第34話 みぃちゃんと小さな星
かつかつかつ。
カツカツカツ。
カツカツカツ。
洞窟の中に足音が響く。
バタンッ。
大きな音がして、扉が乱暴に開け放たれた。
「何ごとだ。騒々しい。」
長老の執務室に集まっていた龍師隊(りゅうしたい)が振り向き、扉の方へ向き直った。
「なによ、あんたたち。人の娘を連れ去っといて、よくそんな口がきけるわね。いい、今すぐ、みいこを返してもらうわよ。あなたたちがみいこを何ヵ月もいいようにしていたことは全部、わかっているんですからね。」
月山かずみはそう言うと、龍師隊と長老を睨みつけた。
腕を組み体をのけ反らせこちらを鋭い目で睨みつけるかずみを龍師隊は戸惑いの目で見つめ返した。
が、その後ろから長老が落ち着いた様子で歩みでたのだった。
「それはとんだ誤解ですぞ。みいこ殿のお母様。みいこ殿は我々と共に生活することを自分の意思で選んだのです。お母様とはいえ、十四歳にもなった彼女の考えをねじ曲げることなど認められることではありませんぞ。」
長老はそう言うと、かずみに椅子を勧めた。
「ともかく、少し座ってお話しませんか。みいこ殿のことや日の国のことについても。」
長老の迫力に気圧された様子のかずみ。しかし、すぐに厳しい表情を取り戻した。
「長老。悪いけど、あなたがたケイロンと日の国とで同じルールが通用するなんて思わないことよ。郷に入っては郷に従え。この国のやり方に従わないと、この私、貴族院議員月山かずみが黙ってはいません。」
かずみは勢い込んで捲し立てた。
「かずみ殿、今、この地球は大変な状況です。日の国の人々も半分は地上から姿を消した。そうではありませんか。そんなときにこのような誤解で言い争ってなんになるのですか。みいこ殿のことは我々にお任せください。彼女は楽しくやっていますよ。」
長老がそう言うと、かずみはそばの椅子に座って、そうね、じっくりお話する必要がありそうだし、とりあえず座らせてもらうわ。とつぶやいた。
「どこに行っても変人あつかい。ケイロン人にも理解されない。変人変人、へんじんじんせい、悲しいな。わたしはわたしは変なんだな。」
みいこが歌っている。ハルはそれを隣で歩きながら聞いている。
「みぃちゃん、変な歌、歌ってないで、散歩に行こうよ。ネッラも誘ってさ。」
ハルは明るくそう言って、みいこを見た。
「ご近所に住む小学生にも変だと言われ、へんじんへんじん変わりもの。それはわたし、わたしなの。悲しいな。変なの変なの、生まれつき。生まれたときから変だと言われ。悲しいよー。」
みいこは歌い続ける。
「変なだけでもつらいのに。失敗ばかり、失敗ばかり。失敗ばかりの悲しい人生。中学校には行けないし、宇宙線まで飛ばしちゃう。ハムスターまで泣かせちゃう。うっうっうっ。」
みいこはそう歌って、とぼとぼと肩を普段の五倍落として先を歩いていった。
「宇宙線はみぃちゃん、関係ないと思うよ。」
みいこに聞こえない小さな声でそう言って、ハルは立ち尽くしていた。
「おい、ハル、みいこはどうしちゃったんだよ。さっきまた、変な歌、歌ってただろ」
後ろからネッラがハルの肩をぽんっと叩いた。
「しいぃぃーっ。だめだよ、ネッラ。みぃちゃんに聞こえちゃうよ。聞こえたらまた、変人の歌、歌っちゃう。異性人にも変だと言われ、とか歌っちゃうんだよ。」
ハルは小声で訴える。
「なんだそりゃ。まるで、見てきたみたいに言うんだな、ハルは。」
ネッラは遠くを歩くみいこと隣のハルを交互に見比べていた。
「かずみさん、みいこ殿はここに必要です。つきやまはじめ殿が月山荘(つきやまのしょう)の血を引いているならば、みいこ殿がケイロン人の遺伝子を受け継いだ少女である可能性はとても高い。」
長老は月山かずみにそう言った。
「長老さん。かつてケイロン人と地球人の間に子供がいたという話は私も夫から聞いたことはあります。」
かずみはそこまで言うと、息を深く吸い込んだ。
「だけどね、そんなの証拠は何もないんですよ。はっきり言わせてもらいますとね、そんなでたらめを信じているような人たちにみいこを預けるわけにはいきませんっ。」
かずみはそう言うと立ち上がり、
「それじゃ。私はみいこを探してきますので。」
と言うと、ケイロン人を一瞥して、開け放たれていた扉から出ていった。
通路ではハルから離れたネッラがみいこを追いかけて走った。
「ちょっと、みぃちゃん。」
「なに。」
みいこが振り向く。
「この前、お母さんに無視されるって言ってたじゃん。」
「うん。」
「だけどさ、今、長老のところへさ、みいこを返せ、ってかずみって人が来てるらしいぜ。あれ、誰だい。」
「えっ、そんな。早く隠れなきゃ。」
「隠れる?でも、あれだろ、お母さんなんだろ。」
「そうよ。天敵よ。」
