それはほろ苦い大人の味

 高校2年の夏にみんなで海に行った。親友の森山(以下ヤマモリ)は恋をしていた。同級の仲間達でも中々に可愛いとよく噂されていた高橋さんにだ。ヤマモリはどうしても高橋さんと付き合いたいがため、華麗な告白を決めるこの日のために頑張った。女子達を1カ月前から説得して予定を空けさせたり、最高の肉体美を魅せるために筋トレに勤しみ、高橋さんが海で食べるものは全て俺が奢るんだと、アルバイトで勤勉に働いた。ヤマモリはそれまで私の中では平凡な男という印象だったのだけれど、ああ、こいつはやるときはやる男なんだとヤマモリのことを見直した。
 そして臨んだ決戦の土曜日。ヤマモリは甲斐甲斐しく働いた。みんなのためにブルーシートを持って来ていたり、みんなが楽しくなるように尽くしていた。勿論高橋さんにも焼きそばを買って来ていたり飲み物をあげたりした。海に入りビニールのボールでバレーなんかもした。ヤマモリの鍛えた筋肉は海の水面の反射に合わせて光り、高橋さんの笑顔も太陽に負けないくらいに眩しかった。
 そして陽が傾き、予定通り二人きりになるように僕は計らい、みんなを帰した。僕は決戦の行く末を聴くために一人で海に残った。絵に描いたような夕日が赤く輝く。
 ヤマモリが戻ってきた。その姿をチラリと僕は見て、僕は何も言わなかった。ヤマモリはいつの間にか持っていた緑色の缶を僕に渡してきた。見たこともないジュースだった。
 「酒だよ、ハイネケンって読むらしい。兄貴が買ってきたのをくすねてきたんだ。」
 無言で受け取った僕はヤマモリがプルタブを開けるのに合わせて開けた。アルコールの匂いがする。一口舐めるように飲むと、とても苦くて咳き込んでしまった。
 「めちゃくちゃ苦いな。ははっ。」
 ヤマモリは笑ったがそのあとまた無言で飲み始めた。僕もそれに習った。………

 「みたいな夏にしたかったんだよねー。」
 ヤマモリはいつものようにふざけたことを言っていた。僕も激しく同意して海で無料で配られていたオロナミンCを飲んだ。他の友達もいたはずなのに何故かこんな話をヤマモリとしたなあ、と強く印象に残っている。
 社会人になってヤマモリと連絡を取り合うこともすっかりなくなってしまった。たまに私はハイネケンを飲む。アルコールの酔いがあの語り合った空想の夏が本当の出来事のように錯覚させる。


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