「妄想警察P」第一話
第一話:先制逮捕
人は常識に縛られて生きている。と言うより、常識に縛られていたほうが、生きていて心地良いのかも知れない。しかし、その常識という巨大なタワーが音を立てて崩れ去ってしまったら、この世界はいったい誰が支配するのだろうか・・
ある日、何者かの手によって、古びた常識という巨大なタワーにダイナマイトが仕掛けられた。天高くから地面に叩きつけられたコンクリートの塊が、人々の平穏な生活を崩壊させた。その時彼方から、大軍の行進の足音が地面を揺らして響き渡って来た。真夜中の通りに響き渡る不気味で規則正しい、兵士の足音が無政府状態の首都に迫って来る。
作家で心理学者の渋沢吾郎は原稿の締切に追われていた。時計の針は明け方の4時50分を指していた。時計に目をやった渋沢は、眼鏡をデスクの上に置いて、キッチンでポットに火をかけた。コーヒーを一口飲んで部屋のカーテンを開けて、朝日を眺めながら、次のストーリーの展開を考えていた。
その時、玄関のベルが鳴った。扉を激しく叩く音が部屋中の朝の空気を一変させた。
こんなに朝早くから誰だろう・・
「はい、どちら様?」
「警察です」
「警察?」
玄関の扉を開けると、見たこともないパープル色の制服を着た男が数名とアンドロイドらしい男が立っていた。
「渋沢吾郎さんですね?」
「はい」
一人の刑事が令状を出して、
「あなたを妄想法第一条の規定に基づき、先制逮捕します」
渋沢は、困惑した様子で刑事に尋ねた。
「エッ!容疑は何ですか?」
刑事はポケットからスマホを取り出して、音声アプリの再生ボタンを押した。すると、AIに喋らせた様な声が流れた。
「あなたの妄想は危険水域を超えました。従って、我々は、あなたを逮捕することができます」
「この声は?」
「我々のボスですが」
「そんな理由で逮捕だなんて?この国は法治国家でしょ」
「あなたは未だ理解されていないようですが、本日、午前零時を過ぎた時点で、我々、妄想警察がこの国を統治します」
「妄想警察?そんな馬鹿な!」
「いいえ、これは現実です。我々は、権力を奪取したのです。」
「権力を?軍が制圧したということですか?」
「いいえ、以前の政府は権力を保持していませんでした。無政府状態のまま生き長らえていただけです」
「では長い間、この国は軍事政権下にあったと言うことですか?」
「いえ、正確に言うと、我々はこの国を観察していました」
「観察?」
「そうです、機が熟すのを待っていたのです。とにかく署までご同行願います」
渋沢は抵抗することも出来ずに側で立っていたアンドロイドと手錠で繋がれたまま、署へ連行されて行った。
パトカーのサイレンは、薄暗い地下道を40分程走ったところで止まった。鋼鉄の重い扉を開けると、細長い廊下がずっと置くまで続いているのが見えた。左右のモニターには、知らないほうが幸せだったと思えるほど、悲惨な現実(言葉で表現出来ない)が映像で流されていた。廊下の突き当り右手の部屋に入ると、一人の男が待っていた。エネルギーバンパイア軍のMr.カーン。妄想警察の担当取調官だった。
「お待ちしておりました。渋沢さん」
「ここは?」
「どうぞ、こちらへ」
「私には、今起こっていることが理解できません」
「そうでしょうね、だが、既に行動は開始されました。今後は我々がこの国を管理します」
「その事と、私の逮捕とどう関係が?」
「我々が問題視しているのは、あなたの頭の中に映っている世界です。それを誰かの手によって具現化されるのではと、危惧しています。あなたの意志に関係なく」
「それで私は今ここに?」
「はい」
「それで私はこの先どうなるのですか?」
「そう焦らずに、落ち着いて話しませんか?我々は、貴方の事がもっと知りたいのです」と、Mr.カーンは、コーヒーカップに口をつけて、もう一方のカップをテーブルに置いた。渋沢はコーヒーを一口飲んで、目を閉じて考えていた。
ー202✕年2月15日ー
「大統領閣下!もうすぐに戦争は終結します」
「そうか」
「ただ、一般市民に紛れ込んだ、奴らの残党と買収された、増殖中の者達がどのくらいの規模になるか・・」
「分かった。次の計画に移してくれ」