「ふーん、事情は良くわからないが。そういうことなら、いいところがあるぜ。」
ネッラはそう言うと通路を進んだ。みいこは後ろをついていく。
一人立ち尽くしていたハルに近づく者がいる。
「おい、ハル。どうして、お前はみいこといつも一緒なんだ。できてんのかよ。小学生とできてるなんて、みいこはロリコンなのかよっ。」
ファシルが意地悪な顔をしてハルをからかった。隣でファシルの仲間たちがケラケラ笑っている。
「そんなんじゃないよ。ご近所さんだよ。」
ハルはそう言うと、ファシルたちを見ずにみいことネッラの方へ走った。
「ご近所さんだってよ。けっ、ロリコンと年増好きがよっ。」
ファシルたちはハルを指差して笑っていた。
「よっし、ここだ。」
ネッラはそう言って立ち止まった。みいこと後から二人に追いついたハルは辺りを見回した。そこはあの地底湖のある空間だった。
「ここって。ぼく何度も見たけど、とってもきれいだよね。」
ハルはそう言って、地底湖を覗きこんだ。今にも彼は水のなかに引き込まれそうだ。
「そう。あたしはなんだか怖いな。」
みいこは恐る恐る地底湖の水面を見ている。
「さあ、やるぜ。」
ネッラは壁の一部を押した。すると、土しかなかった壁になまり色の操作パネルが現れた。いくつかのボタンと小さな液晶表示がある。ネッラは慣れた手つきでそのパネルのボタンを次々と押していった。
「さあ、でてくるぜ。」
ネッラは得意気に地底湖の方を見るように二人を促した。
地底湖の底から黒い渦が上がってきた。それは湖面全体を黒い渦で包み込んだ。
「これはなーに。」
みいこが聞く。
「ブラックホールさ。」
「えぇぇぇー、ブラックホールうぅー。」
ハルは驚いて、ネッラを見てから、ブラックホールから離れようと後ずさった。
「ハルくん、怖いの?ブラックホールなんて怖くないよ。だってね、ホワイトホールにつながってるんだよ。どこかにでられるんだよ。ここではないどこか遠くへ。」
みいこはそう言って得意気に笑った。
「よく知ってるね、みぃちゃん。そうさ、これはブラックホールで、先はホワイトホールに通じている。ワームホールってやつなのさ。」
ネッラも得意気にそう言って笑った。みいこの真似をしている。ハルはそんな二人に少し嫉妬した。
「別にそれくらい知ってるもん。」
ハルはそう言うとブラックホールに近づいた。ハルの体がホールの中へ吸い込まれる。
「あっ、ハル。待って。」
そう言うと、みいこはブラックホールに近づいた。ネッラも続く。二人の体はホールの中へと吸い込まれていった。
びよん。
ハルがワームホールの出口から飛び出た。続いて、みいことネッラが出てくる。
「ここは……。」
「なにここ、すごい。星がいっぱい。」
みいこやハルたちの周りは宇宙空間だった。数々の星たちが三人を包み込んでいた。
「きれいだろ。」
ネッラはそう言って、うっとりした顔であたりを見つめていた。
「うん、きれい。」
「星がとっても近くに見えるね。大気圏がないのかな。」
「そうなんだ。ここには大気がない。俺たちはワームホールの対流エネルギーの中にいるから呼吸もできるし、気温も気圧も地球と同じなんだ。こんなに小さな小惑星の上でもね。」
「ふーん。ワームホールって、すごいんだね。」
みいこは感心したように辺りを見た。
「ここって、そんなに小さいんだ。」
ハルはそう言うと星を眺めた。
みいこも隣でじっと宇宙を見つめている。
「あたし、遠くへ来たら、嫌なことを忘れられると思ってた。嫌なことを思い出しても平気だと思ってた。だけど、やっぱり思い出すと悲しい。こんなに遠くへ来ても、こんなにすごい星たちを見ても、あたしの悲しみはどうにもなんないんだね。」
みいこは小さくそう言った。
「うん。分かるよ。だって、自分はそのまんまなんだもの。自分は変わらないんだもの。」
ハルは一回目の人生で、みいこと同じことを感じたのを思い出していたのだった。
「そう。だけど、やっぱり星たちはきれいで、ここに来て良かった。夢みたいだもの。いいところに来たよね。あたしたち。」
「うん。とってもきれいだね。みぃちゃん。」
そう言って二人は顔を合わせて笑った。そしてハルとみいこはそっと手を繋ぎあって、星の瞬きを見つめていた。
不意にハルが口を開いた。
「ところで、ネッラ。どうしてワームホールはこの小さな星に繋つながっているの。」
そう聞かれたネッラは急に寂しそうな顔になる。
「ここがケイロンだからさ。」
「えっ、ここが。」
「そんな。」
ハルとみいこにはとても信じられなかった。ネッラにかける言葉ももたずハルたちは岩の上のむき出しの宇宙空間に立っていたのだった。
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