<漂流プロジェクト>Project:;COLD case.613を終えて
端緒
2020年の暮れに、50歳になった。
早いもので、ゲーム業界で仕事をするようになって25年近くになる。
ゲームデザイナーやらシナリオライターやらを長く続けていると、実現できずに眠ったままの企画書というのが手元にいくつかあるものだ。
今回の『Project:;COLD』も、そんな眠っていた企画書の一つだった。
そもそもは、昔から付き合いのあったプロデューサーの言葉がきっかけだった。
「収益化は度外視して、みんなが夢中になれるようなコンテンツを作りたい」
一人のゲームデザイナーとして、シナリオライターとして、その言葉に純粋にワクワクした。
まだ誰も挑戦したことがないシステムの上で、誰も見たことのない物語が展開していく。
そんなものが実現できたら、きっと楽しいだろう。
そのプロデューサーの在籍していた会社は新進気鋭のスマホゲーム開発会社で、ヒット作に恵まれて急成長の只中にあった。
彼に乞われる格好で、僕はまったく未知なる企画を練り始めた。
この頃、僕はシナリオ制作会社の独立準備中で、新しい企画を提案させてもらえる機会はありがたかった。
自分の会社でやりたい仕事のイメージは、徐々に具体化しつつあった。
それは、「まだ誰も想像もしていない場所で物語を展開する」ということだ。
昨年の夏に、コンビニのレジ袋に物語を印字するという試みがあったが、あれなどはまさに自分がやりたいことに近い。
企画
今回の企画を作るに当たって、最初から頭の中にあったイメージは『カゲロウプロジェクト』だった。
2010年代初期にニコニコ動画を中心に広がった一大ムーブメント。
作品自体の切れ味もさることながら、それ以上にそれを囲んでいるファンの熱気が凄まじかった。
作品性とファンの熱が絶妙に混ざり合って再燃焼し、ある種異様な空気感を放つコンテンツへと昇華していた。
最初は娘に教えられてなんとなく眺め始めたのが、気づけばすっかり引き込まれていた。
イメージしているのは、あの空気感だ。
そう考えながら、僕は少しずつ企画書を書き進めていった。
完成した企画書をくだんのプロデューサーに見せると、とても喜んでくれた。
これは新しい挑戦で、やる意義のあるプロジェクトだと快気炎を上げた。
これが2017年のことで、バーチャルYoutuberという概念が誕生して間もない時代だった。
その波にうまく乗れれば大化けする可能性がある。
一度社内で議論させてください。彼は興奮気味にそう言って、企画書を持ち帰った。
だが、それから一カ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎても彼からの返答はなかった。
こちらから打診してみると、すっかり意気消沈した様子だった。
どうやら社内での説得がうまくいっていないらしい。
「収益化できないことがネックなんですよね……」
これには苦笑いするしかなかったが、モノづくりの場面ではよくあることだ。
とにかくこんなふうにして、このプロジェクトは先の見えない長い漂流を始めることになった。
漂流
「何か新しいことをやりたい」
シナリオ制作会社『ストーリーノート』を立ち上げた僕の元には、こんな抽象的な相談が時折もたらされる。
そういう機会のたびに、僕は一例としてこの企画書を持ち出したりしていたのだが、実現に向かう気配はさっぱりなかった。
無理もない。
・前例がない。
・収益プランがない。
・実現性は極めて困難。
あまりに見事な三重苦だ。
こんなものを好き好んでやろうとする奇特な人間が、そう易々と現れるはずもない。
こうして、この企画は日の目を見ないまま、一年ほどの時間が過ぎた。
その間に、本作のプロデューサーを務めた平信一氏(電ファミのTAITAI編集長)にも企画書を見せる機会があったが、彼はふんふんと眺めただけで興味を持った様子は示さなかった。
そして、また一年ほどが過ぎた。
Vtuberは食傷気味なまでに世に溢れ返り、2019年にドワンゴの仕掛けた「バーチャルさんはみている」がひどい不調に終わった頃、この企画は不意に目を覚ますことになった。
転機
平さんが「少し話を聞いてほしい」と、僕の所にやってきた。
曰く、PBW(プレイ・バイ・ウェブ)を進化させた遊びを企画したい、とのことだった。
PBWというのは、その前身にPBM(プレイ・バイ・メール)というものがあり、主催者側が定めた世界観に自分の創作したキャラクターを介入させて物語を紡いでいくという遊びだ。
参加者の意向によって物語が意外な方向に進んでいく介入性が面白く、マニアックな取組ではあるが、根強い支持層に支えられて今も連綿と続いている。
僕は、そこに存在するある種の熱気は理解できたが、いかんせん参加者が限定され過ぎることが重大な弱点に思えた。
より現代的にしたいのなら、もっと大人数が同時に、もっと気軽に参加できるようにしなくてはならないのではないか。
そんなふうに議論が進んでいく過程で、僕は改めて、あの企画書を取り出した。
