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Marco A. Tejeda[マルコ・アントニオ・テヘーダ]

ここ1ヶ月以上の間続いていたギター探しがようやく終わった。
Marco A. Tejeda 
弾けば弾くほど発見があり、知らない自分を引き出してくれる、
時間が許すならいつまでも弾いていたくなる、そんなギター。

思えばだいぶ前から伏線はあった。

フラメンコギターをソロで弾くシリーズ、solitoを始めてからというもの、これまで使っていた楽器に若干の違和感を感じ始めていた。
一言で言えば、フラメンコギターは少なくともパルマなりカホンなり、場合によってはバイレなりカンテなりと一緒に演奏することを前提に作られた、アンサンブル楽器なのだと再認識させられていた。
いわゆる黒のギターであっても、アンサンブルの中で真価を発揮するように出音から余分な帯域をカットするように設計されている。(例えばバンド編成の中で生ピアノを使う場合に、低音成分をカットし硬い音色にして埋もれないようにするのと同じ。)
ソロ演奏の機会が増えるにつれ、さらにクラシックのアーティストと共演する機会が多くなるにつれ、僕はよりソロに特化した、新しい楽器の必要性を切実に感じるようになってきた。
けれどこの1本、と言うフラメンコギターには巡り合えずにいた。

一方で、たった一人で、しかも生音で弾くことを前提に作られたギターがある。
それがクラシックギターだ。
一人きりでもオーケストラを表現できる、というのが一つの指標になっているだけあって、クラシックギターは音色が重厚でふくよか。
ただしフラメンコのように激しくリズムを刻むには無理があるというのが常識だから、初めは選択肢に入っていなかった。

今回、ずいぶん色々なフラメンコギターを試奏するうちに閃いたのは、
「クラシックギターを調整して、フラメンコギターとして使えないものだろうか?」というアイディア。
結果から言うとこの発想が大正解だった。

Marco A. Tejeda (以下マルコと呼ぶ)は、以前から愛奏しているテオドロ・ペレスの娘婿に当たる製作家で、日本ではまだまだ無名。ネットで探してもほとんど情報が出てこないし、扱っている楽器屋もほとんどない。
と言うか、そもそも若いし、彼の名前でギターを作り始めてから長くないのだと思う。(ラベルにはNo.42とある)
一方テオドロは既にマエストロの感があり、造りも音も風格に溢れている。
家に5本のテオドロファミリーのギターを並べて数日間弾き倒して、結局僕が選んだのはマルコだった。

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マルコは未知の可能性に満ちている。

まず、弦長が640mmであること。
こんなに短いギターを弾いたのは初めてだ。
フラメンコは一番短いサイズが650mm。
スペインの楽器は660mmや665mmが普通だが、僕の手には合わない。ギターは大きいほどボリュームが出るし、音の質感も向上する(ように感じる)。
それなのに、なぜ640mm?? 
どうやらその分ネック幅を広く取っているようで、だからなのか、このギターはとにかく鳴る。弦長が短いから取り回しは楽で、しかも弦と弦が離れていると右手のミスタッチが減ることに気づいた。
良いことづくめだ。

次に、フラメンコでは表面板に松を使うのが常識だが、このギターの表面板は杉でできている。クラシックは杉と松が半々で、それぞれ良さが違う。(松は音の密度が高く、杉は甘い音と言われる。)
この間黒澤哲郎くんに、杉で作ったフラメンコギターなんてどうでしょうね、と聞かれたばかりだったし、新鮮で面白いと思った。

そして、クラシックはフラメンコよりも弦高を高く設定するものなので、サドル調整が必須、でも結果どんな風にこの楽器が変わるのかは小さな賭けだった。
結局4本ほどサドルを作り直してもらって、この楽器は見事に化けた。
元々持っていた一本気の芯の強さは失わず、そこに決して折れないしなやかさが加わった。ラスゲアードした時に暴れる感じは無くなり、代わりにグルーブの素になる弾力を備えた。(この辺りがスペインの楽器ならではなのだと思う。)

さらに、この楽器のモデル名にやられた。
Chamberí。
チャンベリはマドリードのセントロの北に位置する、ヨーロッパの古い雰囲気が残る地区の名前で、このギターを弾いていると本当にあの頃住んでいたマドリードの街並みや空、凍えそうな冬の空気なんかが、まざまざと蘇ってきた。
ちょっとした旅行に行ったような気分に浸れた。

そんなこんなですっかり気に入ったマルコだけど、おそらくこのギターは、僕のような使い方を想定して作られていないと思う。
だから楽器の方でも、鳴って見せながらも自分で自分の音にびっくりしているような気がする。
結局僕が一番気に入ったのはそこかもしれない。
ビンテージの名器は、既に鳴り方を心得ていて、弾き手を導いてくれる良さがあるけれど、この楽器には未知の領域を一緒に開拓していく楽しみがある。


僕の場合、シチュエーションに応じて楽器を弾き分けるスタイルだから、これまでの楽器も大切にしていくつもり。
そしてギター探究の旅は続いていくけれど、とても心強く頼もしい相棒を見つけられたのは確かなので、ここに書き残しておきことにしました。

コンサートでお披露目できる日を楽しみにしています。

*念のために付け足すと、クラシックギターをフラメンコのソロに使うのは僕独自の発想ではありません。師匠のセラニートや、マノロ・サンルーカル等も古くから行っていたことです。(ただし最近はあまり流行らない手法だと思います。)

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