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日本初の「伐採搬出ガイドライン」を読み解く


「ひむか維森の会」が示す新たな素材生産モデルとは?

森林伐採に対する風当たりが強くなっている。例えば、『南日本新聞』(6月8日付け)は、鹿児島県霧島市で進行中の120haの皆伐に対して、麓の住民から土砂流出災害につながるのではないかという不安が寄せられ、市が監視強化に乗り出したことを報じている。国産材素材生産量が5年連続で増加し、今後も製材、集成材、合板、チップ業界間の原木争奪戦が激しくなると予想されるだけに、伐採搬出と再造林の現状に関心が集まっている。こうした中、宮崎県の若手素材生産業者が組織している「NPO法人ひむか維森の会」(以下「ひむか維森の会」、第325号参照)が5月17日、「伐採搬出ガイドライン」(以下「ガイドライン」)を制定・公表した(内容は、同会ホームページ参照)。民間の素材生産業者主導で「ガイドライン」が策定されたのは、本邦初のこと。それだけに、全国的に大きな波紋を投げかけている。画期的と言える「ガイドライン」策定の背景や今後の課題について、3人のキーパーソンに語り合ってもらった。

出席者

松岡明彦(NPO法人「ひむか維森の会」会長、(株)松岡林産代表取締役)

山口俊二(NPO法人「ひむか維森の会」事務局長、日北木材(有)代表取締役)

遠藤日雄(鹿児島大学農学部教授)

「縛り」がきつくなる前に自主的に規制強化

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遠藤日雄・鹿児島大学教授

遠藤教授
「ガイドライン」策定の背景は何か?

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山口俊二・ひむか維森の会事務局長

山口事務局長
「姉歯問題」(構造計算書偽造事件)が発端になって建築基準法が改正された。1人の悪質な設計士の不祥事によって、建築業界全体の「縛り」がきつくなった。不幸なことだ。わが素材生産業界でも「縛り」がきつくなる前に、自主的に「ガイドライン」を策定すべきということになった。自主規制だ。

遠藤
ということは、素材生産業界でも「姉歯問題」に類するようなことが起きていると認識しているのか。

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松岡明彦・ひむか維森の会会長

松岡会長
一例を挙げる。伐採搬出の際、杜撰な作業道を開設したため、大雨で土砂流出災害が起き、線路が土砂で埋まってしまったことがあった。伐採届けが出ているからという理由で、災害復旧は公共事業で行われた。しかしこんなことを続けていたら、やがて「人災」と判定される可能性がある。マスコミや市民による素材生産に対する風当たりは日一日と強くなり、私たちは不安に脅えながら仕事をしているというのが実状だ。

山口
「姉歯問題」のように、法制度による規制が始まってからでは遅い。「縛り」がきつくなる前に、素材生産サイドから伐採搬出のあり方を提案しようということになった。

出コスト3000円/㎥は限界、見直しの時期

遠藤
熾烈な市場競争の中で、素材生産現場ではコスト縮減が優先されている。

松岡
高性能林業機械が導入されて20年近くになる。宮崎県では、伐採搬出コストが3000円/㎥台というのは珍しくない。しかし、こうしたやり方は限界に来ているのではないか。この辺で一度見直しをすべきではないか。そんな反省も、「ガイドライン」策定につながっている。

山口
環境に配慮し、かつビジネスとしても成り立つ素材生産のあり方を自主的に提示しなければ、素材生産業は社会的に認知されないという焦燥感があった。

遠藤
今、林業の現場が直面している問題は、1980年代後半から90年代にかけての「割箸使用=森林破壊」とは、性格においても規模においても異なる点に注意を要する。

松岡
そうだ。国産材素材供給量が年々増加する一方で、再造林放棄という深刻な事態が発生している。森林資源の利用が持続的でないという批判が出ている。この点、「割箸論争」とは次元が異なる。素材生産業の存立基盤そのものにかかわる批判だと受け止めている。

疑問・反対を乗り越え、責任ある行動規範を宣言

「ガイドライン」は「責任ある素材生産業のための行動規範」及び「伐採搬出ガイドライン」プラス「森林収穫プラン」からなっている。中核をなす「伐採搬出ガイドライン」は、「A伐採契約・準備」「B路網・土場開設」「C伐採・造材・集運材」「D更新・後始末」に分けられ、作業の進行に沿って細かな指針が明記されている。なお、Dの後には「E労働安全・事業体の発展向上」が続いている。

