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健生塾で養生訓

  健生病院健診科でのこと。
 診察を終えた団塊レディたちは身支度をしながら遠慮がちに尋ねることがある。
「あの~先生、チョットお聞きしてもよろしいですか」
「もちろん。どうしました」と相談に乗る。
 大概は2~3分の遣り取りで納得して下さる。そして笑顔と感謝の言葉で診察室を出ていく。
「これで安心できました」
 爺医も笑顔で送り出すが、ほぼいつも質問の内容は同じだ。
 東日本大震災後の医療支援で仮設住宅を回った時のことを思い出す。
 
 被災地で活動するボランティアの方々は、一般に年齢より若く見られがちだと思う。診療のかたわら、毎月3回くらい医療相談のため、南三陸町内外の仮設住宅を回っていたが、そのスケジュール調整や会場設営などは牧師さんたちのお世話になっていた。クリスチャンでもない爺医を支援する彼らには、深い宗教心とともに「青春」をも感じてしまう。
 南三陸町の入谷婦人会が中心となって、心身の健康について勉強し合う「入谷塾」を開催した。開塾記念の「死ぬまでどう暮らすか」以来、これまでの五回とも大盛況で、それを支える幹事のご苦労には頭が下がる。回を重ねるごとに、塾長である筆者がタジタジとなる突っ込みも出て、団塊世代の入谷レディースのパワーには「青春」の存在を確信させられる。

 我々の体は、ひとつの受精卵から約37兆個の細胞に分化した多細胞生命体である。そして新陳代謝により動的平衡を続けている。
受精卵は三十七兆個に分化して動的平衡で生命つぐらし(医師脳)
 西洋の諺に、こんなのがある。
「You are what you ate.」
生きるとは動的平衡。食べ物で明日の我が身を再構築せむ
 パスカルは言う。
「人間は考える葦である」
 福岡伸一教授は曰く。
「人間は考える管である」

 雨の一日、進化医学に関する長編文庫(上・下)を読み切った。
『人体六〇〇万年史─科学が明かす進化・健康・疾病』ダニエル・E・リーバーマン(著)。
人類の進化といふも一概に進歩とはならず退歩もあり得
 人類の祖先は600万年前に直立二足歩行を始め、20万年前に現生人類となった。
 その狩猟採集生活に適応すべく自然選択の作用を受け続けた人類は、1万年前に始まった農業や250年前の産業革命に適応できず、それ以来「ミスマッチ病」に悩まされ続けてきたという。
長寿の世、不健康余命の延伸か
爺医)
 進化医学的に見て、私たちの身体は過食や運動不足に適してはいない。だからと言って、今さら狩猟採集生活に戻るわけにもいかぬ。
 しからばどうする? 
『健康寿命をのばすための10の方法』―国立医療研究センターなど6機関の提言。10項目(喫煙、飲酒、食事、体格、身体活動、心理社会的要因、感染症、健診・検診の受診と口腔ケア、成育歴・育児歴、健康の社会的決定要因)について、エビデンスにもとづき具体的だ。

 何も自分の健康のためだけにするのではない。自分の子どもや孫、更に言えば未来の健康な青森県人のために頑張ろうではないか。

「良く効く」とふコマーシャルこそあやしけれ 耳に唾つけ聞くべかりけり
「軽薄な人は運勢を信じ、思慮深い人は因果関係を……」と、アメリカ合衆国の(思想家・哲学者)であるRWエマーソンは言う。
 しかし〈因果関係〉なるものは、これまたなかなか難しい。
「風吹きゃ桶屋が儲かる」は極端としても、似たような笑い話は後を絶たない。
 〈飲むコラーゲン〉のナゾ?
「老化で皮下のコラーゲンが減少して、シワや弛みが増える」とは言える。が、しかし「飲んだコラーゲンが分解されず顔の皮下だけに貯まる」ワケはない。
「膝の痛みがとれ、歩けるようになった」というコマーシャルもチョット気になる。「飲んだサプリメントの成分が、都合よく膝関節に貯まる」と強弁したいのか。
 理科の授業で習ったはずなのに、こんな子供だましが新聞やテレビコマーシャルに載るのも不思議だ。

「健やかに生きる」
 素晴らしい病院名〈健生〉にちなみ、団塊世代の婆さんらを相手に、爺医は今日も〈健生塾〉で養生訓を垂れる。

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