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「ジェネレーション・レフト」の背景と指向性 酒井隆史さん(大阪府立大学教授)インタビュ―(前編)

――気候危機への対抗運動 コロナ被害への要求闘争 出来事を能動的に
生きる経験から生まれる左傾化――

資本主義の危機と世界に広がる対抗運動をどう見るのか? 大阪府立大/社会思想史専攻・酒井隆史さんに、気候変動危機に対抗する若者世代の主張と運動について聞いた。新型コロナのパンデミックも、新自由主義グローバリズムによって被害が拡大したものであり、世界の左派が議論している被害抑止策や資本主義変革に向けた提言も紹介してもらった。2回連載で掲載する。

編集部 

  気候変動対策の要求運動の中心は、「ミレニアル世代」やそれ以下の若い層です。「ミレニアル世代」とは、80年代から2000年代初頭に生まれた世代を指します。スウェーデンの16歳の活動家グレタ・トゥーンベリの鮮烈なスピーチは日本でも注目されましたが、その背後にこの新しい世代の厚みを感じとるべきです。
  すでにオルタグローバリゼーションの運動に関わった経験のある人は、中学生・高校生といった若年層が気候変動に極めて鋭い反応をしていることは実感していました。学校ストライキ、飛行機を使わない、環境破壊の大量生産を前提とした肉・魚は食べないなど、行動も発想も大胆です。
  世代論で語ることは、本当の問題やより重大な分岐をニセの対立で隠蔽するものになりがちです。しかし「世代」がすべて棄却されるべきものではなく、はっきり実質的意味を持つ契機があります。明確なのは、ネオリベラリズムが強力な英米で、中道左派を左に踏み越えた現象、コービン現象とサンダース現象が起き、若者が支えたことです。
 たとえば17年の英国総選挙では、18歳から24歳の間で労働党への投票は保守党を54%上回っています。ところが64歳以上では、保守党が35%上回っています。ある世論調査では、10歳年齢が上がるごとに保守党への投票が9%上昇します。これほどくっきりと世代で差があらわれるのは前代未聞ともいわれます。しかも2010年にはあまり差がなかったのに、たった10年で激しく差が開いた。
  米国も同様の状況です。16年の大統領予備選では、17歳から29歳だけとると、サンダースは72%の支持を得ています。クリントンは28%。これが65歳以上になると、クリントンが71%でサンダースが27%です。これは世界的な趨勢でもあります。
  ジェンダーや人種や階級よりも、「世代」でここまで政治的指向性が対照的なのです。現代世界のキーワードの一つに「世代」が浮上したといってもよいでしょう。  
  キア・ミルバーン(Keir Milburn)という研究者が、『ジェネレーション・レフト』(Generation Left'Polity,2019)という本を昨年公刊しました。この現象を、階級分析を中核にすえながら正面から検証した本です。
  彼が言うには、現在のある程度以上の年齢層は、金融資本主義のもとで資産を所有し、その運用にみずから関与しています。ネオリベラリズムの長期にわたる教育もあり、彼らは資本家のように世界をみつめ、資本家と利害を共有していると考える傾向にあります。
  しかし、資産もなく、若いうちから奨学金などの負債が重くのしかかり、先行世代よりも豊かになる見込みもない若年世代は、このようなシステムとの共謀から疎外されています。
  これが一つの「世代」を浮上させている階級的条件である、というのです。

若者反乱の根底にある08年金融危機

  より注目したいのは、世代によって保守化、左傾化、革命化する分岐はなぜ生まれるかです。「出来事」をどう経験するかが大きい、とミルバーンは言います。世界を揺るがす大きな出来事があるとします。それは一つの共通の経験として、時代の色彩、一つの感性や世界観をもたらします。
  フランス大革命はそのような大事件です。その時革命家であり知識人でもあったコンドルセは、「一つの世代に一つの政体を」という有名な言葉を残しています。「世代」に実質的意味が与えられるには、人びとがみずからの集合的力、世界を形成する力能を確信するような革命的な経験が関わっていると言えます。フランス革命では、人々は人民の力の発露、出来事を能動的に生きることとしてアンシャンレジームの崩壊を経験しました。こうした後の世代は左傾化します。
  今の「ジェネレーション・レフト」が左傾化する出来事とは、08年の金融危機です。それは多くの人びとには災難として襲いかかります。しかしこの出来事は、11年の世界的な民衆反乱――その一部はオキュパイ運動としてあらわれた――として経験され直します。とりわけ若い世代は、この出来事を積極的な経験として生き直したのです。
  ところが、出来事が受動的に、私たちの無力として経験されることがあります。その世代は保守化ないし右傾化すると言います。たとえば敗戦直後の日本は、少なからぬ人々が敗戦の経験を革命的経験へと転換しようとしました。ただ全面的にならず、戦後のある程度の革新性と保守性の混在をもたらしました。その後、保守性が強まった結果、日本では「世代」の実質が不在になったと言えます。「息苦しさ・生きにくさ」と表現されるのは、すべての出来事が受動的にしか経験されず、可能性が封じ込められた状態を表しています。

新型コロナ被害も資本主義の歪み世界中からシステムチェンジの要求

  今世界を震撼させる新型コロナ(Covid-19)も、気候変動と密接にかかわっています。専門家たちは、パンデミックの危険をずっと警告していました。しかし、警告に耳を貸さず、ネオリベラル政策のもとで、先進国の多くが医療費を削減してきました。米国は9・11以降に、人びとの健康という点ではほとんど重要性をもたないバイオテロ対策に予算を回し、予防医療、感染症対策、病床数などを削減し続けました。

