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ターリバーンを読む

 アフガニスタンで8月15日、武装組織ターリバーンが首都カーブルに入城、アフガニスタンのほぼ全土を掌握しました。すでにこれについてはいろいろ報道されているので、とくに事実関係について追加する気はありません。

 実際、私自身、アフガニスタンの専門家ではないですし、そもそもアフガニスタンに行ったことすらありません。とはいえ、ターリバーンに匿われていたアルカイダのような過激組織をずっとフォローしていたので、アフガニスタンやターリバーンには人並以上に関心をもっていました。実際、ずいぶん昔の話ですが、ターリバーンに関してとある政府機関に何度かレポートも書いたりもしていました。

 そのとき利用したのがアラビア語で書かれたターリバーンの機関誌でした。私は、アフガニスタンの公用語であり、ターリバーンの主要言語であるパシュトー語を習ったことがないので、このアラビア語による情報はたいへん貴重でした。とはいえ、ターリバーンの面々がアラビア語をきちんと書けるとは考えづらく、おそらくアルカイダのメンバーを含むアラブ人たちが主な書き手になっていたことは容易に想像できます。その点はもちろん割り引いて分析しています。

 2001年にターリバーン政権が米軍の攻撃によって壊滅させられて以降は、オンラインで公開されるこの機関誌やターリバーンの公式ウェブページで提供される情報が頼りになりました。ターリバーンは、みずからのウェブページでいろいろな情報や声明を公開していたのですが、パシュトー語だけでなく、もう一つの公用語であるダリー語、さらには外国語としてのアラビア語、ウルドゥー語、そして英語というぐあいに多言語でウェブページを運営していたので、動向をフォローするのはそれほど難しくありませんでした。

 もちろん、ターリバーンのような過激なテロ組織のウェブページは頻繁に攻撃を受けたりして、ダウンします。しばらくしてから復活することもありますが、ダウンするたびに、URLが変わったりすることも少なくありません。となると、新しいURLを探し出すのにまた苦労するわけです。

 やっかいなことに、ターリバーンの多言語ウェブページはきちんと一致していないことがよくあります。声明などが公開される時間がずれていたり、言語によって公開される声明や記事がちがうこともあります。また、同じ内容なのに言語によって微妙に表現が異なっていたりすることもあります。

 いや、そもそも、アフガニスタン人の人名でさえ、言語によって表記や発音がちがったりします。たとえば、ターリバーンの最高指導者、信徒の統率者の肩書をもつムッラー・ヒバトゥッラー・アーフンドザーダです。「ムッラー」は敬称ですので除くとして、「ヒバトゥッラー」はどうでしょう。

 この語はもともとアラビア語で贈り物を意味する「ヒバ」と神を意味する「アッラー」がくっついたもので、「神の贈り物」という意味になります。ところが、この「ヒバ」の語、パシュトー語では「ハイバ(ト)」と表記され、またそう発音もされています。

 パシュトー語と並ぶ、もう一つのアフガニスタンの公用語、ダリー語だと、私が確認したかぎりでは、「ヒバ(ト)」だったり、「ハイバ(ト)」だったりです。ちなみに、アラビア語にも「ハイバ」という単語はあるのですが、それだと意味がぜんぜんちがってしまいます(アラビア語の「ハイバ」は「惧れ」の謂)。なお、ダリー語はペルシア語ですが、イランのペルシア語よりも古い発音を残しているといわれています(イランのペルシア語ではそれぞれ「ヘベ」「ヘイベ」)。

 では、ターリバーンの最高指導者の正しい名前は何なんでしょうか?私自身は、アラビア語を専門とし、アラビア語資料を中心にターリバーンを見ているので、「ムッラー・ヒバトゥッラー・アーフンドザーダ」と表記しています。けれども、これが正しいとは毛頭いえません。ちなみに、「ムッラー」は「師」という意味で、敬称として用いられています。さらにいうと、「アーフンド」も「師」を意味し、ザーダ(イランのペルシア語では「ザーデ」)は「の子」を意味するので、「師の子」という意味になります。

 なお、日本のメディアでは「アクンザダ」との表記が一般的のようですが、なぜか真ん中にある「ド」が消えてなくなっています。また読売新聞ではターリバーンの組閣に関する記事で「タリバンが暫定政府、「首相」にアフンド師任命…最高指導者アクンザダ師は閣僚入りせず」と見出しをつけました。実は「アフンド」と「アクンザダ」の「アクン」は同じスペルです。なぜ、最高指導者が「アクン」で、首相代行が「アフンド」と表記されるのか、何か深い意味でもあるのでしょうか?

