41話 最終話 みぃちゃんとトマトとひきこもごも

 現在、王都寺院には遺跡研究のために大学の研究チームが各国から集まっていた。彼らはもしもの時のためにと、遺跡管理を担う職員たちに携帯型消防ポンプとホースを託たくしていたのだった。

 普段の活動的な生活習慣からか、ほどよく鍛きたえられバランスのとれた体格の職員たちはそれらの重い消防ホースをいとも容易に扱い、みいことトゥーと寺院を迫りくる炎から守っていた。

 「これはいったい!なぜ、なぜなのですか。私の祖父は前政権下で弁護士だからと、高い知性は悪だからと、抹殺されたのですよ。」

 放水を受けて意識を取り戻したトゥーは負傷した体を持ち上げてみぃちゃんに訴えた。

 「そして、そして、今度はどこかの国の戦闘機が私たちを処刑するというのですか。なぜですか!いったいなんのためにですか!」

 泣き叫ぶトゥーに返す言葉もなくみぃちゃんはトゥーの背中を支えていた。

 「みぃちゃんたち、早く!こっちへ。遺跡の中へ隠れるのよ。」

 シアーシャがみぃちゃんを呼ぶ。みぃちゃんがトゥーを肩にもたせかけて、重そうにしながら遺跡へ歩いてきた。

 一瞬、消防ホースからの放水が止まった。上空からの容赦ない攻撃が消火に当たっていたキャンボディア職員たちを包んでいた。

 「シアーシャさん!みんなが大変だよ。」 

 ぼくがそういったところで、シアーシャさんが気づいたところで、ぼくらには何もなすすべがなかった。

 「トマトを早くつれてこなければ。」

 ダーシーは自分に言い聞かせるように呟き、ワームホールを通った。

 ガタガタガタガタガタガタガタガタ。

 「なんだ。」

 ケイロンの洞窟に出た途端、辺りに不穏な振動が走った。見るとワームホールにつながる通路をケイロン人たちが右往左往している。

 「なんだ。こっちでも何かあったのか。」

 ダーシーはあわてて通路に走った。

 「ダーシー、いったいどこにいっていた。龍師隊の出動だぞ。」

 通路に出たその時ガイアスがひどい形相でダーシーを見た。

 「何があったんだ、ガイアス。」

 「ライツュ連合軍が月山の荘を植民地にすると宣戦布告してきたのだ。シアーシャの姿も見ないし、センディもいない。ともかく俺はアセン長老と迎撃に向かう。」

 ガイアスはダーシーを急かすようにそう言った。

 「リーダー、シアーシャはキャンボディアの紛争に巻き込まれたんだ。みいことハルもいる。私は今からトマトを連れて、みいこに届ける。」

 「龍は連れていけないのか?」

 「無理だ。ワームホールはとても龍を通せない。キャンボディアまで直接飛んでいくのは時間がかかりすぎるんだ。」

 「それで、トマトか。うむ。ダーシー、日の国が月山を捨ててライツュ連合に媚を売るのは明らかだ。そっちに援軍はだせんぞ。」

 「ああ。任せてくれ。リーダーも無事でな。」

 そう言うと、ダーシーはハルたちの部屋に走った。

 部屋の中、トマトは振動に怯え、床に置かれたケージの中で角っこに丸まってプルプルしていた。

 「プルプルプル。プルプルプル。ジッジッ!」

 ハムスターがプルプルとは言わないはずだが、とダーシーは呟き、ケージを手に取った。

 「さあ、いくぞ、トマト。」

 ダーシーはトマトの奮起を呼び覚ますように言って走った。

 「ジッジッ、ジッ。」

 トマトを抱えたダーシーがワームホールに飛び込んだ。

 ぐよんぐよんぐよんぐよんぐよん

 ダーシーは走る。暗い洞窟を抜けて階段を上がる。

 「ダーシーさん。」

 ぼくはダーシーさんに駆け寄る。

 「みぃちゃんたちが、みぃちゃんたちが、火の中に。」

 ぼくが叫んだその時、

 「ジッジッジッーーーー!!!」

 トマトの鳴き声が聞こえ、それがだんだん大きくなる。見るとトマトのからだがぐんぐん大きくなって、ケージを破壊してぐんぐん大きくなっていく。

 トマトは大きくなった途端、みぃちゃんのところへ飛んでいった。

 「みぃちゃーん、だいじょうぶー!?」

 「トマトー。」

 みぃちゃんが答えると、トマトはみぃちゃんを歯でつかんで、大きく首を振った。その反動でみぃちゃんは宙に浮き、トマトの背中にドサッと飛び乗ったのだ。

 「行けーーー!トマトーーーー!」

 みぃちゃんが右手を前に伸ばして叫んだ。

 「任せて!みぃちゃん!あんな鉄のかたまりなんて、俺っちにかかれば煮干しみたいなもんだぜ。」

 トマトはそう言うと、縦列に編隊を組んだステルス爆撃機に向かって突撃した。

