第35話 みぃちゃんとお母さん

 「みぃちゃん、みぃちゃん。すごいね、すごいね。ぼくたち、宇宙の中に立ってるんだね。」

 さっきからみぃちゃんがずっと考え込んでいるふうだから、ぼくはみぃちゃんを現実に連れ戻そうと声をかけたのだ。

 「うん。そうだね。すごいよね。宇宙ってとっても真っ暗で星がキラキラしてるんだね。」

 みぃちゃんが宇宙空間を眺めながら言う。

 「ねえ、みぃちゃん。みぃちゃんが前に、星と星は遠くて離れてるから寂しいんだ、って言ってたね。それって、やっぱり、こんな真っ暗な世界で独りぼっちだから寂しいのかな。だけど、ぼくは真っ暗な世界でも、みぃちゃんと二人きりだから楽しいよ。」

 「二人きりじゃないじゃん。ネッラもいるじゃん。」

 ネッラは気を回してくれたのか少し離れたところの盛り上がった岩の上に座ってぼっーと宙を見ていた。

 「あっ、もしかして、ハルくん。また変なこと、考えてるんじゃあないでしょうねえ。うふふ。」

 そう言ってみぃちゃんはぼくの顔を覗きこんだ。

 「そ、そんなことないよ。」

 そんなみぃちゃんの態度に照れて、ぼくは視線をそらした。その時、ぼくの頭にはファシルの『年増好き』っと言う声がよぎっていた。

 「ふーん。そうなのお。」

 みぃちゃんはいたずらっ子みたいにぼくの顔を覗きこんで笑った。そして、またぼくたちは二人で宇宙をみつめていたのだ。


 「お母さんも寂しいのかな。」

 ふいに、みぃちゃんがつぶやく。

 「えっ、お母さん。」

 「うん。寂しいから、あんなにあちこちにあーだこーだ言ったり、あたしを追いかけてくるのかな。寂しいのかな。きっと、寂しいのね。」

 みぃちゃんはそう言うと、目を伏せてしゃがみこんだ。

 「どうしてみぃちゃんはお母さんが天敵なの?」

 ぼくもその場にしゃがんで、みぃちゃんの横顔を見ながら聞いてみた。

 「だって、みいこのお母さんはみいこの言うことを信じないんだもの。みいこの話をまるっきり無視して、世間や偉い人の言うことを信じるんだもの。みいこの言葉よりも大人の言葉ばかり信じるんだもの。みいこのお母さんはみいこのお母さんじゃないのかな。」

 みぃちゃんはそう言うとぼくの肩にそっと頭をもたげたのだった。

 ぼくはどきどきする。そのどきどきする音がみぃちゃんに聞こえたらどうしようと思って、ぼくはつい生唾を飲み込んでしまった。その音はぼくにはとても大きく感じられて、きっとみぃちゃんにも聞こえたんだと思って、ぼくの顔は赤くなった。

 「みぃちゃんのお母さんはみぃちゃんのお母さんだよ。だけど、女の敵は女だから、かわいいみぃちゃんにお母さんが嫉妬してるのかな。」

 「何言ってるのよ。ほんとにハルくんは馬鹿なんだから。」

 そう言って、みぃちゃんは頭を振ってぼくの肩を髪の毛でさすってくる。

 「みぃちゃん、ぼくたちこのまま宇宙の中に飛び出して、二人ぴったりくっついたまま、宇宙の中をただよう星になれたらいいのにね。」

 ぼくは急に破滅的な気持ちが湧いてきて、みぃちゃんの頭に自分の頭を重ねた。

 「何言ってるの、ハルくん。ハルくんはまだ小学生なんだから、そんなこと考えちゃダメでしょ。これから、女の子と仲良くなったり、ちゅーしたり、いろいろあるんだからねっ。」

 そう言うとみぃちゃんはぼくの頬に唇を当てた。ぼくは一瞬どきりとして、体がぎゅっとなった。

 「あのー、お取り込み中悪いんですけれど、そろそろ帰ってもらわないと困るのよ。ワームホールの出口を変更しないといけないの。」

 ぼくたち二人がいちゃこらしているところに余計な邪魔が入ってきた。一瞬、ネッラかと思ったけれど女性の声だった。

 「やあ、シアーシャ。悪いね、そんなに長居しすぎたかな。悪く思わないでくれよ。たまにはこうやってなにもない所で、ぼっーとしていないと俺は頭がおかしくなるんだよ。」

 ネッラがシアーシャと呼んだ女性は華奢な肢体のお姉さんで薄い顔がかわいらしい。

 「いてっ、」

 「なに、みとれてんのよっ。」

 みぃちゃんがそう言って、ぼくの脇腹を突っついた。ごめんなさい、ごめんなさい。そうぼくはみぃちゃんに平謝りしていた。やっぱり女の人って恐いなあ。

 「さっ、みんな、帰るわよっ。」

 シアーシャがそう言って、ワームホールに足を進める。ぼくたち三人も後に続いた。

 「あの、シアーシャお姉ちゃん。あたしのお母さん、まだ洞窟にいるのかな。」

 みぃちゃんがシアーシャにそう言うと、シアーシャは振り返って言う。

 「もう帰ったわよ。みいこを奪った龍の民を絶対に許さないって言ってたわね。困ったわ。また、戦争になるのかしら。」

 シアーシャはそう言うと、ワームホールの中に入っていった。シアーシャの体がワームホールに吸い込まれて、すぐに姿が見えなくなった。ぼくは少し恐ろしくなった。

 「えっと、ワームホールって、安全なの。」

 「ああ、安全さ。最近は事故も起きてないし。」

 そう言ってネッラもワームホールの中に飛び込んでいく。ぼくはネッラの後ろ姿を見ながら『最近は』の意味を考えて、恐怖していた。

 「さっ、ハルくん、行こっ。」

 みぃちゃんに腕を引っ張られて、ぼくたちはワームホールに入っていった。

 ぐよんぐよんぐよん。

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