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4 お布施の目安を歓迎した消費者/イオンとアマゾンをめぐるお布施論争③

 全日仏では理事会などで、このイオンによるお布施の目安のホームページ掲載について「営利企業が、目安と言いながらも、布施の料金体系化をはかっていいのか」といった意見が出ていた。そこでさらに加盟各宗派から意見を集約した上で、ホームページ上からお布施の「目安」の削除を求める意見書をイオンに提出したのである。 

 全日本仏教会の戸松義晴事務総長(当時)によると、

「布施をどう考えていいか分からないという声があるのは承知している」としながらも、「布施は言われて出すものではなく、出す人が額などを決めるもので極めて宗教的な行為。価格を決めて商品のように扱うのはいかがなものか」(産経新聞二十二年七月二日)

ということである。

  それに対するイオン側の主張は、次のようなものだった。

 「『布施の価格が分からずに困った』『寺に聞いても、はっきりと教えてくれない』といった声が多くあり、それに応えることにした」「疑問と不安のない明瞭な価格を提示するのは当社の理念。八宗派、全国約六〇〇の寺院の協力も得られることになっている」

というものだった。

  ちなみに、この時のイオンの主張には虚偽の内容があった。それは、「8宗派、全国約600の寺院の協力も得られることになっている」というものであるが、その後、協力を約束した宗派が皆無であることが判明し、イオンはこの主張を撤回している。 

 イオンと全日仏の対立は、新聞報道でも大きく取り上げられ、特に産経新聞は、この問題を詳しく解説した。

  産経新聞の記事は、大きな反響を呼び、読者から約六百件の意見が寄せられたという。この記事を書いた赤堀正卓・副編集長(当時)は、「新聞記者になって二十年近くになるが、こんなに大きいな反響があったのは初めて。正直、びっくりしている」と語っているほどだ。

  つまり日本人の多くが、お布施というものに対して「言いたいこと」があったということである。  そして産経新聞に寄せられた意見の内容だが、お布施の目安の提示に「是」とする意見は、全体の約八十五パーセントだった。

  産経新聞(二十二年七月十五日付)によると、

  その多くは「自分が葬儀を出した時に困った経験がある」という体験談からきたものだった。   「『気持ちの問題』といっても目安がないと、どう考えていいか分からない」(無職女性)という趣旨の声は100件以上寄せられた。ほかに「僧侶から『お気持ちで』といわれて布施を渡したら、『これでは少ない』といわれて返された」(会社員男性=同様12件)▽「昔のように檀家(だんか)が寺との代々のかかわりの中で布施を決めることができる時代ではない」(匿名=同様8件)-といった意見があった。
  自分で葬儀費用を用意しているという高齢者からは、「布施がいくらか分からないと、葬儀費用を用意する際に困る」(無職女性=同様2件)などの現実的な悩みも寄せられた。  「自分の寺では、きっちり価格を示してくれるのでありがたい」(男性会社員=同様8件)といった情報もあった。 

とある。

  一方、イオンが行ったお布施の目安の提示について「否」の意見は、約十一パーセントである。  同新聞によると、 

 理由の主な一つに、イオンが提示した価格の妥当性をめぐる意見があった。
  「金額を明示することで、低所得者にとっては過大な負担を強いることになるのでは」(無職女性=同様4件)▽「何でもかんでも消費者のニーズといって価格破壊をおこせばいいとは思わない」(匿名)という考えもあった。
 「金額に幅を持たせた目安を示したほうがありがたい」(女性=同様4件)といった意見も寄せられた。 
 「布施を出すことは宗教行為である」との立場から、反対する意見も多くあった。価格目安の提示に戸惑う全日本仏教会と同様の意見だ。
  具体的には「人の心に対する値段を明瞭(めいりよう)化する必要があるのか」(男性=同様4件)▽「寺に出入りするのは消費者ではなくて信者、信徒。そこに定価はない」(女性)▽「先祖供養をきっちりとしていれば、おのずと布施の金額は分かるはず」(男性=同様2件)といった意見もあった。 

 ということである。

  世論としては、イオンを支持する意見が圧倒的に多い。全日仏の主張は、教義的には正しいことを言っているのであろうが、多くの人々は、それを心情的に受け入れられないということである。

  ただ、全日仏は、その後もイオンとの話し合いを続けるとともに、このお布施について、社会とどう共通認識をつくっていくかについて動き始める。 

 そのひとつが、この年の九月十三日に行ったシンポジウム「葬儀は誰の為に行うのか?〜お布施をめぐる問題を考える〜」である。このシンポジウムを通して、お布施はどうあるべきかについて、仏教界の考え方を社会にアピールしようとしたのである。

  ところが、このシンポジウムの直前の九月十日、事態は突然、終息を迎える。イオンが、ホームページから「お布施の目安」を削除したのである。 

 この措置についてイオンは、「意見書を受け入れたというものではない」と説明しているが、全日仏は「意見書の内容に応えてもらったと理解している」と高い評価をした。

  世論はイオンを支持したが、イオンは仏教界の意見に理解を示し、事実上、譲歩したということである。全日仏としては、力ずくで黙らせたわけでなく、きちんと話し合いを続けて来た中で理解してもらったわけで、その意味では大きな成果だったと言える。(続く)

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