遠藤
「ガイドライン」を拝見したが、重い十字架を背負ったのではないか、というのが率直な感想だ。「ガイドライン」策定の過程で会員から疑問や異論は出なかったか。

山口
あった。自主規制そのものに対する疑問が会員から出された。今でさえ厳しい素材生産の状況なのに、なぜもっと自らを厳しくするのかと。

松岡
しかし、このままでいったら素材生産業自体が崩壊してしまうという危機感を共有し、勉強会で腹を割った意見交換をした。

遠藤
それでは「ガイドライン」の中身をざっとみよう。まず「責任ある素材生産業のための行動規範」だが、「前文」では日本の「素材生産業がその社会的責任を全うし、一産業として確固たる地位を築いているとは言い難い」実状を直視し、「技術、倫理、組織の各側面においてさらなる発展を遂げ、日々の事業実施において、法令を遵守することはもとより、社会の各方面からの要請を受けとめ、社会にとって最善の選択を追求しうる存在でなければならない」という崇高な素材生産業者精神を高らかに宣言している。敬意を表したい。

山口
さらに「行動規範」では、森林所有者、木材産業、国民と地域社会、従業員に対する行動規範、別の言葉で置き換えれば、彼らに対する我々の責任を明記している。

10haを超える伐採は空間的、時間的に分散させる

遠藤
「ガイドライン」で最も注目したいのは、何と言っても「C伐採・造材・集運材」の箇所だ。最近では、100haを超える大面積皆伐が珍しくない。しかし、何をもって大面積というのか。伐採現場が区々なだけに、その線引きが難しい。伐採区域設定については議論百出だったのではないか。

松岡
そうだ。伐採面積や立木販売量は森林所有者が決めることだけに難問だった。そこで「ガイドライン」では、10haを超える面積の伐採を行う場合は伐区を設定し、伐採を空間的、時間的に分散させることが可能なのかを検討するという文言を盛り込んだ。また、地域住民に対する配慮も明文化した。

遠藤
伐区を空間的、時間的に分散させるという方法は検討に値する。ところで、「ガイドライン」で気になる点が2つある。1つは、「(〜することが)望ましい」とか「できるかぎり」とか「必要に応じて」などの表現が少なくない。失礼な言い方だが一種の逃げ道ではないのか。

山口
これをカバーするのが認証制度だ。この2〜3年のうちに確立したい。

第三者認証で信頼確保、協働・連携でコスト縮減

遠藤
認証制度とは?

山口
伐採搬出現場で「ガイドライン」が遵守されているかどうかを調査し、趣旨に合っていれば第三者機関が認定する仕組みだ。

遠藤
第三者機関とはどのような組織か。

松岡
今のところ、行政関係者、研究者、環境NPO、森林所有者など7〜8名で構成される認証委員会を考えている。

山口
これができれば、認証を取得した素材生産業者は、環境に配慮しかつ合法木材を扱っている証明になる。

遠藤
そのことに関連して、もう1つ気になる点がある。「ガイドライン」に沿った伐採搬出が行われれば、当然コストアップは避けられない。この点どう考えているのか。

松岡
例えば、「D更新・後始末」では、伐採後の再造林が課題になる。素材生産業者が「森林収穫プラン」を作成し、更新については、森林所有者、森林組合と互恵的な協働・連携関係を形成していきたい。その中で、森林組合が行う補助造林事業費の一部を伐採搬出作業の地拵え費に充てることなども考えられる。協働・連携の中でコストを縮減していきたい。

普通林でも確実に再造林を行う素材生産業者に

遠藤
昨夏、米国ワシントン州で、皆伐現場を視察した。向こうの素材生産業者は、州政府に手数料50ドルを払って伐採を申請し、許可が出るまで45日かかっていた。しかも、伐採後2年以内の植林が義務づけられている。伐採搬出作業にあたっては、鳥がとまるためにエーカー当たり立木5本を、虫のために伐倒木を2本残せなどの厳しい州政府の指導がある。

松岡
非常に参考になる。日本の森林法では、保安林についての規制はあるが、普通林については伐採面積の制限や再造林の義務は特に定められていない。ただし、大分県の地域森林計画では、新たに普通林の伐採面積の上限(20ha)を設定したと聞いている。こうした動きとも連携しながら、社会に胸を張って正々堂々と素材生産ができるよう頑張りたい。

遠藤
今回の「ガイドライン」策定が、環境に配慮した素材生産のあり方を問うだけでなく、全国の素材生産業者の組織化につながってほしい。民間の素材生産業者は孤立分散的に活動しているため、その実態がみえにくい。いわゆる素材生産事業協同組合のような国有林の配材窓口としての機能だけではなく、「ガイドライン」などを積極的に提案していけるような組織に発展できればと期待している。

(『林政ニュース』第344号(2008(平成20)年7月9日発行)より)

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