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きまぐれエッセイ

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日頃の行動にもとづいたちょっとしたこと、興味の転々とするようすをきままにきまぐれにしたためました。
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2024年1月の記事一覧

紙の本だからわかること、電子化された資料だからわかること

はじめに どちらかというと本の活字にお世話になってきた世代。長年にわたり書物から栄養をすいとり生きてきたのかもしれない。もちろんどうにかこうにかまがりなりにもパソコンをつかえるし電子化された文章を利用する。 両者をつかいくらべ、すこしだけ気づいたことをあげてみる。 きょうはそんな話。 ひさびさ図書館へ ひっこしの混乱でみつからないでいたもちものが、このところ意外な場所からちょくちょく顔をだす。 いっしょに移転先につれてきたはずが、もとの家に置きっぱなしだったことも。

にんじんの種まきに適した時期と季節の変化との関係はよくできたものだと納得した

はじめに これも7年まえのやさいづくりをさかんやっていたなかでの気づき。こうした季節の変わりめに数日おきに雨のやってくる時期に種まき(この場合、はたけへのじかまき)をする。 これを知ってから数日間の天気予報と山の天気の変化を注意深くみつめるようになり、よぶんな水まきのてまいらずで発芽率が向上。そのようすをnoteにのこしておく。 きょうはそんな話。 にんじんの種まき 畑Bに朝7時に上がるとまだ地面がわずかに凍っていた。だんどりよく農作業をすすめるには夜のあける6時まえ

へやをあたためるには:いろいろな暖房器具をつかいくらべてみる

(2024.1.29加筆) はじめに 1年じゅうでもっともさむい時期。おもに4か所について4種類の暖房の方法であたたかさをくらべている。そのさなかでの傾向と対策について。 きょうはそんな話。 移り住んで マンションにひっこしした。ここでのさむさ対策はそなえつけのインバーターエアコンがおもなもの。あとはカーテンやカーペットでの外からの断熱。 ここをサブの学習サポートの教室として兼用、生徒がおとずれるので快適にすごしてほしい。ひとりならば暖房なしですませる程度でも生徒がい

まどのそとに青空が見えて陽ざしがさしているとウズウズしてくるのはなぜだろう

はじめに このところ明けがたに低い雲のたちこめたの日がつづく。へやのなかはいつまでも暗く、起きるのがすこしおそめ。 このところそれとは関係ないがしごとを抑えぎみ。個人事業での収入はそれなりに。そんなに気にならないが感じることを記したい。 きょうはそんな話。 日々のくらし ひとりぐらしは気ままなもの。そのときの気分でだれに相談するまでもなく、しごとでかかわる数少ないヒトビトとの交渉と、それにともなう義務さえ果たせばあとは自由。 このやりかたがいちばんストレスがすくなく

2015年ごろにふってわいた新入試の記述問題にまつわるそののちの顛末について

はじめに またまた8年まえに記した文章から。あいもかわらず入試に関して。このころ教育指導要領の改定にともない、入試のなかみがさまがわりするとさかんに報じられた。つぎの2025年度の大学共通テストがまさにそれに該当する。 そのため学習サポートを個人で運営するわたしははやめに対応しないと準備がままならないために、当時から行動をはじめていた。すでに教科書や高校入試はその方針で変わりつつあった。ところが世の大学入試は思わぬ方向に…。 2015年1月の内容をほぼ原文のままここへ転

宇宙にむかう、月へと旅立つことのむずかしさとその挑戦の行動について

はじめに つい数日まえにアメリカの民間の無人宇宙船が月へとむかうための試験飛行をした。今後の計画ではアポロ以来ひさびさに月へとヒトがむかう予定。現在、そのためのロケットの実証実験を無人でおこないつつある。 だが途中で失敗。有人での到達は再来年へ延期され、なかなか前途多難。予算をおさえて開発するむずかしさをつくづく感じる。半世紀まえとはちがうやりかたではたしてかなうのかためされている。 きょうはそんな話。 (タイトル写真:Canon M10, EF-M 55-200mm

スポーツの夢をみた朝にふと運動後のつかれのようなものをかんじた

はじめに きょうの内容はあまり真剣にお読みいただかないほうがいい。あくまでもそう感じたにすぎないから。最近見る夢はなかなかへん。あわよくば「夢十夜」のようにそのたびに記したいのだが。 きょうはそんな話。 夢のなかで よく見る夢がスポーツの場面。中・高校と卓球部だった。ながくたずさわっただけにもちろん寝ていてもよく試合のようすなどが出てくる。とても調子よくぽんぽんスマッシュを決められるときと、まったく思うようにならずになにをやってもだめで完敗してしまう両方をみる。 ふし

