父はもう、和田アキコにはならない。
「何その髪型!和田アキコやん!」
父はここ数年、いや10年ほど、美容室から帰ってくると和田アキコになって帰ってくる。
父は控えめに言ってもイケメンだ。
ゴルフで色がいつも黒く焼けていて、
おしゃれと香水と柔軟剤が好きで、世間で言われるおっさん臭、おっさんくさいなどと、思った事もない。
「いつもええ匂いしてるやんけ。」
それがうちの父。
顔はジョン・トラボルタに似ている。
そんな私は父に顔がそっくりで、海外に行くとインドネシア語で話しかけられたり、よくわからない言語で話しかけたり、どこかのミックスか?と言われたりする。完全にトラボルタ・二世。
父・トラボルタのジュニアである。
そんなトラボルタ父はいつも、美容室から帰ってくると和製のドン。
あの鐘を鳴らす、和田アキコになって帰ってくる。
私「パパ、はっきり言って、あの美容師さん(一応オーナー)ヘタクソやでカット。いつも和田アキコになって帰ってくるやん!」と腹を抱えて笑い、
パッツンときり揃えられた前髪を、「どうにかならんかコレ」と、ワシワシかき分けたりしていた。
トラボルタに和製の髪型、コケシのようなパッツンとした前髪、綺麗に耳上で切りそろえられた、
後頭部が少しガタガタめの、和田アキコヘアーが似合うわけがないのである。
あれは和田アキコだけに許された髪型。
日本でもアキコ・ワダにだけ、許されし髪型である。
アキコ・トラボルタは言う。
「いや、わかってんねん。あそこの美容院いつもガラガラやしさ…でも美容師さんええ人やねやん。俺、仲良いし、ご飯行った事もあるし、俺が行かんようになったら、『きてくれへんようになったな。なんでやろな。』って思うやろ?そんなん、いややん。伸びてきたら和田アキコじゃなくなるからええねん。」と言い張る父。
「パパは本間に、優しいなぁ。」
私と私の親友は、アキコ・ワダになった父に声を揃え、呆れた顔でいつも言うのであった。
私はそんな父の優しさが好きだけれど、
アキコ・トラボルタには正直納得がいっていなかった。
美容院から帰ってくるたび、「ド下手にも程があるやろ、あの美容師さん。あれはアキコ・ワダにだけ、許されし髪型やろ。完全にあの鐘をならす髪型やろ。」と思っていたのだった。
几帳面な父は1〜2ヶ月に一度、美容院に通い、髪型を和田アキコにしていた。
ちなみに、どうオーダーしようと、
最終形態・アキコになって帰ってくる。
父はもう諦めて、
和田として生きている様だった。
父は髪が伸びるのが早いので、一ヶ月〜一ヶ月半を過ぎると少し、ジョンの名を取り戻す。
ある日、そんなアキコ・トラボルタ・父に久しぶりに会うと、珍しく少し長めのイケメンヘアー
チョット・ジョン・トラボルタになっていた。
「どしたん?パパ?アキコちゃうやん珍しく、髪なんか伸ばして。いやむしろ、ごっつええ感じやん。アキコ失ってる。」というと、トラボルタ父はこう言った。
「びっくりすんで。そろそろ、美容院行こうと思ってたら、昨日の夜中にいきなりLINEがきて、
『美容師やめま〜す!』やて。」
私「え?急に??」
トラボルタ父「うん、しかもさ、『もうあの美容室は僕とは関係ないんで。さようなら』とか言うねん。引継ぎもなしやで。」
トラボルタ・二世・私
「え?!下の子に引継ぎもないの!?」
トラボルタ父「うん、『もうあの店、僕と関係ないんで!』やて。ずっと通ってたのに、昨日急にやで、髪の毛これからどうしよう。」
温厚な茹で卵のようにトラボルタエッグとして育てられた、トラボルタ二世、ジュニアの私も、この時ばかりは少しカチンときた。
あれだけ、いつもアキコ・ワダにされながらも、文句も言わず、仲良しやしな。と通い、和田としてあの鐘を鳴らす勢いで数年生きてきた父。
そんな優しいアキコ・トラボルタに
『美容師今日でやめまぁ〜す!』ときたもんだ。
オーナーだったにも関わらず、下の子に担当を振ったりもしないで
『美容師やめまぁ〜す!ほな、さいなら。』である。
一人のええ歳のおっさん(失礼。父より年上)、美容院のオーナーだった人間、何十年もハサミひとつで、曲がりなりにも(ド下手であろうと)やってきたんやろう!!!と。
あの鐘で一髪殴ってやりたくもなるもんである。
あの鐘を鳴らすのは私である。
「よかったやん!もう和田アキコにならんですむやん。」私は怒り半分で笑いながらそう言った。
後日、久しぶりに会うと、自分で髪を切ってきた父。
『ザ!ザンギリヘアー』のザンネンナ・トラボルタになっていたので、直ちに止めさせた次第である。
それからと言うもの、似合いそうな色(外人風のアッシュ系)に染め、「嗚呼でもない、こうでもない。」と言いながら試行錯誤し、
私が毎月ヘアーカットする事にした。
令和初旬、トラボルタがジョンの名を取り戻した瞬間である。
父はもう、和田アキコにはならない。
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