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スギ大径化問題に挑む山三ツリーファーム

今春、遠藤日雄・鹿児島大学教授のもとに数枚の写真が送られてきた。送り主は、山三ツリーファーム(宮崎県美郷町)の黒田仁志代表。宮崎県の耳川流域に、約800haの森林を所有している森林経営者だ。そのうちの1枚が写真1。読者はチェーンソーマンの体格から勘案してこの立木は何年生と思うだろうか。ヒント1、胸高直径は約50㎝である。ヒント2は写真2。芯の部分の年輪幅がバームクーヘン状に粗い。黒田代表が遠藤教授にこの写真を送った真意は何か。それを知るために、遠藤教授は宮崎へ赴いた。2人の対談を通じて、スギ林業が抱える深刻な問題が浮き彫りになる。

丸太価格が7600円/m3に暴落、泣き面に蜂

山三ツリーファーム(黒田家)の出自を辿ると、明治初期の農地地主に行き当たる。明治以降、黒田家は山林を集積し、主として薪炭材の生産をしていた。その薪炭材伐採跡地へ造林をしていたが、戦後になって本格的な拡大造林が始まった。黒田代表は東京農業大学林学科を卒業して平成2年に帰郷、家業を継いだが、主力の弁甲材(船用材)需要がストップ。森林経営を継いですぐに試練が待ち受けていた。しかし今回の不況は、当時とは比較にならないという。

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写真1

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写真2

遠藤教授
昨年11月頃から丸太価格が下がる一方だ。南九州の森林組合共販事業の今年5月の平均丸太価格は7600円/m3、柱取り丸太でも9000円/m3を割っている。

黒田代表
山三ツリーファームの森林面積の77%が人工林(8割がスギ)、その大部分が低利の融資造林だ。現在、資金償還時期を迎えている。低迷している丸太価格に追い打ちをかけるような今回の価格暴落は、まさに泣き面に蜂だ。

遠藤
山三ツリーファームの年間素材生産量はどのくらいか。

黒田
2500m3前後だ。間伐が半分強を占める。残りが主伐で、面積にして年2ha前後。丸太は耳川流域の製材工場を中心に、一部熊本県の製材工場にも販売している。

遠藤
平成18年に経営林全体でSGEC(『緑の循環』認証会議)の森林認証を取得したと聞いているが。

黒田
丸太の流通過程で「差別化」を図ろうと取得した。現在、数社から引き合いが来ている。SGECの活用を進めている新産住拓(株)(熊本市)へも販売している。

太り続けるスギ、しかし用途がなく値段も下がる

遠藤
送っていただいた写真の話に移りたい。宮崎県南の飫肥地域は弁甲材の産地だっただけに、スギ人工林は1000〜1500本/haの疎植が多かった。この写真のスギもそうか。

黒田
いや。通常の2500〜3000本/ha植栽だ。この立木の林齢は45年生。写真は皆伐の風景だ。

遠藤
これは珍しいケースではないのか。

黒田
そんなことはない。別の例だが、以前に主伐したスギ45年生の場合、2haで1400m3の出材量があった。いかに大径材が多いかがおわかりいただけると思う。

遠藤
驚いた。ha当たり700m3! 丸太だから立木材積はもっとあったことになる。

黒田
間伐後の残存木(スギ)で40年生以上だったら、ヒトの手を回しても両手が届かないほどの太さだ。丸太の元口が50㎝を超えたら製材できない。もう1つ気がかりなのは、50〜60年生の残存木になるとウラ(梢)が枯れ始めていることだ。原因は不明だが。

遠藤
スギ大径材の出材量は年々増加する一方だが、用途が定まっていない。それだけに間伐を繰り返して長伐期経営にもっていっても丸太価格が上がる保証はない。興味深いデータをお見せしよう。まず図1だが、末口径が太くなるにつれて丸太価格は下がっている。では昔からこうだったのかというとそうではない。図2をご覧いただきたい。この頃(昭和61年頃)は太くなれば丸太価格は上がっていた。ではいつ頃から図2のパターンが崩れて図1に移行したのか。データを分析したら1990年代初頭だということがわかった。

黒田
その理由は?