やさいづくりで起こったこと:自家採種して蒔いた種子はおいしい葉だいこんでだいこんが1本もできなかった

はじめに 2017年1月はじめの日記から。たまには予想外のやさいづくりについて記しておこう。このころは販売用の市販種子でつくるやさいとはべつに、自家用として自家採種した種子も蒔いていた。 おもに地元の固定種のはずだった。たまにまわりでそだてるほかのものと交配してしまうことがある。今回はもののみごとにそれが出た例。 きょうはそんな話。 自家採種しただいこんは 今回蒔いただいこんは昨年採取した種子。おいしかったので蒔いた。ところがそだてて驚いた。間引き菜としての葉ダイコン

様変わりしつつある街であたらしい店をつぎつぎとみつけていくおもしろさ

はじめに ここへ移り住んでちょうど5か月。ようやくごく身近なおもな街路のつながりがわかるように。こんなにさんぽをするのにふしぎなもので、目のまえをとおりすぎてしまい、存在に気づけないままの場所や店が多い。 ただ地面をみつめてとぼとぼ歩いたのではなかなかみつからない。顔をあげてきょろきょろしながら目をむけないと知り得ないのも道理。 きょうはそんな話。 チェーン店で じつは学生のころからよく利用していた店。市内くまなく拠点がある。移り住むたびに生協とはべつにそこにお世話に

はたけで収穫したやさいをていねいにあらい、やさいいためにして食べる

はじめに 4年まえまでたんたんとやっていた作業と、その際につくってたべていた料理についての備忘録。 ずっとこんな生活がつづくものとあたりまえのように行なっていた当時のある日の日記から。 きょうはそんな話。 (タイトル写真はこれから熟すまるかじり用のポンテローザトマト) はたけでの収穫 きのうは収穫物が多かった。やさいをわき水であらうのに1時間あまりかかった。この集落では湧き水を各家にひいて使っている。このあとふきとりかわかしたあとふくろづめとラベル貼り。販売のぶんに

じぶんのへやでネットをつうじて細胞やタンパク質の構造について議論する時代になって思うこと

(2024.1.9加筆) はじめに さきほど研究パートの職場でふとノートパソコンをひらいた。ことしの初しごと。顔をかべにむけるとカレンダーが12月のままなのに気づき、表紙をとり最初の月の数字のならぶようすをみつめる。1年の最初の週。 昨年からことしにかけて公私ともにひっこしつづき。まだ道なかばでこんどはここの職場のひっこしが待っている。体調を万全にしないと。こうしたちからしごとの一方で、研究のスタイルがかわりPCの支援をひとむかしとくらべてなおさらたよるようになった。

日常のごくふつうの生活のありのままを写真に撮る

(2024.1.8加筆) はじめに カメラを手にとって40年あまり。たくさんの写真を撮った。こうしたほうがいい、ああしたほうがもっとよくなるとみずからの撮ったものに注文をつけてきた。 最近それももうありのままでいいかと思えた。いいなとかんじた被写体のまま自然に撮れてればそれ以上は望まない。もうひとつの趣味の絵をたしなむほうにその心境がさきにおとずれたかも。写真の方に波及したらしい。 きょうはそんな話。 さんぽのお供 買いなおしてまもないスマホをポケットにいれるか、ミラ

あたたかな日がたびたびあるので、のびつつある草を刈る作業のだんどりをかんがえないと

はじめに 年末のさむかった1週間がすぎたあとは、おだやかなあたたかな日がつづいている。そのためかもとの家では陽のあたるところはすでに雑草のやわらかな葉が開きはじめている。おそらく根がのびていそう。このままの気温で推移すると葉や茎が長くのびはじめてしまう。1月に草刈りかと頭をよぎる。 作業の前倒し いつもの年ならば2月の前半ぐらいのようすに近い。ここでズボラなわたしがしゃしゃり出る。もしかするとこれから来るかもしれない寒波第二弾にあたってちぢこまり、いったん生長をとめるか場

かぼちゃはつくりやすくすみずみまで利用できるすぐれもの

(2024.1.8加筆) はじめに これも以前のやさいをつくっていたころのこと。庭でもはたけでもスペースさえあればかぼちゃを蒔いていた。たいてい食べておいしかったかぼちゃの種子。それを水で洗い、表面のヌメヌメをとり乾燥させる。それをしかるべき時期に植えていた。 実がなると、種子まで利用。じつに食べがいがありそしてすみずみまで利用できてむだがない。 きょうはそんな話。 かぼちゃが手にはいると たいていかぼちゃはこれまで食べたかぼちゃの種子を蒔くことでまかなってきた。ほぼ