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万緑叢中紅一点

 9月も末になってようやく暑さがやわらいできました。長かった夏も終わりを告げようとしています。この時期になると、ザクロの実が熟してきます。自宅の近所や勤め先の近くの公園にザクロの木があり、そこを通るたびに、実が大きくなっているのがわかります。とはいえ、その実をもいで取っていくわけにもいかず、ただ見ているだけですが。
 一度、自宅そばの公園でザクロを眺めていたら、よほど物欲しげに見えたのか、公園の管理をされているかたが、わざわざザクロの実をもいでくれました。せっかくですので、家でおいしくいただきました。

いただいた近所のザクロ
同じく近所のザクロ

 さて、タイトルの「万緑叢中紅一点」ですが、これは北宋の政治家で文人でもある王安石の「石榴詩」という詩の一節です(ただし、作者は王安石ではないとの説もあります)。「石榴」はザクロのことですね。「万緑叢中紅一点」のあとには「動人春色不須多」とつづきます。前半部分は「濃緑万枝紅一点」とする説もあります。どちらにせよ、「一面の緑色の葉のなかに赤い花が一つ」という意味になります。
 「紅一点」は一般に「多数の男性のなかに女性が1人だけ」をあらわす熟語ですが、本来はザクロの木の緑の葉のなかに赤い花が咲いているさまを描いたものになります。そのあとにつづく「人を動かすに春色多くをもちいず」は「人を感動させるには、春の景色、春の色がたくさんある必要はない」という意味になります。つまり、「目に鮮やかなザクロの赤い花が緑のなかに一つあるだけでも充分感動する」ということになります(タイトル画像参照)。

 ザクロは漢字では「石榴」とか「柘榴」と書きます。日本語のザクロは、明らかにこの漢字の読みが訛ったものだと考えられます。そして、この語はもともと「安石榴」と呼ばれていました。「安石」とは「安息」のことで、察しのいいかたはすでに気づいていると思いますが、「安息」とは休息のことではなく、「安息国」、つまり古代イランのアルサケス朝、すなわちパルティアのことを指し、「安息榴」そして「安」が取れた「石榴」は「イランの榴」という意味になります(「榴」はこれだけでザクロを意味します)。
 ザクロの産地としては今でもイランが有名で、そのためか、ザクロの語源をイランにあるザーグロス山脈に求める説もありますが、こちらは単なる民間語源にすぎません。漢の武帝の命により張騫が西域(中央アジア)に派遣された際、さまざまな珍しい植物を中国にもたらした話は有名ですが、そのなかにザクロも含まれていたともいわれています。しかし、この説も現在では信じられていません。
 
 さて、ザクロは英語では「パムグラネトpomegranate」といいます。これはもともとラテン語で「リンゴ」を意味する「ポームム」と「つぶ」を指す「グラーナートゥム」が合わさったものです。ちなみに、ラテン語の学名は「プーニカ・グラーナートゥム」といいます。「プーニカ」は「フェニキア」の謂いであり、原産地が北アフリカから東地中海であることをうかがわせます。つまり、やはり中東と認識されていたようです。

 下の写真は、サウジアラビア西部のジェッダの露店市場の屋台の果物屋さんで、大量のイエメン産のザクロを売っていました。日本では1個千円近くする高級果物ですが、さすが本場、中東ではかなり一般的な果物です。日本で売られているザクロ・ジュースなんかはイラン産やトルコ産のザクロを原材料にしているのも多いようですが、値段はけっこう高いです。

ジェッダの露店で売っていたイエメン産ザクロ

 もう一つ、ザクロで知られているのは、アルハンブラ宮殿で名高い、スペイン南部のグラナダです。お気づきの人もいると思いますが、ザクロを意味する英語のパムグラネトやラテン語のプーニカ・グラーナートゥムのお尻の部分、グラネトやグラーナートゥムとグラナダは似ていませんか?実際、グラナダという町の名前の語源はザクロだという説もあるぐらいです。そして、グラナダの市章にはちゃんとザクロの実が描かれています(なお、スペインの国章にもグラナダのシンボルとしてザクロが描かれています)。
 ただし、こちらもはっきりとはわかっていません。グラナダの直接の語源はアラビア語でグラナダの町を指していた「ガルナータ」というのが定説だからです(なお、ガルナータの語源については不明とされます)。
 中世ヨーロッパの王さまがかぶっている冠の周囲にはギザギザのとげのようなものがついていますが、あれは、ザクロの実の上のほうに残っているギザギザ(蕚)を模したものといわれています。古代イスラエルのソロモン王は、ザクロの蕚をもとに王冠をデザインしたとされ、これがヨーロッパの王冠の起源とされています。
 ザクロはたくさんの種子があることから多産・豊穣の象徴と考えられており、日本では安産祈願で有名な鬼子母神とザクロが結びつけられています。ザクロの味が人間の味に似ているというのは日本だけの俗説のようです。

雑司ヶ谷鬼子母神の絵馬

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