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消えゆく戦争遺跡 地下軍事工場=タチソ見学会(大阪府高槻市)

編集部 かわすみ かずみ

 「殴った方は忘れても、殴られた方は一生忘れない」と、証言者は言った。10月29日、大阪府高槻市にある戦争遺跡高槻地下倉庫(以下、タチソ)の見学会が行われた。20人が参加したタチソ見学会を取材した。

 タチソとは、1944年10月頃から終戦まで掘られた地下壕群で、呼び名は当時陸軍が使っていた暗号だ。高槻「タチソ」戦跡保存の会事務局長の橋本徹さん(82)らが、現地調査した地下壕を第1トンネル群から第4トンネル群まで区分けした。第1トンネル群は碁盤の目状に縦16本、横4本ある。第2トンネル群は未完成だが、現在までに21本が発見されている。
 44年7月にサイパン島が陥落し、本土空襲が激化した。各地の軍司令部の地下移設が計画され、高槻市成合地区にも中部軍地下指令所を作るべく掘り始められた。だが45年1月、兵庫県明石市の川崎航空機工場の空襲を受け、急きょ戦闘機「飛燕」のエンジンを作る地下工場に計画変更された。8月20日の完成を目指したが、15日に終戦となった。
 見学会の午前中は、83年に郷土史家の宇津木秀甫さんが編集した『戦争の傷痕―高槻地下軍事工場』の上映を観た。その後バスで成合まで移動し、地下壕に入った。
 今回入った地下壕は、第2トンネルのT3とT5の2つ。T3にはトロッコのレール跡が残り、山に降った雨が浸食して水溜りを作っていた。また、発破をかけたと思われる穴や、未完成な横穴もあった。天井部分は一部落下し、凹凸も激しいため、転倒する人もいた。全員が懐中電灯を消し、当時作業をしていたカーバイトランプの灯りを再現する。それはライターほどの明るさしかなかった。
 T5のトンネルは、約60㍍程の唯一の貫通トンネルで、コウモリの糞などもあり湿っていた。入り口は土砂が流れ込み、ロープを使わなければ降りられないほどの傾斜だった。高槻警察が特高警察に提出した書類によれば、トロッコでの搬出などは3交代で8時間、それ以外は2交代で11時間勤務だった。

朝鮮人強制労働 証拠隠滅した軍部


 高槻市が保管していた「埋火葬許可証控」(44年11月から45年8月)には、同市内で亡くなった朝鮮人50人の死因と死亡推定時刻が記されていた。タチソ工事に限定したものではないが、墜落死、頭蓋骨骨折、れき死や感染症もあった。死亡時の年齢は、約半数の23人が0~5才だった。
 当時タチソ工事をさせられた洪本洙さんは、「食事は豆かすのようなものばかりですぐに腹を下すので、しょっちゅうトイレにいかないといけなかった。朝鮮人用のトイレは数が少なく、みんな間に合わなくて草むらに入った。トンネル工事では、まつげに雪が積もったように砕石が降る。肺に入ったり、体中に粉が付着する。風呂も粗末で、夏は川で洗った」と、映像の中で証言している。
 また、梅田和子さんは、「戦争末期には、上官に靴や椅子で殴られていた人を見た。『どうしてあんなことをするのですか?』と聞くと『朝鮮人だから』と言われ、ひどいと思った」と証言している。
 戦後、軍部は関係書類をすべて燃やし、証拠を隠滅した。梅田さんもその手伝いをさせられたという。そのため、タチソ工事に動員させられた朝鮮人の人数は、正確にわかっていない。戦後の米軍による「戦略爆撃調査団」の報告で、3500人と記されているのみだ。
 成合の山麓を流れる西檜尾川付近の第1トンネルと第2トンネルの間には、今も飯場跡と思われる家々がある。終戦後、解放された朝鮮人は踊り歌い、終戦を祝った。だが、軍部が強制収用して建てた飯場に住み続ける人々と土地所有者との間で訴訟になり、解決には18年かかった。その間水道も引いてもらえず、人々は井戸水で暮らした。
 トンネル群や飯場を見渡せる場所には、タチソの石碑があった。村山内閣が「村山談話」を出した95年、大阪府と高槻市が終戦50年記念事業として建立した。「侵略戦争」「植民地支配」などの文字は入らなかったが、今後も同市に立ち続けるべき碑だ、と橋本さんは言う。
 見学には、戦跡を専門に撮るアマチュア写真家らも参加した。60代の女性は、「生協で平和部会に参加しています。子どもや孫に戦争の悲惨さ、平和の大切さを伝えたい。自分が現場に行き学ばないと、子どもたちに真実を伝えることはできないと思いました」と語った。

 橋本さんはタチソに関わって40年になる。会員の高齢化や後継者不足も気にかかる。高槻市は、私有地を理由に保存活動をしていない。タチソの崩落を止めることはできないが、戦争責任はいまだ果たされていない。消えゆく戦争遺跡に為す術もないことは残念だ。

(人民新聞 2022年12月5日号掲載)

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