第28話 みぃちゃんとケイロン人とぼく

 「みぃちゃんのお父さんって官僚さんだったの?」

 僕は龍の民の人の後ろを歩いている。みぃちゃんもキョロキョロと周りの松の木やどんぐりや白い小さな花やハクセキレイやコマドリに気をとられながら、一緒に歩いている。

 「そうだよ。」

 興味がなさそうにみぃちゃんは言う。そのみぃちゃんの腕のなかではトマトがカラカラと音を立てて回し車を回している。トマトのゲージが少し重そうだ。空はもう暗くなりはじめて、山や木々の間に何かが潜んでいるかのようで怖くなる。

 「さあ、ここから入ろう。」

 龍族の人がぼくたちをうながした。洞窟の入り口は暗くて狭くて、山道より怖い。それでも、みぃちゃんはすいすいと入っていく。ぼくはあわてて後についていく。

 「外も中も暗くて怖いよ、みぃちゃん。」

 ぼくは不安でたまらなくなって前を歩くみぃちゃんの腕をそっとつかむ。

 「あら、ハルくん、怖いの。しっかりしてるふりして、ふふふ、お子ちゃまね。大丈夫よ、わたしがついてるから。」

 そう言って、あははっ、とみぃちゃんは明るく笑う。かわいいお姉さんだ。やっぱり長女はいいな、ぼくは結婚するなら絶対長女がいい。もしみぃちゃんが二人兄妹の妹だったなら絶対冷たくされるもの。それはとっても恐いもの。ぼくはそうやって偏見を膨らませて、暗やみの中で夜の山の恐怖をしのいでいた。

 「ねえ、ねえ、龍の人。」

 みぃちゃんがとぼけた声で呼び掛ける。 

 「龍の人?私はガイアスと言う者だ。」

 「ふーん、ガイアスさんね。最後のファイトね。」

 「最後のファイト。よくわからないが、ガイアスでいい。」

 「じゃあ、ガイちゃん、どうして、私のお父さんのお話、聞いてくれなかったの。」

 「君のお父さん?ああ、さっきの外務員のことか。あの者が君のお父さんとはな。君には悪いが、仕方がないのだ。我々と彼らはもう、解り合うことはないのだから。」

 それだけ言うとガイアスは前方に向き直り進んでいく。 

 みぃちゃんはさっそくガイちゃんって呼んでる。もしかしてガイアスのことが好きなのかな。ガイアスも何も言わないからまんざらでもないみたいだ。二人とも一目惚れしたのかな。どうしよう、ガイアスは凛々しいし、強いし、ぼくにはないものをたくさん持ってる。ぼくじゃあ、全然かなわない。せつないよ。ぐすん。

 みぃちゃんが立ち止まり、わずかに下を向いた。

 「なんか、わたしのお父さんに、冷たいね。お父さんは丁寧に話したのに。」

 みぃちゃんがふてくされて言う。それを聞いてガイアスは再び向き直り、話始めた。

 「我々と彼ら、いや、君たち地球人とはこの星を共有したその初めから距離を置いていた。我々はひっそりと隠れるように暮らしていたのだ。この『日の国』の人々とも、わずかな人を除いて交流はもたずにな。だが、ある時私たちの子供がある地球人の子供と親しくなった。そして、地球人をこちらの社会へ招き入れた。」

 そこまで話してガイアスはみぃちゃんを見る。

 「ふーん、仲良かったんじゃん。」

 みぃちゃんはうらめしそうにガイアスを見る。よし、これで、一目惚れも帳消しだぞ。ぼくはこっそり喜ぶ。

 「ハルくん、なに笑ってるの。」

 「いや、なんでも、、、」

 ガイアスが続けた。

 「それからだ、この日の国の者たちは我々を畏怖するようになった。消える龍や、私たちの身体能力の高さが広く知られてしまったのだ。すると、その者たちの中から、私たちのその能力を己のものにしようとする者が現れ始めたのだ。恐ろしいことだ、彼らに龍が操れるとは思えない。ともかく、それから彼らとの戦いが始まるまでにはほんの少しの時間を空けただけだった。彼らは軍勢を率いて山に入ってきたのだ。その軍勢たちの中でも特に、この山々を含む海沿い一帯を治めていたつきやまの荘の軍勢は手強かった。圧倒的な兵力で我々を襲い、私たちの暮らしは破壊された。しかしだ、だからといって移住者の我々が龍を使って日の国を地球人を滅ぼすわけにもいかない。我々は彼らのいにしえからの王と話をつけたのち、境界を作り、地球人とのすべての関わりを絶ったのだよ。」

 ぼくもみぃちゃんも長い話に頭が痛くなってきた。

 「難しい話だなー。」

 ぼくはつぶやく。

 「そんなことないよ。簡単だよ。要するに、昔のケイロン人とこの国の人が戦って、それでケイロン人が負けて隠れたのよ。あれ、でも待って、それはおかしいわよ。戦闘機を粉々にした人たちが昔の武士とのいくさに負けるなんて。それに……、どうしてお父さんは遠い昔に関わりを絶った人たちのことを知ってたんだろう。」

 みぃちゃんはそう言って、不思議そうに首をかしげる。

 「君たち、難しい話はあとにして、ここでゆっくり疲れをとってくれ。」

 ガイアスがそう言って、気づいたら、ぼくたちは千畳敷のように広くて、三本セットの丸型蛍光灯のように明るい食堂に入っていた。目の前には同時に五十人は座れるだろうテーブルが三つ並んでいて、幾人かのケイロン人たちがご飯を食べている。

 「ハルくん、見てすごいたくさんだよ。ごちそうだよ。」

 じゅるると舌なめずりしてみぃちゃんは興奮している。かわいい。みぃちゃんは本当にかわいいなー。ぼくは食事よりもみぃちゃんの唇にもうめろめろだ。

 「さあ、お二人とも遠慮なく食べてくれ。」

 ガイアスがそう言うと、

 「やったー。お腹すいたよー。」

 と、みぃちゃんはとってもうれしそうに両手を上げて椅子に座った。みぃちゃんの元気な姿を見てぼくも楽しくなってくる。

 「口に合うか分からぬが、私は今すぐ長老のところへ報告にいかなければならないから、失礼する。」

 ガイアスはそう言って、出ていってしまった。

 「ハルくん、おいしいよ、これ。ああ、それにしても、ガイちゃんも親切でかっこいいし、幸せだわね。」

 むしゃむしゃもぐもぐ、とみぃちゃんは食べるのに一生懸命だ。ひきこもりなのに、どうしてこんなにたくましいのかな。もしかして、これが、適材適所ってやつなのか。みぃちゃんには日の国のくらしは合わなかったのかな。

 だとすると、何度生まれ変わっても、みぃちゃんは日の国ではひきこもるしかないのか。結局、みぃちゃんはこの国には合わない性質を持って生まれてきたんだ。だけど、それならみぃちゃんはどうやって生きていけばいいのかな。ケイロン人の世界で生きていけばいいのかな。

 隣でおいしそうなアップルパイを頬張るみぃちゃんを見ながらぼくは二人のこれからに悩むのだった。

 「えっ、ガイアスさん、かっこいいの。」

 ぼくははっとしてそうつぶやいて、ぼそぼそとご馳走を口に運ぶのだった。

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