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情報収集力よりも情報編集力が必要とされる


情報収集力よりも情報編集力が必要とされる

 現代人が受け取る1日の情報量は平安時代の一生で得る情報量とも言われています。このような情報化社会ではいかに良い情報を手に取るか?が重要と捉えられがちですが、情報の鮮度は、それほど長くなく、私たちが知るころには価値は、失われています。なぜなら情報にもっとも価値があるのは、生まれた瞬間だからです。
かつてAppleがiPhoneを発表する前に、iPhoneの存在を知っていたのであれば、その情報は、とてつもなく価値があります。しかし発売された後では、情報は単なる世間話へと価値を失います。

 中には、価値を失った情報を活用して再び価値を生み出す人もいます。 それが知識や技術を持つ人です。知識のある人は、iPhoneの発表の情報の後に会社の部品が使われているかを調べ、その会社の株を買いました。また技術のあるひとは、iPhoneを覆うためのケースなどのアクセサリーを開発し価値を生み出しました。知識や技術は、情報のようにいきなり価値を失いません。そのため一度、身に付けると長期にわたって価値を生み出します。ただし、残念ながら永遠ではありません 例えば、かつては重宝された、そろばんのようにテクノロジーの発展でそもそも必要がなくなる場合があるからです。

 今まで上げた情報や知識・技術と違い、世の中で不変の存在価値を持つものもあります。それは、本質です。 例えば、重力という力。これは、今後、変化するようなことではありません。しかし、本質は、情報や知識・技術 とちがい、使い勝手が良くないという性質もあります。なぜなら重力の本質を理解したところで何か価値を生むだけではないからです。ただし本質を理解すると技術や知識をよりよく使うことができます。株価の変動は、誰にもわからないという本質を理解しない人が、株で損をします。

 結論としては、情報、知識・技術・本質のどれが一番大事か?という話で はありません。それぞれの性質を理解し内容を加工、用途を工夫することで、生み出す価値が変わるのです。



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