視聴者全員で世界観を共有するが、その設定や物語には所々穴が空いている。そのまだらな空白を皆で考察し、議論しながら埋めていく。
こういう取組の方が、より現代的なのではないかと。
そう言うと、ここに至ってようやく彼はこの企画書に興味を抱いた。(一年前に見ていたにもかかわらず)
平さんは、この企画書を人に見せてもいいかと言うので、僕はこう答えた。
「もう実現可能性のないものなので、煮るなり焼くなり好きにしていいですよ」
数日後、彼は再び僕の前に現れた。
支援者を見つけた、と。
始動
かくして2019年、このプロジェクトはついに実現へ向けて動き始めた。
僕は物語中の謎は作ることができても、大勢の人間が挑戦することを前提とした謎など作った経験がなかった。
ARG(alternate reality game:代替現実ゲーム)というジャンルの存在も知ってはいたが、過去の事例を辿ると、情報を拡散させて終わった例はあっても物語として収束させた例はほとんど見られない。
何もかも前例がなく、手探りの状態だった。
各方面のプロフェッショナルが、それぞれがベストを尽くしてくれたが、それでも順調に進んだ場面など一つもなかったように思える。
制作の苦労話なら、3DAYSでやっても語り尽くせないほどだ。(今日のところは控えておくが)
とにかく、およそ1年ほどの準備期間を経て、2020年11月1日、佐久間ヒカリの自己紹介動画がYoutubeにアップロードされた。
Project:;COLDは、これで本当に始まったのだ。
漂着
始まっても尚、このプロジェクトがどう進行し、どう結末を迎えるのか、予測がつかないままだった。
誰にも気づいてもらえないまま終わってしまうのではないか。
うまく運用できずに、途中で中断してしまうのではないか。
悪い予感は絶えずつきまとったが、それらはすぐに杞憂へと変わっていった。
Project:;COLDに興味を持って集まってくれる人の数は、こちらの予想を遥かに超えていた。
Youtubeのチャンネル登録者は3.5万を超え、動画の生配信は同時接続者数が1万を超えるに至った。
人気IPの力を借りたわけではなく、ドラマやVtuberのような既存の枠組みがあったわけでもない。
うまく説明する言葉さえもない真新しい取組が、この短い期間で、これほど多くの人の注目を集めたのだ。これは奇跡的なことだった。
毎日観てくれていた人には隠しようもないが、全然計算通りにいかない場面も多かった。
しょうもないミスもたくさんした。
コンテンツを応援してくれる人たちが、自分たちの不手際をカバーして助けてくれたことも何度もあった。
「とにかく一喜一憂しないこと」
そうスタッフに伝えながら、誰より自分が一喜一憂した。
そんな3ヶ月間だった。
そして、2021年2月7日、Project:;COLD case.613は最終回を迎えた。
後悔と反省点は無数にある。
だが、それでも、多くの人が待ってくれる状態で最終回の日を迎えられた。感慨無量だ。
そして、漂流し続けたこのプロジェクトは、これでようやく新天地へと辿り着いたのだ。
展望
今回、本企画では、脚本と総監督を務めさせてもらった。
最終回まで実名を伏せたのは、作品自体が持つ神秘性を損ねたくないという想いがあったためだ。
存在を明かすのと同時に今後の展開について華々しく披露できたらよかったのだが、とにかく今回のcase.613をやり切ることに集中していたため、具体的な次の展開は何も決まっていない。(つまり、本当に決まっていない)
ただ、これで終わりにはしたくないという大きな想いは、自分一人ではなく関係者全員が持っている。
現時点で約束できることはなくとも、もっと別の展開を観たいという声が大きくなれば、それが実現する可能性は大いにあるだろう。少なくとも、そう言っていい水準には充分に達したと思っている。
謝辞
最後に、関係者の皆様へ謝辞を述べさせていただいて、この記事を終えたいと思う。
制作スタッフの皆様へ
私の妄想に過ぎなかったこのプロジェクトを現実化できたのは、皆様の限りない試行錯誤と献身的な努力の賜物です。
今回このプロジェクトを通じて、ずいぶん歳の離れた若いクリエイターたちと共同でモノづくりができたことは、私にとっては誇りに思える出来事でした。
この場を借りて、感謝の意を表します。ありがとうございました。また何か一緒にやれたらいいですね。
実現支援をしてくれた皆様へ
粗削りで不確定要素の多いこのプロジェクトの可能性を信じ、支援を決断してくれた皆様に心より敬意を表します。
皆様の寛大なるご決断なくして、今回のプロジェクトを世に出すことは不可能でした。
また、この作品の考察に参加してくれた融解班の皆様。
様々なアートを描いてくれたファンの皆様。
皆様の応援に毎日どれほど勇気づけられたか、うまく言葉に表すことができません。
最後まで作品にエールを送り続けていただき、ありがとうございました。
きっとまた会える。
そう信じて、その日が来るのを楽しみにしています。
2021/2/7
藤澤 仁
(この記事には考察ネタなどないので、探さないでください)