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図1宮崎県森連日南共販所の径級別スギ丸太(3m)
価格資料:宮崎県森連共販速報。注:2008年1月28日共販(第666回)

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図2宮崎県森連日南共販所の径級別スギ丸太(3m)
価格資料:宮崎県森連共販速報。注:1986年4月12日共販(第154回)

遠藤
仮説の域を出ないが、真壁工法から大壁工法へ移行し、大径材(当時は良質材)の需要が縮小したためではないか。1980年代末頃まで割柱製材用の秋田スギ(尺上材)が九州に移入していた。それだけ良質大径材の需要があった。いずれにしてもこの大径材丸太問題を解決しないと日本の林業に展望はない。南九州という局地的な問題にとどまらず、やがて関東や東北のスギ人工林にも波及していくことが必至だからだ。

黒田
戦後の日本の林業には、1980年代に入って顕在化した間伐・小径材問題があった。その後、中目問題へ移行したが、現在は大径材問題が徐々に深刻化している。林材業界一体となってこの難問を解決したい。

下刈り省いて育林コスト縮減、柱取り林業から転換

遠藤
先の皆伐の話に戻るが、南九州では皆伐が多い。しかし、現在の立木価格では、皆伐跡地の再造林は難しい。育林コストの縮減についてはどのような工夫をしているか。

黒田
疎植、例えば、ha当たり1600本程度の植栽も選択肢の1つだが、そうではなく、従来どおりha当たり3000本植えて1000本残ればいいという発想もおもしろいのではないか。

遠藤
植栽後の下刈りを省くということか。

黒田
注意深く見ると、植栽後1年目は雑草の繁茂が少ない。だから2年目以降、1〜2回の下刈りをして10年目で除伐をすることを考えている。スギは耐陰性がある。その方がシカの食害も減るのではないだろうか。

遠藤
アイデアの段階か。

黒田
いや、実際に自分の山で試した結果だ。2haのスギ皆伐跡地にha当たり2500本植えた。2年目に1回下刈りしただけだ。スギの枯損率は下刈りした場合に比べると悪いが3分の1は十分に残ると思う。

遠藤
そうした育林志向は、従来の集約的な柱取り林業とは異質なものだ。

黒田
木質材料として活用できればいいのだから問題ない。

遠藤
数年前、北欧で中堅の森林所有者と意見交換する機会があった。森林経営の目的は何かと尋ねたらファイバー(木質繊維)をとることだと答えた。究極の森林経営(笑)だと感心したものだった。住宅建築の構造材に木材を使う地域は日本か北米に限られている。しかも世界全体で低質材のエンジニアードウッド化という流れが形成されているのだから、そのような発想の転換が必要だ。この問題を森林所有者はもっと議論していいのではないか。

黒田
ただ、森林所有者といってもピンからキリまである。森林組合に全面的に施業委託している中小森林所有者もいれば、我々のように請負契約作業班を抱えて経営している比較的規模の大きい所有者もいる。そろそろ階層別の森林政策を考えてもいい。

遠藤
賛成だ。例えば、単年度ごとの間伐補助制度も一部見直していいのではないか。山三ツリーファームのような森林所有者には、中長期的視点に立った自由度の高い交付金を与えて森林経営をやらせてみるのも一法だ。国民にきちんと説明できる森林管理水準を担保にすればいい。今の間伐補助金制度では、森林所有者にせいぜい補助金程度の実入りがあるだけで、モチベーションが高まらない。

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南九州の現状を説明する黒田仁志氏

黒田
大径化問題の解決も含め、新しい森林経営に挑戦していきたい。

(『林政ニュース』第366号(2009(平成21)年6月10日発行)より)

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