 アラビア文字の「アフンド」「アクン」の「フ」と「ク」は英語ではしばしば「Kh」と転写されます。そもそも日本語にはない音なので、「フ」でも「ク」でもいいんですが、日本の学界、そしてメディアでも「Kh」はハ行で転写するのが一般的です。よく知られた例でいうと、イランの最高指導者ハーメネイーの「ハ」はこの「Kh」です。また、イラン・イスラーム革命の指導者、ホメイニーの「ホ」も「kh」です。ホメイニーを「コメイニ」と表記していたメディアもありましたが、いつのまにかホメイニに収斂されています。

 現地語のカナ表記についてはそもそも日本語にない音がいろいろあるんで、やっかいなんですが、もう一つやっかいなのは肩書です。9月はじめにターリバーンは暫定政府の陣容を発表しました。たとえば、主な閣僚には次のような人が選ばれました。

首相代行:ムハンマド・ハサン・アーフンドالحاج ملا محمدحسن اخند
副首相:アブドゥルガニー・バラーダルملا عبدالغني برادر
副首相:アブドゥッサラーム・ハナフィーمولوي عبدالسلام حنفی
国防相代行:ムハンマド・ヤァクーブ・ムジャーヒドمولوي محمدیعقوب مجاهد
内相代行:シラージュッディーン・ハッカーニーالحاج ملا سراج الدین حقانی
外相代行:アミール・ハーン・ムッタキーمولوي امیرخان متقی
財務相代行:ヒダーヤトゥッラー・バドリーملا هدایت الله بدري
教育相代行:ヌールッラー・ムニールشیخ مولوي نورالله منیر

 右側のアラビア文字はパシュトー語の記事から引っ張ってきたものですが、上からハーッジ・ムッラー、ムッラー、マウラウィー、マウラウィー、ハーッジ・ムッラー、マウラウィー、ムッラー、シャイフ・マウラウィーというぐあいに敬称がついています。ハーッジはマッカ巡礼を達成した人につける敬称ですので、ここではひとまず置いておいて、それ以外のムッラー、マウラウィー、シャイフの3つについて考えてみましょう。

 ムッラーはアラビア語で「師」を意味するマウラー(マウラン)が訛ったもので、現代ペルシア語ではモッラーと発音されます。一方、マウラウィーもマウラーと同じ語根からできたもので、意味もだいたい同じです。シャイフもやはりアラビア語で、こちらも「師」や「長老」などの意味があり、日本語でいう「翁」なども近いかもしれません。しかし、湾岸では首長家メンバーにこの肩書が用いられますので、シャイフがつけられるのは年寄りばかりではありません。

 いずれも、何らかの宗教的な教育を受けたものにつけられる敬称だと思うのですが、問題は何を根拠にムッラーだとかマウラウィーだとかシャイフだとか異なる敬称がつけられるのかという点です。アフガニスタンの専門家ではないので、このあたりの違いはさっぱりわかりません。

 マウラウィーと聞くと、すぐ思い出すのが、トルコの神秘主義組織メヴレヴィー教団ではないでしょうか。メヴレヴィーはマウラウィーのトルコ語読みです。したがって、ターリバーンのなかでも神秘主義(スーフィズム)の系統に連なる人がマウラウィーという敬称を使うのかとも考えてみました。

 ターリバーンは外面重視派とみられています。しかし、ターリバーンはイデオロギー的にはデオバンディー学派に属していますが、法学派ではハナフィー派であり、教義ではマートリーディー派です。マートリーディー派はイスラーム神秘主義と親和性が高く、その意味からターリバーンが一部のスーフィズムの影響を受けているという見かたもあります。

というわけで、当たらずとも遠からじという感じだと思ったんですが、やっぱりそううまくはいきません。たとえば、国防相代行のマウラウィー・ムハンマド・ヤァクーブ・ムジャーヒドにはマウラウィーという敬称がつけられていますが、彼の父親は、ターリバーンの初代最高指導者であるムッラー・ウマルで、彼にはマウラウィーではなく、ムッラーの肩書がついています(息子が宗旨替えをした可能性もありますが)。

 一方、シャイフの肩書は、教育相代行のほか、巡礼ワクフ相代行、宣教善導勧善懲悪相代行など宗教色の強い役職の人につけられているのが目立ちます。これだけで判断するのは危険ですが、アラビア語ができるということを表しているのかもしれません。でも、ぜんぜん自信はありません。

(保坂 修司)

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