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湖東記念病院人工呼吸器事件(1)

なぜ冤罪になったのか

【事件の概要 ─ 公訴事実より ─】
滋賀県内の病院で、看護助手として勤務していた西山美香さん。自身に対する看護師らの処遇等に不満を募らせていたところ、そのうっ積した気持ちを晴らすため、入院患者を殺害しようと、2003年5月22日午前4時過ぎころ、慢性呼吸不全等による重篤な症状で入院加療中のA(当時72歳)に対し、人工呼吸器のフレックスチューブ(管)を引き抜き、酸素供給を
遮断、呼吸停止の状態に陥らせ急性低酸素状態により、殺害した。

【病棟の当直】
2003年5月21日夜から5月22日午前9時までにかけて、病棟の
当直はB看護師、E看護師、看護助手である西山さんの計3名。 

【病室】
ベッド数4床の共同部屋で、廊下を隔てた真向いにナースステーションが
位置し、他の患者も入院していた。

【初動捜査】
(1)人工呼吸器の仕様
◆アラーム機能
管が外れた場合を含め、供給されるガスの圧力低下やガス流量減少等の
場合には、警報アラームが鳴る機能がある。
◆消音状態維持機能
アラームの消音機能を備えており、消音ボタンを押すと、1分間アラームが
鳴らない状態にでき、次にアラームが鳴る前に消音ボタンを押せば、アラームが鳴らない状態を延長することができる。
◆ランプ機能
消音ボタンによりアラームを止めた場合、人工呼吸器の異常発報を示す赤色
ランプが、点滅から点灯に切り替わる仕様。

(2)入院患者Aを発見時の供述
Aを発見した看護師が「人工呼吸器の管が外れていたがアラームは
鳴っていなかった
」と供述。

(3)警察の当初の見立て
看護師等がアラームに気づかなかったとして、業務上過失致死の疑いで
捜査。

【事件の時系列】
(1)事件発生
2002年10月4日 救急搬送され、Aが入院
2003年5月21日 午後11時頃 B看護師がAの痰吸引を行う
2003年5月22日 午前4時30分頃
B看護師が病室の顔面蒼白のAを発見(心停止状態)、死亡が確認
B看護師は、医師や当直医に対し、Aに装着されていた人工呼吸器の管が
外れていたが、アラームは鳴っていなかったことを述べ、看護記録にも
記載、警察官に対しても、同様の供述
2003年5月23日 C 医師が、Aの死因等について鑑定書を作成(C 鑑定書)
2003年5月29日 警察は、人工呼吸器の消音機能の存在及び消音時間が1分であることを把握

(2)任意捜査から容疑者へ
2003年7月 西山さん等を任意捜査 「アラームは鳴っていない」と供述
2003年7月8日 
警察「機械は問題なかった、アラームに気付かなかっただけだろう、遺族の気持ちになったらアラームが鳴っていないとは言えないだろう」と詰め寄る
2003年7月11日 西山さんが、精神科を受診(適応障害と診断)
2004年2月3日 人工呼吸器に異常がなかったことが確認された。
2004年3月4日 F警察官、C 医師から「チューブ内での痰の詰まりにより酸素供給低下で心臓停止したことも十分考えられる」という供述を元に
捜査報告書を作成

2004年5月頃
警察は、人工呼吸器に異常がなかった以上、アラームが鳴っていた前提で
捜査
アラームに気付かなかった業務上過失致死を念頭に、B看護師及び
西山さんを容疑者としてそれぞれ取調べが行われた

2004年5月10日 取り調べ担当官が F警察官に変わる
2004年5月11日 西山さん、「アラームが鳴った」と供述
2004年5月20日 西山さん、呼出がないにも関わらず、自ら警察署に
出頭。
2004年5月24日~2004年6月14日
西山さん、呼出がないにも関わらず、自ら警察署に出頭。
2004年6月19日 西山さん、「実はアラームは鳴っていなかった。アラームが鳴っていたと言えば取調べがなくなると思い嘘をついていた」と供述
2004年6月21日 西山さん、「アラームは鳴っていなかったと言ったのは嘘で本当は以前話していた通り、アラームは鳴っていた」と供述
2004年6月30日 F 警察官は、長時間にわたる取調べの合間に、息抜きをさせるため、西山さんにジュースを提供

(3)殺害を自白
2004年7月2日 西山さん、「事故ではなく、私が管を引っ張り上げて外してAを殺した。アラームは鳴り続けていた」と自白
2004年7月5日 西山さん、「Aの管を故意に外した。動機は病院への
不満」
2004年7月6日 西山さんを逮捕
2004年7月6日頃 B看護師、人工呼吸器の管が外れていたか否かは
確認しておらず、明確ではないと供述を変遷

2004年7月9日 弁護人と初回接見
取調べで西山さんは「人工呼吸器の管は抜いていない」と否認するも
F警察官やその上司の警察官から「逃げるな」「両親は警察を信用していて
弁護士なんか信用していない
」「起訴前に来るような弁護士は聞いたことがない」「そんな弁護士は信用するな」などといわれたため、弁護人ではなく
F警察官を信用し、否認を撤回
※その後も、F警察官は「そんな弁護士は信用できない」などと繰り返した

2004年7月10日 事件当日に、入院患者の付き添いをしていた家族Qが
午前4時過ぎ頃、「アラーム音は聞いていない」ことを司法警察員に供述していたことが判明
臨床工学技士の立会の下、警察は人工呼吸器の実況見分を行い、アラームの仕様等を把握

