第27話 みぃちゃんとウグイスの谷渡り
どのくらい経っただろうか、辺りはジッと静まりかえり、僕たちだけがここに取り残されたみたいだ。
遠くの方からうぐいすの谷渡りが聞こえてきた。すると、
「ぴーちゅ、ぴーちゅ、ぴーちゅ。」
と、みぃちゃんが鳴き真似をする。
「ぴっちゅぴっちゅぴっちゅ。」
と、僕も繰り返す。
「ぴーちゅぴーちゅぴーちゅ。」
「ぴっちゅぴっちゅぴっちゅ。」
そうして僕たちはウグイスになった。いや、そんなわけがない。いくら不思議なことが続いたからって、僕たちはうぐいすにはならない。そのくらいの分別なら、僕とみぃちゃんにもあるんだ。馬鹿にしないでもらいたいな。
「何?はるくん、なんか言った?」
遠くの山を眺めていたみぃちゃんが僕の方へ振り返った。
「う、うん。いや、なんでもないよ。ひとりごとだよ。」
「ふーん、あやしいなあ。二人っきりだからって、何か変なこと考えてたんでしょー。わかってるんだからねっ。」
みぃちゃんはそう言うと少し頬を赤くして笑った。
「おーい。」
山道の階段を登って男の人が近づいてくる。
「あっ、お父さんだ。」
みぃちゃんが手を振って、声を掛ける。
「お父さん、お父さん、みいこね、すごいの、お空とんだの。」
頭のネジも飛んじゃったんじゃ。というひどい言葉を僕は飲み込んだ。
「そうかそうか。みいこ、はるくん。いやー良かった。帰る途中で大きな音がして、そしたらあの爆音だろ。二人が無事で良かったよ。」
そう言って、みいこの父はみぃちゃんを抱きしめる。僕の肩もぽんぽんする。
「ねえ、ねえ、お父さん、みいこ、空飛んだんだよ。」
みぃちゃんが笑って話す。
「空か。確かに飛んでいたみたいだな。」
みぃちゃんはきゃぴきゃぴ喜んでいるのに、お父さんの反応はなんだか真剣だった。そして、
「なあ、みいこ、お前たち長老に会っただろう。お父さんをその長老のところへ案内してくれないか。」
「えっ?ちょ、長老。」
みぃちゃんと僕は二人で仲良く驚いた。みぃちゃんが楽しそうに話す。
「長老の人には会ってないよ。額に三角のペイントしてる変なおじさんにしか、会ってないもの。ねっ、はるくん。」
みぃちゃんの失礼な発言は僕が謝るよ。いや、ほんと、ごめんなさい、あの三角マークのおじさん。
みいこの父は少し黙って、周囲を見渡していた。
「みいこ。きっとそのおじさんはね、ケイロン人の長老だ。若く見えたかもしれないが、私よりもずっと長く生きているんだ。」
そう言って、みいこの父は遠くを見る。
「ケイロン人?」
みぃちゃんと僕は復唱する。
僕は不思議だった。あのおじさんは龍の民だと言っていた。でも、みぃちゃんのお父さんはケイロン人なんだと言う。ケイロン人ってなんだろう。外国の人かな。聞いたことがない国名だけど。
人生二回目の僕にもまだまだ知らないことはいっぱいある。きっと、世の中の人は四、五回以上人生をやっていて、それで、みぃちゃんや僕たちよりうまく生きていけるんだ。ひきこもらなくて生きていけるんだ。みぃちゃんもいつか、ひきこもらずに生きていける人生が来るのかな。来ないのかな。
そのとき、あたりに強い寒波が吹いた。稜線の半分がオレンジ色に染まり、山の冬が突然始まったかのようだ。頂から峰に沿ってくねくねと動くものがある。龍だ。ごわーごわーっと、五百メートルはある体をくねらせて空を泳ぐ音が聞こえてくる。僕たちの乗っていたものよりもとても大きい。
それはぐんぐん僕たちの上空まで近づいてくる。みぃちゃんも僕もお父さんもその迫力に圧倒されて声も出ない。
僕たちのすぐ近くまできた龍の背で何かが動いた。と思うと、バサッという音とともに何かが降りてきた。人だ。その人物はパラシュートも持たずに着地した。あの高さから飛ぶなんて、人間とは思えない。
その人物はゆっくりとこちらに歩いてくる。みぃちゃんより少し歳上くらいの若い男の人だ。
「あっ、三角マーク。」
みぃちゃんがつぶやいた。短い髪を編み込んでいて、肩幅も広くてとても凛々しい男の人だ。
「君たち、こっちへくるんだ。このままここにいては危ない。」
それだけ言うと、その若者はみぃちゃんと僕たちを促すようにして、山を登り始める。突然のことに僕たちがまごまごしていると、みいこの父が、
「ケイロンの方、お待ちください。私は大統領府外務員のつきやま(月山)と言うものです。長老との会合を願いたいのです。」
と言った。若者が振り返り、みいこの父をじろりと見る。
「帰りなさい。我々にも長老にもお主と会う理由はない。」
冷たく言う若者の目はとても厳しいものだった。
「話し合いたい。首脳も直々に交渉の用意があるんだ。」
みいこの父はよほど大切な話があるのか懸命にくいさがる。
「数年で交代する首脳か。何百年も我々を無視してきて、大統領が話にくることもないとは。我々は八百年もの間そなたらの世界に干渉せずに暮らしてきた。突然境界を破ったのはそなたらなのだろう。それなのに、我らの地を攻撃するとは話し合いなど成り立つとは思えん。わかってもらえるだろう。帰ってもらいたい。」
若者がそう言うと、みいこの父は少し肩を落とした。次の言葉を選びあぐねている。
「さあ、君たち、二人とも一緒に来てくれ。長老からも二人を無事に連れてくるようにと言われているんだ。」
そう言われて、みぃちゃんと僕とトマトはどうしようかと顔を見合わせた。
「みいこ、一緒に行くといい。もう世界は今までのように人類だけでやってはいけないのかもしれない。もしそのような時がきたら、お前たちが我々とケイロン人の仲を取り持つ鍵になるのやも知れない。」
みいこの父はそう言って、トマトを連れて来たときのように僕らに背を向けて山を降りていった。
「お父さん。」
みぃちゃんは寂しそうに父を見ていた。
「ぴーちゅぴーちゅぴーちゅぴちゅ」
遠くから、うぐいすの谷渡りが聞こえる。
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