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リタイアで誰もが悩むであろうスーツの断捨離

サラリーマンを卒業してもう10年近くなる。
会社勤めの後半はスーツの要らない職場環境だった。前半は必須。その前半戦で購入し着用していたスーツがまだ残っている。
後半戦では99%必要なシーンもなく、体型もぽっちゃりになっていたので袖を通す機会も無かった。
ところがこの3年ほどまたスーツを着用する必要が出ていた。着てみると、体型が幾分スリムになったため問題なく着れる。むしろ肩のあたりや腹回りは余裕がありすぎる見た目にもなっている。
ただ、春からスーツの必要性もひと段落する。年齢のことも考えるともう必要ないかなあ。着ないとならないシーンでも、ジャケットでほとんど容認されるであろう。もちろん礼服は別。

着る必要がなくなるものでいつまでも洋服ダンスの場所を占めているのは何か煩わしい。とはいえ、しっかりと選んで購入したものであり、思い出の汗も染み込んだであろう、辛い面倒な仕事では鎧になってくれたであろうスーツなので愛着がある。

そもそもスーツやネクタイというのは、昭和のサラリーマンにとっては自分のアイデンティティを表現する大切なものだと思う。中身である人間にマッチさせ、個人の特徴も見た目で伝えることができる。ネクタイのデザインどころか結び方にも気を許せない。許してはいけない。汚れたスーツやヨレヨレのスーツはもってのほか。まさに戦国武将の鎧のようなものだから別れの時は感慨深いはずで、その踏ん切りがなかなかできないのだ。
でも、その時期は間も無くだと自分に言い聞かせている。

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