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『第10弾』は、永野健二著の「バブル 日本迷走の原点」を紹介します。

昨今、急速な円安が私たちの生活に影響を及ぼしています。
原油や食料の大半を輸入する我が国にとっては、国民生活に多大な影響を与えることは必至。
今の円の価値はプラザ合意直後の価値に戻りつつあると言えます。日本の円の価値は30年前に戻ってしまったという声も聴きます。(国力も?)
そんな時代はどういった時代だったのかを考察してみたいと思います。

日本はプラザ合意後ほどなくしてバブルが崩壊して、失われた20年、いや30年と言われるデフレ時代に陥りました。
私は、いわゆるロスジェネ(ロストジェネレーション)世代と言われ、この時代の産物である就職氷河期を経験しました。
物心ついた時から思っていたことは、なぜ日本はこのような不景気が続くおかしな世の中になってしまったのか?

なぜという原点を探ると、この著作の題名に行きつきました。
バブル崩壊を究明しないで、今の日本迷走を理解することは不可能と言えるでしょう。

筆者は、長い記者体験のもと時系列にそのバブルの根源となったところから話を進めます。
要点は、以下、

①   プラザ合意以降の円高過程で、日本経済の先行きを懸念して過度に金融緩和をし、不動産投資に向かわせてしまった。
(バブル始まり)1986年1月~87年2月
②大蔵省が不動産の総量規制を通達し、急激なブレーキとなってしまった。(バブル崩壊)1990年3月
③ 宮沢喜一首相が公的資金投入を言及するものの実現せず。
(初動対応の失敗)1992年8月

筆者は、宮沢首相の公的資金投入があのタイミングでされていれば、日本はまだバブル崩壊の止血ができたと振り返る。事実、そこから株価はさらに下がり、不良債権は、雪だるまのごとく膨れ上がり、向こう20年不良債権処理に苦しむことになる。

しかし、できなかったそれを阻害したのは銀行と官僚、政官民の鉄の三角形の成れの果てだったと締めくくる。

丹念な取材で、その時の日本の状況がよく分かる、まさに題目の通り日本迷走の原点といえる。

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