40話 みぃちゃんとぼくと戦争と

 センディに連れられてネッラは夕やみに染まる里のほうへ降りていった。以前、みいこの父たち日の国の民が闊歩かっぽしていたその麓ふもとの街には今、まばらに残った老人の孤独に暮らす家々があるだけだった。

 みいこの父たちをはじめ、身軽な日の国の国民たちは地球上に蔓延した人類に有害な宇宙線からの避難と物流の弱った地方での生活の疲れから、故郷を捨て大統領府のあるキャピタル、東吉都ひがしよしのみやこへ移住していた。

 「あのさあ、センディ姉。そんなに、みいことハルのことが気になるのかい?」

 「えぇ、なんだか気になるのよ。あの子たちひきこもりなのに、昨日の夜からずっと姿が見えないなんて。やっぱりおかしい。二人に何かあったのよ。」

 「ひきこもりねえ。あっちこっち、走り回ってるようにみえたがなあ。」

 ネッラの声を聞きながら、センディは心配そうに空を見上げていた。龍も哨戒機の機影も今はもう見えなくなっていた。

 そういえば、ハルの両親はすでにケイロンの洞窟に移住し、当たり前のように暮らしていた。

 二人はケイロンと日の国軍との戦争後に、

 「食べ物もないし、有害な宇宙線は地球から消えないし、日の国は冷たいし、空は青いし、だから、ハルと一緒にここに住ませてもらうよおー。」

 と、軽いノリでやって来て、勝手に住み始めていたのだった。

 アセン長老はそんな二人を歓迎し温かく迎え入れた。

 実はその引っ越しの顛末てんまつをハルの両親が後々、面白おかしく友人たちに伝聞したせいで、ケイロンの洞窟に次々と月山つきやまの荘の人々がやって来ていたというわけなのだった。

 その人々が各地の親類と友人を呼び寄せ、ケイロンたちの洞窟はまるで日の国の街のようだった。

 そんな時、ダーシーは洞窟の点検中にワームホールの出口が勝手に変更されていることに気づき、不信感を覚えていた。

 今朝早くから、洞窟内で会う人会う人に何か心当たりはないかと聞いて歩いていたのだった。

 向こうから細身の女性が走ってくる。

 「ダーシー、おはよっ。」

 シアーシャは立ち止まって、ダーシーを見つめた。

 「おはようシアーシャ。君は今日もかわいいね。」

 「うん。ありがと。」

 シアーシャは首を少し右にかしげて笑った。

 「ねぇ、シアーシャ、今朝、ワームホールがなぜかキャンボディア行きになってたんだが。何か知らないか?」

 「うーん。わかんないなあ。心配なの?なんなら私、みんなにも聞いてみようか?」

 「いや、それにはおよばないよ。もうみんなに聞いて歩いているんだ。けど、どうも誰も知らないみたいなんだ。シアーシャも知らないとなると、やっぱり誰かが勝手にさわったのかも知れないな。」

 ダーシーは考え込むように顎あごに手を当てた。

 「ふーん。それって日の国の人が勝手に、ってこと?だけど。日の国の人が勝手に操作できるかしら。あの操作ボタンは結構複雑でしょ。まっ、それはいいとして。とりあえず、キャンボディアに行ってみたらいいんじゃない?」

 シアーシャは細身の体を伸ばして明るくそう言った。シアーシャのその微笑みに吸い込まれるようにダーシーとシアーシャの瞳が重なり、つかの間、沈黙が二人を包んだ。

 ダーシーが空気を破った。

 「じゃあ、シアーシャも一緒に来てくれるかな?」

 「うん。いいよ。」

 シアーシャはちょこんと頷うなづいた。

 ダーシーはシアーシャの手をとって、ワームホールに向かった。シアーシャの顔がこころなしか赤くなった。

 

 「みぃちゃーーーん!!!!!」

 ぼくの目の前で、みぃちゃんとトゥーの周りを赤い炎と黒煙が包み込んだ。

 ぼくは必死にみぃちゃんの名を叫んでいた。それでも、辺りの爆音はぼくの声をかき消し、炎がみぃちゃんの姿をかき消したのだった。

 「みぃちゃん。みぃちゃん。みぃちゃん。」

 ぼくは一人、寺院の石の屋根の下から飛び出した。

 「どこ、どこにいるの。みぃちゃん。みぃちゃん。」

 「あつっ、熱いよー。みぃちゃーーーん。みぃちゃーーーん。」

 寺院地下道の出口からわずかに外に出ただけなのに、ぼくの体を熱風が襲った。それ以上、とても前には進めなかった。そして、熱さのためか喪失感のためかぼくの足はすくみ、前にも後ろにも動けなくなっていた。 

 「ハル!」

 自分の肌の火傷やけどから逃れることもせずに立ち止まるぼくの後ろから、突然、声が聞こえた。

 「おい、戻ってくるんだ。ハル!」

 龍師隊のダーシーとシアーシャがいつもの訓練の時とは違った怒号でぼくを呼び叫ぶ。

 「ダーシーさん……。」

 振り返ったぼくはそう呟くのが精一杯で、すぐさまその場にくずおれた。

 「しっかりしなさい。ハル。」

 駆け寄ったシアーシャがハルを抱き止め、激しく揺さぶった。

 「だめだ、シアーシャ。そいつは気を失っているぞ。」

 「ダーシー、どうしよう。ハルは見つかったけど、みぃちゃんがいないわ。きっとキャンボディアのどこかににいるのよ。探さなきゃ。」

 シアーシャは細身の体とは思えない身軽さでさっとハルを抱え挙げ、石造りの王都寺院の壁にもたせかけた。

 「ああ、そうだな。だが、この火の中に飛びこんでいくなんて、龍がいないと、とてもじゃないが。」

 「そんな。今すぐに龍をここに連れてくるなんて、できないわよ。ワームホールは小さくて龍は通れないじゃない。」

 「それに。キャンボディアまで、飛んできたとしても五時間はかかる。」

 龍師隊の二人は途方にくれたように、寺院の庭を走る炎を見つめた。

 「なぜだ、なぜなんだ。キャンボディアに一体、何の恨みがあるっていうんだ。」

 「独裁の時代がやっと終わって、やっと立ち直りかけてたって言うのにぃー。」

 シアーシャは叫んだ。

 その時、黄土色おうどいろの制服を着た多数の通訳ガイドが集まり、入り口宿舎から持ち出したホースを堀に投げ入れた。

 恰幅かっぷくのいい男性ガイドと多数の女性ガイドがホースを構かまえた。

 数秒後、王都寺院を囲む堀から水を吸い上げたホースから、勢い勇んで水が吐き出された。茶色く濁にごった水が炎の海へ降りそそぐ。

 知った顔が見えた。

 「みぃちゃん!」

 「ダーシーさん!トマトをトマトを、連れてきてえええぇぇぇぇーーーー!!!、」

 みぃちゃんが叫んだ。みいこの足元には倒れた人影があった。あの親切な通訳ガイドのトゥーだった。

 「お願いっ。トマトを連れてきてっ。」

 みぃちゃんが再び叫ぶ。

 「ダーシー、お願い、トマトを連れてきて。こっちは私に任せて。」

 シアーシャがそう言うより早く、ダーシーはワームホールへと走る。

 ただその時すでに、ホースを構えたキャンボディア人たちの頭上には容赦のないf28攻撃機の対地ミサイルが放たれたのだった。

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