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「ねえ、空良はさ、桜って好き?」

いつも通りの帰り道、脚は止めないまま、答える。

「桜って植物の?まあ好きか嫌いかで言えば好きだけど。」

「じゃあさ、桜が一番『綺麗だ』って言われる季節っていつだと思う?」

始まった、いつものテツガクだ。コイツが一度このモードに入るとめんどうくさいのは十五年も一緒にいれば嫌でも覚える。そのくせ、無視したり適当にあしらったりすると怒って肘鉄ときている。これも二回目には覚えた。

「さあ、春じゃねぇの。」

「正解!じゃあ理由は?」

理由も何も、桜が春一番綺麗なのは日本人の共通認識みたいなもんだろとは思いつつも、そんな答えが彼女を満足させないことはわかりきっている。

「花が咲いたら綺麗だし、風に吹かれて散るのも綺麗だからじゃないか?」

「うんうん、いいね。」

なにがいいのかよく分からないが、上機嫌そうでなにより、今日は肘鉄をもらわないですみそうだ。

「それじゃあ、桜が一番『汚い』って言われる季節っていつだと思う?」

「は?汚いって言われる季節?」

「そ、汚いって言われる季節。」

桜が綺麗は分かるが、桜が汚い?
正直そんなことは一度も考えたことは無かった。

「汚い……、汚いか……。」

「五、四、三、二、一、ピピー!タイムオーバー。」

「痛っ!」

タイムオーバーの声と共にわき腹に肘鉄が入った。
どうやら新しいルールを考えついてしまったらしい。

「罰ゲーム、答えられなかったから。」

いつにもまして憎たらしい笑顔だ。

納得はいかないが、ルールの改定を求めたところで無駄だろう。横腹の痛みに顔をしかめつつ、俺は諦めて答えを聞くことにした。

「それで?桜が一番汚いって言われる季節っていつだよ。」

「春。」

「は?」

「だから、ハ・ル。」

「はぁ?お前、さっき春が一番綺麗だって言われるって……。」

「言ったよ?それがどうかしたの?」

どうかしたのも何も、綺麗と汚い、どう考えたって矛盾している。
いや、待てよ?『キタナイとキレイ』どこかで見たような気がする……。
二発目の肘鉄をくらわないように、大慌てで記憶を探る。

そうだ、あれは確かシェイクスピアの……、

「「マクベス。」」

俺が口に出すのと同時に彼女の口からも同じ言葉が漏れた。

「よっしゃ。」

「ではないんだよね~。」

彼女はまたしてもニマニマと笑いながら、そう付け足した。

「痛っ!」

「お前さ、これ、意外と痛いんだぞ。」

「アハハ。答え、気になる?」

痛がる俺の言葉は無視。やはりコイツに敵う日はまだまだ当分先のようだ。

「興味ないったってどうせ言うんだろ?」

「さすが空良、私のことよくわかってる。」

「いいから、早く言えよ。」

なんだか俺が気になってしかたないみたいだと言った後に気付いたが、まあ、いいだろう。

「散った桜の花がどうなるか考えたこと、ある?」

「どうなるって、そりゃなんもなかったら地面に落ちるだろ?あとは……、川とか池に落ちたらそれも綺麗なんじゃないか?」

「そのあとは?」

「そのあとは……、雨が降ったらぐちゃぐちゃになる?」

「そう、ぐちゃぐちゃに、茶色く変色しちゃう。花だけじゃなくて花柄もそう。落ちたらみんなに避けて歩かれる。それに気づきもしない空良みたいなのは別としてね。」

「お前な、一言多い。
それで?言いたいことはなんとなく分かった気がするけど、だから何だよ。それで終わりってわけじゃないんだろ?」

「不思議だと思わない?日本にはたくさん桜が出てくる歌とか詩があるのにさ、ほとんど桜が綺麗なときのことしか書いてないじゃん。」

なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。道に落ちた茶色の桜を避けて歩く歌なんて聞いたことがない。

「それでさ、私は、その人たちはホントの意味では桜が好きではないんじゃないかって思うわけ。だってそうじゃない?綺麗なときは好きだっていうのに、見た目が変わっただけで『汚い』って言って避けるんだよ?
それってさ、都合よすぎると思わない?」

「なるほどな、まあ、言いたいことはわかるかも。
俺だって、都合いい時だけ仲良くしようとしてくるくせに、ちょっと都合悪くなると見下してくるやつがいたらいい気はしないし。」

「そーいうこと。」

彼女はそう言って、今度は満足げに笑った。

そしてこっちをのぞき込んでこう続けた。

「それにさ、結婚相手が私のことを綺麗なときしか好きでいてくれなかったら寂しいじゃん?」



茶色くなってしまった桜の花も、それはそれでいいかもな、なんて思った。



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