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書肆神保堂
2018年9月29日 11:39
見もしらぬ外国へ行きたくなりて金を貯める男のあをざめし顔。何となく気うとき心――ふとゆきずりにしばしば出会ふことある心。それは皆疲れて居れどもいそがはしげに歩めるかなしき人々。たがひに知らぬ人々以上のかなしきおもひを運べる気うとき心――何となく気うとくなりてただ独り金を貯めんとおもへり。底本:『獄中哀歌』南北社大正三年三月二十三日発行*旧字は新字に、「ゝ」
2018年9月27日 02:57
それはゆふ日が赤く照れる時。ほふ、ほふと小鳥の群れを追ひしにわが方をふりかへり見て逃げさりし鳥がありたり。その鳥のかなしげなる顔――ほふ、ほふと追ひし声が風の音のごとくきこえたりしや。それは夕日が赤く照れる時。それからまた逃げし小鳥をよび来りて木にとまらせぢつと眺めてゐたくなりたり――鳥は風とおもひて逃げしやも知れず。底本:『獄中哀歌』南北社大正三年三月二十三
2018年9月23日 23:01
心が雷管のごとく破裂せんとす――たえず汽車のごとき物が通りてうすぐらき地平線の向ふへ超ゆ。心のあゆみし太き足跡がいつまでも草原にうつれり。太き命をにぎりてギイと押す銀の扉。そのおくに待てる第二の心がこなたへ向く。底本:『獄中哀歌』南北社大正三年三月二十三日発行*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。加藤介春(188
2018年9月22日 23:56
わたしの帰りがおそい故か、それともわたしの留守に鳴きあいたのか、もう鳴かぬ籠の小鳥。うすぐらい籠のなかに、こころ細げにとまつた小鳥。部屋(へや)に入つてともし火をつくればおどろかされてわたしの方へ見向いた小鳥。ぢつとわたしを見つめてゐたがまたもすぐ眠らうとうつらうつら、もう鳴かぬ籠の小鳥。小鳥はねむたさにうつらうつら、その鳴かぬ鳥の心を訪(たづ)ねんと籠のなかをのぞ
2018年9月20日 04:28
いづくよりきたりしか知らねどもふとうかびいでし赤き花の亡霊が私のまへをふわりふわり往来(ゆきき)す。わたしの心を追ひきたりてなよなよともたれ掛る、その花の亡霊は何のかたちも無し。くらき影より影へつたはるそよ風が路をうしなひて辺(あた)りへまぎれゆけば赤き花の亡霊は身をふるはす。赤きダリヤは夢のなかに織りこまれ、かがやける透影を外へ洩らす、日はねぶたげなる光を広々と敷く。