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6 アマゾンでお坊さんを呼べる時代/イオンとアマゾンをめぐるお布施論争⑤

 仏教界がイオンと対立した五年後、今度は、仏教界とインターネット通販サイトのアマゾン・ジャパンとの間で騒動が起きている。

 平成二十七年十二月八日、アマゾンに、法事(年回法要)を行う僧侶を手配できるという「お坊さん便」というサービスが出品された。最初はアマゾンとお坊さんという組み合わせが新奇なこともあって、ネットニュースで取り上げられ、SNSなどで話題になっていたという程度であった。

 ところが同じ月の二十四日に、全日本仏教会(全日仏)が理事長談話としてこのサービスを批判する声明を出すと、新聞各紙が一斉に報道するようになる。

 各紙の記事の見出しは次のようなものだ。

「僧侶:ネットで派遣注文、波紋『アマゾン出品』きっかけ 仏教界『宗教を商品化』」(毎日新聞)、
「アマゾンに僧侶手配『お坊さん便』 仏教会反発、掲載中止要請へ」(朝日新聞)
「お坊さん便、波紋呼ぶ、仏教界、『商品化』懸念 利用者『供養、大差ない』」(朝日新聞)
「アマゾン 法事通販“お坊さん便” 仏教会『宗教行為を商品化』 批判談話発表」(読売新聞)
「アマゾンの『僧侶派遣』、仏教会が批判『宗教行為を商品にしている』」(産経新聞)

 ちょっと注意しなければならないのは、「アマゾンのお坊さん便」という報道がなされているが、実際に「お坊さん便」を運営しているのは「株式会社よりそう」という会社である(当時の社名は「株式会社みんれび」)。形態としては、アマゾンのショッピングモールに「よりそう」が「お坊さん便」という商品を出店したというかたちになる。「よりそう」の主な業務は、インターネットによる葬儀社紹介で、その一環として僧侶派遣業務も行っているということだ。ちなみに「よりそう」はそれまでも、僧侶派遣の業務をしていたが、アマゾンに出店したのをきっかけに「お坊さん便」という名称をつけ、知名度が飛躍的に高まった。

 実はこの「お坊さん便」が発表された翌日、偶然私は、全日仏の理事をしているある僧侶といっしょに、葬式仏教をテーマにしたシンポジウムにパネリストとして出席していた。シンポジウムではこの話題に触れることは無かったが、終了後喫茶店で反省会をしていた時に、その理事の携帯電話に何度も電話がかかってきて、「お坊さん便」ついて話をしていた。全日仏が、どのような対応をすべきなのかを事務局と相談していたのである。

 そして電話が終わってその理事が私にこう問いかけた。

「お坊さん便にどう対応するのか全日仏で協議しているのだけど、薄井さん、どう思う?」

 私はアマゾン側より仏教側にこそ問題があると思っているが、この時は組織としての危機管理の立場から、抗議などしないほうがいいのではないか、と伝えた。以前、イオンと対立した時に抗議が裏目に出て逆に全日仏への批判が高まったことを挙げ、アマゾンに抗議するのはいいけど、結局前と同じように社会的反発を招くのではないかと。

 ところがその理事は、次のような言葉を返してきた。

「確かにその通りなんだけど、このままじゃ仏教界は変われない。あえて社会に対して問いかけて、仏教界全体で考えるきっかけにできればと思っている」

 ちょっと予想外の返答だったので、戸惑ったことを覚えている。そして私は、この発言が本当なら、今後の仏教界も期待できるかも、とも感じた。

 全日仏が、アマゾンに対する批判的な理事長談話を発表したのは、この約半月後のことである。

 そして案の定、この理事長談話をきっかけに、様々なかたち仏教界への批判があふれ出す。いち早く反応したのは、インターネットである。「お坊さん便」が出品された当初から、インターネットでは、賛成派と反対派が意見を戦わせていた。特にアマゾンの商品ページのカスタマーレビュー欄は、賛否両方の意見が多く掲載されている。ところがヤフーニュースで「お坊さん便」が報道された時はコメント欄のほとんどが仏教界批判で埋め尽くされた。当然ウェブ上だけでなく電話でも、全日仏にはかなりの数の抗議が寄せられている。

 その後もメディアが繰り返し報道する中で、翌年三月四日には、全日仏はアマゾン・ジャパンに対して「『アマゾンのお坊さん便 僧侶手配サービス』について(販売中止のお願い)」と題する正式文書を送付する。この文書、「販売中止のお願い」と副題をつけてあるが、実際の内容は抗議文である。

