フォローしませんか?
シェア
「蟲。おらんかねぇ…」 それは、鈴の音を鳴らしながら道を行く虫籠売りの男の声だった。 風変りな様相の男だった。 編み笠を被ってるいるので顔は見えないが、声の感じからすると三十前後と思われた。背は高いようだが痩せた体つき。歩く姿は案山子に思えた。 「蟲。蟲はおらんかねぇ…。虫籠も沢山あるよ。籠に入れる蟲、おらんかねぇ…」 何とも珍妙な商い口上である。 「虫。虫って。籠なんて売らないで虫売りとなれば良いのに…」 彼女は通りに面した二階家の窓辺に腰を下ろし、眼下を過る虫籠