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思想で読み解く企業経営

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単なるビジネス書ではなく、企業や事業の構想や理念など、上流にある思想的な部分を、人文学における思想などと絡めて読める本を紹介した記事を集めます
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記事一覧

ストックオプションと分裂症

マルクスが『資本論』を書いて、グレーバーが『負債論』を書いたので、当然そろそろ『ストック・オプション論』も必要だろうと思う。以下はそのうちのほんの片隅の試論である。 『資本論』が労働者の労働生産物からの疎外を言うとき、資本主義において生産手段の所有者と実際に生産を行う労働者との不一致という事態が大きな役回りを担っていた。労働の対象化たる生産物が、資本(家)の価値増殖運動のうちに労働者の手を離れて自立化し、独立した存在として労働者に対して支配力を振るう局面である。 現在の株

生きた世界の認識論~『情報なき国家の悲劇』

(副題)大本営参謀の情報戦記 太平洋戦争。第二次大戦中の1942年に開戦し、太平洋の広範な海域を含む戦線で日本とアメリカが真正面からぶつかった激戦である。 結果としてその後1世紀に渡る我が国の歩みを定めることになった一戦の舞台裏では、いったい何が起こっていたのか。 本書は、太平洋戦争において日本軍の大本営で情報参謀を務めた著者による、生々しい敗戦の原因考究の書である。 日本軍は情報戦に破れ、組織の内側から大破した。みずから軍中央で戦略の指揮を取った著者が、忸怩たる思い

道理と中庸の経営哲学~渋沢栄一『論語と算盤』

やや古めかしく晦渋な本だが、資本主義の虚しさと手元業務の虚しさの狭間でグルグルしてしまうビジネスパーソンは、本書が1つよすがとなるかもしれない。 まず、著者の渋沢栄一(1840-1931)は、日本経済の父とも日本の近代資本主義の父とも言われている人物である。日本初の民間銀行である第一国立銀行(現みずほ銀行)や東京証券取引所、理化学研究所などを始め、帝国ホテル、キリンビール、東急、東京海上、王子/日本製紙などなど、渋沢が設立に携わった企業は500社以上に登る。青年時代にフラン

”余剰と交換の経済史”~『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』

たしかにわかりやすい。Audibleで聞くのにもちょうどいい塩梅だった。 あえて本書の構成を2分割するなら、前半はさながら”余剰と交換の経済史”といった内容。人類が集団で農耕を営みはじめてから、現代のような市場経済が形成されていくまでの、いくつかのキーワードで捉え、ダイナミックに描いていく。経済の話というよりも、市場を舞台にした人類社会の歩みを描くグローバル・ヒストリーとして読める本書は、わかりやすさ以上に説明モデルの明快さと面白さで評価されるべき本だ。著者自身、序盤の章は

ビジネスを加速させる問いの技法~『哲学シンキング』

哲学をビジネスの現場で活かし、いかに考え、いかに創発するか、そのための思考や対話の方法論をまとめた本。著者の会社は、実際に本書の方法をベースにして、大手企業に対してコンサルティングやセミナー等を実施しているとのこと。 著者が哲レコ(哲学レコーディング)と呼ぶ議論の可視化/コンセプトマッピング手法や、本書内で紹介されている問いの基本パターンなどは、とてもよく整理されており分かりやすかったし、十分に実践的で有用なものであると感じた。 以下、かんたんに抜粋しておくと、「問いの基

雑感:『種の起源』で考える、VUCA時代の市場競争

昨日の書評記事で書いた種の起源について色々と思考が巡ったので、論旨ぐちゃぐちゃな雑感だけど文字に残しておくことにする。 本書の主な仮説を再掲すると、以下。 『種の起源』における著者の仮説を一文でまとめると、生物の「個体差」と、激しい生存競争による「淘汰圧」が自然選択(=生存に有利なものが生き残ること)を生み、その積み上がりとしての個体差の選択的拡張が進化を生む、となる。 この話を、わりとポピュラーなネタとしての、ビジネスの競争原理/競争戦略へのアナロジーとしても考えてみ

大衆文化を生む経営~『セゾン 堤清二が見た未来』

「セゾン」という単語は知っていた。ただ、たった1代で、200社-4兆円にも届く巨大企業グループを築きあげた異能の経営者堤清二については、本書を読むまで寡聞にして全く知らなかった。 著者の日経記者時代の取材と、豊富なリファレンスに基づくセゾングループの社史であり、堤清二の解剖記録でもある本書。ビジネス書としてはまぁまぁな出来であるが、財界/民間から国と社会の文化をどう睨み、どう導いていくかを示す文化論としては打って変わって相当面白く読めた。そして、”ビジョナリー”堤清二のスケ

『論語と算盤と私』朝倉祐介

(ダイヤモンド社) 企業経営についての本ではあるが、企業における経済活動とは何か、「経営する」とは何か、と言った視座から、歴史的な系譜も交えながら、よい経営の在り方について紐解いていく。 経営に直接携わる人だけでなく、日々の実務に追われる事業リーダーや役職者にとっても、自身の活動をその根っこの部分に立ち戻って見つめ直すことができる良書。