさ混じりの気持ちで苦笑。

 態度その1:麻里奈、絡みつくような佐藤先生からの視線をブロック
 態度その2:佐藤先生、節度ある距離をギリギリ保ちながらも麻里奈にアタック
 態度その3:明日香、二人を観察するしかない自分へ遠い眼差し

 …そうよね。若い方が好いわよね…

「あすババ。元気出して」
 摩耶くん、何となく勝手に落ち込んでいる様子の明日香へ励ましのエール。
「摩耶。あすババじゃなくて、あすかオバサンでしょ。ちゃんとご挨拶しなさい」

 …あすだけじゃなくて、今日も、昨日もオバサンだけどね…

「あちゅかオバサン。こんにちは…」
「摩耶くん。幼稚園、楽しかった?」
「うん。佐藤先生、いっぱい遊んでもらった」
 佐藤先生、照れる。

 日に焼けた精悍な顔立ち。
 照れ笑いで見えた白い歯。
 小柄だけど引締まった体。
 ムンムン放出フェロモン。

 …まずい。あたし。佐藤先生のフェロモンに酔ってる…

 一人勝手によろめく明日香。
 そんな彼女に誰も振り向かない。

 …えっ。でもこれって運命の出会い…

「そうだね。ママを待ってる間、先生といっぱい遊んだね」
 そう言いながら佐藤先生、麻里奈をチラ見、チラ見、チラ見。

 …ひょっとして、新しい恋の予感…

「ところで河合さん、お隣にいらっしゃる方はどなたですか?」

 …あっ。佐藤先生。やっと、あたしに気づいてくれた…

「小泉さん。あたしの友人です。息子同士が同級生で、家がこの近所なんですよ」
「えっ。河合さんの息子さんって、中学生でしたよね?」
「えぇ。上の子が中学生です。小泉さんは下の息子さんですけど」
「お子さん、二人ですか?」

 …あっ。佐藤先生。あたしに関心を持ってる…

「はい。上が娘ですが、高校二年生です」
「うわっ。小泉さんにそんな大きなお子さんがいるなんて思いませんでした」
「若く見えますよ。三十代かと思いました」
「あら。嫌だ。先生、お上手ね」

 …あっ。あたし。佐藤先生にドキドキしてる…

「お世辞じゃないですよ。お肌も艶々だし。きっと娘さんも綺麗な方なんでしょうね」

 …えっ。本音。うちの娘目当てなのね…

「家がこの近所なんですか?」
「ええ。ここからなら2~3分かしら」
「僕。幼稚園の子供たちを連れてこの辺の散歩するんです」
「そうなの?」
「そうなんですよ。だから、もし会ったら声を掛けてくださいね」
 佐藤先生のちょっと甘えてくる感じに、明日香はキュン。

 …それでも良い。あたし、がんばる…

「小泉さんと僕、ご近所さんですね」

 …『元気、若みえ、楊貴妃ジェル』でがんばる。娘には負けないわッ…

 佐藤先生の爽やかっぽい笑顔を見ながら明日香は、今、生きる活力を感じている。

(END)
(次回アップ予定:2021.6.18)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?