(4)アラームが鳴らない殺害方法へと変遷
2004年7月10日 西山さん、「Aの管を外した後、B看護師らに気付かれないよう、消音ボタンを押し続けてAが死んでいくのを待っていた
アラームは鳴っていない
2004年7月11日 西山さん、「Aの管を外し、音が鳴ったら見つかると思い、消音ボタンを押し続けた。Aが亡くなった後に管を元に戻して放置
した」

2004年7月14日頃 西山さんは、母親から「両親は弁護士を信用している旨の手紙」を受け取ったが、F警察官から「それは弁護士が書かせたもので両親の本当の気持ちではない」といわれ、その手紙は信用しなかった

2004年7月16日 検事の取調べで「故意に人工呼吸器の管は外していない」と否認、その後、F警察官の取調べで「そんなことを言ったら大変なことや」と言われ、F警察官の指示で、検事宛に否認は嘘である旨の供述書を作成

2004年7月21日 病院にて、西山さんの指示・説明に基づく再現見分を行う

(5)起訴から無罪判決まで
2004年7月27日 起訴
2004年8月27日 移監(移監先:滋賀刑務所)
2005年11月29日 大津地方裁判所、有罪と認定(懲役12年)
2010年 第1次再審請求
2011年3月30日 大津地方裁判所、再審請求の棄却を決定
即時抗告、特別抗告はいずれも棄却
2012年 第2次再審請求
2015年9月30日 大津地方裁判所、再審請求の棄却を決定
即時抗告
2017年8月24日 刑の執行を終える。
2017年12月20日 大阪高等裁判所、原決定を取り消し、再審の開始を決定
検察官、特別抗告
2019年3月18日 最高裁判所第二小法廷、同抗告の棄却を決定
再審開始決定が確定
再審の確定を知った大津地検、県警に対し、未提出の捜査資料を請求
2019年7月頃まで 未送致だった捜査資料117点を地検に提出
2020年3月31日 大津地方裁判所、無罪判決

【 アラームは鳴っていたのか】
(1)アラームが鳴っていたことに固執する警察
2003年5月から、西山さんが「アラームが鳴った」と供述するまでの
2004年5月まで、約1年間にも渡り、アラームが鳴ったことを供述するよう執拗に迫る警察。

(2)アラームが鳴っていなかったことを知っていた警察
警察は、2004年7月10日までには、病院関係者以外の人間からアラームが鳴っていなかった旨の供述があり、把握していた。
西山さんの供述は「アラームが鳴る殺害方法」から「アラームが鳴らない
殺害方法」へと変遷していく。

(3)鳴っていたことに固執していた警察はどこへ?
西山さんは最初から「アラームが鳴っていない」と供述している。
さんざんアラームが鳴ったに違いないと迫った警察だが、「アラームが鳴っていない」ことを最終的には認めている。1年もの間、アラームが鳴ることに固執していた警察は一体何だったのか。

【 そもそも事件だったのか】
(1)入院患者Aの病状
◆急性呼吸不全で下顎呼吸の状態
◆心肺停止
◆JCSⅢ-300(強い痛み・刺激にも全く反応しない深昏睡状態)
◆四肢・体幹の自発運動は全く見られない状態
◆意識がない上、自発呼吸が困難な状態で、人工呼吸器を装着することで
酸素供給を保つことができる状態
◆痰が出るため、看護師による定期的な痰吸引が必要な状態であった
◆入院当初より、Aの親族に対し、病状を説明する際、回復する可能性は少なく近いうちに死亡する可能性も十分ある旨、説明し、診療記録にも記載

(2)他殺の否定
2004年3月4日に作成された捜査報告書には「チューブ(管)内での痰の詰まりにより、酸素供給低下で心臓停止したことも十分考えられる」と他殺を否定する C 医師の所見があり、警察はこの報告書を検察官に送致しなかった。
また、他にも捜査資料117点を送致しなかったことも判明。

(3)他の死因の可能性
C 鑑定書は「人工呼吸器停止、管の外れ等に基づく酸素供給欠乏が一義的
原因と判断される」と結論付けているが、解剖所見では
Aの気管部右側には痰が多量にある(細気管にも痰粘液が多量に見られる)
Aの心臓内から採取した血液の検査結果「カリウムイオン1.5MMOL/L(不整脈を生じ得る)と記載されている。
このことから、低カリウム血症に起因する致死性不整脈や、痰詰まりによる酸素供給低下が想定されるにも関わらず、これらを排除した理由が不明のまま

(4)C 鑑定書の死因を決定付けたもの
C 医師は、確定第一審において、以下の供述をしている。
「(人工呼吸器が)外れてたのを発見したということでしたら、その可能性が非常に大きいというふうに私の方は判断しました」などと、解剖結果に人工呼吸器の管が、外れた状態が生じていたら、という事情を加えて死因を判断している。

ところが、Aを発見したB看護師は、当初は人工呼吸器の管が外れていたと供述しているが、後に、人工呼吸器の管が外れていたか否かは確認しておらず、明確ではないと供述を変遷している。

【まとめ】
(1)事件性の否定
◆アラームは鳴っておらず、人工呼吸器の管は外れてはいない。
◆他の死因の可能性も十分考えられ、殺害を断定できない。

(2)決め手になるもの
◆消音ボタンを利用すれば、アラーム音を鳴らない状態で継続できる仕様。
◆管を繋げば、「アラームは鳴らず、管が外れていなかった」状況をつくることは可能。

以上より、西山さんの自白内容の信用性が決め手となる。

次の「湖東記念病院人工呼吸器事件(2)」では、西山さんの供述内容等を
時系列で追っていき、その信用性を見ていこうと思う。