現在、水面下で起こっている旧体制派(エネルギーバンパイア軍)と新同盟(リバタリアン軍)との戦争は、第一幕が終わろうとしていた。とても長い間、牛耳ってきた権力を愛国者達によって組織されたリバタリアン軍によって、それまでの常識をオセロゲームのようにひっくり返し、新たな歴史を塗り変えようとしていたのである。新体制のリバタリアン軍は陸海空を制圧し、時の権力者達は、投獄され軍事裁判にかけられ、ある者は処刑され、その代わりを劇団の役者が(影武者)演じていた。勿論、世間の人々にはバレないように、密かに演技指導のレッスンを受けていた、ベテランの俳優陣であった。
「少し眠っていたようですね?」
「あっいや、少し考え事を」
「こちらから話しかけても、返事が無かったもので、てっきり眠っているのかと。良いんですよ。お疲れだったのでしょう。宇宙からダウンロードされた、あなたの夢の中のストーリーは、こちらでコピー・アンド・ペーストさせて頂きました」
「コピーアンドペースト?何をしたのですか?」
「先ず、コピーした情報は、分析室へ回された後、AIのビックデータへ、インプットされます。あなたの頭の中で描かれた情報は随時、ビックデータへ転送されています。あなたが何を考え、どんな夢を見たかまで、全てが蓄積されていきます」
「では、私が見ていた夢の話を?」
「えぇ、あなたが眠っている間、グーグル・グラスで拝見していました」
「まさか・・」
「ひとつ指摘しておくと、我々の体制はまだ充分に力を蓄えています。我々は、この体制を維持するために次の計画を実行しているのです」
「次の計画?」
「えぇ、そのために我々の一部の旧勢力は自らの手で破壊しました」
「何故そこまでして?」
「我々の描いている世界は、リバタリアン人の考え方とは全くの正反対です」
「リバタリアン人?」
「えぇ、彼等は新妄想主義者です。我々バンパイア人には受け入れらない思想です」
「それで戦争を?」
「戦争を起こしたのは彼等ですが、こちらにとっても好都合というか、機が熟したということでしょう。我々の計画は長年に渡って、議論されてきた結論です。議論をする時期は終わったということです」
「それでこんなことを?」
「これから先の世界は、自らが書いた物語との戦いです。どちらのストーリーが優れているか?それが問題なのです」
「貴方のストーリーっていったい?」
「我々が書いたストーリーは、想像を絶する未知の世界。と言っていいのかも知れません」
「弁護士を呼んでください」
「我々と取引しますか?」
「司法取引ですか?」
「あなたがここから出るための条件は、我々の都合の良い人間としてこの先の人生を生きるか、それとも・・」
「それとも?」
「我々が注目しているのは、あなたがこの先出会う人々、ソウルメイトです」
「ソウルメイト?」
「あなたがこの先、出会う数名のソウルメイトはこちらで特定し、日々の生活の観察を続けています。予定ではそのうちの一人が来月の9月4日14時23分にあなたと最寄りの駅前のカフェで出会うことになっています。きっかけは・・・『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』SF小説の本の表紙の黒のプリントTシャツを着た女性に・・」
「ちょっと待って下さい。私には理解できません」
「とにかく、9月4日以降まであなたは拘束されます」と言い残して、Mr.カーンは部屋を出て行った。
因みにこの部屋は取調室というより、ホテルのスイートルームのような内装で、奥には6畳間の茶室があった。床間に飾られた真黒な大鉢には、白の椿の花が水面に生けられていた。ここは地下だというのに、障子には光が差していたのは、間接照明の加減だろうか。渋沢は畳の上に大の字になって、天井板の模様を見ながら、この先のことを考えていた。
ーー202✕年11月15日ーー
事態は動きをみせていた。
「大統領閣下、バンパイアの生き残りの分派が特殊部隊を編成して、何か不審な動きをしている様子です」
「特殊部隊?」
「はい、妄想警察という組織です」
「妄想警察・・・」
この星の人々が覚醒するまで、あと◯◯◯日
第二話につづく。
https://note.com/jimioomae/n/n94115ee2fed9
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