第29話 みぃちゃんと太陽の王国

 「みぃちゃん、みぃちゃん、このハンバーグ、すっごいおいしいよ。ボーノボーノだよ。」

 「ほんとほんと、このグラタンみたいなのも、チーズがトロトロとろけてほんとにボーノ、ボーノ、ボーノ。」

 ぼくとみぃちゃんはボーノ、ボーノと言い合いながら、珍しい異星の料理をたくさん食べた。どれもこれも、ほんとうにおいしい。ぼくはいつの間にか、みぃちゃんとガイアスへの嫉妬心も忘れて、夢中になってスプーンを動かした。ところで、ボーノボーノってどこの国の言語だったっけ。えっ、らっこ?

 「お腹いっぱい。」

 みぃちゃんがポンポンとお腹を叩いて、満足気に言う。ぼくもお腹いっぱいだ。最後に出たデザートのタルトタタンみたいなリンゴのケーキがあんまりおいしくて、食べすぎてしまった。

 「眠くなってきちゃった。」

 ぼくはそう囁くとみぃちゃんの肩にもたれ掛かった。みぃちゃんの肩は柔らかくて、暖かくて、とっても気持ちがいい。

 「このとろとろのジュースもおいしいよ、みぃちゃん。」

 みぃちゃんの肩にもたれ掛かりながら、ぼくはストローでジュースを吸い込んだ。

 「ほんと、オレンジとバナナとイチゴと、これミックスジュースかな。甘くておいしいね。」

 みぃちゃんの唇のほうがきっと甘いんだ。ぼくはそう妄想しながら、うとうとしていた。みぃちゃんはまだデザートを口に運んでもぐもぐしている。


 「おい、ネッラ、何が太陽の王国だよ。そんなものできるわけないだろ。ばーか。」

 「ばーかばーか、ネッラのばーか。」

 どたどたと音がして、食堂の入り口から少年たちがもみ合いながら入ってくる。ネッラと呼ばれた一番細くて一番小さな少年が他の少年から押されたりつっつかれたりしている。

 「ぼくはユートピアを作るんだ。君たちみたいな野蛮なやつらにはわからないさ。」

 ネッラは気高くそう叫んだ。

 「なにがユートピアだよっ。」

 と別の少年が言った。刺すような眼と細い顎が特徴的で髪を短く刈り揃えたその少年はドンッとネッラを突き飛ばしてしまった。

 その時ぼくの頭がかくんっとなった。みぃちゃんが立ち上がって、その勢いで椅子がガタンっと後ろに倒れた。そのままみぃちゃんは少年たちのところへ近づいていく。

 「あんたたちなによ、皆で一人をいじめて。恥ずかしくないの。」

 みぃちゃんがそう言った。

 「なんだ、お前。バカ女は黙ってろよ。」

 少年は容赦なくみぃちゃんの肩を突っぱねる。

 「うえーん。うわぁー。」

 その途端、みぃちゃんはボロボロ泣き出して、振り返ってすごすごとぼくの方へ歩いてくる。

 「悲しいよー。悲しいよー。」

 そう言って、みぃちゃんはたくさん泣いていた。みぃちゃんは気が強いのか弱いのか、よくわからない。それよりも、ぼくはみぃちゃんを助けたかったけれど、少年はみんな高校生くらいの体格があって、ぼくは正直、怖かった。

 みぃちゃんが転がっていた椅子を立て直して座った。そして、そのまま下を向いて泣いている。

 「わぁ、わぁわぁ、わぁーん。ぐす、ぐす、ぐすん。」

 みぃちゃんはたくさん泣いた。すぐには泣きやみそうになかった。ぼくはとても悲しかった。ケイロン人たちの社会にもいじめがあるなんて。さっきまではおいしくご飯を食べていたのに。なんでこんなことになるんだろう。どうして、悲しいことばかり起きるんだろう。

 しばらくすると、狡猾な少年とその取り巻きはネッラやみぃちゃんを指差して、ゲラゲラ笑いながらなにか悪口を言って、壁際の大テーブルに座った。そして、わいわいと楽しそうにご飯を食べ始めたのだった。

 ぼくは恨めしそうにその少年たちを見ていたけど、心がぎゅっと締め付けられるだけで何もできなかった。

 その時、ぼくたちのそばに誰かが立っていた。

 「やあ、さっきはありがとう。ぼくはネッラ、よろしくな。そこの女の子、ありがとうな。」

 ネッラと呼ばれていた少年がぼくたちに話しかけた。みぃちゃんにお礼を言いながら頭をぽんってして、撫でた。それで、みぃちゃんは少し落ち着いたみたいだ。ぼくはネッラさんこんにちはと言うだけで精一杯だった。

 ネッラはそんなぼくたちやいじめのことなど気にしないかのように、ぼくとみぃちゃんの間に無理やり座って、ローストチキンをがぶりとかじった。

 「うまい、うまい。おいしいご飯が食べれて今日も最高さ。」

 ネッラはそう言って、むしゃむしゃとごちそうを食べまくる。ぼくはネッラが強がっているのかなと思ったけど、そうなのかどうかはよくわからない。

 だけど、ぼくがなにもできなかったのは事実だった。ネッラにもみぃちゃんにもなにもできなかった。人生二回目なのに、どうしたらいいのかわからなかった。いじめっ子から守れなかった。ぼくはもうだめだ。もうだめだ。

 「私もユートピアに行きたいよー。うえーん。えーんえん。ぐすん。」

 突然、みぃちゃんはそう言って、泣き叫んだ。ぼくもすっかり元気がなくなり、肩を落としてじっと地面を見ていた。ユートピアがあったらいいのにな。天国みたいなところかな。すると、ネッラが話始めた。

 「ぼくはね、太陽の王国を作りたいんだよ。そこでは皆に役割があって、立派な教育を子供たちに与えるんだ。」

 ネッラはそう言って、次々と太陽の王国のことを細かく話続けていた。だけど、どうもネッラのユートピアは、みぃちゃんの言うユートピアとは少し違うみたいだ。ぼくはネッラがユートピア論を話しているのを聞き流していた。

 みぃちゃんを見ると、しくしくと泣いている。ぼくはみぃちゃんをよしよししながら、なにもできない自分の力のなさを憐れんでいた。もう、天国に行きたかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?