利益優先の医療制度生んだネオリベ資本主義

  日本でも、保健所は激減し、国立感染症研究所も予算と人員が大幅に削減されています。世界中で「医療崩壊」が言われていますが、このような背景があることを銘記すべきです。感染拡大を受けて日本では「コロナ検査を拡大すると医療崩壊を起こす」論が盛んになりましたが、「医療破綻」が起きる原因は問われません。それは、人命より利益を優先する医療制度という倒錯があるからです。 
  人類とともにあったパンデミックが、21世紀になってさらに頻発しているのは、ウイルスの種間移動が増えたことが原因と言われています。森林伐採などにより、人間と離れていた野生動物が人間のいる所へ出てこざるをえなくなり、異なる動物に留まっていたウイルスが人間に触れて毒性を発揮しているのです。
  また、先進国の過剰消費によって第三世界の食の生態系が変化したことも見逃せません。たとえばアフリカ東部では、ヨーロッパ諸国による大量漁獲により、魚から肉食中心に変わらざるをえず、都市の周りの巨大な工業的飼育場に依存するようになります。「家畜革命」の影響を不可避に被ることになりました。そして、そこがウイルス発生や伝播のひとつの温床になっています。
  伝染病は、今も昔も第三世界で最も甚大な被害を生みます。人口が密集して不衛生な環境に人々が置かれているからです。今回、北側諸国に波及してようやく問題化したとも言えます。自然vs人間の問題だけではなく、資本主義による自然環境のみならず労働環境、居住環境などの破壊が生んだ被害でもあるのです。
  知的財産権や特許を武器に肥大化した大製薬会社は、インフルエンザ治療薬の研究開発から撤退してきました。今回わかったように、ウイルスは一シーズンの間にも変異します。また治療薬の需要も、流行して初めて生まれるわけです。そこに「利潤」という意味ではたいした旨みはありません。私的企業は、このような感染病対策には不向きなのです。
  そこで第三世界でも欧米でも、喫緊のコロナ対策とともに資本主義体制の変革を求める大胆な提言や実践が出ています。製薬会社の国有化やグローバル金融市場の閉鎖を求めたインドの「人民国際議会」の声明が代表例です。
  大きな出来事を能動的に受け止めることが大事なのは、新型コロナ問題でも同じだと思うので、さまざまな動きを紹介します。(続く)


関連記事:インドより国際声明文

――コロナ感染症との闘いは利潤より生命を優先する対策を――

翻訳:脇浜義明

  インド出身の歴史学者、ジャーナリストのヴィジャイ・プラシャドが主管する「人民国際議会」とトリコンティネンタル社会研究所が、新型コロナウイルス感染症との闘いのための提言を発表した。提言は、①利潤より生命を優先する闘い。②民衆が団結し秩序正しい行動をする闘い。③政府がその行動に基づいて民衆の支持を得る闘い。④地球的規模で連帯する闘いであるべきだ、としている。その具体的な方策を16項目にまとめているので紹介する。

1:賃金保障に基づく就労の中止。ただし、基本的医療や物流に従事する仕事、食糧と日常必需品を生産・配送する仕事を除く。この中止期間中の賃金は国家が保障する。
2:医療・介護、食糧、公共安全を組織的に維持する。緊急用食糧備蓄を貧しい人々に早急に分配する。
3:学校を休校にする。
4:新型コロナウイルス感染が展開中は、病院や医療機関が収益を心配しないで機能できるように、病院や医療機関をすべて社会化し、政府の病気対策の管理下に置く。
5:製薬会社を即時国営化し、ワクチン開発や有効な検査キット開発を目指して、国際的に協力すること。医療分野における知的財産権を廃止する。
6:すべての人々の感染有無を早急に検査する。パンデミックの最前線で活動する医療関係者への支援。
7:危機対処に必要な資材(検査キット、マスク、人口呼吸器等々)の早急な生産。
8:グローバル金融市場を直ちに閉鎖すること。(危機を投資家たちが悪用し、事態を悪化させないため)
9:世界の諸政府の破産を防ぐための融資措置。
10:個人など非法人債務の取り消し。
11:全ての賃貸料や不動産ローンの支払いの中止と、立ち退きの中止。この措置には基本的人権として適正な住居の提供も含まれる。これを全市民の権利として国家が保障する。
12:全ての公共料金(水道、電気、インターネット等々)を人権の一部とし、国家が支払う。それらの公的サービスがまだない所には、早急に実現すること。
13:キューバ、イラク、ベネズエラのような国に不当な苦しみを与え、必要な医療品の輸入を妨害する一方的で犯罪的な制裁をすぐに止めること。
14:小農民が健康で安全な食品を生産し、それを政府が直接流通するように政府へ納入する仕組みを作り、小農民を支援すること。
15:ドルを国際通貨とする制度・慣習を廃止し、国連に共通世界通貨に関する会議を開くよう要求する。
16:すべての国にベーシック・インカムを。これによって失業や不安定就労や零細自営業で苦しむ貧しい何百万もの世帯に対する国家支援を確保する。資本主義システムは絶えず失業者を大量に作り出す仕組みである。国家が雇用と人間的尊厳がある生活を民衆に保障すべきである。ベーシック・インカムの財源は軍事費削減から浮かせる。

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