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パレスチナ占領の日を祝うイスラエル人/エルサレム・デイはナクサ・デイ/イスラエル在住 ガリコ 美恵子

コロナ規制でラマダンを弾圧

 1967年6月5日、第3次中東戦争で勝利したイスラエルは、エジプトのシナイ半島とシリアのゴラン高原を吸収し、パレスチナの占領を開始した。東エルサレムはヨルダン川西岸地区の一部でヨルダン領だったが、エルサレム市に併合された。これにより多くのパレスチナ人が土地と家を奪われ、難民となった。アラビア語でこの日をナクサ・デイ(災難の日)と呼ぶ。
 イスラエル人はこの日を「エルサレム・デイ」と呼び、祭る。イスラエル国旗を掲げ旧市街まで行進するので、旗の日とも呼ばれる。祭典日はユダヤ暦で設定するので毎年異なるが、今年は5月21日に行われた。ラマダン中である。
 今年のラマダンは4月24日に始まった。イスラム教徒はラマダン中、日の出前、午前3時に起きて軽食を摂り礼拝し、日没までの約15時間、断食する。水も飲まない。これを30日間続ける。八百屋や肉屋は朝から営業するが、レストランは日没近くに店を開け、断食明けに食べるグリルチキンやカタイエフ(ラマダンの断食明けに食べるパン)や、玉ねぎ入りファラフェルができたてのいい匂いをさせて店頭に並ぶ。
 こうしたなかイスラエル当局はラマダン開始寸前、次の様な発表をした。―「コロナ予防対策で、パレスチナ人居住区は午後6時閉店。違反店は5000シェーケル(約17万円)の罰金」。
 ラマダン開始前日から5月中旬まで、警察は毎日午後5時に商店街を巡回し、6時閉店に1分でも遅れれば罰金を科した。
 ユダヤ人居住区で働くパレスチナ人は悔しげに嘆いた。「仕事を終えて家に帰る頃は地元の食料品屋が閉まっているので、夜遅くまで営業するユダヤ人のスーパーで断食明けの食物を買う。でもユダヤ側は物価が高いし、ラマダン特有の食物は売ってない。搾取されてる気がするし、自分の文化から無理矢理引き離された気分だ」。

エルサレム・デイは強行

 一方で、エルサレム・デイの祭典は、「結婚式や祝祭典で50人以上が集まってはいけない」コロナ対策規制下、盛大に行われた。
 正午過ぎから日没まで、数千人の警官と兵士が、旧市街とその周辺を特別監視下においた。上空はヘリが飛び、数多くの監視ドローンカメラが頭上を行き来する。旧市街は封鎖され、道路は通行規制され、狙撃兵が配置された。
 祝賀行事で、エルサレム市長とラビ(ユダヤ教の司祭)たちは、嘆きの壁で祝辞を述べた。そのテレビ中継を抄訳する。―「この素晴らしい町エルサレムの『統合』の日を祝福します。東エルサレムが『解放』されてから53年間続く闘い、インティファーダ、国内危機、そして今私たちが直面する流行病さえ、祭典の妨げになりません。
 私たちはイスラエル国旗を掲げ踊る伝統を守り、祭典を行います。エルサレムの住民に、祝福の言葉を捧げます」。
 午後6時、警察に護衛され、イスラエル国旗を手にした600人の入植者が、旧市街のヤッフォ門にやってきて、輪になり歌い、踊り、旧市街の堀の上を新門まで行進した。義務であるマスクを付けていない人も多い。
 旧市街周辺では、カンカン照りの中、パレスチナ人が断食明け用に買った食物を手に、右往左往した。撮影のためにほんの数時間断食した私でさえ、喉が渇いて目眩がした。
 「通してくれ、家に帰らせてくれ」と抗議する人もいたが、警官は頑として聞かず、通行止めは断食終了の10分前まで続いた。この日の断食明けは午後7時35分ごろだった。
 7時から7時25分までの間、イスラエル国旗を掲げた約100台の白い車が、カーステレオから大音量で音楽を流しつつ、数珠つなぎに、旧市街の周囲をパレードした。
 この日を祝って絶唱する有名歌手の姿を映しだす、大型液晶画面を積んだ4トントラックもあった。スピーカーから、ヘブライ語のこんな文句がフルボリュームで繰り返し流された。―「旧市街住民の皆さん、ハッピー・ホリデイ! エルサレム解放記念日おめでとう」。
 コロナ危機の緊迫した状況下で開催された、エルサレム・デイの祭典。パレスチナ人は断食明け寸前まで立ち往生させられ、まさに「災難の日」となった。

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「通行止めは迷惑だ」と警察官に抗議するパレスチナ人

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厳重な警戒態勢の中、兵士に囲まれてエルサレム・デイの行事を見学するイスラエル人の家族

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エルサレム・デイに右派団体の声援を受けるラフィ・ペレツ(中央)。同氏は、エルサレム時事担当兼遺産大臣を担うラビ。元教育相。イスラエルの対策係も兼ねている。

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断食明けのための食事を買いに行き、通行止めで帰れなくなったパレスチナ人。奥の車道では「エルサレム・デイ」を祝うイスラエル当局の車が走っている。ダマスカス門には狙撃兵の姿も。

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午後6時頃のダマスカス門前。大回りしろと警官に言われている乳母車のパレスチナ人女性(右)

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歌い、騒ぎながら旧市街の堀の上を行進する右派団体

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