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事業家集団環境だからできた性善説に基づく経営


人生は勝ち負け?

人生は勝ち負け。
私はずっとそう思って生きてきました。
スポーツも会社でもそうだったからです。

ただ事業家集団環境に入って、「共に勝つ」という価値観に出会ったことは衝撃でした。
自分が豊かさを求め勝利を目指す時に、誰かを蹴落とす訳ではない。
共に豊かになっていくことができる仕組みがあることは本当に驚きでした。
それでも、正直なところ、事業家集団環境で学んで実際に稼げるようになるまでは、半信半疑の自分もいました。

サッカーも勝ち負け

事業家集団環境にはない勝ち負けの世界の一つサッカーのイメージ

私は、小学校からずっとサッカーに打ち込んでいました。
特に高校時代はサッカーで全国大会を目指し、朝から晩まで寝ても覚めても目一杯練習に打ち込みました。
一意専心、一所懸命という言葉がまさに当てはまるし、鬼滅の刃的にいうと全集中でサッカーに明け暮れた毎日でした。

チームメイトにはめちゃくちゃ感謝しているし、ライバルチームに勝つために力を合わせた唯一無二の仲間です。
ただ、100人を超える大所帯の部活だったので、その中でピッチに立てるのは11人のみ。
2年生でベンチ入りを勝ち取りましたが、最高学年になり、焦る気持ちもあって足首を怪我して一時戦列を離れることを余儀なくされたこともありました。
最後の最後でレギュラーを勝ち取れましたが、本当に仲間と呼べる存在の部活のメンバーとは、レギュラーか選に漏れるかの勝ち負けでした。

会社員も勝ち負け

事業家集団環境とは違う勝ち負けの上に成り立つ会社員の出世のイメージ

社会にでて、会社員となっても、結局は勝ち負けの世界です。
同期の存在はとても大きかったし、心強かった。いろんな場面で支えてもらいました。
ただ、出世に関してはライバルであることは間違いありませんでした。
課長、部長、事業部長、専務、常務、取締役、ポストが上がれば上がるほど、その席は少なくなります。
出世する人、しない人。ポスト争いに勝つ人がいると、それは負けている人がいるということを意味するのです。
未熟な見方かもしれないが、出世したとしても、誰かの負けの上になりたつ勝利のように私には思えてしまいました。

事業家集団環境は勝ち負けのない再現性のある経営

事業家集団環境で勝ち負けのない再現性のある経営で達成したビジネスオーナーたちのイメージ

経営の世界も勝ち負けで、企業間で熾烈な戦いがあることはもちろん認識しています。
GAPが収入を生むからです。
世界最小、世界最速、特許取得など、ライバルとギャップをつくることが、企業の発展成長と繋がり、収入を生み出す源泉となるのです。
当然、うまくいっている成功のレシピを教えるなんてことは、企業の差別化を奪うものとなるため、隠すこと、秘密にすることが当たり前だと思っていました。

事業家集団環境に入ってびっくりしたことは、収入を生み出す形態が全然違うということでした。

ギャップを埋めることが収入に繋がる。
自分と同じことが出来る人を増やすこと、経験を分かち合い、惜しみなくシェアしてアシストして、仲間の達成のアシストをすることが、事業家集団環境では収入に繋がります。
教えることに惜しみがない、成功のレシピをカンニングOKなところが本当に衝撃でした。

逆に、周りの人たちが丁寧に教えてくれる姿勢に、素直ではなかった私は、猜疑心を持ってしまったくらいです。
ここまで優しくしてくれるのはなぜなのか?
こうやって取り込もうとしてるのか?
など、師匠の善意からくる行動を、真っ直ぐ受け取れなかったのは、人生は勝ち負けだと思っていたからです。

今までの人生の癖のまま、事業家集団環境を捉えると、自分の中の常識のレンズを通して、間違った認識をしてしまうこともありうると思います。

性善説に基づく経営。
「競争」ではなく「共創」
「競走」ではなく「共走」

ここが理解できると、なぜ事業家集団環境がうまくいっているのかが分かると思います。

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