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加藤介春『獄中哀歌』

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2018年10月の記事一覧

加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」暗き室の入口にて

くらき室へ入らんと火をすりし時、
ただ一本の燐寸の消えたるかなしさ。

燐寸の火のシユウと燃えて消えし
白きすり殻の指先きに残れるかなしさ。

室はくらし、その入口にたたずみて
指にもてる燐寸の白き殻のかなしさ。

夜もおそければ眠らんと帰りし心の
ただ一本の燐寸の火の消えたる室の前。

室へは入(い)らず、またもくらき心を抱きて、
賑へる町へ酒飲みに行くそのかなしさ。

底本:『獄中哀歌』南北社

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加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」夏の宵

赤い提灯が河岸の家の二階の窓から
川のうへにおりゆきて水にうかべり。

青い水のうすぐらき川のおもてに
何をするにや提灯のかげが来れり。

流るる水のうへにぢつと止まりて
赤く燃ゆる提灯のあかりが薫る。

流るる水の心をすひとりて
赤い光が次第にふくれつつ。

流るる水のつぶやきを聞きにゆきしか
河岸の家の提灯が水にうかべり。

何をするにや水のうへに
提灯の火はぢつと止まれり。

底本:『獄中哀

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