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加藤介春『獄中哀歌』

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2018年9月の記事一覧

加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」路上所感

見もしらぬ外国へ行きたくなりて
金を貯める男の
あをざめし顔。

何となく気うとき心――
ふとゆきずりに
しばしば出会ふことある心。

それは皆疲れて居れども
いそがはしげに歩める
かなしき人々。

たがひに知らぬ人々以上の
かなしきおもひを運べる
気うとき心――

何となく気うとくなりて
ただ独り金を貯めんとおもへり。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」

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加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」小鳥と赤き夕日

それはゆふ日が赤く照れる時。

ほふ、ほふと小鳥の群れを追ひしに
わが方をふりかへり見て
逃げさりし鳥がありたり。

その鳥のかなしげなる顔――
ほふ、ほふと追ひし声が
風の音のごとくきこえたりしや。

それは夕日が赤く照れる時。

それからまた逃げし小鳥を
よび来りて木にとまらせ
ぢつと眺めてゐたくなりたり――

鳥は風とおもひて逃げしやも知れず。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三

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加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」第二の心

心が
雷管のごとく破裂せんとす――

たえず汽車のごとき物が通りて
うすぐらき地平線の向ふへ超ゆ。

心のあゆみし太き足跡が
いつまでも草原にうつれり。

太き命をにぎりて
ギイと押す銀の扉。

そのおくに待てる第二の心が
こなたへ向く。

底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。

加藤介春(188

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加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」鳴かぬ小鳥

わたしの帰りがおそい故か、
それともわたしの留守に鳴きあいたのか、
もう鳴かぬ籠の小鳥。

うすぐらい籠のなかに、
こころ細げにとまつた小鳥。

部屋(へや)に入つてともし火をつくれば
おどろかされてわたしの方へ見向いた小鳥。

ぢつとわたしを見つめてゐたが
またもすぐ眠らうとうつらうつら、
もう鳴かぬ籠の小鳥。

小鳥はねむたさにうつらうつら、
その鳴かぬ鳥の心を訪(たづ)ねんと
籠のなかをのぞ

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加藤介春著『獄中哀歌』「赤き日」花の亡霊

いづくよりきたりしか知らねども
ふとうかびいでし赤き花の亡霊が
私のまへをふわりふわり往来(ゆきき)す。

わたしの心を追ひきたりて
なよなよともたれ掛る、
その花の亡霊は何のかたちも無し。

くらき影より影へつたはるそよ風が
路をうしなひて辺(あた)りへまぎれゆけば
赤き花の亡霊は身をふるはす。

赤きダリヤは夢のなかに織りこまれ、
かがやける透影を外へ洩らす、
日はねぶたげなる光を広々と敷く。

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