「私どもは、先ずもって、このように僧侶の宗教行為を定額の商品として販売することに大いなる疑問を感じるものであります。およそ世界の宗教事情に鑑みても、宗教行為を商品として販売することを許している国はないのではないでしょうか(中略)上記のことをご配慮いただき、『アマゾンのお坊さん便 僧侶手配サービス』の販売を中止されるよう、お願いするものであります」(抜粋)

 つまり、「僧侶の派遣を行うことはけしからん、即刻止めろ」ということである。

 ところが、アマゾン・ジャパンは、この文書に対して反論をするどころか、何の反応もしなかった。つまり「無視」をしたのである。全日仏としても、文書を送付する以上、何らかの反応を期待していたわけであるが、アマゾンの対応には肩すかしを食ったかたちとなったのである。

 もちろん全日仏も、ただアマゾン・ジャパンに対して抗議しただけでなく、社会の批判を重く受け止め、信頼回復に向けての第一歩を踏み始めようとしていた。

 例えばアマゾンに送付した文書には「悩み苦しんでいる方々に本当に寄り添えているのか、僧侶としてのあり方を足下から見つめ直し、信頼と安心を回復していかなければなりません」という一文も添えられている。またアマゾンに文書を送付する際のプレスリリースには「同理事会では伝統仏教界が広く社会の期待に応えていく態勢を作るため『法務執行相談に関する協議会(仮称)』を設置することになりました」とあり、葬儀や法事などの儀式のあり方について、協議していくことが発表されている。

 私に「これを仏教界全体で考えるきっかけに」と話した理事の考えたことが、実現に近づいたということである。そして二十八年九月十六日に第一回の協議会(正式名称は「法務執行に関する協議会」に決定)が開催され、議論を始めたのである。

 ところが、この協議会、待てど暮らせど、その成果が見えてこない。二十九年一月に中間報告が出たものの、そこには、これまでの経過と問題の原因・背景の分析が書かれているだけである。

 聞こえてくるのは、「実は今の執行部はこの問題に積極的でない」とか、「協議会自体が何を目指しているのかわからない」などの噂である。また、うやむやのうちに、自然消滅してしまっているのではないだろうか。

 さらに、この騒動が起きて4年後の令和元年10月、「よりそう」は突然、「お坊さん便」をアマゾンから撤退させることを発表する。

 「よりそう」が発表したリリースを見ると、3点の変更点が書かれている。

①大手ECサイトでの(お坊さん便の)取扱を二〇一九年一〇月二四日に終了する。
②お礼や供養への気持ちを表現できる新たな決済方法「おきもち後払い」を導入する。
③利用者が提携僧侶の檀信徒・門徒となりグリーフケアにつながるご縁を結ぶことを歓迎する。

 さらには「全日仏、その他仏教関連団体、提携僧侶等と意見交換の末、この結論に至った」ことが記されていた。

 多くのメディアが注目したのが、このリリースの①だ。つまり「お坊さん便」のアマゾンからの撤退ということである。

 4年前、全日仏がアマゾン・ジャパンに送付した抗議文で、特に強調されたのが「僧侶の宗教行為を定額の商品として販売すること」だった。

 今回の「よりそう」の対応は、こうした反発に対して、一定の配慮を示したように見える。

 確か「よりそう」は、にアマゾンから「お坊さん便」を撤退させたが、自社サイトでは相変わらず商品として販売されている。そもそも「お坊さん便」は、アマゾン経由での成約は少なく、自社サイトでの成約、しかも「お坊さん便」単体でなく、葬儀社の紹介を求めてきた顧客に対してオプション扱いで販売したものが圧倒的だったと言われている。その意味では、「アマゾンから撤退」しても実態はあまり変わらないと言うことだ。むしろ、不採算ビジネスをひとつ整理したと言えなくも無い。

 それでも「よりそう」の歩み寄りは、仏教界、とりわけ全日仏の顔を大いに立てたことになる。全日仏もこれに歓迎の意向を示したと報道されている。

 この機会に「よりそう」は、大量にプレスリリースをメディアに送付し、大手新聞社の多くがこれを取り上げた。あたかも「よりそう」が仏教界のことを配慮し、全日仏と相談しながら事業を進めているかのごとくの報道である。

 しかし実態は大きく変わったわけではない。「お坊さん便」は相変わらず存在しているし、そこではお布施が定額で表示されている。

 私の目には、全日仏は「よりそう」のメディア戦略に利用されたようにしか見えない。

 そして今回の出来事を機に、僧侶紹介ビジネスが加速していくのは間違いない。「全日仏も歓迎の意向」を示したと報道されているのだから。(続く)


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