第25話 みぃちゃんと龍

 「えっーーー。そんなひと、おらんよーー。」

 僕は三角ペイントのおじさんの冗談に合わせて、特に前世でよく真似していたある人のセリフで突っ込んでみたのだった。だけど、おじさんはきょとんとしていた。もしかしておじさんはテレビをあんまり見ない人なのかな。

 「あっ、トマトがえさ入れ引っ掻いてる。そうだ、ねえおじさん、トマトの食べ物何かないかな。」

 みぃちゃんが突然わがままを言う。やっぱり中学校は行った方がいいのかな。いやそんなことないんだ。みぃちゃんは中学校に行かなくてもかわいいんだ。

 「木の実なら山に登ればいくらでもあるじゃろうて。そっちの道から外に出られるぞ。」

 おじさんはみぃちゃんが来た道と反対の道、と言うか洞窟を指差して言う。

 「わかった。ありがとう、おじさん。」

 僕たちは早速トマトと一緒に洞窟を通って外に出た。丁度登山コースの半ばだった。外は良く晴れていて気持ちがいいな。

 「みぃちゃん、変な洞窟だったね。」

 「うん、変なおじさん達だったね。」

 僕たちは失礼な会話を交わしながら、木の実を探した。

 「あった。赤い実。」

 「ほんとだ、たくさんあるね。だけどみぃちゃん、この木の実って、トマトに食べさせて大丈夫なのかな。」

 僕は木の実を集める手を止めて、みぃちゃんを見た。

 「うーん、わかんないけど、パンをあげたほうがいいかも。」

 みぃちゃんはそう言うと、集めた実をポケットに入れて、リュックサックに手を伸ばした。

 「そうだね。そうしよう。」

 僕たちはトマトと一緒にパンとバナナを食べた。山の上で食べるパンはとってもおいしい。

 「いい天気ね。ひきこもりだとあんまり太陽に会えないからうれしいよ。」

 「そうだね、宇宙線のお陰だね。」

 僕はもう宇宙線の怖さをわからなくなっていた。

 そうして、僕らは二人と一匹で空を見ながらぼっーとした。きっとみぃちゃんにとって、久しぶりの開放的な気分だったんだ。僕はみぃちゃんの隣に寝転んで、少し明るくなった空とみぃちゃんをとても近くに感じたのだった。

 それから僕たちは寝転んで、少しウトウトしていた。

 ゴゴゴゴゴー。

 どこからか轟くような音が聞こえてきた。僕は目を覚ました。

 「みぃちゃん、あれを見て。」

 僕はみぃちゃんにそう言いながら南の空を見た。

 その時僕はそれをいつも良く見かけるヘリコプターの音だと思っていたんだ。学校の帰り道、たまにずいぶん低く飛ぶヘリコプターを見たことがあった。それに、山に登った時も空が近くて大きなプロペラ音が聞こえてくることがあったんだ。

 だけど、今日はどこか違う。

 「あれって、なに、小さい飛行機。一、二、三、いっぱい飛んでる。」

 みぃちゃんがびっくりして声を大きくしながら言う。

 「そうだ、あれはヘリコプターじゃない。飛行機だ。だけど、もしかして。」

 見たことのない飛行機が編隊を組んで低空を滑空してくる。その時、飛行機が何かを落とした。そして、

 「ゴワン!ドーーン!」

 遠くの山の稜線に沿って、いくつもの赤茶色の光が瞬き、鈍い爆発音がした。

 「なになに、どうしたの。どうしたの。」

 みぃちゃんがあたふたする。トマトもびっくりして、ゲージの中を右往左往している。僕は前世の恐怖の記憶がよみがえって震えた。

 気づけばその飛行機は僕たちのすぐ上空に来ていた。そして僕たちの頭上にも爆弾が降り注ぐ、まさにその時だった。地面が盛り上がり、僕とみぃちゃんとトマトは空に飛び上がったのだ!

 間一髪、僕たちは爆撃の衝撃波を受けただけで済んだ。助かったんだ。

 「これは何なの。」

 「たぶん、これは。」

 みぃちゃんも僕も小さな声しかでない。そしてそれは風の音にかき消された。今、周りで起きていることも、僕たちが飛んでいることも、もう信じられないことばかりだ。

 僕たちは何かの背に乗っていた。見ると、周りの空に数体の巨大な蛇のような生き物がさっきの原住民のおじさん達を乗せて飛んでいた。

 「あれは、龍?」

 「ほんとだ。龍だ。」

 「すごい。私、龍なんて見るの、初めて。龍ってかわいいね。」

 みぃちゃんは落ち着きはらってすっとんきょうな感想を言う。さっき、驚いていたのはなんだったのか。やっぱり中学校には……。いやそんなことはないよ、学校なんて馬鹿が行くところだって、みぃちゃんが言ってたし。

 それよりも、あのおじさんの話は本当だったんだ。僕は西欧のお話しにでてくるドラゴンとは少し違うその生き物を見つめた。

 「みぃちゃん、見て、ほら、僕たちも龍に乗ってるんだよ。」

 足元を見ると固いウロコが僕たちの足元で淡く光っている。

 「翼がなくて、胴体がすごく長くて短い足。僕、この龍とよく似たのをアジアのお祭り写真で見たことがあるよ。」

 興奮して僕はみぃちゃんの両肩につかみかかる。

 「そんな、信じられないよ。だってそういうのって伝説かなんかなんじゃないの。だけど、すごいわ。あのおじさんたち、本当に龍の民だったんだ。」

 みぃちゃんは激しくうなづいて、僕の目を見つめた。

 「そうだよ、みぃちゃん。あのおじさんが言ってたよね。次元の違う世界が繋がったって。」

 僕は落ち着いて話しかける。

 「うん、おじさんが言ってた。そうね、きっと、あの事故のせいよ。宇宙線が地球を覆った日に私たちの世界とおじさんたちの世界の境界が消えたのよ。」

 みぃちゃんが落ち着いて推理する。意外に賢いんだね、みぃちゃん。さすが長子の長女だけあって、妙にきもが座っている。僕はやっぱりきっと、みぃちゃんはいい女になるんだと思ったのだった。

 だけど、あの戦闘機は何だろうか。僕たちの国で今戦争は起きていなかったはずだ。

 僕とみぃちゃんは不安な気持ちを抱えて、激しく揺れる龍の背の上で手を繋いで見つめあっていたのだった。

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