第23話 みいこの洞窟
「みぃちゃーん。みぃちゃーん。」
洞窟の中に向かって何度もみぃちゃんを呼んだけど、みぃちゃんからの返事はない。足音も聞こえない。急に心細くなる。今日はみぃちゃんと朝からずっと一緒で、町に出ても二人きり、山のなかでも二人きりだった。とっても楽しかったんだ。
「みぃちゃーん、待ってよー。僕を置いて行かないでよー。」
僕はもう半分泣きながら、みぃちゃんを追いかけた。足元も見えない真っ暗な洞窟の中へ。
そんな時に僕はなぜか、映画の中で「私、重い女かな。」と、泣き出す女性を思い出したのだった。
「ほんと、真っ暗だわね。そろそろ目が慣れてきたかなと思ったのに。なにも見えないじゃない。困ったわね。ハル君はまだ来てないし。これじゃあぁ、ぐわぁっ。」
みぃちゃんが悲鳴をあげた。突然地面が崩れて、みぃちゃんが落ちていく。
どさっ。
「やあ、やあ、これは珍しい。人間の女の子かな。」
太い声が聞こえた。みぃちゃんが痛む体をさすりながら、体を持ち上げると、そこには顔に妙なペイントをほどこした男がいた。濃い肌色の顔、ちぢれた髪を短く三つ編みにしたその男はじっとみぃちゃんを覗きこむ。
「人間かな、って、失礼ね。私がひきこもりだからって、馬鹿にしないでよ。ひきこもりだって人間よ。大体あなたも人間じゃない。ほんと、ひきこもりひきこもりって、人間なんてみんな、恐竜から逃げて穴にひきこもるネズミから進化したのよ。バーカバーカ。」
みぃちゃんは「負けないぞ、」と思って頑張っている。
「いやいや、そうでしたか。これは失礼しましたな。ともかく、怪我をしているのでしょう。こちらへおいでなさい。」
「怪しい男に付いていってたまるもんですか。」
そうつぶやいて、みぃちゃんは強がった。が、その時、男の進む先にかすかに明かりが見えたのだ。
「明かりだ。」
みぃちゃんはゆっくり男についていった。
どこに行くのかな。
「おーい、みぃちゃーん、みぃちゃん、どこー。」
僕はみぃちゃんを呼びながら洞窟を歩いていく。どこで道を間違えたのか、一向にみぃちゃんに追いつかない。
「おい、そこに誰かいるのか。」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。みぃちゃんじゃない。誰かが外で呼んでいる。みぃちゃんにも会えない僕は一度引き返すことにした。
外に出ると、みぃちゃんのお父さんが立っていた。
「ああ君は。ハル君だね。みいこはいるのか。」
「え、ええ、一応いると思います。」
「そうか、それならいいんだ。それじゃあ、このハムスターをだね、持ってきたから。」
みぃちゃんのお父さんは腕に抱えていたゲージを僕に差し出した。
「わっ、トマトだ。なつかしいなー。すっかり忘れてたけど、元気だったんだね。みぃちゃん、ちゃんと世話してたのかしら。」
僕はゲージのなかで顔を掻いているトマトを眺めた。
「うん。じゃあ、そういうわけだから。私は帰るよ。宇宙線に気を付けてな。」
そう言うとお父さんはきびすを返した。
すかさず、
「あの、お父さんは宇宙線が怖くないんですか。」
と、僕は勢い込んで聞く。
「うん、宇宙線か。あれはな、透過するから。怖がっても退避しても変わらないんだよ。だけど、みいこはな、外に誰もいないから喜んで、元気いっぱいだった。学校なんて、無理に行かせるんじゃなかったよ。」
お父さんは少し嬉しそうに言って、帰ろうとした。
「待ってください。お父さん。僕に、僕に、みぃちゃんを僕にくださいっ。」
僕は叫んだ。
「うん、君。何を言っているんだね。」
お父さんが怪訝な顔で僕を見る。
「いや、あの、その、なっ、なんでもないんです。ちょっと、宇宙線の、その、影響で頭が混乱しただけなんです。ハムスター、ありがとうございました。」
本当に僕は何を言ってるんだ。
そして、頭を下げた僕に、さよならと言ってお父さんは帰っていった。
少し楽しそうな、少し寂しそうなみぃちゃんのお父さんの後ろ姿を見ながら、唐突な失言を宇宙線のせいにした僕を僕は宇宙線より有害なんじゃないかと思うのだった。
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