第7話 みぃちゃん、ハムスターを飼う

 みぃちゃんがハムスターを飼い始めたらしい、とお母さんに聞いた。僕は学校からの帰りに見に行ってみた。

 「ジャンガリアンハムスターの『トマト』だよ。」

みぃちゃんはそう言うと『トマト』を見せてくれた。緑の頭と赤い服がかわいい……

 「ってこれ、トマトじゃん」

 僕が突っ込むとみぃちゃんはテヘヘッと笑ってトマトをがぶりっと食べた。おいしそうだった。トマトの赤が唇の赤と混じって、なんとも艶かしい表情がみぃちゃんを包んだ。僕はみぃちゃんが中学二年生に見えなくなった。

 「一匹でチュー、二匹でチュー、三匹そろえばチューチューがチュー」

 みぃちゃんが歌いながら、手にハムスターをのせてこっちにきた。僕はみぃちゃんが小学二年生に見えた。

 手のりハムスターかな。ジャンガリアンハムスターの『トマト』はみぃちゃんの両手の上でちょこんと座って、ひまわりの種を食べている。

 僕はこんなに小さなハムスターを初めて見たのだった。ゴールデンハムスターがモグラみたいに大きく感じられたくらい。

 「みぃちゃん、トマト、かわいいね。」

 「そうでしょ。あんたの5倍はかわいいわよね。」

嫌みだろうか。ツンデレだろうか。

 「どうしてハムスターを飼うことにしたの。」

僕はみぃちゃんからトマトを両手に受け取りながら、聞いた。

 「ジャンガリアンハムスターはね、小さいスペースで飼えるの。餌も少しだし、野菜の余りを喜んで食べてくれるの。すぐに馴れてくれるのもいいよね。」

 そう言ってみぃちゃんはトマトをなでようと手を伸ばした。すると、ビクッとトマトは驚いて、後退りした。

 「馴れてないじゃん。」

僕がそう言うと、みぃちゃんは

 「こういう個体もいるんです。」

と突然先生みたいなセリフでごまかすのだった。

 ジャンガリアンハムスターは体が小さい分ゲージがあまり汚れない。それが一番の利点よ。とみぃちゃんは後でこっそり話してくれた。一体誰に内緒にしているのだろうか。みぃちゃんはちゃんとハムスターの世話をしているのだろうか。僕は『トマト』のことを少し不憫に思うのだった。

 僕の心配をよそに、トマトは回し車の上に乗って、カシャカシャ音を立てながら、走っている。スマホの課金ゲームにお金を使うのと回し車を回し続けるのは似ているのだろうか。そんなことを考えながらジャンガリアンハムスターのトマトを見ていたら、みぃちゃんが何か落ち込んでいた。どうしたのだろう。

 「ねぇ、悪い人にバチなんて当たらないよね。悪い人は平気な顔して笑ってるよ。」

突然そう言ったかと思うとみぃちゃんはわーわー泣き出した。うにゃーうにゃーと激しく泣き出した。メンヘラだ。僕はそう思った。

 ここは一つ、何か大切な言葉を送ってみぃちゃんの心を僕のものにしよう。なんてことは思わないよ。

 「悪い人には悪い人が集まって利用されるんじゃない。」

 みぃちゃんは頭を振る。

 「利用しあって、数の力で悪事を働いて、そして、数の力で隠蔽するの。だから悪いの。小賢しいの。うえーん。」

 また泣き出した。うえーん、って……。みぃちゃんは中学二年生だけど、普段はツンデレさんなんだから、ぶりっ子みたいに泣くのはどうもわざとらしい。それでもみぃちゃんは本気みたいだ。僕はどうしていいかわからなかった。

 悪い人が更正する話があるけれど、隠れて悪いことをする人はずっとやり続けるのではないか。それをみぃちゃんも怖れているのだ。実際はどうなのだろう。世の中は裏の世界や慣習のルールで溢れていて、人生五回くらいは生きないとほとんどわからず仕舞いだ。

 僕はまだ二回目だ。他の小学四年生の子たちと比べればいろいろ知っているかもだけど、世の中のこととなると、一回目だけではつかみきれない。それでもなにか言わないと。

 「悪い人が更正する例は悔い改めてるでしょ。後悔というのは大変辛い感情だよ。いつも自分を責めるのだから。だとすると、悪いことを反省せずに繰り返す人はいつか、とってもとっても自分を責め苛むことになる。これがバチってやつじゃない。」

 少し自信がなかったけど、僕は一つの可能性を示した。

 「そうね、そうよね。後悔は辛いよね。はる君はすごいね。本当に小学四年生なの?」

みぃちゃんはそう言ってふふっと笑った。僕はドキッとした。初めて名前が呼ばれた。いや、それよりも、みぃちゃんに小学四年生かと言われて、僕の秘密を話すかどうかという問いが頭に浮かんだのだ。僕は人生二回戦なのだ。

 だけど、僕は話さなかった。みぃちゃんに嫌われるかもしれないから。だって、外見は小学生でも、中身はお年寄りじゃあ、みぃちゃんが警戒しちゃうもの。みぃちゃんのキャミソール姿も体にぴったりのジャージ姿も見れなくなってしまう。あや、これでは本当に変態じじいだ。嫌われる。

 そんなことを考えている僕なのに、みぃちゃんは僕に肩を寄せて泣いている。僕が変態だとも知らずに。変態じじいだとも知らずに。いや、僕は変態じゃないよ。書き直せ、作者のバカ。いえ、書き直してください、作者さま。僕は混乱のあまりパラレルワールドに入ったのだった。

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