36話 みぃちゃんとワームホール

   ぐよんぐよんぐよんぐゆんぐよん

 ぼくたち四人は無事にケイロンの洞窟へ帰ってきた。

 「事故なんて起きるわけないじゃん。ほんっと、ハルくんは怖がりなんだから。あはははは。」

 そう言ってみぃちゃんがぼくを笑う。確かにぼくは怖がりだけど、さっきまで不安で泣いていたみぃちゃんに言われたくない。

 「さっ、みんな離れてて。」

 シアーシャはそう言うと、洞窟の壁面パネルを操作した。ポチポチポチ、スッ。

 すると、目の前のブラックホールが少しゆらめいて、また元どおり渦を巻いた。

 ぐよんぐよんぐよん

 誰かがブラックホールから出てくる。

 「あひゃー。あいかわらず、ワームホールは気持ち悪いわ。」

 でてきたのはなんだか豪快な女の人だった。

 「おっ、センディ姉じゃん。」

 ネッラが馴れ馴れしく声をかけた。

 「ネッラ、聞いて。私、他の拠点の連絡係になったんだけど、ライス国もキャンボディア国も大変なのよ。」

 「へえ、ライス国に行ってたのかい。センディ姉はよく働くよな。感心しちゃうよ。」

 ネッラからセンディねえ、と呼ばれているそのお姉さんはなんとなくネッラより体格がよくて、肩辺りまである長い髪がばさばさとひろがっていて、なんだか大阪のおばちゃんみたいな人だ。

 「なに言ってるのよ。ほめてもなにもでないんだから。それよりあんた、またその子達と遊び回ってんの。ほんと、自由だよね。たまにはこっちも手伝ってよ。」

 ネッラは笑って頭を掻いた。

 「俺は二人がここに馴染めるようにと思って、一緒に遊んでるんだよ。親切なんだよ。」

 ネッラはそう言って笑った。

 「だけど、キャンボディア国もライス国もそんなに大変なのかい。」

 「そうよ。ライス国のコロネルサンデル州の巨大洞窟とキャンボディア国の王都の寺院の地下道がね、ひっちゃかめっちゃかなのよ。そこいらはとっーても人気の観光名所?みたいで、こんなご時世でも地球人がたくさんやって来るのよ。それであっちこっちでケイロン人が地球人と鉢合わせしちゃってて、もう収拾がつかないって感じでさ。」

 そう言って、センディは片手を上げて前後に振った。その仕草はなんだか下町のおばちゃんみたいだった。

 「ふーん、どこも大変だね。まっ、なんとかなるんじゃねーの。」

 ネッラはあっけらかんとそう言ったけれど、センディさんは首を振って、

 「あんたみたいに世の中、単純じゃないのよ。」

 とあきれたように言うのだった。

 「ハルくん、ワームホールっておもしろいね。あっちこっち行けるみたい。こんどこっそり使って、シチリアに遊びに行こうよ。ピッツァ食べたいもの。ボーノボーノだもの。パラダイスパラダイス。」

 みぃちゃんは突然そんなことを話した。やっぱり、頭がおかしいんだな。仕方ないよね、長女なんだもの。長女といえばパッパラパッパーなんだもの。でも、やっぱり、長女が一番かわいくて、一番優しいよね。弟以外には。弟はかわいそうだけど、仕方ないよね。

 ぼくたちはその夜、ケイロン人のみんなに隠れて、こっそりワームホールのところに行った。

 「ねえ、みぃちゃん、やめようよ。怒られるよ。ワームホールはオモチャじゃないんだよ。おやつは三百円までだよ。お家に帰るまでが遠足だよ。バナナはおやつには入らないよ。」

 ワームホールを勝手に使う気まんまんのみぃちゃんにひきづられて、ぼくはここまで来た。だけど、ほんとは今すぐお布団に戻りたい。

 「大丈夫だよ、ワームホールが減るわけじゃないんだから。」

 みぃちゃんはそう言って、壁の操作パネルを呼び出した。

 「うーん、よくわからないな。適当に押してみよっ。」

 ポチポチ、バンッ。

 「ちょっと、みぃちゃん、そんな乱暴にしたら壊れちゃうよ。」

 ぼくはみぃちゃんに小言を言った。みぃちゃんは聞こえないのか、ワームホールの入り口を見ている。だけと、それは少しも動きそうになかった。

 「だめだわね。どうしてかしら。」

 みぃちゃんが首をひねる。

 「そんなの、簡単にできるわけないじゃん。」

 「そんなことないわよ。だいたいね、あんたみたいにね、やる前からできないできないって言ってたら、ほんとになんにもできなくなっちゃうんだから。」

 みぃちゃんはそう言うと、もう一度、操作パネルに歩み寄った。そして、みぃちゃんはじっと操作パネルを見つめた。

 何分くらい経っただろうか、真剣な表情のみぃちゃんの手がおもむろに動いた。

 ポチポチポチポチ、ポチッ。

 

 なにも動かない。

 「やっぱり、だめかあ。ううん、あんたの言う通りね。」

 みぃちゃんがうつむいて言う。かわいそうだけど、仕方ないよ。ぼくはそう思ってもう一度、ワームホールを見た。

 「あっ、みぃちゃん、見て見て。」

 ワームホールの入り口の渦がぐねぐねと動き始めていたのだ。

 「やったー、うまくいったじゃーん。」

 みぃちゃんは両手を上げて、ぴょんぴょん跳び跳ねて喜んでいる。ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。

 「すごい。すごい。よかったね、みぃちゃん。」

 「うん。さすが、わたし。よしっ、じゃあ、行くよっ。」

 その言葉が消えるより早く、みぃちゃんはワームホールに飛び込んだ。

 「えっー、みぃちゃん、待ってよー。」

 ぼくもあわてて、ワームホールに飛び込んだ。

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