第33話 みぃちゃんとこころのふあん (第2章1話)

 日の国の軍と巨大ハムスターとの闘いから三ヶ月が過ぎた。

 宇宙線にさらされた地球上には少しずつ活気が戻り始めていた。人体に有害な宇宙線から身を守り対処し適応した者は地上で生き残り、適応できなかった者たちは地下に隠れ潜んだ。

 みいこたちはケイロンの洞窟で日々を過ごした。山々を駆け回り、川で泳ぎ、焚き火をして新たな仲間たちと友情を育んだ。そして、彼らの三ヶ月はただそれだけではなかった。みいことハルは毎日のように龍の背に乗り、龍と心を交わした。今ではもう、みいことハルは一人で龍に乗り自由に空を飛ぶことができた。

 地球人の彼ら二人がなぜ龍の背に乗ることを許されたのか。ハルは不思議に思って、長老に聞いたことがある。たがその時、長老からはっきりとした理由は語られなかった。ただ、二人は特別なのだということが言外に伝わってきただけだった。

 また、あれ以来、山々に戦闘機が姿を見せることはあったものの、あの時のように戦闘には発展しなかった。日の国の者はみな自国の維持で必死だったのだ。ただ、どこからか偵察機が定期的に現れることをケイロンたちは警戒していたのだった。


 「うぅぅ。私のせいで、日の国の機動隊や軍隊の人が消えてしまったのね。私がトマトに、かわいいって言わなかったばっかりに。しくしくしく、かなしいよお。」

 みいこはそう言って、洞窟の部屋で一人でくずおれていた。

 「みぃちゃん、どうしたの、そんな風に考えなくていいんだよ。」

 ハルは何度もそう言った。この三ヶ月の間ずっと何度も。だが時と共にみいこのこの症状はひどくなるばかりだった。

 二人がケイロン人と乗龍の練習をしているときでも、みいこは一人、途中でコースを離れ、龍から降り、地べたに座り込むのだった。そして、

 「かなしいよー、私は馬鹿なんだ。かなしいよ、馬鹿すぎてかなしいよー。どうして、みんなに迷惑かけるのかな。どうしていつも、みんなに嫌がられることをするのかな。悲しいよ。どうしてかなあ。」

 と嘆くのだった。

 ハルがその度に、みいこを慰めようとする。

 「みぃちゃん、軍の人は戦闘するつもりで出動したんだから、覚悟していたんだよ。トマトも攻撃されたから闘うしかなかったんだよ。ケイロンと日の国の問題なんだよ。みぃちゃんの問題じゃないんだよ。」

 と。

 しかし、こんなことを言っても、みいこは

 「私のせいでトマトは泣くし、龍は眠らされるし、ハルくんもネッラも危険な目に会うし、私がまともな人間ならそんなことにならなかったのに。まともな人間なら。」

 と続けるのだった。


 途方にくれたハル。ある日、アセン長老に相談することにした。

 地底湖のそばのジメジメした通路を通って、長老の執務室の扉を叩いた。

 とんとんとんとん、とっととっ、とん。

 「誰かな。」

 アセンのくぐもった声が聞こえた。

 「ハルです。」

 「入りなさい。」

 ハルは扉を開けて、そのまま長老の広い部屋に進み行った。

 「アセン長老。みぃちゃんがずっと、後悔しているんです。みんなを消してしまったって。」

 ハルはそう勢い込んで話した。長老は執務テーブルのデッキチェアに座ったままハルを見つめた。

 「消した、というのは亡くなったという意味かな。」

 「うん、たぶん。みぃちゃんは不安症だから、はっきりとは言わなくて。」

 無意識にそう答えたとき、ハルはみいこの後悔が不安からきているのだと気がついた。

 「そうか、みぃちゃんは不安だったのか。」

 と一人合点した。

 「うむ、そうじゃろうな。不安に押し潰されておるのじゃろう。それもこれも宇宙線の影響じゃよ、ハル。」

 そう言うとアセンは長方体の機械を手のひらに乗せた。ハルは構わず質問する。

 「宇宙線? だけど、宇宙線はアセン長老が調和させたんでしょう。この地域一体も、地球全体もかなり調和させたって。」

 「あぁ、命に関わる影響を与えないように地球全体をケイロンのエネルギーで中和させた。ここの山々一体は特にな。それはこの前、話した通りじゃよ。」

 「それじゃあ、」

 ハルがそう言いかけると、アセンは

 「だがな、ハル。命に関わらない程度には影響はあるのじゃよ。そこまでは私の力ではなんともできん。これを見なさい。宇宙線の質量が示されておる。」

 アセンは小さな機械から空中に立体映像を出現させた。そこには各種類の宇宙線について、それぞれが色の違う球体で表現されていた。特に質量の多い宇宙線は球体も大きくて、宇宙線名も赤く光っていた。

 「こんなにっ。そんな。」

 ハルは呆然とした。そして、

 「じゃあ、みぃちゃんはこれからずっと、あんな調子なんですか。」

 あわてて、そう質問する。

 「それはわからん。もしかすれば、みいこが自分で何とかするかもしれん。」

 長老にそう言われて、がっかりした様子のハルはとぼとぼと執務室を後にした。


 「どうしたら、みぃちゃんが元気になるかなあ。」

 ハルはそう独り言を言って、考え込んだ。

 「私はみんなに馬鹿にされるんだあ。どうせ馬鹿なんだあ。だから、世界は宇宙線まみれになるし、みいこのママもみいこのこと無視するんだ。馬鹿だから仕方ない、馬鹿だから。それに馬鹿は治らないんだ。学校に行っても全然治らないんだ。悲しいな、ぐすん。」

 と、みぃちゃんの悲痛な声が聞こえてきた。

 「かわいそうな、みぃちゃん。馬鹿は治らないんだね。ぼくも治せないよ。長老も治せないって言うし、医者も治せないし、教師にも治せないし。悲しいね、悲しいね、みぃちゃん。」

 ぼくは小さな声で、みぃちゃんに聞こえない声で、そう首肯するのだった。

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