 しかし、トマトの体に護衛戦闘機の対空ミサイルが直撃する。

 「痛い痛い痛い痛い。痛いよ、みぃちゃん。」

 「頑張って、トマト。」

 「うん。痛い。」

 バッサーーー、トマトの翼がステルス爆撃機を叩きつけた。ステルス爆撃機の編隊はみだれ、キャンボディアの森へ墜落していく。

 一機だけが遠くへ逃げていった。

 「やったね。トマト。」

 トマトは答えない。ふらふらと揺れて、のっそりと地面へ着地した。

 「トマト、どうしたの。」

 「みぃちゃん、俺っち、もうだめみたい。」

 そう言うと、トマトはみるみるうちに小さなジャンガリアンハムスターに戻っていった。

 「トマトが血だらけだ。」

 その光景を眺めていたぼくは驚いて、みぃちゃんたちのところへ走った。

 気づけば辺り一面火の海で、あのキャンボディアの職員たちの姿も見えない。

 「一度、日の国へ帰りましょう。」

 シアーシャがぼくたちに言う。

 「トマト、しっかりね。」

 みぃちゃんは傷だらけの小さなトマトを両手に持って、ワームホールまで走った。ぼくもトゥーさんもシアーシャもダーシーもみぃちゃんも必死で走った。

 破壊されていく王都寺院を見捨てて。

 ぼくたちはワームホールを通って日の国のケイロン洞窟に戻った。そんなぼくたちを狙って待っていたのはライツュ連合の兵士が構えた銃口だった。

 龍師隊の守りが甘くなっていた隙をついて、ライツュ連合は総攻撃を仕掛けてきていたのだった。ケイロン人たちは奇襲に抗あらがいきれず破れていたのだった。

 「やあ、ハル、生きてたか。」

 ライス国の兵士の後ろに両手を縛られたネッラが皮肉な顔をして立っていた。顔を歪めて笑っている。隣にはセンディが兵士に両腕で締しめ抱えられていた。

 「ネッラ、どうして。」

 「さあね。俺たちがハルとみぃちゃんを探して、山を降りてたら突然捕まっちまったのさ。そのあと山を登らされたらもう周りは兵士だらけだったってわけさ。さすがのケイロンも大国にはかなわなかったんだ。」

 ネッラがそう言う横で、しつこく抵抗するセンディを兵士が強く締め付けた。

 「痛いっ。」

 そう言って、センディは気を失った。

 「トマトを治療しなきゃ。」

 「長老は。長老はいないの?」

 みぃちゃんが叫ぶと、ネッラは

 「俺たちは負けたんだ。」

 そう言って口元を歪めた。

 「そんな。こんなことならずっとひきこもってたら良かった。ひきこもりが一番だった。ずっとひきこもって、何も知らないで消えていきたかったよ。老後だって、病気で寝たきりが一番なんだよ。元気で動き回れてもつらいんだ。」

 みぃちゃんは突然老後の心配をすると、トマトを撫でて涙を流した。

 「みぃちゃん。」

 そう言ってぼくはみぃちゃんを見た。ぼくは気づいていたんだ。ぼくもみぃちゃんと一緒にずっと、引きこもっていたかったんだ。あのお家と庭で毎日、四つ葉のクローバーを探して、空を見ていたかったんだ。

 一方、ケイロンの山の中腹で、今まさにアセン長老の処刑が行われようとしていた。

 「長老よ、我々ライツュ連合はケイロン人を地球から追放することに決めた。全てあなたの責任だ。あなたは日の国の民を惑わし、世界を危険にさらしたのだ。」

 まだ若いが厳格な態度の連合軍の提督がうやうやしくそう言うと、部下に銃を構えさせた。八人の歩兵の構えるライフルの銃口が岩肌に縛り付けられた長老をとらえる。

 長老はその銃口をチラリと見たあと、空を見上げた。暗い空のなかにいくつかの星のまたたきが見えた。

 長老の口が開いた。連合軍に聞こえる声で。

 「人間は悪の前に無力で倒され、権力の前で無慈悲に終わる。そして、それらへの抵抗は時代が変われども、時と人と犠牲をたくさん必要とし、多くの哀しみの後、抵抗は成る。新たな力が生まれてくる。それは二十一世紀になっても変わらぬ運命で、多くの犠牲が生まれるのだろう。」

 長老は兵士たちを見た。

 「君たちもいずれそうなる。問題はどうすればそんな犠牲を生まずに抵抗できる世界が生まれるのかだ。だが、結局、戦いに疲れた人々を君たちを救うのは愛だけなのだ。さらばじゃ、地球人たちよ。」

 バンッバババンッバンッ

 一列に並んだ銃の引き金が一斉に引かれ、長老アセンは頭をもたげた。

 星空の下、彼の体はピクリとも動かない。

 さようなら地球。

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