題名を「人生四百五十年の思い出話」とした理由(その3)
そこから数ヶ月間ですが、“雨蛙”としての人生が始まりました。
が、ここでも問題が起きました。そもそも“破壊僧”とは言っても、最初は真面目な僧侶でしたので、死ぬまで基本的に1汁1菜で過ごしてきました。それなので、生きている物を食べるなんて以ての外! という概念があります。
ところが“蛙”という生き物は、基本的に“生き餌”しか食べられないのです。そうなると、ただでさえ生き物を食べるのに抵抗があるのに、生きるためには食べるしかありません。それも、“雨蛙”なので、人間であれば食べることのない小さな虫です。これに慣れるのに、かなりの時間を要し、自殺することも考えましたが、“雨蛙”が自殺することは無いのに気付き、なんと馬鹿なことを考えているのかと呆れた次第です。
そんな状態で“雨蛙”の生活を始めたのですが、あるとき、目の前に蛇が現われました。よく“蛇に睨まれた蛙”といいますが、本当にその通りで、蛇を前にしたとき、動けなくなったのです。正確には「動いたら食いつかれる!」と思うから動けないのですが、そのとき考えていたのは、蛇が大きく口を広げ襲い掛かって来たときに、如何にしてかわすか!でした。
でも、良く考えれば可笑しなことで、自殺を考えていたのだから蛇に食べられてしまえばよかったのです。けれどいざとなったら死ぬのが怖くなり、必死に生き延びることを考えていました。が、世の中はそう甘くはありませんでした。
あっけなく蛇に飲み込まれてしまったのです。
これで“一巻の終わり”と思ったのですが、そうは問屋が卸さなかったのです。
蛇に飲み込まれたにも関わらず、蛇の腹の中でも消化されないまま、蛇と同化していったのです。そして蛇の生態を体験するようになったのですが、蛇の目を通して見る世界は、蛙の目から見る世界とは違っていました。そして知らなかったことも、たくさん知るようになりました。
例えば蛇が鳥の卵を飲んだときは、木の上から落ち、その衝撃で卵を割り、殻を吐き出すというようなことです。そのように蛇と同化していたのですが、蛇としては消化できない蛙は要らない! ということになったのでしょう。いきなり吐き出されて外界にでました。
「これで、やっと自由になれる!」と思った矢先に、今度は牛に踏まれて“ぺったんこ”になり、ついに“雨蛙”での生涯を閉じたのです。
首を切られて死ぬときは一切の痛みを感じなかったのに、牛に踏まれた痛みは想像以上に凄かった。もうあんな痛みは味わいたくないと思いつつ、次に目を開けたときには現在の体に転生していたのです。
人は死んだ後、まず霊界に行きその後あの世に行ってからこの世に生まれるのが常ですが、私の場合霊界にもあの世にも行かず転生してしまったのです。
その“破壊僧”であったときから現在までの時間が、おおよそ450年なので、題名を「人生四百五十年の思い出話」とした次第です。悪しからず。
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