葉桜

 二十五年ぶりのクラス会が終わって、幹事をしてくれた相馬亜希子に謝礼のメールを送った翌日、電話があった。ひとしきり儀礼的なやりとりの後、亜希子は笑いながら言った。
「面白いことばかり考えてた筒井君らしいね。手伝ってあげてもいいよ」
「よかった。じゃ、レコードを借りにお邪魔しなくちゃ」
「今度の土曜日、うちに来てくれる? 覚えているでしょ、桜ヶ丘住宅よ」
「一軒に一本ずつ桜の木がある住宅地だったっけ」
「そうそう。昨日から満開になってるわ」
 
 六年生の音楽会の演奏がレコードになって卒業式で配られたことが、クラス会で話題になった。しかし、参加した二十名の殆んどは既に持っておらず、そんなことを忘れてしまっている者さえいた。僕自身はアナログのプレーヤーが壊れたときに、他のレコードと一緒に処分していた。持っていると言ったのは亜希子だけだった。
 そのときふと、それをCDに焼いてみんなに配ってはどうかというアイデアが閃いた。だがその場では口にせず、こっそり彼女一人にメールの中で提案したのだった。
 
 桜ヶ丘住宅に入る目印はバス通りに面した無人の交番だった。見通しの良い道路なのに、注意していなければ通り過ごしてしまいそうな、頼りなげな佇まいは昔と変わらない。
 右折して狭い路地に入る。子供の頃の遊び場だったが、伸びた背丈が感覚を狂わせてしまったのだろうか、車がやっと行き交えそうな狭い路地にしか見えなかった。
 しかし、イブキやサザンカの生垣が続く家並みは、当時の面影そのままだ。東京から転校してきた亜希子の家を、好奇心で探しに来たときのことを思い出す。この辺りかと見当をつけて角を曲がった途端、玄関から出て来る亜希子と鉢合わせるという、ばつの悪い思い出だ。あのときは何と言って誤魔化したのだったろうか。
 亜希子は、その玄関先で待っていた。昔と変わらず、僕の少し思い切った行動を格別問いただすこともなく、懐かしげに微笑んでいた。
 夫と別れて実家に戻っているバツイチ女と、独身を続けるアラフォー男。もう若くはないものの、さほど老け込んではいるわけでもない二人である。
 見渡すと、家々の庭に咲く桜は葉桜になりかけていた。盛りは過ぎているが、まだ十分に美しい。

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